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【3】

合流したクラスメイトたちと話しながら屋台を見て回る。

着慣れない浴衣に少し歩きづらさを感じながら、でもやっぱりみんなとワイワイと歩くのもまた楽しい。


「藤堂、大丈夫?」

「あ、うん。ありがとう」

「飲み物とか買ってこようか?」

「んー、まだ平気かな」

「そっか、何かあったら言ってくれよ?」

「うん、ありがとう」


女子だけで行くものだと思っていたら集合場所には男子もいて。別にいいんだけど少しびっくりした。


「悠歌、絶対狙われてるよ」

「え?」

「そーそー、小林くん絶対悠歌のこと好きじゃん」

「は?いやそんなことないでしょっ」

「なーに言ってんの!明らかに好きーってオーラ出てるじゃん」

「えー、そうかなぁ……」


小林くんがほかの男子のところへ行った隙に友達が私にそんなことを言ってきた。狙われてるって……ただ気をつかってくれてるだけだと思うんだけど。


「あーでも悠歌あれだよね。好きな人いるんだもんね」

「え、そうなの?」

「あ、いや、まぁ……」


友達の言葉にドキッとして、でも何とか言葉を濁す。

そういえば中三の時にそんな話をクラスでしたっけな。


「でもさ、結局誰なわけ?中学の時も今も、誰から告られても断ってんじゃん」

「いやぁ、まぁ、いいじゃん、それは!」

「めっちゃかっこいい人って言ってたけど、そんな人少なくない?」

「あ、もしかして─」


曖昧に答えずにいたら、友達同士で私の好きな人予想が始まってしまった。

その会話を聴きながら、脳裏に浮かぶ彼の姿。

花火大会、来てるのかな。でも去年は行かなかったって彼のお母さんが言ってたし、今年もきっと引きこもりかもしれないな。


……いつか彼と一緒にお祭りに来て、手を繋ぎながら花火を眺めて……なんてね。


「おーい、そろそろ花火見る場所確保しに行くぞー」

「あ、はーい」


少し先にいた男子たちがそう声をかけてきて。その声にみんなの会話も私の思考も中断した。


他愛もない話をしながら、手の中で瓶ラムネの中のビー玉がカラコロと音を立てていた。


「─え」

「ん?悠歌どうしたの?」


大勢の人が行き交う中。すれ違うように向こうから歩いてくるひとりの人。

まるで私とその人を残して世界が止まってしまったみたいに、その人と私以外はモノクロで、私たち二人だけが色を持っていて。


─前髪を上げていていつもと違う雰囲気だけど、間違いない。彼だ。……でも、なんで?


