第41話 恋の神を頼る
「はあっ、はあっ……」
神様に頼るなんて、馬鹿なことしてる? 情けないことしてる? ……違うよね。だって、諦められないんだもん。
かすかな記憶を頼りに、私は小学校の裏山を登っていた。たしかにこの辺りに、「恋」と書かれた小さな鳥居と祠が鎮座していたはずだ。もしかして、あの神社なら。しまちゃんと私を結び付けてくれるかもしれない。
子どもの頃に行ったときは不気味にしか思えなかった。でもそれって、裏を返せば本当に不思議な力があるってことかもしれないし。困ったときの神頼み……なんてことにはなるけど。
既に山道は雨でぐちゃぐちゃになっている。やっぱり長靴を履いてきてよかった。別にわざわざ今日来なくてもよかったかもしれないけど、しまちゃんへの想いが止められなかった。修学旅行が終わってからの三日間、ずっと考え続けた末の行動だ。出来ることは全てしよう、そう思ってしまったのだ。
しまちゃんは京都駅で「付き合えません」と言った。でも、すっごく泣いていたし――すっごく辛そうだった。まるで本心でないことを言わされているみたいに。あんな顔を見て、はいそうですかと納得できるわけがない。
きっとしまちゃんには、私に言えない秘密の事情があるのだろう。それが何なのかは私には分からない。ひょっとして、解決できないような難しい問題なのかもしれない。だったら、いっそのこと神様に頼ってみようと思ったのだ。ごめんね、勝手なことをして。諦めの悪い子は嫌いかな。……嫌いにならないでくれたらいいなあ。
私の右手には、お揃いで買ったガラス玉が握られている。しまちゃんが「朱里の名前と同じ色だよ」と言って選んでくれたものだ。値段的には安物かもしれないけど、それでもすごく嬉しかった。まるで私としまちゃんとの関係を表しているようで、つい持ってきてしまった。
裏山の景色を見ると、小学校時代のことを思い出してしまう。あの頃は楽しかったなあ。ずーっとしまちゃんと一緒で、ずーっと遊んで。私、このままこの人と結婚するんだろうなあ……とまで思っていたもの。――まだ、可能性はあるよね?
やっぱり、私はしまちゃんのことが好きだ。ちょっと抜けてるところがあって、ちょっとひょうきんで、ちょっと鈍くて――すごく優しくて、カッコいい。私にとっての王子様……なんて言うと子どもみたいかな。でも、一つだけ言えることがある。
私は――しまちゃんのことを心から愛しているのだ。
「あっ!」
視界のずっと先に、見覚えのある祠が現れた。よかった、まだあったんだ。私はほっと安堵する。ぬかるんだ道を慎重に歩きながら、神社の方に向かっていった。
「ここだ……」
周囲をぐるりと見回す。ここにあるのは古い小屋のような祠と、小さな小さな鳥居だけ。だけど恋の神社なんだ。ここの神様にお願いすれば、きっとしまちゃんの心を私の方に向けてくれるだろう。……そうだよね?
来たのはいいけど、どうやってお参りすればいいんだろう。普通の神社と同じでいいのかな。でも、賽銭箱も鈴もない。そうだ、しまちゃんがやってたのを真似すればいいんだ。たしか両手を合わせて、目を瞑って――
「ひっ!?」
次の瞬間、近くの木に雷が落ちた。ドンと大きな音が響きわたり、思わず身を屈めるようにしゃがみこんでしまう。こ、こんな時期に雷なんて……!
「うわっ!」
再び落雷。神社にたどり着いて安心していたはずが、どんどん恐怖に苛まれていく。さっきまでは救世主のように見えていた祠も、今は恐ろしい怪物のように感じられていた。
「なんで……なんで……?」
私は泣き出しそうになっていた。ここに来れば何とかなると思ったのに。しまちゃんとの恋が実るよう、お願いしたかっただけなのに。やっぱり、この神社は不気味だ。……来ない方がよかったかもしれない。
「しまちゃん……」
自分を振った相手を頼るなんて、なんて情けないんだろう。だけど、やっぱり私にはしまちゃんしかいないんだ。――あの時、私のことを守ってくれると言ってくれたんだ。きっとあの人なら。こんな時でも来てくれるに決まっている。……と、信じている。
「ん……?」
ふと、小さな鳥居が目についた。ぐじゃぐじゃになった地面を踏みしめながら、一歩ずつ近づいていく。そもそも、ここって本当に恋の神社なのかな? たしかに「恋」という文字が書かれていたのは覚えているのだけど。もしかして、勘違いだったりして――なんて、考えたくもないけど。
「えーと……」
鳥居に書かれている文字を読んでみる。やっぱり昔の字だ。古文の授業をもっと真面目に聞いておけばよかったな。なになに……。「縁」って書いてあるのかな。縁結びってこと? だったら嬉しいな。私としまちゃんの縁を結んでくれるってことだもんね。
「あれ……?」
よく見たら、「縁」という字に続きがあることに気が付いた。なんて書いてあるのかな。「結」だったらいいな。そしたらお参りして……って、えっ?
「嘘……」
驚きのあまり、思わず後ずさってしまう。自分の顔がみるみる青ざめていくのがはっきりと分かった。そこに記されていたのは「切」という文字。まさか、この神社――
「きゃあっ……!」
次の瞬間、山の斜面が崩れてきたことに気が付いた。避けようとしたが、時すでに遅し。襲い掛かってきた土砂に吹き飛ばされ、逆さまになった天地がスローモーションのように見えた。どうして私に好きと言ってくれなかったのか。ああ、その答えがやっと分かった。
私としまちゃんの縁は、とっくに切れていたんだ。




