【1】
私には好きな人がいる。
家が隣同士で同い年。家族ぐるみの付き合いだから、自然と幼い頃から一緒にいることが多かった。
いわゆる幼なじみの彼のことを、いつから特別に思っていたかなんて覚えてない。ただの友情だと思っていたその気持ちは、気づいたら恋という名前に変わっていた。
……だけどそんな気持ちに気づいた頃には、私と彼はほとんど話すことすら無くなっていた。
いつだったか……小学校高学年くらいだったと思う。
急に彼の態度がよそよそしくなって、私のことも名前じゃなくて名字で呼ぶようになった。
なんで?って聞いても、元々無口な彼は「別に……」と答えるだけ。
彼に嫌われるようなことしたかな?そんなもやもやした気持ちを抱えたまま、私たちは中学三年生になった。
「……」
─威勢のいい声が飛び交う放課後のグラウンド。ふと校舎を見上げると、3階の開いた窓から彼の姿が見えた。
少し長めの前髪に隠れた横顔。目の前に置かれたキャンバスに一心に注がれる視線。
私は彼の描く絵が大好きだった。その中でも好きなのは空を描いた絵。
「悠歌、ノック始めるよ!」
「オッケー!」
少しでもそんな彼の視界に入りたくて、精一杯声を張り上げてみたり。……それでも空とキャンバスしか見ないのが、少しだけ悔しかった。
「悠歌、部活ばっかりやってるけど好きな人とかいないわけ?」
「部活が恋人なんて悲しいこと言わないでよー?」
─中学三年生の夏、クラスでそんな話になったことがあった。
チラリと彼を見ても、彼は興味無さそうに机に突っ伏していた。
「いるよ、好きな人!」
わざと聞こえるくらいの声で言っても無反応……少しはこっち見てよ。
「え、まじ?だれだれ?どんな人?」
「えー、そうだなぁ。めちゃくちゃかっこいい人!」
私の答えに騒ぎ出すクラスメイト。誰って聞いてくるけどそんなの言えるわけないじゃん。
当の本人は─むくりと顔を上げたかと思うとそのまま立ち上がって、眠そうに目を擦りながら話をする私の横をすり抜けて行った。
「……バカ」
……あんたのことだって、気づいてよね。
─そんな私たちも高校受験を終えて卒業間近となった頃。
彼と高校も同じだってことに嬉しくなっていたある日の放課後。
「大樹、お前本読んだり絵ばっか描いてないでもう少し女にも興味持てよな」
忘れ物を取りに来た教室で、彼が友達と話しているのが聞こえてきた。
「別に興味無いわけじゃないよ」
「じゃあ好きな奴とかいんのかよ?あ、もしかして藤堂とか?幼なじみでずっと学校一緒だよな」
私……?彼はなんて答えるんだろう。思わず廊下で聞き耳を立ててしまう。
「藤堂はそんなんじゃないよ。……ただ家が隣なだけ」
「──」
あーあ……聞くんじゃなかった。盗み聞きなんてろくな事ないよね。
気づけば忘れ物のことなんてどうでもよくなって、その場を離れていた。
バカは自分じゃん……ほんと、バカ……。
何も伝える前に、私の初恋、終わっちゃった……。
モヤモヤした思いは加速して、長年の恋心をそんな簡単に切り替えられる訳もなく。
そうして私たちは、高校生になった─。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
僕には好きな人がいる。
家が隣同士で同い年。家族ぐるみの付き合いだから、自然と幼い頃から一緒にいることが多かった。
いわゆる幼なじみの彼女ことを、いつから特別に思っていたかなんて覚えてない。ただの友情だと思っていたその気持ちは、気づいたら恋という名前に変わっていた。
……だけどそんな時、僕は気づいたんだ。明るくて友達が多くて人気者の彼女。かたや僕は外で遊ぶよりも本を読んだりする方が好きな地味な奴。
いつだったか……小学校高学年くらいだったと思う。
「大樹ってもしかして藤堂さんのこと好きなわけ?」
「下の名前で呼んじゃってさ」
