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我が家で人気な私の夢






「……夜、……小夜……小夜!」



 ……私を呼ぶ声がする。……お兄ちゃん? あぁ、長い夢を見てたのね。




「小夜!」



 鬼気迫るその声に、バッと目を開ける。

 目の前には私を見つめる心配そうなお兄ちゃんの顔。





 ……何がそんなに心配なの? なんでそんなに不安そうな顔してるの?




 私と目があったお兄ちゃんは、眉をしかめ泣きそうな顔になった。



「怖い夢を見たのか?」

「……怖い夢……? ……不思議な夢を見てた」




 本当に不思議な夢だった。中世ヨーロッパを思わせる世界に、王子様たち。


 王子様のキスを待たずに目覚めてしまった私。



 ……変な夢。




 クスッと思わず笑ってしまった私を見て、お兄ちゃんの眉間の皺は解け、目を和ませた。




「怖い夢じゃなかったならいいんだ」





 ふと、左手にぬくもりを感じ、視線を寄せた。私の左手はお兄ちゃんの両手に包囲されている。





 ……え? なんで……。



 よく見ると、私が眠るベットの下には布団が一組敷いてある。どう考えても、お兄ちゃんが使っていたと思われる……。




「お兄ちゃん? 私の部屋で寝てるの? なんで? 手まで握って。」

「小夜が心配だから……」

「なんで心配? ただ寝てただけだけど」



 私の言葉に驚いたように目を見開いたお兄ちゃんが、私の頭に手を置いた。まるで、私の心を覗こうとするように、私の目を見つめ続ける。




「お兄ちゃん?」

「……覚えてないのか?」

「何を?」




 首を傾げる私に唖然とした表情を向け、一度目を閉じた。次に目を開けた時は、いつも通りの優しい笑顔。


 ぽふぽふと、頭に乗せてた手を動かす。





「……なんでもない。体調は大丈夫か? お前は、……小夜は、ずっと高い熱を出してたんだ。だから心配で……」



 お兄ちゃんは本当に、明日死ぬかもしれないと思っていたのかと思うほどの、不安げな表情を私に向けた。




 その過度な心配に思わず笑ってしまう。なんか、くすぐったい。



「私そんな夜中(よるじゅう)付き添いが必要なくらいだったの?」

「あぁ。とても……とても目が離せる状態じゃなかった。調子が戻ったなら良かったよ」




 話は終わりとばかりに、お兄ちゃんは私の頭をぽんぽんした。




「夢だけど、すごく不思議な、っていうか、変な夢でさー」



 ベットのヘッドボードに寄りかかり、私は夢の話をした。横目で、お兄ちゃんが布団を畳んでいるのを眺めながら。



「すごいリアルな夢でね。あれはやっぱり、私、眠り姫だったなー」

「眠り姫?」

「うん、眠り姫。だけど、王子様が目覚めのキスをしにくる前にね。ははっ。私、目が覚めちゃうの」




 静かに相槌を打ってくれるお兄ちゃんに、私は独り言のように話を続ける。




「何が変て、私、自分が王子様のキスを待つ眠り姫だって分かってるの。だからすごい焦るの。どうしようって」

「どうしたんだ?」



 話すほどに、なんだかおかしくなってきて、ゲラゲラ笑ってしまう。



「おいおい、笑ってないで続きを教えてくれないか?」



 

 お兄ちゃんは私が思った以上に、私の夢の話に興味があるみたいで話の続きを促した。




「ははっ。……寝たふりしたの。その後は大変! なぜか、王子が代わる代わるやってきて、みんなキスしてくの。それを私は薄めを開けて見てて。王子をね。評価してんの。」

「評価?」



 お兄ちゃんの質問に私は笑いながら頷く。




「そう。こいつはイケる。こいつは生理的に無理。って」

「……生理的に無理な王子にキスされてるのに、されるがままだったのか?」

「うん。夢の中の私は、目を覚ましたら、王子に連れて行かれてしまうって思ってて」

「イケるって思った王子もいたんだろ? その時に目を覚まして連れて行ってもらえば良かったじゃないか」

「その時には、その……」




 お兄ちゃんにディープなキスの夢見たことを告げるのが、なんとなく恥ずかしくて、しどろもどろになってしまう。




「なんだよ。気になるだろ。言え?」




 顔が熱くなるのを感じながら、お兄ちゃんから視線を逸らせた。




「……ディープなやつされた後だったから」

「だったから?」

「こんな汚れた身じゃ、相応しくないって思って」

「……逃したのか?」

「うん」



 呆れたようにお兄ちゃんがため息をついた。

 


