魔物と旅人3: 浮かぶ魔物
森に沿って流れる川の近くに、大きな木があった。
その下で、居眠りをしている人がいた。
昨日、街の薬師さんのところに、珍しい薬草を持って来た人だった。
薬師さんが、「こんなものをどこで」と、声を上げて驚いていたくらいだから、結構価値がある薬草だったんだろう。
居眠りをしている人の上に、小さな黒くて丸い魔物がいた。
魔物は、ふわりと浮くと、突然自分の体を大きく広げようとした。
両手、両足を踏ん張って、平たい四角になろうとしているように見えた。
その姿は、ちょっとモモンガに似ていて、でもモモンガにもなりきれず、ふらふら、よたよた、と飛行し、墜落した。
下にいた人は、顔の上に落ちてきた魔物に目を覚ますと、
「どうした?」
と優しく問いかけた。
魔物は元の丸い形に戻っていて、
「…きゅうう」
と小さく鳴いただけだった。
次の日、同じ木に、人の目につかないように少し高いところにバッグが吊ってあった。
そのバッグが吊ってある枝に、昨日の魔物が鳥のように止まっていた。
「きゅい、きゅい、きゅい」
歌うように遠くの何かに話しかけると、突然、森の奥から飛んできたモモンガがその木にビタッと張り付いた。
モモンガは、もう少し高いところに登り、魔物に見せるように森の方に向けて飛んでいった。
しばらくすると、また戻ってきて、魔物と少し話をしていた。
「じゅじゅじゅ」
「きゅきゅ」
「じゅじゅじゅじゅじゅ」
「きゅう?」
「じゅじゅ」
モモンガが3回目に戻ってくると、今度は魔物も木の高いところに移動して、一緒に飛び出した。
モモンガが遠くに飛んでいったのに、魔物はうまく平らになれず、そのまま落っこちた。
それでも何度かまねを繰り返すうちに、飛び立つと同時に平らになるところはできるようになっていた。
魔物は吊ってあるバッグに顔を突っ込むと、中から木の実を取り出して、モモンガに差し出した。
モモンガは、それを受け取ると、森の奥へと帰って行った。
魔物はそのあと1人で、平らになる練習を続けていた。
その次の日に見かけたときには、はじめの日に見たように木陰で人と魔物が一緒に寝転がっていた。
人の頭元には、薬草や木の実が置いてあった。
作業を終えて、少し休んでいるんだろう。
通り過ぎようとしたとき、少しポツッと雨粒が落ちてきた。
先に気がついたのは、魔物だった。
魔物は、この前のようにふわりと浮き上がると、体の形を四角い平らに変えて、ふらふらしながらも懸命に浮いた状態をキープしていた。
やがて、きれいに浮くことができるようになり、そのまま人の上で浮かんでいた。
人の顔が雨に濡れないようにしているんだ、と気がついた。
だけど、魔物はとても小さいので、顔は守れたけれど、体には雨粒が容赦なく落ちてくる。
魔物は一生懸命大きくなろうとしていたけれど、体全部を覆うほどにはなれなかった。
やがて、雨に起こされた人は、自分の上に浮かぶ四角いものにそっと手を伸ばして、優しく優しくその手に包み込み、自分のそばに引き寄せた。
「濡れているじゃないか…。風邪を引いてしまうよ」
そして頬ずりをすると
「ありがとう…」
そう言って、魔物にキスをした。
真っ黒な魔物なのに、真っ赤になったように見えた。
魔物はきっと、女の子だ。
2日後、また人と魔物は同じところで居眠りをしていた。
丁度この時間は、休憩の時間なのかもしれない。
今日は天気が良く、木漏れ日が人と魔物の上に落ちていた。
また魔物が目を覚ました。
少し日が移動して、まぶしくなったんだろう。
またふわりと浮かんで、体を平らにした。
魔物の影は、人の顔の上に影を作るのに、丁度いい大きさだった。
そのまま居眠りを続ける人を見て、魔物は満足そうに浮かんでいた。
浮かんだまま、きれいに止まっていた。とても上手になっていた。
魔物から、歌うような声が聞こえてきた。
その日以降、あの人と魔物を見ることはなかった。




