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ワン・アイデア・ストーリーズ  作者: 八雲 辰毘古
半径5メートルの非日常
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スモールクランチ

「またこの種類の動画かよ」


 ぼくはそう言ってショート動画をスワイプする。

 すると新しい別の動画が流れてきて、即座に判断を迫る。この動画、好きか、嫌いか? というふうに。


 正直どうでもいいので、さっさと上に押し流すとこれでもかとまた次の動画がある。

 めんどくさいけど嫌いになりきれないから、とりあえず流し見する。十五秒程度で終わるからボーッとしてれば終わってしまう。はいはい。また次。次。次……


 そういう繰り返しを、観察している誰かさんがいる。ビッグブラザーとかそんなヤバいやつじゃない。どちらかと言うと親切なリトルシスターといったところで、お節介を焼くために日々のぼくの好き嫌いを事細かにチェックして、次はどう? これはどう? どうせならこういうのもあるよ? とやたらめったら世話を焼いてくれる。

 ぼくには詳しいことはわからない。けれども最近のアプリは非常によく発達しているから、人の趣味とか嗜好とかのパターンが読めてくるのだという。だから気がついたら似たような動画ばっかりが流れ込む。歌ってみた、踊ってみた、自己啓発、商品おすすめ系、おっぱいの大きい女の子、アイドルのプライベート盗撮、ほかほか。


 そんなところまで見られてるのか、て思うでしょう? でも、そんなところまで見られているんですよ、これが。

 例えば一回体毛を気にして、「脱毛 悩み」とかで検索してみるといい。とたんに広告が「脱毛サロン」で塗り替えられて、動画も美容系にスライドしていく。もちろん一回きりだといずれは収束するのだけれど、興味が芋づる式にどんどん拡がってしまうと、もう大変なものだった。


 いまとなっては、興味も関心も一度行動したら弾みがつくように仕向けられている。

 それは坂を下る自転車のようなものだった。ふとそちらに向かって進んでしまうと、段々と勢いづいて進めば進むほど速度が上がっていく。それを楽しいと思えるなら良しとしても、あまりに高速に駆け降りると、急ブレーキを踏んだところで、転んで怪我をしないでもない。


 だから、怖いという人もいる。嫌だという人もいる。自分の興味や関心を覗き見られている感じがして、とてもじゃないがと触らぬようにしている人も知っている。


 とはいえ、便利になるならそれでも良いじゃないか、という意見もある。

 この辺は世代の感覚が分かれるところだ。ぼくなんかはギリギリZ世代と分類されるけれども、感覚的にはインターネットの出始めで、これからを考えると個人情報が抜かれないビジネスなんて考えようがないからそうしているというだけで、そんなにネイティブという感じはしない。


 むしろ、ぼくより歳下は、個人情報を渡すんだったらもっとちゃんとしろや、となる。好きなものを知っていてなお好きなものを渡そうとしないサービスに、なんの意味があるんだというわけで、よくわかる。

 好きなものの裾野を拡げる。そんなことをするのは友達か尊敬する別の誰かであって、決して親や先生や、顔も名前も知らないサービスのアルゴリズムなんかではない。


 そう考えることもできる。けれども。


 ぼくはそうこうしているうちに、自分のもの見方の狭さに行き詰まるようになった。毎度やってもおっぱいの大きい女の子がよぎる。そんなにおっぱいを薦めてくるな。たしかにチラ見するぐらいには興味はあるけど、ひんぱんに見せにこられても困るんだってば。

 好きなものを極めればいい。夢に向かって素直に馬鹿に進んで行けば良い。考えが間違ってなければ、うまくいくだろう。SNS時代に人生を成功させた人は、だいたいそんなことを言う。とはいえ、ぼくを含めだいたいの人間はそこまで熱中するほど好きなものはないし、飽きるし、素直なバカにもなり切ることができない。


 だから、マンネリになってきたなと思ったらもう、そこに楽しみがなくなるのだ。


 それは例えるなら世界がすっかりつまらなくなったと感じるあの悪い悟りの瞬間だ。


 宇宙がいつ終わるかなんて誰も知らないけれども、その終わり方の一つに、ビッグクランチというものがある。ビックバンが世界を作って押し拡げる大爆発だったとすれば、ビッグクランチはその真逆──急速に縮んでいって、ぱたんと空気の萎んだ風船みたいに宇宙の最期がやってくるのだと言う。


 きっと、ぼくたちの世界が終わることがあるとしたら、それは退屈によってであろう。ビッグクランチよろしく、爆発的に膨らんだ期待と妄想とワクワクが、マンネリによって冷めて萎んでめんどくさくなったとたん、ぱたんと平べったいゴムの膜になって、床に落ちてしまうのだ。そして、誰も見向きもしない。ただ青春のアルバムでも紐解くように、あーこんなのあったなーと言って終わり。


 みんながそうなるにはまだ時間がある。しかしいずれは誰もに訪れるだろう。


 もし、この悲劇を免れずに周りに合わせていたいのであれば、方法がひとつある。

 自分の興味や関心とは全く関係ないトピックを、検索エンジンにぶち込むことだ。すると興味も関心もないから、最初は苦行かもわからない。しかし全く関係ない話題を置くことによって、レコメンドが変化し、思わぬ作用が働く。つまり、離れた興味の点同士が線になり、全く思いがけない道が開けるのだ。


 もしその検索ワードが思いつかないなら、自分以外の誰かの好きなものを好きになろうとすることだ。すると、共通の話題ができて楽しくもなる。とにかく、自分の興味だけで物を調べないこと。他人の興味を他人のものにしないこと。人が知っていることを、自分で調べに旅に出ること。

 ぼくは友達が少ないから、なかなかこういうことができないけれども、できるだけ自分の興味の宇宙が萎んでいく前に、外から空気を入れるようにはしている。それがしょうもない延命措置だとわかってはいても、自分の興味関心が枯れるよりかは、ずっとましだと思っている。


 だから、今日もぼくは「動物 鶏」とかいう変な検索ワードをぶち込んで、おっぱいの大きい女の子がレコメンドに出てこない日を夢見ている。出て欲しいと言う人もいるのかもしれないけれども。

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