 恋愛の駆け引きができない幼さを見透かされた気がして、女として馬鹿にされた気がして、私は慌てて付け加える。




「でもね! そのかっこいいなって思ってた王子、また迎えに来てくれたの! なんかね、キスの、その、反応でね? 起きてるだろうから、暗くなる前にって。警戒心剥き出しで、なかなか目を開けない私に付き合ってくれて」





 最終的にお腹の音で起きているのがバレて、お城に連れ帰ってもらったことを話すと、お兄ちゃんはお腹を抱えて笑った。




「夢の中でも食いしん坊なんだな」

「夢の中では、千年も眠らされてたんだもん」



 だから仕方なかったと言い募るけど、お兄ちゃんは更にツボったらしく笑い続けるだけだ。




 目尻の涙を指先で拭ったお兄ちゃんは、切れ長の目を更に細めた。


 お兄ちゃんは一見厳しそうに見える顔をしているけど、笑ったらくしゃってなって一気に優しげな表情になる。いつもこの優しい笑顔が私を安心させてくれる。




「楽しそうで何よりだ。ご飯は食べれそうか?」

「うん。なにごはん?」

「朝ごはんだ」




 お兄ちゃんは、くしゃっと私の髪を触り「先行ってるな」と部屋を出て行った。






 長い夢を見ていたせいか、自分の部屋なのにちょっと落ち着かない。私はキョロキョロと部屋を見回した。


 ベージュのストライプの壁紙に、グリーンのカーテン。勉強机があって、今私が寝てるふかふかのベット。お城のベッドもふかふかだったけど、私のこだわりのつまったこのベッドには敵わない。シーツや布団カバーとか好みの肌触りのものなのだ。




「うん。私の部屋だ」




 ベットを抜け出し、立て掛けてある鏡を見る。黒髪ボブに、黒い瞳。ソフトボール部に入っている私らしく、肌は小麦色。どこにでもいる鼻ぺちゃの日本人。




 間違っても、髪はシャンパンゴールドじゃないし、瞳の色も深い緑じゃない。


 ……どんなにリアルに感じても夢は夢。





「うん?」




 パジャマから部屋着に着替えていて、左手首の包帯に気付いた。意識が向かうと途端に痛い。するすると包帯を解くと、いくつかの切り傷がある。




 ……何これ? 怖い怖い怖い怖い!


 血の気が引いていくのが自分でも分かる。


 慌てて部屋着に袖を通し、部屋を出て、階段を駆け下りた。





 勢いよく、キッチンに続くドアを開け、そのままの勢いで大きな声が出た。



「これ何?!」





 キッチンに続くリビングには両親とお兄ちゃんがテーブルについている。手首に注目を集めるように左手を挙げた私の勢いに驚いたようにみんなの体がビクッと跳ね、お父さんとお母さんが視線を結ぶ。




「あぁ、それか。お前高熱でふらついてて。それなのに自分でお茶くみに行って、部屋に戻るまでの階段で躓いて割れたグラスめがけて転んだんだよ。覚えてないのか?」




 ……全然覚えてない。私、記憶にも残らないくらい意識が飛んでたの?




