第26話 ギャルに問い詰められる
「梅宮のこと、振る気でしょ」
「えっ……」
近江にマドラーを突き付けられ、ただ情けない声を漏らすことしか出来なかった。困惑。困惑しかないだろう。
「梅宮、アンタに告ったんでしょ?」
「な、なんで知ってんだよ」
「洋一から聞いたんだよ。アンタが修学旅行で返事をするから、気を遣ってやれって」
本当に洋一は何から何まで気配りの出来た奴だな。しかし近江に朱里のことを相談したことなど一度もない。……なぜ分かったんだ?
「……それで?」
「アンタさ、梅宮のことすっごい好きでしょ」
「ななななんだよ急に!?」
「ずっと目で追ってるし、よく話してるし。アタシはよく知らないけど、女子連中には有名な話らしいよ」
やっべ、クラスの女子にバレてたのかよ。そんなつもりはなかったのに。めっちゃ恥ずかしい。というか誰か教えてくれよ。
「梅宮もアンタのこと好きみたいだしさ、お似合いじゃん」
「そうかな……」
恥ずかしくなってぽりぽりと頭をかく。改めて「お似合い」だと言われると照れ臭いな。
「それなのにさあ!」
ニヤついていると、近江が大声を張り上げた。思わずビクっとしてしまい、手に持ったカップからコーヒーをこぼしそうになる。
「どういうつもりなわけ!?」
「何がだよ!?」
「この間! アンタさあ、なんで梅宮と気まずそうにしてたわけ!?」
「えっ?」
「四人で出かけた日! 分かってるでしょ!?」
近江は激しい口調で問い詰めてくる。……分かっている。朱里と仲良くするか、それとも突き放すのか。その狭間で揺れていた俺は、どっちつかずの態度をとってしまっていた。
だがここでその理由を話すわけにはいかない。実は死ぬんだ、などと言えるはずがない。朱里や洋一にすら伝えてないんだ、近江に事情を明かせるわけがないだろう。どんなに脅されようとも、ここの一線は譲ることが出来ない。
「分かってる。……いいだろ、こっちにも事情があるんだ」
「なんだよ事情って!?」
近江は身を乗り出し、こちらの胸ぐらを掴んできた。息が苦しい。目の前には鬼の形相を浮かべているギャル。
「だいたい近江に話す義理はないだろ? 俺たちのことだ」
「一緒の班なんだからさあ、向こうで何かあったら困るのはアタシと洋一なんだけど」
「……たしかにな」
もっともな言葉に閉口してしまう。そのまま俺が何も言わないでいると、近江は呆れたように話を続けた。
「両想いでさ、あんなに良い子なのにさ。なんで振るわけ?」
「……」
「ほかに好きな女でもいるのかよ?」
「そ、そんなわけない!」
「じゃあ受けてやれよ!」
ごもっとも。まさしく正論。何一つ言い返すことが出来ない。好きな人から告白されてそれを受けない男。傍から見たらどう考えても怪しい奴だ。
「梅宮がどんだけアンタが好きか分からないわけ!?」
「俺が一番分かってるよ!」
「じゃあなんで振るんだよ!?」
「それは……」
堂々巡りする議論。このままでは帰らせてくれそうにないな。だが死ぬことだけは伝えることが出来ない。そんなことになれば修学旅行どころの騒ぎではなくなる。
「いい加減に白状しなよ。何があったわけ?」
「……」
「はあ~情けない。梅宮に申し訳ない、とか思わないの?」
近江はコーヒーを口に含んだ。コイツは別に俺を責めようとしているわけじゃない。ただ朱里のためを思ってこんな行動をしているのだろう。愛想は悪いが、どこか洋一と似ているところが……って、うん?
そういや、近江こそ洋一と何があったんだ?
サッカー部で一緒で、下の名前で呼び合う関係。だが純粋に仲が良いわけではなく、どこかぎこちないところもある。デートで行った服屋にて、洋一は近江に対してきわめて淡白な態度だった。その原因はいったいどこにあるのか。
「なあ、こっちも近江に聞きたいことがあるんだが」
「あ? なんだよ」
相変わらずドスの効いた声。だがここでめげるわけにはいかない。俺はすうと息を吸い込んで、はっきりと尋ねた。
「洋一と何があった?」
「えっ……」
――今までの威勢の良さが消えて、近江の顔がみるみる青くなっていく。洋一にこの話をした時と同じ反応。やはり何かあると勘ぐらなければならないだろう。
「あ、アンタがなんでそんなこと」
「お前らこそ不審極まりないんだよ。険悪ってわけじゃないけど、仲良しって感じでもないし」
「……」
「洋一に同じことを聞いたらさ、珍しく怒ったんだよ。……何があったんだ?」
すっかり立場が逆転してしまった。俺が朱里に対して煮え切らない態度をしているのは事実なのに、こうやって話を逸らすのには罪悪感がある。だが死ぬことを打ち明けないようにするには、逆に近江を問い詰めるしかない。
「なんでアンタにそんなこと言わないといけないわけ?」
「修学旅行先で何かあったら困るからな」
「ッ!」
近江は明らかに動揺した。こうして追い詰めるのは卑怯な気もする。だが他に方法がない。それに、洋一との関係が気になるのも本当のところだしな。
「分かったよ。他の奴に絶対言わないなら、アンタに言うよ」
「あ、ああ」
「アタシと洋一はさ……」
観念したのか、近江は絞り出すように言葉を紡ぎ始めた。そして、苦しそうな表情で――静かに口を開く。
「付き合ってたんだ。……一週間だけ」




