表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワン・アイデア・ストーリーズ  作者: 八雲 辰毘古
半径5メートルの非日常
10/26

あんたの自由は叩き売りも同然さ

「あの、服に値札ついてますよ」


 ボサボサ髪の女の子が、ご親切にそう言ってくれるけれども、ぼくはしどろもどろでアッハイ、どーも、ありがとうございます。だなんてすっごい雑なことしかいえなかった。

 でも、ちょっとちがうのだ。この値札は、わざと付けたままにしている。要するにぼくがこのアウターを買うために支払った対価なことで、言い換えると、ぼくが自由に使えるお金がどれだけ減ったのかをはっきり指し示す重要な数字なのだった。


 4490円。それはぼくがバイト先で四時間働いたのとおんなじぐらい。

 すなわち。ぼくの四時間はおしゃれ用のアウターとニアリーイコール。


 値札をぼんやりと眺めて、ちぎる気もなく襟の奥にしまい込む。おかげで首の裏からうなじにかけてチクチクする。このチクチクする感じが、決して自由がタダじゃないことの証明であるかのように思えたものだった。


 バスが停まった。ぼくはふと窓の外を見て、慌てて降りる。

 電子マネーがピッと鳴る。その音でぼくの自由のライフゲージがまたほんのちょっとだけ減ってしまった。


 スマホで残高を確認する。あー、そろそろバイト入れなきゃな。そんなことを思うな金欠っぷりだった。


 お金を稼ぎたかったら時間を掛けること。時間が欲しかったらお金を稼ぐこと。タイムイズマネー、時は金なり。そんな無情な方程式が、ぼくらの日常を制約する。

 ぼくはスーガクってやつが得意じゃないから、この世界のお金周りがどうしてこんなに不平等なのかを説明されたって困る。ただ、社会科は得意だから、この世界には自由ってやつがあって、ぼくたちはたいへん恵まれた時代とお国に生まれついたことだけはよくわかった。


 ただ、そういうタテマエも、キビシー現実のまえには風前の灯火ってなもんだった。


 駅前のデパートは、道路に向かってショーウィンドウを張り出している。顔のない真っ白い人間のかたちをしたものが、だれもが憧れてやまないような服を着て、こっちを見てと訴えかけていた。

 ぼくはそれを、水族館の魚のように眺める。ちらりと値段を見ると、着ているアウターとは文字通り桁違いな数字が並んでいる。ぼくがこの服を手に取って着ることがあるとしたら、それはどれだけの時間を先送りにすることで手に入るんだろう。そんな疑問を計算機に掛けて数回タップすると、ため息が出て仕方がなかった。


 そんなこんなで休日が終わってしまうと、あしたからはまた学校である。


「おはよ」

「おはよ」

「きのう、なにしてた?」

「なんにも。金ねえし」

「おれも。動画ばっか見てたわ」

「だよなー」

「お金ないとなんにもできねーもんな」


 せっかくの自由な時間も、お金がなければただ持て余すしかない。だからできる限りバイトのシフトを突っ込んだ。もちろん疲れたり、部屋でダラダラしたいときもあったりするけれども、なんにもないよりはマシ。お金のない自由ほどみじめでみっともないものはない。

 時間。お金。日常は常にこのふたつのおもりを乗っけて歩く綱渡りだった。どっちかに偏ると必ずもういっぽうが浮つく。びゅうびゅうと吹き荒れる風は世の中の風当たりというやつで、とにかくこの辺のバランスをよくわきまえたやつが、世渡りが上手いのだ。


「そーいや、知ってるか?」

「なにを?」

「二年の先輩、パパ活してたって」

「まじ?」

「うわさだけどな」

「なんでそういうのわかるの」

「さいきん羽振りいいんだってよ」

「へえ、それだけで?」

「あと、夜中知らんおっさんと歩いてたって話も聞いた」

「聞いただけかよ」

「目撃情報だぜ」

「ヒマありゃそうやってアラ探しってか、あーやだやだ」


 言われてそいつはムッとしたのか、あきれたのか、わからないけどいなくなった。

 ときおりこういう風が吹くと、それまでこっそり上手くやってたやつが綱渡りを転がり落ちるもんだった。自由のライフゲージが無くなったやつから次々と脱落するこのゲームは、時間無制限で、残機ゼロのエンドレスループに違いなかった。


「こないだのあれ、見た?」

「見た見た。あの服カッコいいよな」

「例の新刊……」

「なんかおもしろいことないのー?」


 自由な時代に生まれついたとしても、ぼくらはいまだに不自由だった。そりゃ、戦争してる国とか貧困にあえいでいる人たちから見りゃずっともっと豊かで暮らしやすいかも知れないけれども、だからと言って毎日が満足とはいかないのがふしぎだった。

 きっと、ぼくらが底知らずの欲張りだからなのかもしれない。でもなんで欲張りなのかというと、欲しいと思うからで、なんで欲しいと思うのかっていうと、自分もそうなりたいと思うようなものが、世の中にはたくさんあるからだった。


 いい服を買えば、ファッション誌に載った気分になります。

 タレントのモノマネをすれば、タレントとおんなじ笑いを巻き起こせます。

 ユーチューバーの動画を見れば、翌日みんなとおしゃべりできます。

 駅前の出店で買い食いすれば、ちょっとやんちゃな下校時間が過ごせます。


 とにかくたくさんの人生オプションがあって、そのどれもを堪能するにはお金が必要だった。だからバイトは必要不可欠だった。親に頼んでいた時期もあったけど、「そんなにやりたいなら自分で稼ぎなさい」とそっけなかった。

 だから頑張らないと、働かざる者食うべからず、働かざる者自由にあらず。


 おかげで暇な時間というものが、すごくやるせない。部活動なんてしていられる気もしない。結局なんでもかんでも、お金、お金、お金という次第である。自由は金。フリーダムイズマネー、というのがぼくらの実感。

 もちろん、そんなことないよと教えてくれる熱い大人もいっぱいいるだろう。けれどもそんな人でも、きちんとお金持ってるから言えるんだよね。ぼくらが学校に行ってる間、だれかのために時間を使っているからぼくらは平和で豊かな生活を送れるんだったよね。


 そんなのぜんぶわかってて、だからこそ言えるんだ。ぼくたちは自分の自由をお金で買ってるし、だれかの自由を気まぐれで買い取っているんだって。

 まあ、そんな中で上手いことやってるやなヤツがいるってぐらいなんじゃないかな。


 そんなこんなを考えた帰り道、ぼくはなんとなく見かけた駅前のアイスクリーム屋さんに気持ちが吸い取られて、うっかり財布を開いた。それで心ゆくまで冷たくて甘い時間を過ごしてから、空っぽの財布を見つめる。

 ああ、ちくしょう。またやっちまった。あしたからまたどっかで稼がなきゃ。そんなことをぶつくさ考えながら、今日もぼくは自分を高く買ってくれる場所を検索していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