【2】
─高校生になった僕は、相変わらず絵を描いていた。
幸いにもまたグラウンドに面していたから、窓際で空を描きながらざわめきに紛れて聴こえてくる君の声を聴いていた。
「もう一本お願いしますっ!」
ちらりと視線を向けると、土まみれになりながら懸命にボールを追う君の姿。飛び込んで捕ろうとしたその先を掠めて転々と転がるボール。悔しそうに起き上がった君は、真剣な眼差しでまたボールを追いかけ始めた。
彼女には好きな人がいる。それもめちゃくちゃかっこいい人らしい。
「……」
僕は相変わらず、空を描いたそのキャンバスの端に小さく君の姿を描いた。
─一学期が終わって夏休みになった。
夏休み明けのコンクールのために学校に通う日々。
「ただいま」
いつものように帰宅すると、玄関に見慣れない靴が置いてあった。母さんの知り合いでも来てるのかな、リビングから楽しそうな声が聞こえる。
……前に気を利かせて挨拶をしたらずっと長話に付き合わされて大変な目に遭ったしな。少しだけ申し訳ない気持ちになりながら、僕はリビングを素通りして自分の部屋へと向かった。
カバンを置いてそのままベッドにゴロリ。
とりあえず着替えようか、でももう少しだけゆっくりしたいな─……そんなことを考えていたら、〝コンコン〟と部屋のドアをノックされた。
「はい」
返事をするとガチャっと開いたドア。
「やっほー大樹!久しぶりっ」
「は?……え、りょーちゃん?」
「そうだよ。良かったぁ、忘れられてなくて。元気してた?」
「え?なんで?」
母さんが入ってくるだろう。そう思って油断していたら、入ってきたのは元気いっぱいの女性。僕よりも七つ年上の従姉のりょーちゃん─涼子さんだった。
涼子さんとは彼女の両親が海外赴任になって以来あっていなかった。かれこれ10年くらい経つんじゃないだろうか。
「私この春大学卒業したんだけど、その関係でこっちに帰ってきたんだよね。就職は日本でしたくてさ」
「そうなんだ……」
「相変わらずテンションひっくいなぁ」
「りょーちゃんが元気なだけでしょ」
「悠歌ちゃんは?元気にしてる?」
「あー……藤堂も元気そうだよ。でも高校に入ってからはクラス違うから分からないけど」
彼女の名前が出てきてドキッとしたけど、なんでもないふうにそう答えると、涼子さんは目を丸くした。
「ちょっとあんた、藤堂って。どうしたの?悠歌ちゃんと喧嘩でもしたの?」
「別にそんなんじゃないよ」
「じゃあどうして?あんなに仲良くて悠歌ちゃんって呼んでたじゃん」
「……僕もう高校生なんだけど?いつまでもそんな呼び方してるわけないじゃん」
「えー、高校生だからこそじゃん。あんた悠歌ちゃんのこと好きなんでしょ?」
「なっ─!」
涼子さんの直球すぎる質問に思わず顔が熱くなる。何とか誤魔化そうと思ったけど、そうする前に涼子さんはニヤリと笑った。
「告っちゃえばいいのに」
「……そんなの無理だよ。それに藤堂には好きな人いるし」
「あんたじゃないの?」
「絶対違うよ」
「なんでそんな言いきれるのさ」
「だって聞こえたんだ。クラスメイトに〝好きな人はめちゃくちゃかっこいい人だ〟って言ってるの。だから僕なんかが相手にされるわけないんだよ」
「あんたねぇ……」
僕の言葉に、涼子さんは呆れたようにため息をついた。何にそんなに呆れてるんだろう?叶いもしない片想いを続けていることだろうか?そうだとしたら、ぜひこの想いの昇華の仕方を教えてほしいものだ。
「はぁ、まぁいいや。ところでさ、今日の花火大会行くよね?」
「え?あぁ……」
涼子さんに言われてそういえばと思い出す。そうか、今日は地元の花火大会か……。
「いや、僕は行かないよ」
「は?なんで?」
「だって人混み苦手だし。去年も行ってないし」
「あんたねぇ……部屋にひきこもってないで少しは夏を満喫しなさいよ!青春時代なんてあっという間よ?」
「と、いわれても。男一人で花火大会とかむなしくね?」
「悠歌ちゃん誘えばいいじゃない」
「なんでそこで藤堂が出てくんの……それにあいつはクラスメイトとかと行くんじゃないかな」
確かいつだったか、廊下でそんなことを話していたような気がする。
元々他の人と行く予定があるのに僕が誘うとか有り得ない。……まぁ、予定がなかったとしても誘ったって断られるオチだろうし。
「ふぅん。じゃあ私と行こっか」
「は?いや聞いてた?僕は行かないって……」
「いいから行くよ!あんなところに女ひとり危ないんだから」
「まじかよ……」
「ハイハイ、文句言わない」
「わかったよ……ったく」
正直花火大会には全く興味がないけど、涼子さんは一度言い出すと聞かないことも知っている。だから僕は諦めてついて行くことにした。
……まぁ、もしかしたら浴衣姿の彼女にも会えるかもしれないし?……なんて。浴衣なのかどうかも知らないんだけど。
「それにしても大樹、あんた前髪長すぎない?」
「いいんだよ、別に。誰も僕の顔なんて興味無いだろ」
「まぁそりゃそうか」
「……」
自分でもわかってるけど、即答はさすがにちょっと傷つくよ。
「でもせっかくだからさ、ちょっとヘアアレンジしよっか」
「は?」
「大樹のことかっこよくしてあげるから。ふふ……涼子さんに任せときなさい!」
……まじ?