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ワン・アイデア・ストーリーズ  作者: 八雲 辰毘古
半径5メートルの非日常
3/26

「好き」と「嫌い」の間にある微妙なもの

「今度遊びに行こうぜ」


 そう頻繁に声を掛けられる人と、掛けられない人がいる。

 私は残念ながら後者であるらしく、連絡先を共有した相手からこれといったお誘いの連絡が来たことは、めったにない。


 別に付き合いがないわけじゃない。クラス会や打ち上げがあったら参加する方だし、親しく話せる相手もいる。

 ところが三人以上の会話に交じると、私の知らないところで起きたできごとがトークテーマに差し挟まるのだ。まるで歯の隙間に入った食物繊維のように、私のいないその話題が気になって他のことが耳に届かない。


「それでさー、こないだのカラオケの時なんかこいつ喉ガラガラでさー」


 そんな会話がちよっと入るだけで、あれっ、と思う。時差ボケでも起きたらきっとこんな感じかもしれない。私のいた世界だけが日付変更線の向こう側にあったのだろうか。私の寝ている間にも世界は働いていたのだろうか。そんな想像が自転の速度で回転する。


「こないだカラオケあったんだ」


 まるで浦島太郎。タイムトラベラー。それとも、パラレルワールドからやってきた同姓同名の私?

 そんな時空の切断面が、うかつに吐いたひと言でスッパリ切り出される。きっとどんなに研いだ包丁で引いた刺身でも、こんなにきれいな断層にはなりそうもない。それぐらい色んな隠れた感情が、少なくとも私にはハッキリわかってしまった。


 こういうとき、やっちまったな、て思う。


「うん、そうそう。駅前のとこよ」

「えーっ、いつのまに?」

「部活の帰りだよ。いつもみんなで行ってるし」


 会話の声色、トーンは全く変わらないのになぜか温度が下がっているのがわかる。不気味なほどに、会話のひとつひとつの隙間に、ゴリッとした砂を噛んだような異物が混入しているのがわかる。わかりすぎてしまうほど、よくわかってしまう。

 そもそも話してる相手とは同じ部活で、同じ帰り道なはずなのである。しかし私にその情報はまるで入ってない。たぶん誘いはチャットかSNSのはず。だとすれば、結論はひとつしかない。


 ミュートだ。


 私はそんなにSNSに熱心な方じゃないけど、毎日見ているし発信もしている。けれどもそんなにやんちゃでないし、真面目な使い方しかしていない。

 他の人が学校の成績表とか休日の写真撮ったのを挙げるのに対して、私はまだ自分の写ったものを出すのが怖いのだ。それで読んだ本の感想とか風景写真とかを挙げているから、意識の高い学生か、人間味のない読書アカウントか、そうでなければSNSの使い慣れていない干からびた紳士と言ったところじゃないかとも思う。


 そんな人間に「カラオケ行こうぜ」とか「ゲーム繋ごうぜ」みたいな声は、たぶん私が他の人だったらしない。

 だから、誘われていないのはよくわかるのだ。誘いづらいし、趣味も合わなそうだし、なんだったら住んでる世界が地球の裏側みたいな別次元にありそうなのも、わかる。


 ただ、だったらなんでそれを私のいるところで話せてしまうのか。

 私がAIかなんかだと思ってるのだろうか。私だって人間で、自分の知らないところで楽しかったと聞いたら羨ましいと思ってしまうぐらい、くだらない、浅ましい、ふつうの高校生なのである。一緒に遊びたいし、人並みにカラオケも歌いたいし、なんならゲーム機も自宅にあって、いつでもオンラインにつなげる環境だってある。


 でも、自分から声を掛けない限り、呼ばれることはない。


 自分から声を掛けたこともあるのだ。そこは素直に褒めてほしい。動かないばかりで他人のせいばっかりじゃん、と言われたくないのでここではっきり弁明しておく。ちなみにそこでのプレイもそれほど酷いわけではない……と思いたい。真剣に戦って勝って喜び、負けて悔しがるのが普通じゃないと言われたら、それまでなのだけど。

