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魔物と旅人

魔物と旅人3: 浮かぶ魔物

作者: 河辺 螢
掲載日:2021/08/14

 森に沿って流れる川の近くに、大きな木があった。

 その下で、居眠りをしている人がいた。

 昨日、街の薬師さんのところに、珍しい薬草を持って来た人だった。

 薬師さんが、「こんなものをどこで」と、声を上げて驚いていたくらいだから、結構価値がある薬草だったんだろう。

 居眠りをしている人の上に、小さな黒くて丸い魔物がいた。

 魔物は、ふわりと浮くと、突然自分の体を大きく広げようとした。

 両手、両足を踏ん張って、平たい四角になろうとしているように見えた。

 その姿は、ちょっとモモンガに似ていて、でもモモンガにもなりきれず、ふらふら、よたよた、と飛行し、墜落した。

 下にいた人は、顔の上に落ちてきた魔物に目を覚ますと、

「どうした?」

と優しく問いかけた。

 魔物は元の丸い形に戻っていて、

「…きゅうう」

と小さく鳴いただけだった。


 次の日、同じ木に、人の目につかないように少し高いところにバッグが吊ってあった。

 そのバッグが吊ってある枝に、昨日の魔物が鳥のように止まっていた。

「きゅい、きゅい、きゅい」

 歌うように遠くの何かに話しかけると、突然、森の奥から飛んできたモモンガがその木にビタッと張り付いた。

 モモンガは、もう少し高いところに登り、魔物に見せるように森の方に向けて飛んでいった。

 しばらくすると、また戻ってきて、魔物と少し話をしていた。

「じゅじゅじゅ」

「きゅきゅ」

「じゅじゅじゅじゅじゅ」

「きゅう?」

「じゅじゅ」

 モモンガが3回目に戻ってくると、今度は魔物も木の高いところに移動して、一緒に飛び出した。

 モモンガが遠くに飛んでいったのに、魔物はうまく平らになれず、そのまま落っこちた。

 それでも何度かまねを繰り返すうちに、飛び立つと同時に平らになるところはできるようになっていた。

 魔物は吊ってあるバッグに顔を突っ込むと、中から木の実を取り出して、モモンガに差し出した。

 モモンガは、それを受け取ると、森の奥へと帰って行った。

 魔物はそのあと1人で、平らになる練習を続けていた。


 その次の日に見かけたときには、はじめの日に見たように木陰で人と魔物が一緒に寝転がっていた。

 人の頭元には、薬草や木の実が置いてあった。

 作業を終えて、少し休んでいるんだろう。

 通り過ぎようとしたとき、少しポツッと雨粒が落ちてきた。

 先に気がついたのは、魔物だった。

 魔物は、この前のようにふわりと浮き上がると、体の形を四角い平らに変えて、ふらふらしながらも懸命に浮いた状態をキープしていた。

 やがて、きれいに浮くことができるようになり、そのまま人の上で浮かんでいた。

 人の顔が雨に濡れないようにしているんだ、と気がついた。

 だけど、魔物はとても小さいので、顔は守れたけれど、体には雨粒が容赦なく落ちてくる。

 魔物は一生懸命大きくなろうとしていたけれど、体全部を覆うほどにはなれなかった。

 やがて、雨に起こされた人は、自分の上に浮かぶ四角いものにそっと手を伸ばして、優しく優しくその手に包み込み、自分のそばに引き寄せた。

「濡れているじゃないか…。風邪を引いてしまうよ」

 そして頬ずりをすると

「ありがとう…」

 そう言って、魔物にキスをした。

 真っ黒な魔物なのに、真っ赤になったように見えた。

 魔物はきっと、女の子だ。


 2日後、また人と魔物は同じところで居眠りをしていた。

 丁度この時間は、休憩の時間なのかもしれない。

 今日は天気が良く、木漏れ日が人と魔物の上に落ちていた。

 また魔物が目を覚ました。

 少し日が移動して、まぶしくなったんだろう。

 またふわりと浮かんで、体を平らにした。

 魔物の影は、人の顔の上に影を作るのに、丁度いい大きさだった。

 そのまま居眠りを続ける人を見て、魔物は満足そうに浮かんでいた。

 浮かんだまま、きれいに止まっていた。とても上手になっていた。

 魔物から、歌うような声が聞こえてきた。


 その日以降、あの人と魔物を見ることはなかった。

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