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ワン・アイデア・ストーリーズ  作者: 八雲 辰毘古
半径5メートルの非日常
12/26

ぼくらは生きている、言葉と言葉の隙間を。

 初対面の人に、趣味を尋ねた。


「小説読むのが好きなんです」

「文学とかですか?」

「ええと、たぶんそうですね」


 よくよく聞いてみたら、一般文芸の、ドラマ原作になるようなものだった。

 ぼくが好きだったのは、SFとかファンタジーとか、独特な言葉のセンスが輝く文学のようなもので、話しているうちに凝り性がバレそうだったので早々に撤退した。


 別の人とお話をした。


「マンガ、好きなんですよ」

「ほうほう。ぼくも好きなんですよ」


 けれどもその人が好きなのは、ウェブアプリで無料で読めるような、恋愛なんだか妄想なんだかよくわからないけれども、絵が綺麗でそこそこ読めるものを指していた。

 もちろんぼくもときどき、興味半分に読むことがある。そのときはたまたまお互い知っているタイトルを見つけてその作品の話題に逃げ込んだ。けれどもぼくはどっちかというと、線が細くて描き込みがしっかりしてる絵柄の、なんでもない日常を斬新に描いたものが好きだったんだ。


 また違う日のこと、メガネ屋の店員と長話をして、休日にどんな映画を見るのかを訊いてみた。


「アニメ、よく見るんです」


 てっきり韓ドラかなと思ってた。そのことを詫びてから聞いてみると、異世界転生もののアニメをよく見るとのことだった。


「テンポが速いのが好きなんですよ、ときどきパターン化してますけど、面白かったら気にならないです」

「そうなんですね」

「でも友達に面白さをわかってもらえること、少なくて。わたしだけなのかなあ」

「そんなことないですよ。その作品、原作がランキング一位ですから、知ってる人は多いですよ」


 ところで、ぼくが好きなアニメはというと、いわゆる〝萌えアニメ〟とか〝日常系〟とかでもないし、原作があるやつでもなくて、ほんのときどき出てくる、作家性の強いオリジナルアニメが好きだったりするのだ。


 小説。マンガ。アニメ。ドラマ。そして映画とか、いろいろ。

 みんな同じ言葉、平均的なたわいもない言葉を使って、自分の言葉にならないものを乗っけていく。それはまるで積み木かジェンガタワーのように、隙間とバランスを縫って、都合よく積み上げられた不安定なしろものだった。


 SNSを見る。なんかのジャンルにこだわりのありそうな、作家志望のアカウントが、「真のファンタジー」とか「ほんとのSF」とか、いろんなことを言っている。

 たぶん、若いか世間知らずなんだろう。ぼくはむかしむかし、こだわりの強い作家たちが互いに作品をダメ出ししあって崩壊したコミュニティを知っていた。アラ探しをしていけばいつか純粋な概念にたどりつけるだなんて、そんな方法論はソクラテスの時代に出尽くしたはずだ。この人はソクラテスの末路を知っているのだろうか? たぶんわからないんだろうな。知りもしない。おまけにこの人はソクラテスではなかった。ただ空理空論をもてあまして、自分は他とはちがうんだぞ、というバリケードを、自覚しないまま組み立てているように見えてしまった。


 ぼくにもそんな時代があった。だからなのか、相手にしなけりゃいいものを、ほっとけないというか、むしろ微笑ましい気持ちになってしまうのだ。


 けれどもそんな人のフォロワーは、ぼくよりずっともっと多くて、影響力も、話題性にも富んでいる。

 まちがいと勘違いにあふれかえったこの世の中じゃあ、ほんとのことはちょっと刺激の強い〝効く〟クスリみたいなもんだった。ドラッグ・カルチャーが近現代史になってから久しいけれども、その文化が廃れたとは思わない。インターネット時代のドラッグとは真実そのものだ。かつてはクスリに頼って真実を見ようとしたかもしれない。しかしいまや真実そのものがモノトーンな現実を引き剥がすおクスリなのだった。


 だとすれば、この虚栄と勘違いと思い込みばかりで出来上がったこの世界は、病気なのだろうか?

