ビッグマウス
──夢は? あなたは将来何になりたい?
「オリンピック選手!」
「電車の運転手!」
「宇宙飛行士!」
「お姫様!」
「えっと、社長!」
──すごいね。じゃあ、これあげる。
子供たちはひとりずつ、たくさんの見えない金貨をもらった。
これは夢の対価だった。大きな夢を見れば見るほど、たくさんの豊かな気持ちがもらえる。子供たちはほめられ、応援され、ときどきお尻を叩かれた。
見えない金貨はそのたびにジャラジャラ音を立てて、子供たちの気持ちを奮い立たせた。ある時は勉強へ、ある時は習い事へ、ある時はスポーツクラブへ、勤しむことによって。
努力が身を結ぶとは限らない。オリンピック選手を目指したかったある男の子は、早いうちから自分に才能がないことを痛感した。
──もうやめるの?
「うん」
──どうして?
「だって、才能ないもん。遅いもん」
──そんなことないよ。きっと……
「いや、いい。ぼくはやめる」
こうして男の子は貯まった金貨を返した。ちゃりん。こうして夢はひとつ終わりを告げた。
宇宙飛行士を目指していた男の子は、ある日じつは宇宙飛行士になるためにはものすごい努力をしなければならないことを知った。最初はきっと大丈夫だと思っていたが、そのテストのリストアップを見ているうちに、尻込みしてやめることにした。
──やめちゃうの?
「うん」
──どうして?
「だって、そこまでしてやりたいことじゃないし」
──それでいいの?
「うん。まあ、もっと気軽に宇宙行けるんだったら、その時は行きたいけどさ」
男の子は貯まった金貨を返した。ちゃりん。またしても夢がひとつ潰えた。
お姫様を目指していた女の子は、大きくなるにつれて、いつまでも自分がお姫様になろうとしていたことがバカらしくなった。男の子はいつまで経っても王子様にはならないし、自分がお姫様を名乗るだけの美人ではないことに薄々気付いてしまったからだ。
──もう、やめるの?
「うん。だって、あたしきれいじゃないし」
──頑張ったら王子様に見つけてもらえるかもよ?
「いいよ。そんなの夢物語。あたしはテキトーに生きて、テキトーに生きるんだ」
ちゃりん。見えない金貨が放り出される。小さい頃に貸し与えられたはずの金貨は次々と戻ってしまう。元手は少しは増えたかもしれない。しかし誰もその枚数を増やそうとも、減らそうともしない。ただもらって、持て余してお返しする。
ただ、運転手になりたい男の子は、これを生真面目に使った。
まず夢を語った。それをするためにどうすればいいかを考えた。色々考えて理系に進んだ。数学が苦手だったが、親に頼んで塾で習った。そのぶんたくさんの金貨を消費したが、夢が近づくにつれて、金貨の枚数はむしろ増えていった。
夢を語れば語るほど、金貨は増える。
増えた分だけ注目され、重荷になる。
その重さが耐えきれなくなると、夢を語ることをためらうようになる。金貨は少なくなるが、心許なくなってもう一度夢を語る。人生、ただ生きるだけでいいのか。そんなことを口ずさんで、自分を奮い立たせる。ジャラジャラ音が鳴って、心の財布にずっしり重しが掛かる。
男の子はついに、その日、鉄道会社の面接に受かった。そしてそれからたくさんの試験と研修を受けて、夢を叶えたのだった。
──おめでとう。
「ありがとう。おかげで叶ったよ」
男の子は自分にたっぷり溜まった金貨を引っ張り出して、お返しした。おかげで金貨はもらった時の数倍にもなって戻ってきた。それらの金貨はまたべつの誰かの夢に支払われる日を待つことになるだろう。
ところで、最後の社長になりたい子供について、彼は大学生になったとたんに起業してほんとうに社長になってしまった。しかしその夢は期待していたほど面白くなかった。週休のない生活、税金に追われる日々、口ばかりやかましくて手を動かさない従業員に疲れ果てて、「こんなはずじゃなかった」とうそぶいた。
──どうしたの?
「ちがうんだ。ぼくが求めてたのは、もっとこう、違う。すごく嬉しくて楽しいはずだったのに」
──だったら、もっと大きな夢を語ればどうだろう?
「そういうもんかな」
──そうだよ。きっともっと楽しくてすてきな夢を見ればいいんだよ。
結局、彼はまたたくさんの見えない金貨をもらった。それはほんらい、彼よりも年下の子供たちに支払われるべき金貨だった。
彼は寄付やボランティアの事業を始めた。誰かの夢を応援すると言ってたくさんの事業を展開し、成功へと導いた。しかし満足できずに何か不満が残った。そのたびに見えない金貨を増やして──つまり、新しい夢を語っては、次々と金貨をかき集めた。
かき集めた金貨は、夢が叶ったとたんに急速に手元で消えていった。
「へんだな」
──なにがへんなの?
「いつまで経っても夢が叶わない」
──叶ったよ?
「え?」
──きちんと叶えたじゃないか。きみは。夢を。自分の心が願ったことを。
「いや、そんなはずは……」
──叶ったよ。君が口にした夢は。
「でも……」
──そうだね。金貨が足りなくなっちゃったんだよね。だから、また……
「いや、もういい」
──嘘をついちゃダメだよ。
「もういいんだ。これ以上、おれは……」
──そうはいかないよ。これだけたくさんの金貨を消費しておいて、「何も満足しませんでした」っていうのは、当方としても利益が成り立たないですからね。
「そんな……だって」
──夢は高く付くんだよ。ねえ?
彼は永遠に夢を追いかけ続ける。それが果たして幸せなことなのかは、誰もわからなかった。