 一回、二回はすごく楽しい。ときどき煽りをしたり、超絶プレイで圧倒したりする素行の悪いフレンドもいるけど、なぜか「ふざけんなよ」と笑いながら許される。私はそういうおふざけをやったらウケないタイプだったので、ちょっとだけ真剣な枠として──いわゆる〝いつも一位じゃないけど強い〟という感じで、楽しい空気に参加していた。


 そんな努力をしたところで、やっぱり四回目あたりからご縁がなくなってしまう。


 いまの私は、まさにその「ご縁がない」状態そのもので、気がついたら周りのみんながゲームセンターとかカラオケとか行ってる楽しい空気のウォッチャーになる。聞き専になってしまう。いくらスパチャで投げ銭しても拾ってもらえない虚しいコメント書きみたいな、絶妙に隔絶させられる感じになる。


 このパターンは延々繰り返してしまう。どうせこのグループとも長続きしないかもしれない。そういう捨て鉢な気持ちから、ついに思っていたことをバンと言ってしまった。


「どうして、私は呼ばれなかったんだろう?」


 最初は独り言のつもりだった。しかしあまりにもうまく会話の隙間に割り込んでしまったので、話している全員に届いてしまった。やな気分だ。鍵垢に呟きたかったプライベートの悩みを、パブリックのアカウントに書き込んでしまったときみたいな、そういう。


「あー、と、そうだな」


 グループのリーダー格の人が口を開いた。男の子で、イケイケで、案外オタク。でも気さくで、友達というほどではないけど、話していると気持ちが良い。そういう人が、少しだけ難しそうな顔をしていた。


「なんでだろうな。別に嫌いなわけでもなければ、弾いてるつもりはないんだよね」

「そうなんだ……」

「でも、確かに一緒になんかしようって感じしないんだよね。私には私の道があります! てタイプじゃん。たぶん、どっちかっていうと」


 そういうもんなのだろうか。


「でも、私も今度は行かせてほしい」

「わかった。今度パーっとやるときはクラスで聞くから、聞いてたら来てよ」

「わかった。ありがとう、こんなわがまま聞いてくれて」

「いやいや、大丈夫」


 たぶん、みんな良い人なんだろう。良い人すぎて、本気で自分を晒せる相手を見極める目が鋭い。それは〝ほんとうの自分〟を限られた相手にしか見せてないとか、そういう話でもなければ、みんな上辺だけで会話してて相手を見下してるとか、そういうざまぁ系の漫画とかでありそうなことでもない。

 ただ自分が普段接していて一番気を遣わなくて良い相手、背伸びしなくていい相手、疲れない相手──そういう「じゃない」が降り積もったところに、安らかな友人関係というものが成り立っているのだ。


 そういうところにいる私は、間違いなく異物でしかなかった。


 嫌いじゃない。その言葉はほんとうだと思う。裏を勘ぐって実はハブにしてるとか、そう考えることも可能だけど、物事はそんなに簡単にはできない。

 人付き合いは、ハッキリとした「好き」と断言できる「嫌い」の間にある、あいまいなグラデーションの中に出来上がったぐちゃぐちゃの絵の具だった。そんな絵の具で塗りたくられた教室の人間関係の世界地図は、きっとたくさんの歪んだ緯度と経度と、日付変更線とが混ざり合っていて、どこからどこまでが隣国で、どのラインを超えたら日付や季節が変わるかなんてこともまるでわかった試しはないのだ。


 私はたぶん、その地図ではサミットにはいないけど一応名前だけが知られている、国連加盟国ではあるけど……という程度なのだろう。

 クラスの中ではそんなもんだった。そんな狭い世界は、なんてつまんないものかと、ちょっぴり、ほんのちょっぴり思ってしまった。


 どこか遠い場所に出かけてみようか。地球か、地球外か、あるいはもっと、時空の離れたところへ──そんな空想をする昼下がり、私は今日もぼっちです。

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