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ワン・アイデア・ストーリーズ  作者: 八雲 辰毘古
想像しい夜に向けて
26/26

レポート・ジェノサイド

「こちらをご覧ください」


 彼らが見ているのは、ある種の折れ線グラフだった。

 縦軸には人数が示され、横軸には一月から十二月まで等分されている。グラフはカクカクと一月と七月に急上昇し、それから五月と十一月を目安にまたカクカクとする。スライドに表示されているこのグラフのタイトルは「年間死亡者の変化」と銘打たれている。


「さて、こちらが〝レポート提出期限を延ばしてもらうために死亡した親戚の数〟です。ご覧の通り春期と秋期の期末に提出される予定のレポートに関して、なんとか単位を得ようとしてでっちあげた〝言い訳〟のツケが回ってきているわけですね」


 男の解説に学会は渋い顔で頷いた。


「最初のうちはだれも〝しょせんは遊びたいだけの学生の言い訳に過ぎない〟と思って、よく思わずとも受け入れてはいたわけです。もちろん実際は嘘でした。しかしみなこの国が〈言霊幸う国〉だということを忘れていたのです。つまり口から出たでまかせのつもりが、ほんとうになってしまったわけだ。これを引き寄せの法則と呼んで海外でも似たような事例を探した研究もあるにはあるのですが、それをいちいち繰り延べるのは差し控えます。問題は、この結果ものすごい勢いで人口減少が発生してるということだ……」


 ここで、末席のひとりが手を挙げた。


「しかし、もともとこの国は少子高齢化と言われるほどに人口ピラミッドが偏っていた国だ。さすがにむやみに祖父母をでまかせに殺すようなことはしまいが、結果的にだれかがだれかの祖父母を始末することで、人口偏差がかつての時代の安定に戻りつつあるのではないかな?」

「それは限りなく傲慢な回答ですよ。わたしは宗教を信じてはいませんが、これだけは言えます。〝人類みな兄弟〟なのですよ。だれかの親戚の親戚をたどっていくと必ずなんらかの縁がつながってしまう。血縁だけじゃないんだ。結婚をしたことでも離婚をしたことでも、当人のでまかせに該当した場合、必ずそれが成就するようになっている。ということは、このままいけば老若男女問わず、国民が無自覚に自国民を殺すという連鎖が続きます。それも、ただ目先の単位と娯楽のために、ただ期限を先延ばしにするというだけの理由でね」

「しかし、だとしたらそもそもレポートを書かせることをやめさせれば良いでしょう。この国若者のふまじめさはよくわかったことだ。そのふまじめさと、形だけのずるさが回り回って自分の首を絞めていることを思い知ることができないのなら、止める責任は気づいた側にあるとは言えんのかね」

「ではあなたは学術機関でものを教えるということをどういうことだと心得ているのかね?」

「しかし、これは現に学ぶ気のない学生を大量に引き入れた結果でしょう」

「なんだと! 現代の大学の経営事情をなんだと思ってる!」


 議論はケンケンガクガクだった。


 しかし会議は踊れど、進まず。その場しのぎの嘘が作った大惨事は、言葉だけでは結論に辿り着けなかった。

 単純な話であれば、レポートを廃止すればことは済むかもしれない。ところがこの問題の発端はその場しのぎの嘘で「だれかが死んだことにする」という言動そのものにある。ということは、レポート提出という〆切がなかったとしても、会社の新入社員やアルバイトが行うかもしれない。調べれば調べるほど大学以外でも類似の現象が発生し、キリがないことが判明してしまった。


「これは社会問題だ」


 だれかが言った。


「なぜ『うっかり忘れてました』というそれだけのことが素直に言えないんだ。そのせいで何千人、何万人と殺されている事実になんとも思わないのか」

「自分で直接手を下しているわけじゃありませんからね。おまけに、遠縁の親戚なんて、いまの核家族ですら壊れているこの国では他人も同然です」

「だが、ニュースの被害者にはあれほど同情できるんだぞ」

「ありゃ自己憐憫ですよ」

「その言葉、それこそ失言で炎上しますよ」

「ハハッ、違いない」


 会議の末席でもシニカルな笑いが起こった。


「しかし、だからと言って忌引き休暇やその他類似の制度をなくすわけにはいきませんでしょう。ほんとうにご家族を亡くして悲しまれている人たちに、このような制度がないと葬儀すら成り立たんというのに」

「システムを組めばその行間を突くようにサボタージュが発生し、その正当性を作ってしまうというわけだな」

「情けない。これが国民性というのかね」


 しかし彼らは議論するばかりで解決の方向性を見出すことができなかった。


 そんなある日、会議が開かれた時に議長は以前よりも人数が減っていることに気がついた。


「オヤ、マキハラさんは……?」

「どうやらご兄弟が例のアレで亡くなったらしく」

「なに」

「ほかにも助教のタシマは親戚が亡くなったと……」

「それは本当なのか?」

「はあ。本人の言葉なので、それはわかりかねますが」

「調べなさい」


 結果、タシマ氏はサボタージュしていることが判明した。


「なんてことを! タシマくん。きみはあれほど問題の本質を理解しておきながら……」

「それは! こんな形ばかりの会議がバカらしいからに決まっているからでしょう!」

「なんだと!」

「言ってもわからないようだが、あえて言うとだな! 貴様らはただ嘆かわしいの言い換え表現だけで、人の日常業務の大半をこのろくでもない愚痴の井戸端会議に費やしているんだ! それこそ大学を閉鎖するなり、中途半端な学生を切り捨てるなり、決断をするべきだろうが!」

「…………」

「だいたいなんだ。問題を解決すると言いながら形ばかりの会議だけ進める──これが、休みたいなら理由を届け出なさいと言ってる休暇制度、情状酌量の余地と言ってるものの形ばかりのものとなにが違うというんだ!」

「…………」


 答えは出なかった。


 翌朝、タシマ氏の永久欠席が確定した。来なくなったのではない。彼もまた親戚の親戚としてその生涯を終えたのだった。

 日を重ねるごとに、当初の不安は的中していく。会議の参加者も、年齢関係なくどこか血もゆかりもほとんどない〝親戚〟からの告発で亡くなっていった。ひとり、ふたり、三人……犠牲者の数が増えるに従って、会議を開くどころか社会の機能も停滞していく。そして、ついに──


「失礼しまーす」


 ガチャ、とドアを開ける。会議室は明かりすら灯らず、毎日清掃員の掃除を待つだけの部屋になった。

 いまとなっては大学生すら来ない学術機関──問題を先送りする大人を育成する無様な箱は、今となってはもぬけの殻だった。

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