第24話 デートを終える
「どれにするか迷うな~」
朱里はカバン屋の店内を巡りながら、悩まし気な表情を浮かべていた。昼食をとった後、適当にぶらついてから、最後にこの店にやってきた。洋一と近江は小物が欲しいと言って商品棚を見ている。俺は朱里に付き添い、選ぶのを手伝っていた。
「しまちゃん、これはどうかな?」
「二泊三日には小さいんじゃないかな」
「そうかな? じゃあ違うのにしようっと」
きょろきょろと見回しては、違うカバンを手に取る。その可愛い後ろ姿を見守りながら、俺は一週間後に迫る修学旅行に思いを馳せていた。
行先は奈良と京都。一日目に奈良を、二日目と三日目には京都を巡るというわけだ。修学旅行先としては鉄板だが、別に王道を選ぶことは悪いことではないからな。
考えるべきは、告白の返事をするタイミングだ。初日だと後ろの二日間がまずい。俺たちの雰囲気が悪くなれば、洋一と近江にまで迷惑をかけることになってしまう。同じ理由で二日目も無理だろう。となれば――残るは最終日だ。
どこかのタイミングで二人きりになり、そこで返事をするしかない。失望、悲しみ、怒り。朱里がどんな気持ちになるのか、俺には想像もつかない。だが振ると決めた以上は振るしかない。死の運命は――既に決まっているのだから。
「しまちゃん、どうしたの?」
「ん、ちょっとな。決まった?」
「うん! これにした!」
朱里が手に持っていたのは赤茶色の手提げカバン。質素な色合いだがデザインも良いな。大きさも申し分ないだろう。
「うん、いいと思うよ」
「じゃあ買ってくる!」
レジに向かって歩き出す朱里を見送り、一人で取り残される。こうやって旅行の準備が進むと、本当にXデーが近くなっていることを実感するな。
「おい、周平」
「うわっ!!」
急に後ろから話しかけられた。振り向いてみると、そこにいたのはニヤニヤしている洋一。
「おそろいのカバン、買わないの?」
「か、買うわけないだろ」
「だと思ったよ。全く、悪い彼氏だなあ」
「まだ彼氏じゃねえよ!」
「おっ、じゃあそのうち彼氏になるんだな?」
「……うるせえ」
思わず口走ってしまったが、彼氏になる予定などない。そうだったらどれほど良かったことか。
「なあ周平、せめてこれくらいは買ったらどうだ?」
「えっ?」
「これならかさばらないし。いいんじゃない?」
洋一が指し示していたのはキーホルダーのコーナーだった。大小さまざまな種類が揃っているようで、思わず目移りしてしまう。洋一の奴、なかなかナイスアイディアだな。
だけどお揃いのキーホルダーなんか買ったところでなあ。俺が死んだ後、朱里はどんな顔でキーホルダーを見ればいいんだ? きっと悲しむに――
「何見てるのー?」
「あ、朱里……」
その時、会計を終えた朱里が姿を現した。俺がキーホルダーの前で逡巡していることに気が付いたようだ。
「いや、その……」
「うん」
「周平が梅宮さんとお揃いのを買いたいんだって」
「ちょっ、洋一!」
慌てて制止した時には――遅かった。朱里は満面の笑みで俺の顔を見てくる。
「えー、そうなのー!?」
「いや、そうと言うか……」
「ほら梅宮さん、周平の気が変わる前に選んじゃいなって!」
「はいっ、そうします!」
言うが早いか、朱里は商品棚を食い入るように見つめていた。洋一の気持ちはありがたい。ありがたいが……そうじゃないんだよ。だけどここまで楽しそうな朱里を前にして、今更買わないとも言い出せないし。
「しまちゃん、どれにする?」
「……これにしようか」
「これって……」
俺はガラス玉のキーホルダーを手に取った。値段の割に綺麗な造形をしていて、照明の光を受けてキラキラと輝いている。何より色が綺麗だ。赤っぽく……いや、朱色と言った方が良いだろう。
「朱里の名前と同じ色だよ。どうかな」
「……うん! これがいい!」
朱里は嬉しそうにキーホルダーを二つ取った。買いたくはなかったけど、どうせ買うなら良い物の方が良いだろう。朱里が喜んでいるなら、これでよしとしようかな。
「俺が二つとも買うよ。待ってて」
「えー、いいよお! 私もお金出すってばー!」
押し問答の末、結局それぞれが自分の分を買うことにした。洋一と近江に待っていてもらい、俺たち二人はレジの方へと向かう。その途中、朱里が話しかけてきた。
「えへへ、しまちゃんありがとう」
「何が?」
「だってさ、今日はわざわざお買い物に付き合ってもらっちゃったし。楽しかったよ」
「そうか。良かった」
本当は二人きりが良かったんだろうに、それでも「楽しかった」と言ってくれるのか。どこまで素晴しい幼馴染なんだろう。
「でもね、一つだけお願いがあるの」
「なに?」
横を見ると、朱里は少しだけ顔を赤く染めていた。頬をぽりぽりとかいて照れ臭そうにしている。
「あのね……」
「うん」
「修学旅行が終わったらさ……」
「終わったら?」
「今度は二人で来ようね……!」
恥ずかし気にそっぽを向きつつも――朱里はその言葉をしっかりと口にした。もちろん、と即答するべき。そんなことは分かっている。分かっているのに――言葉を紡ぐことが出来なかった。
「し、しまちゃん?」
返事がないことが不安になったのか、朱里がこちらを向いた。何を言うべきなんだろう。デートのお誘いを断る理由などない。ない。ないはず。ないはずなんだ。なのに言えない。
「お会計でお待ちの方、どうぞ~」
助け船のように、店員が声を掛けてきた。朱里はそれに従ってレジの方へと向かう。今度は二人で来よう。その言葉がどれほど喜ばしく、どれほど悲しいことか。
だって、俺に「今度」というのは――二度と存在しないのだから。
喜怒哀楽、様々な感情を孕んだデートは幕を閉じた。あと少しすれば修学旅行。人生のエンドロールは既に始まろうとしている。途中退出など許されない。最後の時まで、悔いなく走り切ることこそ俺の使命なのだ。
俺の命日まで――あと、十四日。




