第27話 ギャルに打ち明けられる
ちょっと待て。今なんて言った? 付き合ってた、だと?
「ほ、本当か?」
「嘘なんかついてねえよ。……高一の冬、くらいの話だけど」
理解が追い付かない。洋一からそんな話は聞いたことがないのだ。たしかに高校に入ってからはアイツと関わる機会も少なくなった。だが「彼女が出来た」なんて重要なことを伝えられずにいたとはな。ちょっとショックだ。……自分の命日を親友に教えていない奴に言えたセリフじゃないけどな。
「な、なんで付き合ったんだ」
「なんでも何も……告ったんだよ。アタシが」
近江は俯き、再びマドラーを手に取ってコーヒーをかきまぜた。サッカー部の選手とマネージャーという関係。それで洋一に惚れる、というのは不自然なことではないだろう。ただ、告っている近江……なんてのは普段の姿からは想像も出来ないな。
「洋一のことが……好きだったのか?」
「そうじゃねえよ」
「えっ?」
「『だった』じゃなくて今も好きだよ。間違えんな」
「……そうか」
よくも堂々とこんな台詞を言えるなあ。俺にもこんな度胸があったらよかったのに。
「やっぱさ、洋一ってカッコいいんだよ。サッカーも上手いし、皆に好かれてるからさ」
「俺もそう思うよ」
「だろ? 世界一の男だよ、洋一は」
何これ惚気? 帰ってもいいかな?
「入学してすぐに一目惚れしてさ、追いかけてサッカー部に入ったんだ。アタシって単純だなあって自分でも思った。でも洋一は皆の洋一って感じでさ、告るなんて出来なかった」
滔滔と語り続ける近江。本当に洋一のことが好きなんだな。普段はずっと不機嫌そうなのに、好きな人を語っているときの表情はまさに恋する乙女。洋一にかつて言われた通り、俺はコイツのことを誤解していたようだ。
「でもさ、アタシはとうとう我慢できなくなって。冬になってから、部活の帰り道に告ったんだよ」
「それで?」
「洋一、困ってた。でも返事しないで黙ってるからさ、アタシの方が泣き出しちゃってさ……」
マドラーを回す手がゆっくりになった。やはり近江という人間は、ただ不器用なだけなのかもしれない。きっと相手に自分の感情を伝えるのが苦手なのだ。
「そしたら『いいよ』って言われた。今思えば泣き落としみたいでズルいけど、あの時は嬉しかった……」
寂しそうに視線を落とす近江。洋一のことだし、きっと目の前で泣き出した女の子を放ってはおけなかったのだろう。本心はともかく、それで告白に了承したのだと考えれば納得できる。
「……そうだったのか」
「まあでも、一週間で振られたけど」
「理由を聞いてもいいか?」
「『サッカーに集中したいから』って言ってた。でも本当の理由は別だと思う」
「別?」
「……」
近江はちびりとコーヒーを飲んだ。なんとなく、俺もカップを手に取って液体を流し込む。やっぱり苦いな。
「というか、別れた割に今でも仲は良さそうじゃないか」
「洋一が気を遣ってくれてんだよ。他のみんなに迷惑かけないようにって」
「そういう奴だよな」
「そういう奴だよ」
修学旅行で自分の班に近江を招き入れたのも、きっと本心から心配しての行動だろう。しかしデートで見せた、近江に対する乾いた態度。……あれもまた、洋一の本心だというのか。
仲が良さそうに見えて、どこかぎくしゃくしている。近江と洋一にあるのはこういう事情だったのか。
「で?」
「え?」
「なんでアンタは梅宮を振るわけ?」
「!」
「アタシが話したんだから、今度はアンタの番でしょ」
ぐうの音も出ない。さっきは急場をしのぐために近江を問い詰めたけど、結局は打ち明けなければならないのか。しかし――死ぬことだけは言えない。コイツのことだ、間違いなく洋一と朱里に伝えてしまうだろうからな。
「それは……」
「いい加減に諦めろよ。好きな女に告られてなんで付き合わないわけ?」
「だから事情が」
「それを説明しろって言ってんだよ!!」
ドンと机を叩く近江。ひええ、恋する乙女が鬼神に戻ってしまった。どうやって切り抜ける? どうすれば死ぬことを伝えずに納得させられる?
「ひ……」
「ひ?」
「遠くに引っ越すんだよ。修学旅行が終わったら」
「はあ?」
「それで転校するんだ。だから朱里と付き合えなくて……」
とっさに口から出た偽りの言葉。いや、あの世に引っ越すんだからあながち間違いではないかもしれんな。嘘は嫌いだが、切り抜けるにはこれしかない。せっかく打ち明けてくれた近江には悪いが、許してくれ。
「本気で言ってんの?」
「ほ、本気だよ。付き合ったのに離れ離れ、なんて朱里が可哀そうじゃないか」
誤魔化すようにコーヒーを飲む。近江の勘は鋭い。これでどうにかなるとは思えないが、なんとか――
「一応アンタの言い分は分かった。今日はもう帰るわ」
「え?」
「明日早いんだしさ。ほら、行くよ」
意外にもあっさりとした態度で、近江は席を立った。それに従って慌ててコーヒーを飲み干し、立ち上がる。なんだか呆気ない。もっと詰問されるかと思っていたけど。などと考えているうちに近江が伝票を持ってレジに行き、コーヒー代を支払っていた。
「お会計」
「ういーす」
近江はじゃらじゃらと小銭を店員に渡している。レシートを断るしぐさを見せると、すぐに出口へと歩き出した。俺はその後ろをついていく。
「あざしたー」
店を出ると、外はもう暗くなっていた。どうやら近江の家は反対方向らしい。
「コーヒーごちそうさま。じゃあ、また明日」
「待てよ」
「えっ?」
「アンタねえ、夜道を女一人で帰らせる気?」
近江は薄暗い帰り道を指さしている。送っていけ、ということか。でもコイツは不審者くらいやっつけられそうだけどなあ。
「別に、まだ遅くないだろ」
「そうじゃねえよ」
「へっ?」
そっと近寄ってきて、俺の耳に顔を寄せる近江。何を言うのかと思えば――
「アタシに嘘をついたんだから、用心棒するくらい安いもんだろ?」
……ギャルの勘は、鋭い。




