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ワン・アイデア・ストーリーズ  作者: 八雲 辰毘古
想像しい夜に向けて
24/26

愛情基金

 愛情基金にご協力ください!


 ほんのちょっとだけ、あなたの余裕をいただければそれで結構なんです! どうか、どうか愛情基金にご協力ください!


 えっ? 忙しいから分けてやるほど余裕がない? そんなことを仰らないでください。

 わたしだってこうして毎日平日に八時間働いて、ときどき残業もしながらそれでも基金に余裕を貯めております。おかげで夫婦は円満、家庭環境も順調なのですよ。


 確かに毎日働きながら、家族と一緒に仲良く平穏に暮らすということはとても難しいものです。仕事がいつも順調というわけにはまいりませんし、それで日々の体力と集中力のほとんどを奪われてしまいますから、余裕なんて呼べるものは小銭一枚分にも満たないぐらいでしょう。

 しかし、だからといってそれを自分のためだけに使って、ただ使い切ってしまうというのはあんまりです。いつまでもその日暮らしなんてことをしていたら、余裕なんてものの使い方もわからなくなって、恋人友人家族おの関係性もギクシャクとして、あまつさえ愛情というものを知らないまま寂しく過ごす羽目になります。だからこそ、たとえどんなに疲れていて苦しくても、余裕は作らないといけません。


 もちろん、身を持ち崩しては本末転倒ですから、最低限のところから、余裕を切り取って預けることをお考えになってください。個人年金のようなものです。日々の心の許容量(キャパシティ)から、一定の枠を愛情基金にお預けください。すると、毎日の労働・生活というものをこの残った大部分からやりくりすることを考えなくてはなりません。

 しかしそれで良いのです。これまでよりも少ない消耗で、物事を処理する。これこそが社会人としての成長、というのではないでしょうか?


 一般的に、仕事に慣れて手を抜くことを覚えるとすぐに趣味や消費に走ってしまうのがこのところ散見されますね。

 もちろんそのことについては個人の権利でございますから、わたくしからみてああだこうだと申し上げるのはたいへんおこがましいことは承知の上です。しかしさんざんおのれの〝意志〟で遊び呆けることを選び取っておいて、翌日寝不足でフキゲンを持ち込み、仕事の出来不出来で苛立ち、八つ当たりや説教などという負の循環をさせているという事態は、見逃すわけにはまいりません。そのフキゲンは巡りめぐって居酒屋のアルバイトや家族への八つ当たりに転嫁し、ストレスになって不要な消費へと走らせます。それが経済を回しているのだと宣する社会学者もいると聞いたことがありますが、果たしてそれでほんとうに良いのでしょうか?


 ……はい、はい。ええ。そうですね。確かに余裕は無からは作れません。まずはお金だ、時間だとおっしゃる。それはとてもその通りです。理にかなっていると思います。

 しかし、お金や時間を手にするためにわたしたちができることは、じつはもうほとんどないと言っても過言ではないでしょう。と言いますのも、どれだけ働いてもお金は税金で持っていかれ、どれだけ寝ないで過ごしても一日は二十四時間なわけです。かつて二十四時間働いてたくさんのお金を手にできた時代がありましたが、それは過去のことです。経済成長が必ずしも望めない昨今、お金と時間を増やすことに望みを託すというのは、少々無理があるというのが個人的な所感です。


 むしろ、お金や時間があったとしても、なにに使ってあげるのが正解なのでしょう? おのれの欲を満たすため? その欲とは一体なんでしょうか? 性欲? 食欲? 自己顕示欲? あたら欲など探せばいくらでも湧いてくるのが人の業というもの。ではそれらすべてを叶えるということが、果たしてできるのでしょうか? いいえ。国家予算ほどのお金が何かの間違いで手元に転がり込んだとしても、何かと余計に使う目的を探してしまうのがさがというもの。欲があるからお金が、時間が、余裕が欲しいというのでは決してないはずです。むしろ、お金が、時間が、余裕があるから何かをしなければと思ってしまうのが、実際なのではないですか?


 そもそものお話、SNSや動画をご覧になっているその時間はどこから捻り出されました? きっとなけなしの二十四時間、毎月のお給料から捻り出して得たものに違いないではありませんか。だとすれば余裕というものも、なけなしから捻り出して、だれかに分け与えるということが不可能ではないはず。

 それが偽善だとおっしゃるのであれば、おそらくお金や時間を捻り出して作ったそれも偽善でしかありません。いいえ。経済を回しているのだというおためごかしは通じません。しょせんは架空の数字であり、預金口座の数字が増えてほくそ笑むというだけの所業に過ぎません。


 だから……ええ、はい。はいそうです。わたしは可能な限り基金に愛情を込めて、家庭に持ち帰るようにしております。どんなに苦しくても、おくびに出さずに向き合うように心がけております。だから……ええ、はい。えっ? 息子がこの間万引きをしてたって? ええ。ええ。

 ちょっと……ちょっとだけお待ちください。はい。


(彼女は自分の愛情基金の箱を調べ始める)


 ……えっ、なんで? いつのまに基金の中身が持ち出されて、勝手に使い込まれてる? そんな……だって……うそ。そんな。

 はい。ええ、お客さま。すみません。慰めてもらっては、わたしも未熟者でございました。せっかく貯めていた愛情が、毎日毎日少しずつ貯めていた愛情が、いまやすっからかんですよ! 十年も貯めていたのに。生まれてからお尻を拭くまで、延々と貯めていたのに。そんな。そんな……


(おんなは泣き崩れる。体調も悪そうだ)


 はい。はい。すみません。大丈夫。またやり直すしかありませんね。これでフキゲンを持ち帰ったら、それこそいけないことです。だからわたしは毅然と振る舞わないと。そうですよね。ええ、はい、はい……


(おんなはうつむいたまま去った)


 ──愛情は掛けた時間の分だけ報いてくれるとは限らない。

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