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参の2 セットアップ・ポジション

 国道の右手を、国鉄の線路が走る。左手に大きな川が流れる。


 ――川に沿って道路や鉄道が作られました。この市は、川と共に発展したのです――


 三年生のころ、社会科の授業で当時の担任が話していたことを思い出した。

 建物ややぶが邪魔をし、国道から川の流れが見えるところと見えないところがある。自転車で遠征したことがあるエリアからはとっくに外れた。初めて走る道で、おれはひたすらペダルをこいだ。


 脚の付け根は汗をかいている。しかし、肌が露出した手はかじかんでいる。顔に当たる風は冷たいというより痛い。

 暖が欲しい。

 国道わきで営業する何軒もの商店の前を通過した。夜になって小学生が買い物に行ったら怪しまれる。おれは自動販売機に望みをかけた。自動販売機を見つけるたびに売っている缶入り飲料の表示を確かめた。


《つめたい》


 自動販売機を何台もやり過ごした。


《あたたかい》


 ついに見つけた。

 自転車を降り、財布から五十円硬貨一枚と十円硬貨五枚を取り出し販売機の硬貨投入口に慎重に差し入れ、やっとのことでホットコーヒーを手に入れることができた。握って両手のひらを温めた。

 飲んでしまうのは惜しいから栓を開けないままジャンパーのポケットに収め自転車にまたがり、川に沿う国道を再び下る。


 辺りは暗く、川の向こう岸は見えない。死んだ猫など見つかるはずがない。それでもおれは、ペダルをこぎ続ける。

 やがて前方に、川に架かる大きな橋のアーチが見えてきた。父の運転する車で、昼間に何度か来たことがある。初めて見る夜の橋は、アーチの上部に照明がともり、その底を白いヘッドライトと赤いテールライトの車が行き交う。魔界の宮殿のようないかめしさだ。


《あかつき大橋》


 到着した柱の銘板には、そう書かれている。川の対岸まで百メートル以上にわたり橋はまっすぐ続く。おれは針路を九〇度左に変え、橋に自転車を乗り入れた。


 陸の道ではずっと車道を走ってきた。歩道は狭い上に、道路わきの施設に車が出入りしやすいよう低く設計されているところがあちこちありアップダウンが激しいからだ。

 橋の歩道にアップダウンはないが、陸の歩道よりさらに狭い。おれは、車道との間でガードレールの仕切りのようなもののない車道より二十センチほど高い歩道の縁に沿って、橋の車道を進んだ。


 橋の真ん中辺りで自転車を止め、降りた。右手でサドル下のほぼ垂直の冷たいフレームを握り、一段高い歩道に引き上げる。右足で内また向きにスタンドを蹴って立てた。

 欄干から身を乗り出し下をのぞく。真っ暗で水面は見えない。

 自転車を歩道に残したまま、おれは車の流れを縫い車道を歩いて渡り反対側の歩道に移った。欄干からの眺めは上流側と変わらない。

 もう少し下流に水力発電所のダムがあるはずだ。そして、ダムより上流の橋はここが一番ダムに近い。


 ジャンパーのポケットから缶コーヒーを取り出した。自動販売機から出てきた時は手がじんじんするほど温かかったのに、容器はすっかり冷え切っている。

 開栓して一気に飲み干した。中身も冷えていた。

 空容器を歩道のわきに置いた。


 尻のポケットから財布を出し、中身を確かめた。かじかむ手の指で、百円硬貨四枚、五十円硬貨一枚、十円硬貨五枚をつまみ出した。

 右の手でかちかちと鳴らし硬貨を一枚ずつ勘定した。ぴったり五百円だ。

 勢いをつけるため歩道から一段下の車道に下りる。走行中の車からクラクションを鳴らされ、仕方なく歩道に戻った。

 歩道上で、手のひらの硬貨をもう一度数える。金額に間違いはない。

 右足を前に大きく出し振りかぶるワインドアップ・ポジションを取るには、歩道が狭すぎる。おれはセットアップ・ポジションで小さく構えた。


「ばいばい、猫」


 投球フォームは途中の過程で胸に当たった欄干に邪魔されたが、握っていた硬貨十枚は、確実に闇へと消えた。


――――(了)――――

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