「……全然覚えてない……」



 私の返事を受けたお兄ちゃんが、お父さんとお母さんの顔を見て頷いた。そしてそのまま穏やかな笑顔を私に向ける。お父さんもお母さんも呆れたように笑った。




「分かっただろ? なんで、俺が小夜の部屋で寝泊まりしていたのか。そのくらい危なっかしかったんだよ」

「そうなんだ……。私大丈夫なの? いくら熱が高いからって、こんな怪我してんのに記憶にも残ってないなんてヤバくない?」

「心配なら病院行くか? もともと今日体調が戻らなかったら病院に連れて行くつもりだったんだ」




 今の私はどこも悪くない。手首の切り傷も縫うほどのものじゃなさそうだし。悪いところがないのに病院っていうのも気が引けるし。何より面倒くさい。



「うーうん。行かない。もう大丈夫だし。私だいぶ寝てた? 確か寝たのは水曜日だったと思うんだけど今日は何曜日?」

「……土曜日だよ」




 うわぁ、二日分の記憶がぽっかりない。




「まじで?! 全然記憶にないんだけど! 人間て、こんなに簡単に意識を手放せるもの? 自分のことながら末恐ろしさを感じるよ!」

「小夜の記憶がない時間の分、俺たちが末恐ろしさを感じてたよ」



 お兄ちゃんが安堵のため息を吐いたあと、やれやれと言った感じで告げる。



「えぇ。本当にどうなったのかと心配だったわ」

「良かった。一時はどうなることかと思ったよ」




 お母さんとお父さんも不安な日々が終わったことにほっと一息といったところだ。




「ほら、調子が戻ったならごはんにしましょう」



 お母さんがごはんをよそいながら、微笑む。お兄ちゃんは隣の席の私の椅子を引いて「ほら、座って」と手招きした。




「小夜、この二日間王子様にキスリレーされる夢見てたんだって」



 面白おかしく、お兄ちゃんが両親に私の不埒な夢を告げた。びっくりした私は口に含んだ味噌汁が噴き出さないように根性を入れて、必死で嚥下する。




「お兄ちゃん!! お兄ちゃんだから話したのにー!!」

「ははっ、小夜の奇行に家族みんなが戸惑って慌てて、心配してたんだ。小夜の呑気な夢くらい共有したっていいだろう?」



 困ったように笑っている両親と自分の手首の傷を見ると、かけた心配は計り知れない。




「うぅぅぅ。確かに……。でも、お父さんもお母さんもそんな話興味ないでしょ?」



 お父さんは絶対的に私のことが大好きで、たぶん嫁に出すことも考えられないくらいだろうし、お母さんも私のことは「まだまだ子供なんだから」と子供扱いしたがる。耳にしたい話なはずがない。




「そんなことないさ。熱にうなされていた間に見た夢が悪夢じゃなかったかと心配していたくらいだ」

「えぇ、お母さんもよ。それで……キスリレー? だっけ? なぁに? それ」




 王子たちが代わる代わる自分の唇を求めてやってきて。私は千年の眠りについた眠り姫で。……そんな恥辱にまみれた妄想な夢を話すことなどできるはずもない。口ごもる私に代わりお兄ちゃんが私がさっき話したとおりに。もう、本当にその通りに、一言一句間違えないほどに、それは丁寧にお父さんとお母さんに話して聞かせる。




 会話に入りたくない、いや、入れない私は黙々と白米を口に入れた。



 湯気たつ白いごはんは至福だ。噛めば噛むほど口の中に甘みが広がり、溶けるようになくなっていく。メインかと思いきや、焼き魚と食べると途端に引き立て役に成り代わる。




 うんうん。やっぱり和食だよね。夢の中では洋食ばかりだったから、久しぶりの油分の少ないごはんにホッとする。




 ……なんか、夢なのにリアルだったんだよね。……キスされた唇が腫れたのは本当に痛みを感じたし、馬に揺られた感覚もしっかりと覚えてる。……いや、途中で寝ちゃったけど。…………あれ? 私夢の中で寝てた?




 ひとしきり私の夢を共有し終わっただろう両親とお兄ちゃんは、首を傾げている私に不安げな表情を向けた。




「どうした、小夜?」

「うんとね、私、夢の中でも寝てたの。んーでも、さすがに夢の中で更に夢を見ることはなかったけど」

「……そうか。まぁ、夢だからな。なんでもありだろう」

「うん、そうだね」




「それで、その戻ってきてくれた王子様と小夜はどうなったの?」


 ふむふむと納得している私にお母さんが言った。




「どうなるって、ハッピーエンドかどうか、みたいなこと?」

「えぇ」

「それはないよ。もう大変だったんだよ! 私その夢の中では千年前のお姫様で王族で。千年の眠りから目覚めた付加価値? みたいなのがついて、聖女扱いよ! しかも、超美人なの! 儚げで、今にも消えそうな感じなのに、深緑の瞳はしっかりと現実を直視する、みたいな」

「……美人を体験できて良かったな。それだけで、手首の傷の代償になるな」




 確かに今は美人じゃない、どちらかというと美人に憧れるだろ? いや、憧れているに違いない! と初対面の人にも太鼓判を押されそうなくらいには美人じゃない。



 ……だけどさ。かわいい妹が傷作ってんのに、美人になった夢見たからチャラだな。みたいな言い方は違うと思う。




 私はあえて目を眇めた。コノヤロウ。



「ちょっとその言い方はひどいんじゃない? 家族愛があれば、ありふれた顔でもかわいい妹でしょ」

「……かわいい……妹……だよ」

「……そんな無理してなんとか絞り出した感じでいうのはどうかと思う」

「まぁまぁ。けんかしないで。それより、お母さん続きが気になるわ。大変って何が大変だったの?」




 けんかするより話の続きを促すお母さんは、私の恋バナ? に興味津々のようだ。




「なんかお披露目パーティしないといけないってんで、ダンスの練習だったり、カーテシーのやり方、あと、エスコートのされ方よ。私、ウィリアムに手を出されたとき思わず握手しちゃったもん。わかんないよね? そのまま私の手を取って自分の腕に持って行くなんてさ」

