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ワン・アイデア・ストーリーズ  作者: 八雲 辰毘古
半径5メートルの非日常
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好き勝手な奴ら

 ランチの外食はお任せで、と言われたから最近評判の東南アジア系のエスニック料理店に案内した。


「あーでもさ、あたしパクチーとか苦手なんだよね」


 おいおい、そういう情報先に言っといてよ。

 こういう後出しジャンケンするような人間の気心が、全く知れない。


 これが上司とか好きな異性だったら、もう少しごめんなさいとか改善しますとか言えたかもしれないけれども、友達や家族だとマジでムカつく。萎える。せっかくの気分をヘラヘラ笑いながら鉄球をぶら下げた重機でぶち壊しにきたような暴虐さを感じる。

 しかも当人に詰め寄ると、「ごめーん、先に言っとけば良かったね! 忘れてた!」ときたものだった。


 とぼけんじゃねえよ、てなる。


 いやいや、こう思うのはきっと自分が細かく気を遣うことが得意だから、ということもできなくはない。どこかの本に書いていたのだが、自分が苛々して見てしまうものは自分が〝できて当たり前〟と思うことであり、それは才能とか素質に近いものらしい。

 ということは、わたしがこういう場面で苛々するのは、日頃のコミュニケーションで人を気持ちを見ること/読むことに特化しているというふうに解釈もできる。


 よっしゃ、自分にプラス一点。


 しかしこの友人様はほんとうによく忘れるし放り投げる。お任せで、と言いながら後出しで文句を言うすべての人間が、急ぎの電車を目の前で逃してしまえば良いのに、と思わずにはいられない。この人も例外じゃない。

 前に一回聞いてみたことがある。なんでそうなっちゃうの、て。すると、「いやあ知っててくれてる気がしてさ」と返ってくる。そう言われるとそうかもしれないと思いつつ、よくよく考えたら知らねーよ、ともなる。


 最初の訊きかたが悪かったのかな、と考えを変えてみる。


「コンビニスイーツ買ってくるけど、こういうのは欲しいとか、要らないタイプのやつ、ある?」

「んー、任せる」

「いや、任せるじゃなくて」

「大丈夫だよ、ミナが選んでくれたのなら、なんでもイケるって」


 いやー、それで前ダメだったじゃん。

 だから改善しようってのに。こんな塩対応じゃたまらんわ。


 しぶしぶ行って、シュークリームを買ってくる。甘いものと言ったらこれでしょ、て気分で、ちょっとハングリーな気持ちも込みで持ってくる。

 すると、やっぱり後出しジャンケンが始まるのだ。


「えー、あたし最近ダイエット中なのにー」


 ふざけんじゃねえよ。だったら自分で行けっての。


 いい加減な注文で人にやらせておいてあとから好き勝手言い出すすべての連中が、寝起きでタンスの角に小指をぶつかりますように!

 わたしはそんな呪詛を内心毒づきながら、だったら食べなきゃいいんだよー、とパクついた。すると今度はわたしが文句を言われる立場になる。嫌な女扱いされる。


 知らんわ、そんなん。


 いつからこんなことに苛々するようになったのかは定かではない。

 しかしいつのまにか、なのである。最初はこんなことはなかったような気がする。もう少し遠慮して、情報を前出しして、丁寧語や敬語が抜けず、飲み会の席で一緒になってようやく趣味とか気が合うことがわかってきたのだから、それまでは気にならなかったはずなのだ。


 ところが、ここ数ヶ月で急に悪い意味ですっぴんになりやがったというか、友達なら化粧せんでもええよね、みたいなぐうたらが露骨に出てきた。

 自分で言うのもなんだが、わたしは根が真面目だから、どうせやるなら文句の出ないようにしたいと思う。だからいい加減に決まるよりは、自分で仕切ったほうが自分がやりやすいと思ってしまうことがある。


 それで出しゃばりすぎた報いなのだろうか……


 その可能性はあるけど、勘ぐりすぎな気もする。周りがぐうたらで人の頑張りに寄っかかってわがままを言ってるだけってことも、ままあるじゃん? わたしはそのどっちの可能性もアリだと思って、納得がいかないモヤモヤをひたすらスーパーで買いすぎた時のビニール袋みたいにパンパンにして、ずるずると引きずっていった。

 結局、その結論は出ないまま、あれじゃないこれじゃないがいつまで経っても続いた。


 そんなある日のことだった。わたしが仕事に集中していると、ふと人の気配がした。振り向くと、例の友人様だった。別になんか怒ってるわけでもなく、申し訳そうにしているわけでもなく、話しかけにくそうに、視界の端をチラチラ動いているのである。


「……何?」

「いやぁ、ミナ、今日はご飯とか行かないの?」

「行かないよ。気分じゃないもん」

「そっかー」

「うん」

「…………」

「…………」


 意味のない沈黙。視線切ってもいいかなと思って元に直ろうとすると、また声が掛かった。


「最近、話しかけにくくなったよね」

「そう?」

「うん。怖いかも」

「そうかもね」

「うん」


 そりゃ、てめーのせいだよ、とは口が裂けても言えなかった。が、たぶん覇気で出ていたのかもしれない。

 ところがどっこい、この人は何にもわかっていなかった。


「なんか機嫌悪いなら、わたしでよければ話聞くからさー、ね?」


 一瞬、どんな表情をすればいいのかわからなかった。こんな即興で出されたクイズは東大生やハーバード大卒でも難しい。わたしは大きく息を吸った。そして、吐いた。なみなみと溢れんばかりの気炎が噴き出したかも。


「あのさ」

「うん」

「……いや、もういいよ。大丈夫だから」

「えっ」

「ごめん。今日は気分じゃない」


 できれば顔を見たくなかった。こいつはほんとに何もわかってない。自分の言いたいことを、思ったことを好き勝手に言いたい放題言って人の気遣いを土足で踏みにじったくせに、さも問題は別にあるとでも言わんばかりに親切な気持ちを無くしていない。自分が悪者であると言う自覚がない。

 こういう人間に怒ってはいけないのである。どんなに負の感情が溜まっていたとしても、ぶつけてしまったらそれはぶつけた側が悪いことになる。それは不条理と言えば不条理だった。この現実の人間関係というものは、結果として害をなしていても悪意がないことをもって良しとしてしまう。


 だって、明確な悪意なんてものはめったにあるもんじゃないから。


 あいつムカつくとか、ぶっ飛ばすとか、ざまあみろという感情があることは、間違いないことだろう。しかしそんな感情が人付き合いのトラブルの原因になることなんて、ふつうはあり得ない。大概は、ふざけ半分が過ぎてだとか、どっちかかがもう一方のいい加減さに愛想が尽きたとか、無自覚な迷惑行為の積み重ねとか、まあそういうグレーゾーンから出現するものなのだ。

 もともとがグレーだから、白とも黒とも言い難い。ハッキリつけようとするとすらりと別の解釈や立場が顔を覗かせる。だからこの問題に正解なんてありはしない。ただ、わたしが相手を〝そういう人〟ということで引き下がるか、相手が付き合いきれないと察して距離を取るかのどっちかでしか完結することができない。


 わたしは、残念ながら頑固だった。だから後者になるだろう。

 カレンダーを見る。人事の面談は来週だったっけ。それまでの辛抱だと思えば、今日は頑張ろうと前向きになれたのだった。


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