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壱の6 750ライダー

「お寺なのにお墓がないんだね」

 並んで石段を下りながら、武しゃんが漏らした。おれは初めてそのことに気づかされた。城山とはこんなものだとずっと思っていたから、墓石の存在など気にしたことがない。

「歴史的なお寺だから、今の人が死んで入るような墓はないらしいよ。あの建物の中に、昔の貴重な仏像が保存されてるだけ。岡村先生もお坊さんだけど、お経は上げないんだって。だから教師の仕事ができてるんだな」

 耕ちゃんの解説に、おれは得心した。岡村がお坊さんでありながら教師でもあるという不自然さに、それまで違和感を抱いたことがなかった。不明を恥じた。

「岡村先生ってなん歳なんだろ」

 そのこともおれは疑問に感じたことがなかった。

「さあ。三十歳くらいかな。四十歳くらいかな」

 首を傾げながら耕ちゃんは答える。そんなものだろうとおれも思った。四十三歳のおれの父親よりは若いはずだ。

「結婚してるの」

「してる。奥さんと会ったことがある」

 武しゃんと耕ちゃんの問答を聴いていた。口を挟めるような知識などおれにはない。

「子どもは」

「いない」

「なんでいないんだろ」

「おめこを知らないんじゃないかな」

 はははと武しゃんは笑った。

 性にまつわる話を、おれは耕ちゃんとよくしている。すべて耕ちゃんが教えてくれた。子どもが自分を生んだ母親に似るのは当然のこととしても、父親に似る理由が、おれにはずっと分からなかった。耕ちゃんに教わって、宇宙の仕組みが解明された気分になったものだ。

 だけど、耕ちゃん以外のクラスメイトとはそんな話をしたことがない。なにか秘密めいたテーマだと感じ取った。家族の前でもこの話題はタブーと本能的に確信していた。

 だから、耕ちゃんと武しゃんが自然な流れでそんな話をしていることが、おれにとっては新鮮だ。

「教えてあげたらどうだろう。岡村先生に」

 武しゃんは、その話題をしつこく引きずる。

「なにをさ」

 耕ちゃんがとぼけたのか本当に分からなかったのか、おれには判別が付かない。

「おめこのやり方を。耕ちゃんが言うことだったら岡村先生も信用するよ」

「おれも知らんよ。武しゃんが教えてやりな」

 そんなはずはないと、おれは思った。耕ちゃんならなんでも知っているはずだ。

「分かった。おれが岡村先生に教える」

 武しゃんは、冗談とも本気ともつかないことを言う。それで、その話は終わった。


 石段を下りて、自転車を置いていた《オートバイでの上り下り禁止》の看板前まで到着した。

「バイク、一台も来なかったね」

 残念だった。石段を駆け上がるモトクロスのバイクをおれは見たかった。

「夜ならいるんじゃないかな」

 耕ちゃんが言う。もっともなことだとおれは感心した。しかしそれでは、夜遊びができないまだ小学生のおれは、石段を上るバイクを見ることができない。

「免許取れるようになったら、おれ、絶対この石段をバイクで上るよ」

 おれは決意表明した。学生服姿や、陰毛を蓄えた自分を想像することは難しいが、バイクを駆る自分はもっと身近に感じる。

「モトクロスはスピードが出ないんだ。おれは乗るんだったら七五〇㏄(ナナハン)だな」

 バイク漫画に傾倒している耕ちゃんは、主人公が乗る愛車を欲しがった。長身の耕ちゃんなら今すぐにでも大型のナナハンに乗れるのではないかとおれは思った。


 岡村の家は、無人のようだ。玄関のチャイムを鳴らしても、反応はない。


「肉まんかあんまん食べよう。おごってやるよ」

 城山と道路を挟んで反対側にある商店を、耕ちゃんが顎をしゃくって示す。五百円の借りをまだ返していないのにおごってもらうことを、おれは辞退するべきだと思った。買い食いが校則で禁止されているという問題はどうだっていい。

 しかし、耕ちゃんに借りがないであろう武しゃんは喜んでいる。二人に先導されて、おれも自転車を押して道路を渡った。

 耕ちゃんも武しゃんもおれも、肉まんを選んだ。店のおばちゃんが、小型の電話ボックスのような保温器からトングで肉まん三つを取り出し、それぞれ別個に袋詰めしてくれた。耕ちゃんは、店の前にある自動販売機でホットの缶コーヒーを一本だけ買った。


 城山のほとりにある川の岸まで自転車を移動させ、おれたちは川岸の砂利の上に座り込み肉まんをほお張った。一本だけの温かい缶コーヒーを回し飲みした。肉まんの袋と空き缶は、川に流して捨てた。

 砂利を積み上げ、離れた場所から三人で交代に石を投げて積み上げた砂利を崩す競争をした。耕ちゃんが群を抜いて好成績だった。

 平たい石を見つけ、川の水面に平行に投げてはね上がる回数を競う「石切り」に興じた。耕ちゃんが一番上手だった。


(「壱の7 流れに飛び込む」に続く)

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