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ワン・アイデア・ストーリーズ  作者: 八雲 辰毘古
半径5メートルの非日常
11/26

テディちゃん君

「実は好きでした。付き合ってほしいです」


 まさかの相手に告白された。別に性別がどうというわけではなくて、いちおうわたしは女性で相手は男性なんだけど、そんなことをかけらも考えたこともなかった相手だった。


 だってはわたしとしては、彼は友人(いいひと)だったのだ。


 出会ったきっかけは──というほどちゃんとしたきっかけなんてない。たまたま同じクラスだったというだけ。隣の席だったかもしれないけど、細かいことは覚えてない。ただ人の良さそうな顔で、私がよく落とした消しゴムを拾ってくれて、話す機会が多くて、趣味もよく似ていたのだ。

 わたしは人見知りで趣味が近いひととしか喋れないタイプだったから、クラスから浮いてきた。女子会とかもってのほかで、ほんとうに仲が良い友達どうしでワイワイやるなら良いんだけど、クラス会とか文化祭みたいな〝みんなで〟やるイベントになると、スッと後ろに引いてしまう。そういうとき、避難場所になるのが彼だった。


 人当たりの良さそうな顔は、クマのぬいぐるみに似ている。ふわふわしていて、しゃべっていても他の男子みたいにギラギラしていない。だから話しかけやすく、からかいやすい。返し方もフワッとしているし、男子と女子のあいだで発生する独特な緊張感もない。だから友達としてもとても重宝したし、やな男子から逃げる先としても有難かった。

 それが、もしも彼を勘違いさせることになっていたのであれば、非常に申し訳ないと言うしかない。でも、わたしはそういう気持ちで接近したわけでもなければ、そもそも恋愛をしたいと思ったわけでもなかった。


 だから、断るための口実を探すのがとてもとても大変だった。


「ちょっといったん考えさせて」


 そう言って据え置きにしてしまうのも、わたしの悪い癖だろうか。

 結局わたしはその人の好意の落ち着き先を決めないまま、隣の席に座っているのも素知らぬ顔をしなければならなかった。


 ほんとに嫌だった。


 ふつうクラスにいるみんなは、どんなにペチャクチャ喋っていても、注意も意識もバラバラだから、ぶっちゃけ誰が誰をどう見ているかもどうでも良いものだった。唯一気になるのは先生の目がどこを見ているのかぐらいで、それ以外は、あーいつもの男子が騒がしいなとか、休み時間の女子グループの覇気がやばいなとか、そんなことしか考えない。

 それが、さっきの告白のせいで、ありもしない隣からの目線を気にしなければならなくなったのだ。いままでずっとそんな目で見てたの? という驚きが半分で、もう半分は今まで友達だと思ってたのに……というちょっと残念な気持ちだった。


 実際彼は紳士的というか、クラスの騒がしい男子の誰よりもおとなしくて、優しい雰囲気をまとっていた。もともとわたしに下心があったわけではないのはわかった。なんというか、友達だと本人も思っていたはずのものが、いつのまにか好きになっていたという。

 そこんところがよくわからない。ただ長く付き合って遊んできた相手だから、キモいというほどすげなく断れるものでもなかった。


 友人に、相談した。すると──


「蛙化現象って知ってる?」


 知らん、と答えると、友人は、だよね、と言った。


「グリム童話でかえるの王子様ってあるでしょ。あれのお姫様ってそうとう面食いでさ、かえるの時はすげなく追っ払ったくせにイケメンの王子様になったとたんに結婚してってなるおとぎ話。なにそれって思うけど、要するにそれの逆なのよ。いままで〝良い人〟だなって思ってたのが、急にキモいかえるになっちゃったってわけ」

「へえ」

「ちょうどそんなところじゃない? あたしはべつに、あんたたちが付き合おーが、付き合わなかろーが、どっちでもいいけど」

「ひどい。もっと真剣に考えてよー。親友のなんでもない平和な日常のピンチなんだぞ!」


 そう、わたしが求めていたのは、〝なんでもない平和な日常〟なのであって、カレシでもオトコでもカレピッピでもなかった。クラスの中での惚れた腫れた話は、都会のショーウィンドウの向こう側に陳列する銀のネックレスとか、高級ブランドのハイヒールとか、そんな程度のものにしか見えなかったのだ。


「つってもさー、べつに嫌なら断れば良くね?」

「んー、でもさー」

「でもさー?」

「それ以前とそれ以降ってあんじゃん」

「うわ、まじで言ってる?」

「うん」

「あたし男だったらあんた嫌な女だよ」


 そういうもんだろうか。


「だって、そうじゃん。あんたが求めてんのって、かっこ付きの(都合の)良い人ってことじゃん」

「うん」

「わかってる?」

「うん」

「あんた、もしかして」

「うん?」

「相手のこと、ぬいぐるみだと思ってる?」

「……うん」

「うわー」


 心底軽蔑された。


「だったらオーケー出さない方が良いよ。断っとけ。向こうは凹むだろうけど、その方がお互いのためよ」

「そういうもん?」

「そー、そー」


 もうそれ以上その話はしたくないというふうだった。

 帰宅後、うんと考えた。たしかにわたしは彼のことを都合の良い人間だと考えてたかもしれない。ぬいぐるみという言い方が悪いんだったら、いつでも構ってもらえる親戚のお兄さんのつもりだったと言えば良かろうか。


 わたしはたんに遊び相手として、退屈な日常に掛けるふりかけとしての友達が欲しいのであって、それ以上はまったく欲しくない。これが北海道産の生いくらだったりキャビアだったりされても困る。チープで、どこにでもあって、てきとーに手に取れる、そういうふりかけが欲しかっただけ。

 それが急にグレードアップしました、値上げもします、て言われても、どうしようもないのである。


 しかし、よくよく考えてみる。


 もしこれがほんとにふりかけだとしたら、残念だとは思うけど買うのをやめるだけだ。だとしたら、新しい次のものを探す手間がめんどいというだけのことで、いままでウダウダしていただけじゃないか。


 たった、それだけのこと。

 なあんだ。


 いままで悩んでたのがバカみたいだ。


 わたしはベッドで抱いていたテディベアをぱっと放り投げた。そのくまは部屋の隅で泣きそうな顔をして転がっていったが、わたしはその夜とても気持ちよく眠れたのだった。

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