初恋は多分終わらない
初恋は年中さんのとき。
園庭でコケて泣いてたら、同じ組の子が走って教室に行ったと思ったらすぐに通園バッグを手に戻ってきて、キャラ物の絆創膏を貼ってくれて、その優しさにあっさりと恋に落ちた。
幼い恋心と侮るなかれ。さとしくんと結婚すると言い張って8年、いまだに私の初恋は続いている。
違う小学校に進学したから、お母さんに強請ってバレンタインの約束を取り付けてもらっていた。さとしくんはほわっと優しく笑いながら毎年受け取ってくれて、いっぱい遊んで、お返しだってしてくれてた。
中学は同じ学区内だったから、それを楽しみにたまにしか会えない6年間を乗り切った。
わくわくしながら迎えた中学生。
6年ぶりにクラスメイトになれて、嬉しくて入学式のあとすぐに駆け寄ったら、「あんまり話しかけないで」って拒否られた。
それがつい30分前の出来事。
「う、うぇ…っ」
あまりのショックにお父さんとお母さんを置いて家に帰ってきてしまった。鍵も持っていないのに。
玄関で二人の帰りを待とうとしたけど、下駄箱を出たあたりから我慢出来なくなった涙がとまらないから公園まで逃げてきた。
ぞうさんの滑り台の下、トンネルの中で蹲って、ひたすら出続ける涙。涙腺壊れたかもしれない。
先月のホワイトデーは、毎年ありがとうって笑ってくれてたのに。
親伝いに約束とりつけてたから断れなかっただけなのかな。イヤイヤ会ってくれてたのかな。
実は好きな子が居て、その子に誤解されたくないから話しかけないでって言ったのかもしれない。
ずっとずっと好きだったけど、私はさとしくんの6年間をほとんど知らない。考えたら年に数回会うだけの子なんて、仲良しでもなんでもない。なんてこった。
「さっ、さとしくぅん…っ」
「───ごめんなさい!!」
涙と鼻水でタオルハンカチが役目を全う出来なくなったころ、トンネルの中に滑り込む様に土下座しながらさとしくんが入ってきた。
摩擦で新品の制服が破れちゃったりしてないでしょうか。
「日和ちゃん……怒ってる?」
しゃくり上げながら、無言で首を左右に振る。怒ってるんじゃなくて見た通り悲しんでるんだけど、私喋ってもいいのかな。
「学校のはちがくて…えっと、恥ずかしくて」
「私が?!」
「ちがうって!あの、僕、学校で…俺って言ってて。でも日和ちゃんと会うのはいっつも家だったから、恥ずかしくて」
「へ?」
「それだけ…どこで切り替えていいかわかんなくて……ホントごめん」
「………」
「いきなり俺とか言ってたら日和ちゃん、引くかなとか思ったら、ずっと言えなくて…」
理由がしょうもなさ過ぎて、ドバドバ出てた涙が枯れた。さとしくんは不安そうに低い位置から顔を覗いてくる。
「───日和ちゃん…嫌いになった?」
私の8年が舐められている。
瞼に残った涙を手で拭って、乙女心を軽んじて傷つけたさとしくんを睨みつけて、起き上がらせて、首に巻き付いた。
「へっ?!」
「あのねっ!簡単に好きになったかもしれないけど、でも簡単に嫌いになれないの!私多分熱しやすく冷めにくいタイプだから、だからずっとさとしくんが好きなの!」
さとしくんのあごに鼻先を押し付けながら、勢いに任せて匂いを嗅いでみた。走って探してくれたのか、ちょっと汗くさい。私もだけど。
「えっ……と」
さとしくんが固まったのを良いことに、両手を脇の下まで下げてそのままギュッてする。胸元にほっぺも擦り付ける。
「あの、日和ちゃん。僕ね」
「俺って言って」
「…俺ね、俺も日和ちゃん好きだよ。だからちょっと手を離して欲しいな」
好きだから離れろ。意味わかんない。
「好きならいいじゃん」
「駄目」
「なんで?!彼氏になって!」
肩に手を置いて引き離そうとしてくるさとしくんにイヤイヤをしながらお願いする。地獄から天国に来れたんだからこのまま幸せに浸りたい。
「彼氏には喜んでなるけど、ちょっと一旦離れて…幼稚園のころとは違うんだから」
「?」
「だから…その、お…が、当たってる気がして」
…ちっちゃい声でおっぱいって聞こえた。聞こえたけど……当たるほどないと思う。スポブラだし。
「実際ないとか関係ないんだよ。好きな子が柔らかいからそこも柔らかい気がするし当たってる気がする」
「私柔らかい?」
「柔らかいしなんかいい匂いするし、だから離れてってば。ほら、男は狼だって言うでしょ」
さとしくんは男の子だけど、優しいし。狼じゃないし。
「俺だってもう中学生なんだからね?多分身体的にはほとんど大人と変わらないからね?」
「え〜〜…」
だってこんなに細いのに。お父さんと全然違う。
「今から筋肉つくの!そっちの身体じゃなくてさ、ほら、保健体育的な方で」
「ああ、えっちな方?」
「そうだよ!だからほら離れてって」
「うん……」
背中に回した腕を緩めたらさとしくんの体に入っていた力も抜けたので、そのまま上を向いて口にちゅってした。
「日和ちゃん?!」
「あのね、予約ね?さとしくんもう大人の体かもしれないけど、私まだなの。でも他の大人の女の子と何もしないでね?私だってそのうち大人の体になるから」
「いや…日和ちゃんじゃないと嫌だし。それに大人の体になったってそれじゃあってしたい訳じゃないし」
本当かなあ。さとしくんさっきからちょっと顔赤いし、息も荒い気がするんだけど。
「それはしょうがなくない?好きな子とキスしたらそうなるの普通でしょ!違くて…体だけ大人になっても意味ないでしょ、多分。大学生とか高校生とか、もっと大人に近付いたらわかんないけど、まだあと数年は余裕で待てる。と思う」
離れろって言ってたのはもう良いのか、手を前に持ってきただけで普通にくっついてる私にさとしくんは何の文句も言わない。胸元から聞こえるすごく速い心臓の音と、すぐ近くから届く言葉にドキドキする。
「ねぇ、唇も柔らかかった?」
「え?や、一瞬で…よくわかんなかった」
「キスも数年駄目?」
「キスは…したい、かな」
良かった。それも数年お預けなんて言われたらまた泣き喚くところだった。
「あのね、うちの親と日和ちゃんのお父さんお母さんが待ってるよ。みんなでご飯食べようって」
何度か唇を合わせたあと、トンネルから出て差し伸べてくれたさとしくんの手に掴まって立ち上がる。
赤くなった顔でほわっと笑ったさとしくんはちょっと待ってねって言って、逃げ帰る時に擦りむいた膝に普通の絆創膏を貼ってくれた。