壱の5 つる科植物ミニチュア
「そろそろ下りようか。先生んち、のぞいてみよう」
耕ちゃんが提案したら、武しゃんが急に慌てだした。
「待って。おれ、立ちションするから」
「お寺だぞ。罰当たりだなあ」
あきれたように耕ちゃんが言う。
「耕ちゃんも信ちんもやりなよ。みんなでやれば怖くないじゃん」
そう言われて、おれは忘れていた尿意を思い出した。これから岡村の家に行くとしてもすぐに便所を借りるのは失礼に当たるような気がして、それなら罰に当たった方がましではないかと考えた。
武しゃんは山肌のやぶに向かうと、ジーパンのベルトを緩めだした。耕ちゃんも武しゃんに並ぶ。おれも続いた。
耕ちゃんはジャンパーを着たまま、オーバーオールのつりひもの胸の金具を今度は両方外した。
「あれ。オーバーオールって、社会の窓が付いてないの」
すでに放尿している武しゃんが、すっとんきょうな声を上げた。
「付いてるよ。つったままだと社会の窓の位置が高すぎるんだよ。ちんこがうまく出てこない。アメリカ人って、日本人よりちんこが上の方にあるんだって。だから、アメリカ人が設計したジーンズは日本人の体には本当は合わないんだ」
おれには考えも及ばない。確かにおれもジーパンを履いていて小用を足すときは、ベルトを緩め腹のボタンを外しファスナーを下ろす。この日もそうだった。ジーパンを少しずり下げてから放尿するためだ。これも、ジーパンがアメリカ人による設計だからなのかもしれない。おれは耕ちゃんの博識ぶりに改めて感心した。
しかし、そんなことはどうでもよくなった。
三人のうち一番右にいたおれは、視界の左端に武しゃんと耕ちゃんが放尿している姿を確認できる。おれと二人の小便が草むらに当たる音が、重なって聴こえていた。
「げげっ。武しゃん、ちん毛ぼうぼうじゃんか」
耕ちゃんの声に、おれは耳を疑った。
「そうだよ。耕ちゃんまだ生えてないの」
「生えてないよ。信ちんは」
尋ねられて、おれは戸惑った。
「生えてるもんか。武しゃん、ちょっと待て。まだしまうな。見せてみろ」
最後まで小便が止まらず、おれはもどかしい。隣では小便を終えた長身の耕ちゃんが、オーバーオールのつりひもを直すのを忘れたかのように、腰をかがめ武しゃんの股間を見て驚いた顔をしている。おれもすぐに、仲間に加わった。確かに武しゃんのちんこの根本付近から黒々とした毛が数十本、お互いに絡まるように伸びている。
おれはショックを受けた。同級生の陰毛を初めて見た。父親や、親戚の大人のもじゃもじゃした陰毛とは違っている。つる植物のミニチュア模型のように見える。
「いつから生えてるんだよ、武しゃん」
指先でつる植物のミニチュア模型のような陰毛をつつきながら耕ちゃんが尋ねた。
「四年生の正月ごろかな。もう一年近くになるね。でも、耕ちゃんなんかとっくに生えてると思ってたんだけどな」
確かに、中学生並みの背格好の耕ちゃんなら生えていてもおかしくはない。でもおれは、自分は陰毛とはまだ縁遠いと考えていた。中学生くらいになれば生えてくるものだろうと、漠然と考えていた。
だけど、学生服を着る中学生となった自分の姿も、陰毛を生やした自分の裸も想像することはできない。
長身で野球の才能があり博識の耕ちゃんだけでなく、黒々とした陰毛を蓄えた武しゃんまでもが、おれには大人に感じられた。幼い自分がみじめになった。
(「壱の6 750ライダー」に続く)