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ワン・アイデア・ストーリーズ  作者: 八雲 辰毘古
想像しい夜に向けて
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カエル・プリンセス

 息を吸う。ゆっくり、ゆっくり、たっぷり、たっぷり。大きく、小さく、とにかく、たくさん、いっぱい、吸い込む。


 お腹も胸も風船みたいにふくらませて、わたしは飛び込む。

 塩素の匂いが鼻の奥から泡になって散り散りになった。世界ががらりと変わる瞬間、息をしてないと生き残れない世界から、息を止めただけながくいられる世界へ──


 沈んだ先で、わたしは自由になる。この体重からも、体型からも、このまどろっこしい自意識からも。

 水に入るのは、泳ぐためだ。だから迷うことはない。コースはただひとつ。あとはどれだけ早く泳げるか。それ以外は考えなくていいし、考えたらやってらんなくなる。


 言ってみりゃ、それはシンデレラの魔法みたいなもん。終わりの決められたお姫様の時間。でも、わたしの場合、それは蛙になるための時間だった。お姫様なんかになりたくない。だってわたしは地上に上がればみにくい女の子。お姫様って言ったって、蛙一族直系な末裔ってだけのこと。

 得意技は平泳ぎ。指に水掻きでも付いてるのかってぐらいにさっそうと泳げる。でもそれ以外はてんでダメ。水の上では蝶にはなれない。自由型というほど自由にもなれない。


 呼吸が小刻みで、上手だね、とコーチにはほめられる。そんなの当たり前。だってわたしは両生類。地上の乾いた時間なんて、お肌に優しくない。できるだけながく水の中に潜っていたいから、息継ぎする瞬間だって時間が惜しい。

 けれども泳ぐのが得意になればなるほど、わたしは水から出る時間な短くなっていく。


 すごいぞ、またタイムが縮んだ──へえ、そう。それは人間界ではすごいことかもしれないけど、わたしにとっては残念なおしらせでしかなかった。


 笛が鳴る。スクールの終わりは、わたしにとってはつらい現実の時間の始まりだ。


 帰宅して、宿題やって、寝る。その間のことは思い出すのもうっとうしいぐらい。ママはパート勤めの疲れ切った顔してご飯作ってくれるけど、いつも作りすぎてる。

 なのに残すと怒られる。やめてよ。わたしちょっとぽっちゃりしてるの、気になるんだからさ。なんて言い返しても、育ち盛りなんだからしっかり食べなきゃダメって言う。それに加えて二、三の小言。わたしが口を開けば、ママはその三倍しゃべる。言葉と言葉の押し付け合い。しゃべればしゃべるほど、泡がブクブクしてるみたいに、前が見えない。


 だからいつしかしゃべるのをやめていた。言うのは必要最低限。息継ぎみたいに、「いただきます」「ごちそうさま」「お風呂入ります」「おやすみなさい」。小刻みに、ほそぼそと、少ない言葉で、あいさつ。

 翌朝も、「おはよう」「いただきます」「ごちそうさま」「お皿洗いお願いします」……そして、「いってきます」。


 その間、わたしと家族で交わされた言葉は、すべてブクブクと鳴るだけの泡でしかなかった。


 学校も似たようなもんだった。みんな好き勝手にブクブクしゃべる。それはわたしにとってはただのノイズ。

 ときどき蛙の言葉に似たような声を聞くけど、たいていは気のせい。地上にはずる賢い生き物がいて、蛙の鳴き声に見せかけて蛙を食べちゃうのもいるって話を知っている。だからわたしは反応しない。そっぽを向く。それが生存戦略。げこっ。げこっ。


 げこっ。げこっ。一時間に一回、こらえきれずに鳴いてしまう。こうなったら休み時間を利用して水を飲むしかない。横隔膜のあたりからぴょこぴょこ跳ねるこの感触は、からだがはやく水に潜りたいっていう合図。

 ごめんね、わたしのからだ。はやく水に浸かりたいよね。肺呼吸も疲れるもんね。肌も乾いてしんどいよね。


 これだから人間に化けるってのは大変なのだ。やれやれ。


 下校時間。ようやく解放されかと思いきや、クラスメイトから呼び出される。女の子だったから、最初はなんでもないかなーと思ってた。けれども行先が体育館裏だってことで、なんだか妙な感じがした。

 季節は春。まだるっこしい日差しがてらてらとわたしの肌に照り付けて、若草が生えている中に、わたしは自分の仲間を見つけた。


 蛙くん、蛙くん、地上ではあんなにのそのそ、ぴょんぴょん、不器用なのに、水中だとこんなに清々しく泳げるんだね。


 やがてたどりついた先には、男の子がいた。やっぱりか、と思ったときには女の子はいなくなっていた。めんどくさいことになった。いまどきこんな手口で来るとは思いもよらなかった。

 しかも、直球の「好きです」と来た。わたしはどうしたもんだろうかと考える。顔は思っていたより整っている。けれども。


 ねえ、蛙化現象って知ってる?


 王子様だと思ってたら、急に蛙に化けちゃったってヤツ。でも、わたしは蛙のほうが好き。王子様は、わたしにとってはただ言葉を好き勝手奪い取ったあげくに、粉々の泡にしちゃう存在だった。


 わたしはただ泳ぐのが得意な女の子。

 人魚というほどでもない。せいぜい蛙ちゃんというところが関の山だ。


 だから、わたしは蛙くんが好き。いつかちゃんと出会うことになったら、付き合っても良いんだ。お似合いじゃない。蛙くんと蛙ちゃん。立派な両生類カップルだよ。

 でも、ごめんね。地上にいるときは、わたしはただのブスなんだ。


 そういうことで、アデュー。

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