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ワン・アイデア・ストーリーズ  作者: 八雲 辰毘古
半径5メートルの非日常
18/26

チャンスを逃す

 優先席に座っていると、前に女の人が立っていた。ご老人というわけでもなく、足腰を悪くしているふうでもない。ましてや妊婦さんというわけでもないのだが、立ち続けるのが苦手らしく、車両に入ってくるなり、真っ先に優先席に向かって、向かいの車椅子ゾーンの手すりに寄りかかっている。

 そして、スマートフォンをいじりながら、チラッとこちらを見ている。ぼくはうっかり目を合わせないようにするので精いっぱいだった。


 たしかにぼくもぼくで、明らかに健常者の身分でありながら優先席に座っているなんてナニ様だって思う。

 けれども、優先席が空いていて、特にこれと言って優先するべき人がいない時点で座らないというのも変な話だ。


 だから座った。それだけ。


 ふしぎなもので、ぼくが座り始めると周りの人も「良いんだ」と安心して座りに来る。たちまちにして朝の通勤電車は優先席を、若い男女で埋め尽くすことになり、次から次へと立つ乗客を入れ替えている。

 ぼくはもし、お年寄りや足の悪い人、目の悪い人がいたら席を譲るつもりでいた。しかしハッキリそうだとわかる人以外の、座りたそうな人に対してそうするべきかどうかはろくに考えたことがなかった。


 例えば──


 その人が実は周囲には分かりにくいだけで、足を捻挫して歩くのがおっくうだったりする。しかしギプスをつけているわけじゃないから、あからさまに席を譲るべき人に見えないが、立っているのが辛そうだったら。


 または、夜勤で立ち仕事をしていて、ようやくひと段落したあとの帰宅道中だったら。


 むかし、席を譲ろうとして席を立った瞬間に、譲ろうとした相手とは無関係の人がサッと入ったことがある。その時はマナーが悪いと思ったものだが、見えないだけで足に疲労が溜まっていたかもわからない。


 けれどもそんなのひと目でわかりはしない。とはいえ「あわや」と「もしや」のあいだに、たくさんの「できれば座りたい」と思う人達でいっぱいいて、それは固定的なステータスではなく、ぼく自身も疲れた時は座りたいと思うようには、気分と元気によって変化するものだとしたら、どうだろう。

 少なくとも、ぼくが座っていたのが一般席たったら、こういう思考は芽生えなかった(もちろん一般席でも目の不自由な人がいたらすぐに席を替わるぐらいの良識はある)。ところがここは優先席で、そうでありながら真っ先に優先すべき相手がどこにもいないのに、あわよくば優先されたいと思っている人が目の前にいるから、事態はややこしい。


 優先というのは、辞書的な意味はさておき、「先に優しくされる」ということでもある。ということは、優先席とは誰よりも先に優しくされる権利がある人に向けて作られたものでもある。

 その対象は、必ずしもご老人や、妊婦や怪我人だけとは限らない。もちろん譲った方が良いに越したことはない。しかし、この人たちだけが優先席を使えるわけではないはずなのだ。そんな法律なんて存在しないのだから。


 赤いヘルプマークを付けるという手もある。ぼくの友人一家は、知的障害者を兄弟に持っている都合上、それをもって優先席に座ることがあるという。たしかにこれも仕組みとしては便利だけど、同時にヘルプマークを付けることで「私は譲られる側です」の印付けにもなる。

 では、いまぼくの目の前にいる人がそれを持っているかというと、そうではない。ほんとうに、譲るとしたら、完全な思い込みと身勝手な好意によってしか、ありえない。


 しかし勝手に席を譲ろうとしたとたん、何か後ろめたいものがよぎるのも事実だ。

 それはきっと、ヘルプマークや優先席を象徴するピクトグラムのせいであり、つまり譲ろうとした相手は「譲られる側」の記号にカテゴライズされてしまうからだった。かつてそのことでこっ酷く拒絶されたことがある。「人を年寄り扱いするな」と。まあそれは極端な例かもしれないが。


 さて、マナーによっても、ルールによっても保障されない、なんの変哲もない、ただの「席を譲る」という好意が、いかにして難しいことになってしまったのかをご覧いただけたかと思う。

 ぼくは決して不真面目な人間ではないし、先に座ったからと言っていつまでも堂々と居座って周りのことが見えない輩とも違う。けれども周りを見れば見るほど、自分が座っているという事実がやましく思えることはない。だからいつしか目を背けて、スマートフォンか車内広告を見るしか、目のやり場が無くなって、問題のありかがわからない大人になってしまうんじゃないかって、ちょっとは思ってしまうのだ。


 そうでなくても、満員電車の中で、自分の座る席が空きはいないかとギョロギョロと見回して、あわよくば座って束の間の休息を得ようと息まいているか、どっちかだ。

 さもしいなあ。さもしい。ぼくはそのどっちでもない代わりに、どちらにもなりきれない、中途半端なグダグダ野郎で、振り切れないせいでより苦しい目に遭ってるおばかさんに相違なかった。


 こんなことを友達に話したら、気にするなよ、と一蹴だ。そんなことわかってる。だからぼくはこの疑問はだれにも話すことができず、ただ宙ぶらりんと中吊り広告の手前に想念を貼り付けるしかできない。


 電車が次の駅に着いた。その時、ようやく目の前の女の人が荷物をまとめ、下車した。ついにぼくは優先席に座ったまま、譲るチャンスを逃してしまったのだ。


 結局のところ、ぼくはその人に席を譲らなかったという、事実だけが残る。

 いや、事実だけじゃない。席を譲れたかもしれないという、想いもまた残っていた。

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