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他の男と仲良くしておいて今更幼馴染の俺に告白してきても遅いんだと言いたかったが手遅れなのは俺だった  作者: 古野ジョン
本編

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第37話 邪魔が入る

 清水寺を参拝した後は、昼ご飯を食べたり、祇園の街を歩いたりした。朱里は一生懸命に家族へのお土産を吟味していて、俺は俺でお菓子やお茶の類を見て回っていた。その目的は、最後のば――いや、言葉にするのはやめておこう。


 いろいろと買い物を済ませた後、俺たちは電車に乗り込んだ。目的地は伏見稲荷大社。既に集合時間が近くなっており、これが最後の訪問先となる予定だ。つまり――告白の返事が出来そうなタイミングも、僅かしか残されていないのだ。


 電車は意外と空いており、俺たちは四人並んでロングシートに座ることが出来た。修学旅行も既に終わりを迎えようとしている。すなわち、俺の人生における最後のイベントが終わろうとしているということだ。


「そろそろ着くな」

「うん、そうみたいだね」


 景色を眺めていた朱里に声を掛け、席を立つ準備をした。電車を降りてしまえば、さらに終わりが近づいてしまうような気がする。だが前に進まなければ。朱里の告白に返事をして、永遠の別れを告げる。その大仕事は未だに終わっていないのだから。


***


 伏見稲荷大社と言えば、千本鳥居が有名だ。森の中に連なる赤い鳥居が多くの人々を魅了している。


「すっごい、本当にいっぱい鳥居がある……」

「壮観だな……」


 その眺めはあまりに神秘的で、言葉を失ってしまう。たくさんの人たちが鳥居の下を行き交い、景色に花を添えている。隣を歩く朱里も、あまりに美しい光景に見惚れてしまっていた。


 しかし想定外だったのは、意外と道のアップダウンがあることだ。やはり俺の身体の状態は良くないらしく、坂を登るにつれて息切れが激しくなっていく。朱里が側にいてくれてはいるものの、どんどん歩くスピードが遅くなっていった。


「周平ー、大丈夫かー?」

「ああ、大丈夫だ……」

「しまちゃん、ちょっと休みなよ」


 洋一と近江は先に進んでおり、遠くの方から声を掛けてくれていた。だがここで立ち止まっていては通行の邪魔になる。いったんわき道に逸れるとするか。


「すまーん、先に行っててくれー……」


 俺は空元気を振り絞って声を張り上げた。洋一は一瞬戸惑ったものの、やがて頷いてくれた。


「分かった、先に行くよー」

「よ、洋一!」

「いいから、行くぞ由美」


 二人が先に進んだのを見届けてから、俺と朱里は少しずつ前に進み始めた。メインルートから外れ、人の少ないわき道にたどり着く。柵のようなものに体重を預けて、なんとか呼吸を整えた。


「大丈夫? お水いる?」

「いや、平気だ。悪いな」

「ううん、いいよ。三日目だし、疲れてるんじゃない?」

「そうかもな、はは……」


 なんとか笑顔を作り出し、明るく振る舞おうと努める。死ぬことを悟られるわけにはいかないんだ。もしバレればここまでの努力が全て水の泡になる。そうなる前に――って、おや?


「しまちゃんと、二人きり……」


 朱里が小さな声で呟いた。そうだ、今こそ絶好のチャンスじゃないか。近江たちどころか、他の人は誰もいない。こんな静かな森の中で二人きり。……告白の返事をするには、ここしかないだろう。


「「あのさっ」」


 二人でシンクロしてしまい、思わず互いに顔を背ける。初々しいカップルじゃないんだから。……いや、そうなる未来もあったかもしれないけどさ。


「ねえ、しまちゃん……」

「なに?」

「修学旅行、すっごく楽しかったよ!」


 次の瞬間、朱里の顔がぱあっと明るくなった。それにつられて、俺の心も上ずってしまう。目の前にあるのは世界一の笑顔。これを見て気分が高揚しない方がおかしいのだ。


「奈良公園も、東大寺も、清水寺も、ぜんぶぜーんぶ楽しかった!」

「……そっか」

「でも、それってさ」

「うん」

「しまちゃんと一緒だったからだよ!」


 朱里はにこやかに笑った。恥ずかしがり屋のはずの朱里が、こんな台詞を堂々と口にしている。きっと本心からの思いで、それを言うのが当たり前だと思っているからだろう。それがどんなに嬉しく、どんなに――残酷なことか。


「その……私ね」

「うん」

「また来れたらいいなあって。……し、しまちゃんと一緒に」

「!」


 今度の朱里は少し照れ臭そうに、目線をそらしながら言った。自分と同じことを朱里が思っていてくれたことが、すごく嬉しく感じられた。また一緒に来たい。その思いは同じなんだ。――同じなのに。


 俺は今、この幼馴染に返事をしなければならない。「はい」ではなく「いいえ」という言葉だ。何を言えばいい。何という言葉を紡げば朱里を傷つけずに済む?