彼女のことが好きな男子や、僕のことを根暗だと笑っていた女子たちに、そんなふうにからかわれたことがあった。彼女と僕じゃ釣り合わない、僕に好かれるなんて彼女が可哀想……なんでそんなこと言われなきゃいけないんだよって思ったけど、僕のせいで彼女まで悪く言われるのだけは嫌だった。
だから僕は、彼女のことを名前で呼ぶこともなくなったし、なるべく関わらないようにした。
突然の僕の態度になんで?って彼女に聞かれたけど、本当のことなんて言えっこない僕は「別に……」と答えるだけ。
自分で選んだことだけど、彼女と素直に話せなくなった日々はすごく寂しくて……そんなもやもやした気持ちを抱えたまま、僕たちは中学三年生になった。
「……」
─美術室のグラウンドがよく見える窓際の席が僕の定位置。
空を描くことが好きな僕だから、いつだってここに座って筆をとる。
〝大樹の絵、私大好きなんだー!〟
幼い頃、僕の描いた絵を見ながらそう言って笑った彼女の顔が忘れられなくて、たったそれだけの理由で描き続けている絵。
「オッケー!」
威勢のいい声が飛び交う放課後のグラウンドから、唯一はっきりと僕の耳に届く声。空を描くフリをしながら、ちらりと視線を下に向けて懸命にボールを追いかける彼女を見つめる。
そんな彼女を、僕はキャンバスの端っこに描いた。
「悠歌、部活ばっかりやってるけど好きな人とかいないわけ?」
「部活が恋人なんて悲しいこと言わないでよー?」
─中学三年生の夏。暑さと眠気に机に突っ伏していると、そんなことを話しているクラスメイトの声が聞こえてきた。
彼女の好きな人……僕は寝るふりをしながら聞き耳を立てた。
「いるよ、好きな人!」
彼女のその答えに、思わず体が跳ねそうになった。……好きな人、いたんだ。そりゃそうだよな。もう中学三年生だもんな。
「え、まじ?だれだれ?どんな人?」
「えー、そうだなぁ。めちゃくちゃかっこいい人!」
クラスメイトの質問に、はっきりとそう答える彼女。
あ、終わった。分かっちゃいたけど僕の事じゃないや。
分かってた……僕はただの幼なじみで、ましてや僕から遠ざけたんだ。今では友達以下なのに、そんな高望み、馬鹿だよな。
それでもその場には何となくいたくなくて、僕は体を起こすと話なんて聞いてなかったと装うように眠そうに目を擦りながら彼女の横をすり抜けて言った。
「……バカ」
すれ違いざま、彼女がそう呟いた気がした。……意味は、よくわからなかった。
─そんな僕たちも高校受験を終えて卒業間近となった頃。
この恋が報われることなんてないって分かっていても忘れることなんてできなくて。結局僕は彼女と同じ高校に進学することにした。
「大樹、お前本読んだり絵ばっか描いてないでもう少し女にも興味持てよな」
ある日の放課後、僕の日直当番が終わるのを待ってくれていた友達が突然そんなことを聞いてきた。……失礼な話だ。
「別に興味無いわけじゃないよ」
「じゃあ好きな奴とかいんのかよ?あ、もしかして藤堂とか?幼なじみでずっと学校一緒だよな」
彼女の名前を出されて、内心ドキッとした。
友達の言ったことは正しすぎた。僕は間違いなく、今でも彼女のことが好きだから。見込みがないくせに女々しいなって思うけど、そんな簡単に忘れられるものじゃない。年季の入った片想いなんだから。
……でも、彼女には好きな人がいるから。また僕のせいで─小学生の頃みたいに僕がそばにいるせいで彼女の幸せを邪魔したくないから。
「藤堂はそんなんじゃないよ。……ただ家が隣なだけ」
笑ってそう言ってみたけど、上手く笑えていたかはわからない。
嘘でもこんなこと、言うの辛いんだな。
だけどこれでいいんだ。少しずつ慣れていけばいい。
次の場所で僕も彼女も新しい出会いが待っていて、きっと……僕も彼女へのこの想いを本当の意味で過去のものにできる日が来るはずだから。
そうして互いの気持ちに気づかないまま、僕たちは高校生になった─。
続.