 すでに病気が世界中に広がってしまった現代である。そんな妄想は、決して根拠のないものではない。しかし、もしそうならこの病気をどうにかしようと足掻く人たちは、かえって過剰に余計なおクスリをばら撒いてるという皮肉に気づかないことになる。


 そこまでナナメに考えると、しかしまあ、ある種の真実を突いているかもしれないけれども、どっちにしたってつまんねーな、て思ってしまう。


 きっと賢い人は、このぐるんぐるん回る考えごとの不毛さをよく知っている。小説とは何かとか、何が本格で何が異端なのかとか、そんなことをまじめにまじめに考えるほど決まっていくのは〝敵〟ばかりということになる。そういう仕組みをわかっている人ほど、こういう愚かな戦いから身を引くのだ。

 でも、だからと言って、まちがいと勘違いがなくなるわけじゃない。相変わらず小説が好きなんですって言ってライトノベルと一般文芸と海外文学のあの微妙なソゴにつまづいて、映画が好きですかと聞いてハリウッドのシリーズものと特撮アクション映画しか観てない人間が評論家ヅラするのを止めることは、決してできやしない。そこにはただひたすら履き違いが起こってばかりだ。


 それがあるからお互いに「それは違う」と声を大にして言い争っているのにも、かかわらず──


 もしきみが自分自身の心の不安を拭い去ることができないのだとしたら、こんなどうしようもない言い争いを見かけるや否や身を退くのが賢明だ。だって、そこに正しい答えなんてありはしないし、それだというのに、正しさを押し付けあっている矛盾に気がついてしまうからだ。

 そこに答えがあるなら自分で考えて、自分で解釈し、自分で納得が言った言い換え表現としての〝定義〟しかない。けれども、言葉に対してそこまで真剣に向き合う人なんて、それこそ珍しい。


 ぼくらは言葉をいい加減に使っている。

 喩えるなら──


 子供が買い与えられたおもちゃを、かじって、放り投げて、ぐちゃぐちゃにして、周囲を傷つけながら、初めて十人にひとりかふたり、おもちゃはだれかに買い与えられたものだと理解する。それ以外のだいたいは、おもちゃはおもちゃだって見向きもしない。

 大人になればなるほど、そうしたものを子供を黙らせるための商品として見なすようになる。程よく買い与えれば、退屈を持て余して泣き叫ぶ子供の注意を逸らせると、そういう魂胆がどうしても隠せないしろものに、成り果てる。


 ぼくたちにとって、言葉とはすでにそのようなものになっている。

 だから悪いというんじゃない。そういうものなんじゃないか、とあらかじめ割り切っておかないと、自分が正論を振りかざす横暴な人間になってしまうということだ。


 いくら理屈をこねくりましても、いくら他人を説得しうるアイディアに富んでいたとしても……

 それを振りかざして理解されようなんて思うのは、じつはとてもとてもおこがましいことなのだ。


 それをわかってもらうのは難しいかもしれない。やっぱり大雑把な言葉を使って〝好き〟を語って、そこに違和感を覚えて言い返したくなるかもしれない。

 だが、結局のところぼくたちが日頃使う言葉というのは、積み木であり、ジェンガタワーであり、そうした不安定なぐらぐら揺れる中に、ほんのちょっとした隙間を見つけて滑り込むことで初めて活路が見つかるような、そんなものでしかないのだ。


 自分の〝好き〟を定義する。それは結構。しかしそんなもので作った城は、だれを招いてどうやって手入れするのだろう?

 自分の言葉を作るのは結構。ただしそれにホコリを被せてしまったら、結局何のために作ったのかもわからない。言葉は人だが、人は言葉ではない。ぼくらはつねに言葉に乗っかり切らないいろんなものを、カタコトの、そんじょそこらの広告や教科書や美術館で拾ってきた言葉をつなぎ合わせて、表現し、伝えようとする。届けようとする。


 だから、言葉なんて正しくなくて当たり前なのだ。

 まちがいと勘違いだらけの隙間を、履き違いだからで靴ずれが起こってる現場を、かろうじて縫って、ほぐして、違う言葉にジャンプして、代案を提示して、突っ込んで、離れて、ようやくぼくらの〝好き〟は分かち合われる。言葉はそのための梯子であるというのが、今のところのぼくの結論なのだった。


 教科書と企業と美術館からしか言葉を引っ張り出せない、つまんねー大人になるんじゃねえぞ。ぼくから言えるのはここまでだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ズキンと胸を指してくるくらいにわかりみの深い内容だと感じました。特に前半で共感して掴んでくるのはさすがです。 [気になる点] 自分の理解度が乏しく、見当違いの質問であれば申し訳ありませんが…
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