第28話 ギャルを送る
結局、俺と近江は一緒に帰ることになった。薄暗い歩道を、二人して無言で歩いていく。さっきのことを聞かれるのかと身構えていたが、何もしてこないようで拍子抜けだ。
「な、なあ」
「あ? なんだよ」
「何も聞かないのか?」
「聞いて欲しいのかよ?」
「そ、そんなことはないけど……」
たまらず声をかけてみたが、近江はそう返事するばかりだった。本当に何かを聞き出そうというつもりではないらしい。何がしたいんだ。
「アンタさ、嘘つくの苦手でしょ」
「まあ、そうかも」
「だよね。そのアンタがさっき嘘をついたんだから、よっぽどの事情があるんでしょ?」
「……ああ」
「なら聞かないよ。無理強いしても仕方ないからね」
近江はこちらに一瞥もくれず、淡々と言った。ただならぬ理由があると察したらしい。踏み込まれなくて助かったと思うのと同時に、自分だけ本心を隠すことに罪悪感を覚えた。
「どうして朱里にこだわるんだ」
「あ?」
「洋一もそうだけど、なんで俺と朱里のことを気にかけてくれるんだろうって。親切なのはありがたいけど」
「さっきも言ったろ、修学旅行中に何かあっても困るんだよ」
「それだけ?」
「……あとは、アタシも洋一も同じ理由だよ。ただのエゴ」
エゴ、とは何を指しているのだろう。それに洋一と近江は同じ理由で俺たちのことを応援してくれているらしい。この二人のことはよく分からないな。
「なんでもいいけど、梅宮を振るのだけは許さないから」
「……」
「まだ振る気?」
「……ああ」
「アンタねえ、少しは洋一の気持ちも考えなさいよね」
「洋一に関係があるのか?」
「そ……それはほら、洋一もアンタらのことは応援してるからさ」
さっきまでペラペラと話していたのに、洋一という言葉が出た瞬間、急に近江の歯切れが悪くなった。「しまった」といった表情で口を覆う近江。……何かまずいことを言ったのだろうか?
「なあ、洋一がどうかしたのか?」
「なんでもねえよ。気にすんな」
「あ、ああ……」
もともと怖い近江の顔つきがさらに怖くなった。これ以上は何も聞くまい。うっかり問うてしまえば、仕返しに俺の話が掘り起こされてしまうかもしれないしな。
俺たちは再び無言で歩く。そういえば、近江の家はどこにあるんだろう。聞いたことがないな。あんまり遠いと、家に帰るのが遅くなるから困るのだが。
ひたすら足を進めていると、遠くに鳥居が見えてきた。そういやここに神社があったんだったな。もっとも、神というものはいけすかねえジジイだと判明したので、俺の中の信仰心は霧散してしまったのだが。
手前の広い空き地の隣を過ぎて、神社の横を通過しようかというとき、近江がぴたりと足を止めた。どうしたんだろう?
「アタシの家、ここだから」
「えっ?」
「文句あんの?」
「……ないけど」
鳥居の方を指差し、近江ははっきりと言った。……神社の娘がこんな罰当たりな格好でいいのかなあ。ここの神様は随分と寛容なのかもしれない。それにしても、けっこう敷地が広いんだな。立派な本殿があって、おみくじやお札も売っているらしい。
「初めて来たよ、ここの神社」
「マジ?」
「うん。何の神社なの?」
「えー、そうだなあ……」
近江はぽりぽりと頭をかいた。どうやら説明が面倒らしい。
「まあ、簡単に言えば縁結びだよ」
「縁結び?」
「恋愛成就とか縁談の祈願とか、そういう神社らしいよ。アタシはよく知らないんだけど」
縁結び、ねえ。要するに恋愛の神様か。……ん?
「じゃ、アタシは帰るから。送ってくれてありがと――」
「ま、待ってくれ近江!!」
「はあ? なに?」
「お前、恋の神に会ったことはないか!?」
藁にもすがる気持ちで、大声で叫んだ。そうだ、恋の神なら会ったことがある。ましてや近江は神社の娘。コイツだって洋一に恋をしていたんだし、一度くらいは会ったことがあるんじゃないか?
「……は?」
だが俺の願いとは裏腹に、近江は呆れたような顔をしていた。
「アンタさあ、この期に及んでなに言ってんの?」
「本気だ!! 会ったことないか!?」
「ないよ。なに? オカルトとか好きなの?」
「違う、そうじゃない!」
「あのねえ……」
神社の娘が自分の家業をオカルトと言っていいのかよ、などというツッコミをする間も無く、矢継ぎ早に言葉を繰り出す。しかし近江の反応は芳しくないようだ。
「アタシは会ったことはないよ。あるなら洋一を振り向かせてくれって頼んでるからね」
「そうか……」
「アンタは神頼みしなくても梅宮と付き合えるんでしょ。ちゃんとしろよ」
「……」
「やっぱ嘘はつけないんだ。じゃ、今度こそ帰るからね」
「あ、ああ。また明日……」
近江は鳥居をくぐり、境内に入っていった。それを見送った後、俺は来た道を引き返す。
それにしても、恋の神社がこんなところにあるとは知らなかったな。もしかすれば重要な手がかりかもしれん。……もっとも、これを知ったところで、自分の寿命が延ばせるとも思えないけどな。
すっかり暗くなった夜道を歩き、自宅を目指す。明日からは修学旅行だ。朱里のためにも頑張らないとな。
俺の命日まで、あと――八日。