私に気づいていないのか、彼は少し離れた位置で私とすれ違うと、そのまま何事も無かったように人波に沿って歩き遠ざかって行く。


「悠歌?どうしたー?」


急に立ち止まった私のことを不思議に思ったクラスメイトが声をかけてくれるけど、その声もどこか遠くに感じて。


「ごめん、ちょっと知り合い見つけたからそっち行ってくる!」

「え、ちょっと!」


気づいたら少し遠くなったその背中を懸命に追いかけていた。

あんなにおしゃれして、誰かと一緒なのかもしれない。もしかして……女の人?そう考えると胸がざわついたけど、それでもその背中を追わずにはいられなかった。


「大樹っ」

「え?─は?」


人混みの中、あと少しの距離がもどかしくて。少しだけ大きな声で名前を呼ぶと、彼はびっくりしたように振り向いた。


─あぁ、久しぶりにまともに目を見たかも。やっぱりかっこいいや。


「え、あれ?友達と来てるんじゃ……」

「大樹見つけたから、追いかけてきた」

「いや、よくわかったね……」

「そりゃわかるに決まってるじゃん!だって─」


─あんたのこと、好きなんだから。なんて、簡単に言えたらいいのに。


「─幼なじみだもん」


出てくるのはそんな言葉で。


「幼なじみって言ったって最近は全然会ってもなかったのに。それに僕、いつもと違うのに」

「そうだよ!びっくりしたんだからね。……って、もしかして誰かと一緒だった?その……彼女、とか」


内心ドキドキしながら聞いてみる。「そうだよ」なんて言われたらどうしよう……。


「なっ、違うよ!りょーちゃんが行きたいって言ってたから着いてきただけだし、この格好も勝手にいじられただけなんだよ…… 」

「へ?りょーちゃんって……え、涼子さん?」

「そう」

「帰ってきてたんだ!」

「うん。僕も今日久しぶりに会ったんだけどね。なんでも大学卒業したから日本に戻ってきたんだって」

「へぇ、そうなんだ!」


涼子さんのことは私も知っている。私たちよりも七歳も年上だから、小さな頃によく遊んで貰った記憶がある。

私もいつから会ってないだろ。久しぶりに会いたいなぁ。


そんなことを考えながら、ほっとしている自分がいた。良かった、彼女がいるとかじゃないんだ。そうわかっただけで少しだけ心が軽くなった。


「藤堂にも会いたがってたから、そのうち家に行くんじゃないかな?」


軽くなった心にまた少し影がさす。

ある日突然呼ばれなくなった名前。嫌でも感じる、遠くなった私たちの距離。


「……ねぇ、あのさ」

「ん?」

「どうして私の事、藤堂って呼ぶの?」

「え、だってそれは……僕達もう高校生だし」

「大樹がそう言い始めたの小学生の頃だったじゃん。それも突然。それに、いつもおはようって顔出してくれてたベランダにも出てきてくれなくなったし」

「それ、は……」


前に一度聞いた時は、〝別に……〟とはぐらかされた。

毎朝ベランダに出てベランダ越しに笑顔で挨拶を交わすその一瞬が子供ながらに大切で大好きな時間だったのに、それもなくなった。


いつの間にかだんだんと話さなくなって、どんどんと距離を感じるようになって行って。

それなのに、いつまでも心は近づきたがったままで。

いっそ、ハッキリと言われてしまった方が楽になれるのだろうか?


「私、大樹に嫌われるようなことをしちゃったのかな……?だったらちゃんと言って欲しいし、嫌いだって言ってよ。このままじゃわかんないよ……」


言いながら溢れそうになるものを必死にこらえる。


「そんなことない!嫌うだなんてこと、そんなの絶対有り得ないって!むしろ─っ」

「むしろ?」

「あ、いや!なんでもないっ」

「なにそれ」

「と、とにかく!僕が君を嫌うなんてことは無いし、何もされてないよ!」


慌てた様子で真剣にそう言ってくる彼に、本当に?という視線を向けると彼は無言でこくこくと頷いた。


「そっか……嫌われてなかったんだ。良かった……」


ずっとモヤモヤしていた。嫌われてるんじゃないか……って。それなのに好きでいていいのかなって。だけど嫌われてなかった。だからって私のことを幼なじみ以上に思ってくれてるなんてことは絶対に有り得ないんだけど、それでも、〝嫌われていなかった〟ってわかっただけで、心のモヤが晴れていくのがわかった。


ほんと、単純だなぁ、私。彼のちょっとした事で心が軽くなったり重くなったり。


それだけ、私は─


「あ─」

「え?」


彼の声と少し遠くを見つめたその視線に誘われて振り返ると、同時にドンッと大きな音がして夜空が明るくなった。


沸き上がる歓声。次々と特有の音を鳴らしながら空を彩り染めていく大輪の花たち。


「きれー……」

「だな」


横並びで、だけど手が触れ合わないだけの距離を保つ私たち。

花火を見上げるふりをして隣を見ると、満足そうに空を眺める彼の横顔。


─こんなに大きかったんだ……。


いつしかこんなふうに横並びになることも無くなって、幼い頃で止まっていた彼の記憶。私よりも少し低いぐらいだった身長も、当たり前だけど私なんかより全然大きくて、少し見上げた先にある横顔にドキッとしたりして。


もしも今私の顔が朱くなっていたら、きっとそれは花火のせい。


もう何年も止まっていた時間が、カチッと少しようやく動きだした気がした。


〝藤堂はそんなんじゃないから〟


─うん、分かってる。だけどやっぱり私は君が─


「……好き」


打ち上がる大きな音と周囲のざわめきに紛れ込ませるように小さく、小さく、君に届くことも無く。


夜空に咲くこの花火のように、私の想いは気づかれないままパッと開いて、一瞬で夜闇に紛れて消えていった。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★


ベランダに出ると、外はじっとり重たい空。今日から二学期、夏の終わりと同時に太陽もお休みモードに入ったみたい。


「んー……っ」


いつものように思い切り伸びをして決して爽やかとは言えない空気を深呼吸。


さて、今日からまた学校頑張らないと!そんな気合を入れながら、部屋に戻ろうとした時、隣からカラッと小さな音が聞こえた。


「─え」


寝起き特有の気だるさをまとったまま、重たい足取りでベランダに出てきたのは─彼。

朝、ここで見かけるなんて小学生以来じゃ……。


「……はよ」

「え、あ、おはよ。珍しいね」

「あぁ、うん……」


前髪に隠れた目はきっとほとんど開いてないだろう。欠伸をかみ殺しながら、彼は一度伸びをして、ボソッと呟いた。


「……なんとなく、いるかなと思って」

「え?」

「じゃ、また学校で。……って、クラス違うけど」

「あ、うん……」


彼はそれだけ言うと、呆然とする私を置いてさっさと部屋の中へ戻って行ってしまった。


……何年ぶりだろう、ここで彼とこうして話したの。


「─よしっ」


もう少しだけ、この気持ちを大切に育ててみよう。諦めることなく、もう少しだけ。


部屋に戻る直前、振り返り見上げた空には相変わらずの分厚い雲。

その隙間から、まだ細く頼りない光が差し始めていた─。



続。


順調に距離を縮めているかのように見える2人。


けれど、順調にいかないのが、物語というものである─。

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