「えーと、その……」

「あっ、待ってしまちゃん!」

「えっ?」

「これ、あげる!」


 何を言えばいいのか分からないでいると、朱里が手持ちの鞄から小さな袋を取り出した。その表面には「清水寺」の文字。朱里が手に持っていたのは――


「長寿の御守り! しまちゃん、さっきお祈りしてたでしょ?」


 二つの小さな御守りだった。……いつの間に買っていたのだろう。朱里は片方の御守りを俺に手渡し、優しい笑みを浮かべる。


「ずーっと二人で長生きして、また一緒に来ようよ。……ね?」

「朱里……」


 俺は震える手でそれを受け取り、しっかりと握りしめた。朱里は真っすぐな瞳で俺のことを見つめている。ああ、この可愛い可愛い幼馴染は俺との未来を信じてくれているんだ。きっと七十歳、いや八十歳になるまで一緒にいようとしてくれているのだろう。こんなの、実質的なプロポーズじゃないか……。


「……しまちゃん?」

「……」


 それなのに。それなのに、俺の命はあと五日分しか残されていない。ほんのりと締め付けられた心臓の感触が、この御守りではクソッタレの神が定めた運命をどうしようもないことを物語っている。朱里は何も知らない。何も知らず、俺とのこれからの人生を夢見ている。この幼馴染に、それが幻なんだと誰が告げることが出来ようか。


 朱里は不安そうに俺の顔を見上げる。自分でも自分の心が分からなくなってきた。もはや泣き出しそうだ。だけど泣いては振ることなど出来ない。しっかり心を持つんだ、俺。


「あの、さ」

「うん」

「俺――」

「嶋田!!」


 返事をしようとした瞬間、遠くの方から近江の声がした。その方向を見ると、膝に手をついて息を切らしている近江と、それを必死に追いかけてきたであろう洋一。


「えっ……?」


 完全に予想外の出来事に、朱里も驚いて目を見開いていた。あの二人の間にどんなやり取りがあったのかは分からない。だが恐らく、近江が洋一のことを振り切ってここにやってきたのだろう。朱里のためなのか、俺のためなのか、洋一のためなのか、自分自身のためなのか。


「アンタねえ、ここまで来て……!」

「お、近江さん? なんでここに」

「梅宮はいいから。嶋田、いい加減に――」

「走るぞ、朱里!!」

「ふえっ?」


 俺は朱里の手を取り、心臓のことも気にせず――無我夢中で走り出した! こちらに向かってきていた近江の横をすり抜け、人の溢れる山道を駆け下りていく。


「嶋田!?」

「ちょっ、しまちゃん!?」


 戸惑う朱里の声も気にならない。そうだよな近江、お前はそういう奴だよな。何がなんでも告白の返事を阻止する。そう決めていたんだろうな。


「しゅ、周平!」

「洋一、早く!」


 親友が呼び止めてこようが関係ない。何本もの鳥居をくぐり抜け、森の中を突き進む。


「はあっ、はあっ……!」

「し、しまちゃん? 大丈夫?」

「いいから……駅まで、走るぞ……はあっ……」


 胸が苦しすぎて、もはや痛い。自分の心肺機能が病的なレベルにまで落ちていることを本当に実感する。だけど、走らなければ。いくら洋一や近江が健脚であっても、この人ごみでは簡単に追いつけないだろう。


「ねえ、しまちゃん?」

「な、なんだ……?」

「駆け落ちみたいだね。……ふふっ」


 こんな時でもクスリと笑う余裕があるのだから、やっぱり朱里は陸上部だな。俺はというと、「駆け落ち」という言葉を聞いても照れる余裕すらない。今はただひたすらに、駅を目指す。


「しまちゃん、電車来てる!」

「間に合う!」


 電車が入ってくるのと同時に、俺たちは改札を通過した。こ線橋を駆け上がり、息を切らしながらも前へと足を進めていく。


「はーっ!」


 なんとかドアが閉まる前に、俺たち二人は電車に乗り込むことが出来た。倒れこむようにして席に座り込み、窓の外を眺める。するとそこには、ホームに降りてくる洋一と近江の姿があった。だが――二人は間に合わず、ドアがピシャリと閉まる。


「はあっ、はあっ……ぜー……」

「しまちゃん……」

「大丈夫だ、ちょっと苦しいだけ。気にしないで」


 少しずつ、息苦しさがとれていく。それとともに脳内がクリアになっていき、はっきりと自分の目指すべきところが見えてきた。


「朱里」

「えっ?」

「京都駅に着いたら、ちゃんと返事をするよ」

「……うん」

「だからもう少しだけ待ってて。ごめんな、遅くなって」

「ううん、気にしないで。待ってるって言ったのは私だもん」


 ありがとう、朱里。そして――さようなら、朱里。

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