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ワン・アイデア・ストーリーズ  作者: 八雲 辰毘古
半径5メートルの非日常
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コンビニスイーツ化した恋愛模様

「それでねー、彼氏がさあ──ねえ、聞いてる?」


 うんうん。ちゃんと聞いてるよ。彼氏くんがつれなくて浮気性で夜しか会ってくれないんだったよね?

 でも、そこまでわかってるんだったらあとは別れるかどうかの問題じゃん。さっさと決めればいいのに、別れるのか、それをわかってて付き合うのか。悩むことなのかな。


 と、わたしは思ってるけどそんなことは言わないし表情にも出さないようにしている。

 仮に出てたとしても、マスクの下だし。たぶん大丈夫でしょ。


 別に自分自身、恋愛経験豊富ってわけでもないし、目の前の友達はあくまで〝友達〟だから、あえてこうだと言い出す勇気もない。同じ小学校で同じ中学校。よくご飯に行く。駄弁る。SNS見せ合う。プリクラ撮って()えを気にする。ときどき大胆に盛る。ショート動画スワイプしてニヤつく。そんだけっちゃそんだけ。

 大人気の漫画とか読んでると、いつも仲良くしている友達とか仲間とか、そういうものに強いあこがれが湧いてくる。でも、実際の〝友達〟ってのは暇な時間を埋め合わせるだけのパーツにしかすぎない。それも、お気に入りのアイドルとか動画配信者とかサブスクドラマの隙間にできた絶妙な溝を埋めるための、出来合いの寄せ集めだった。


 とてもとても、映画やアニメみたいな綺麗な完成品になる気がしない。


 こんなことを言うと、親とか先生の世代は生の現実に触れろだのなんだのといろんなこと言うけれど、わたしにとってはこれが現実なのだということ、わかってない。

 よくよく考えてみてほしい。スマホでよく見る世界は、映える写真、テンポの速い動画、上手い文章、改行の多いブログ、煽った見出し文句、文字の多いサムネ、着飾ったタグ、釣り文句、ステマ、うざったいバナー広告──全部がぜんぶ、編集されたもの。誰かが見てもらおうと加工したものだ。生の現実なんて一ミリもない。ときどき無編集とか言ってるけど、あれもスマホのカメラで撮ってるじゃん。スーパーの刺身みたいなもんだよ。


 つまり、切り抜かれてない現実なんて、ありゃしないってこと。

 わたしたちはそういう切り抜きの中で、綺麗かどうか、見せられるものかどうか、人気があるかどうかを常に気にしてる。なぜかって、見られてない人生に意味なんてないからであって、フォロワー数がどうかというより、誰かと話して「わかるー!」とか「それな!」とか言える程度のストックは常に持ってなきゃ話になんないってわけ。


 例えるなら、ゾンビ映画で銃の弾持ってないと話になんないのとおんなじなのさ。


 ──て、いま変な例えを出しちゃったけど、わたしがゾンビ映画をよく見ることは誰にも知られないようにしている。そういう趣味は映画マニアみたいに見られるし、別に語れるほど詳しくもないし。

 別垢でたまに吐くのがせいぜいなもん。でもそっちはそっちで絡みがうざいフォロワーとかいるし、ほどほどにさせてもらってる。敬語使ってればソーシャルしてるようなもんだから、いつまで経ってもSNSでは敬語は抜けない。詳しいおっさんがロメロがどうとか言うの、さすがにうっせえわ。


 そんなこんなで頭でいろんなことを思ってたら、向こうの気が済んだみたい。「ありがとー」と言ってファミレスで割り勘。ドリンクバーではダイエットとか言っていつまでもウーロン茶だったわけだけど、それじゃあ水腹でたぷんたぷんだから、さすがに何か物を詰めておきたくなっていた。

 んで、ついつい目についたコンビニに入っちゃう。


 狙いはスイーツ。菓子パン、プリンにチョコレート。どれも手っ取り早くて甘々。どこにでもある舌の上の楽しみがないと、常に何かを持て余してしまうような気がして怖い。動画は目を、音楽は耳を。手では宿題とスマホを交互に触りながら、ときおり舌を転がしてあごを動かす物がないと、味気ない。

 バーっと買ってガーッと転がす。わたしの日常はミニマリストみたいにきれいじゃない。思ったことの垂れ流し。意識も高くなければ、趣味というほど凝ったものもない。そういう自分は恋愛というステージがまだまだ遠くて画面の向こう側にしかないもののように思えてならない。というか、画面の向こう側だけでいい。ファミレスで聞かせてもらうだけでお腹いっぱいだ。


 そういや、ファミレスで話してたときもプラスチックのついたてがあったっけ。マスクがあって、アルコール消毒もしてんのに。どんだけ感染怖いの。超ウケる。

 いったいぜんたい、何重にカバーすれば安心できるんだろう。わたしたちはいつまでもどこまでも、無数のパッケージに包んでないと自然な付き合いすらできなくなっていた。でもきっと、それは普段の言葉遣いだってそういうもんだろう。差別的な表現を使わないとか、敬語を使うとか、そういうものの以前に、ほんとうに思ったこととか、腹の底ではどんな感じがあるとか、言ったって仕方ないと思ってるから、伏せておくようにしているわけでして。


 ほんとうのことは、常に誰かに感染(うつ)るものだ。それも、必ずしも良いことだとは限らない。誤解もされるし、うわさも流れるし、ハブにもされる。だからわたしは過激なものや、刺激の強いものは、そっとミュートにしている。マスクをするのと同じだ。そして話す時は敬語とあいさつを忘れない。これはアルコール消毒みたいなもの。余計な接触は避けましょう。行儀よくしていましょう。変なうわささえ立たなければ、とりあえず清潔で安心感がある付き合いになる。

 そんな間柄で起きる惚れた腫れたなんてのは、ちょっと滑稽で、わたしにはよくわからないものになっていた。


 まあ、どうでもいいけど。


 帰宅して部屋で宿題してると、机の上に放ったスマホに通知があった。さっき話してた友人だった。開かなくても中身がわかる。ホーム画面で、「やっぱり別れる」と書かれてりゃ、既読なんてつけなくてもオチが丸わかりだろう。

 そりゃ、そうだよね。と思う。けど言わない。書かない。おくびにも出さない。三十分ほど放置して、続きが来ないのを確認してから、「そっかー」「次は良い相手見つかるといいね」と返しておく。二十分後に返信。「ありがと」「元気出た!」あとはスタンプの羅列。なんか最近ハマってる漫画のキャラクターらしい。


 最初からオチがわかってた。現実の恋愛なんてこんなもん。わたしはなんだか期待はずれの映画の、平凡な結末を見せられた気持ちがして、ひどいため息を吐いた。買ってきたコンビニスイーツの包装をぱりっと破く。そうして頬張った菓子パンの味は、舌を刺激するには十分な出来の甘さだった。

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