「ウィリアム……?」




 なんだろう。夢に出てくる王子の名前までしっかりと覚えている私に引いたのか、お兄ちゃんは驚愕に目を見開き、お母さんは視線を斜め上に向けた状態で何かを考え始めて、お父さんはきょろきょろと視線を泳がせた。前から思ってたけど、お父さんはたぶん正直者だ。




「なんだなんだ! 何が言いたい! 夢の中の王子に名前つけてる私に引いてんのか! 話せって言うから話してんのにぃぃぃ」




 うぅぅぅ。と唸る私にお母さんが思考を止めて私を見た。



「引いてなんかないわよー。ウィリアムだっけ? その王子がエスコートしてくれたの?」

「……うん。ダンスパートナーもウィリアムがしてくれたし、モテモテの私に群がる男どもから守ってくれたのもウィリアム」




 キョロキョロ視線を彷徨わせていたお父さんが私に視線を固定した。



「群がる男ども? 大丈夫だったのか?」




 お父さんの情緒がヤバい。夢の話なのに。




「群がるっていうか、代わる代わる貴族男子がダンスの申し込みに来たの。それをウィリアムが私に代わってお断りしてくれてたんだよ」

「なるほど。ウィリアムはなかなかいい奴じゃないか」

「うん。ウィリアム()いい奴だよ」

()ってなんか、含みのある言い方だな」




 お兄ちゃんの冷静な突っ込みに一つ頷いて答えた。




「貴族がたくさん集まる中でお披露目されてさ……」



 私は国王の考えたシナリオを覚えさせられて、自分で考えたかのようにスピーチすることを強要されたこと、スピーチ中にあれやこれやを思い出してどんどん腹が立ってきて仕返ししたことを話す。




「仕返しって何したんだ?」

「王族がね、ていうか、王族が拒否したら国ぐるみだよね? 私を眠りにつかせた魔女の一族を非国民のように扱ってんの。従順な魔女はしっかりと囲っておきながらだよ? だからね。王族口調で『みんなで仲良くしましょう』って言ったの」



 国王をまんまと欺いた。自信満々でどんな言い方をしたか伝える。




 なぜか、お兄ちゃんにかわいそうなものを見るような目で見られた。




「それ、たぶん、欺けてないぞ」

「なんで!?」



 驚愕の事実! びっくりだ。……そんなはずないよね? ちゃんと欺いたよ!



「途中まではうまくいってたと思うけど、自分の記憶が定かではないことを暴露したんだろ?」



 私はこくんと頷く。



「だってそれを言った方が、魔女の末裔がきっかけになった『今』を感謝してるってことが伝わるでしょ?」

「……『今』しか感じることができない状態にされたと捉えることもできる」

「……どういうこと?」

「その国王の話を聞く限り、その世界では敵対するものは徹底的に排除するってのが正解みたいだ。それをしないと聖女が言う。ここで貴族たちは戸惑っただろう。だけど、記憶がないと。記憶がないから自分がどれだけの被害を受けたか判断する材料がない。なんとかわいそうな。って、なるんじゃないかな?」




 順序立てて私の過ちを説明してくれるお兄ちゃんの言葉には納得しかない。


 嘘!! 完璧に出し抜いたと思ったのに! 




「腹が立つあれやこれってなんだったの?」




 お母さんがそっと私の手を握って、心配そうな表情で私を見る。それはもう、眉の動き一つ見逃すものかと気合いが入っているようにさえ感じる真剣さだ。



 ……夢の話だよ……? いや、私も真剣に出し抜けてなかったことを悔やんでしまったけどさ。




「キスリレーされたことだよ」

「確かに、代わる代わるキスされるのは嫌よね、それも知らない男なんだから、気持ち悪いわ。……でも、他にも何かあったんじゃないの?」




 ……いや、夢の話……とはいえ、乙女じゃないかどうかの診察を寝ているときにされていたことにムカついたのが一番の原因だなどと言えるはずもない。みんな私に内緒にしてたようだけど、起き抜けに感じた今までにない違和感。その違和感を報告したときのみんなの反応に問い詰めたのだ。



 一番下っ端と思われる気の弱そうなメイドに詰め寄ったのだ。あの子、目に涙を溜めながら白状したな。なんか、ごめん。

 でも不思議。この体だと手首の傷を見るまで気付かないくらい鈍感なのに、あの体は繊細だったな。ま、夢だしね。





 ……夢の中で、寝てる間に処女膜の有無を確認されたなんて。どんな変態だよって感じだよね。夢って、願望を表すとも言うから、そうされたいの? って思う人もいるかもしれない。いやいや、恥ずかし過ぎるでしょ。言える訳がない。




「キスリレーと詰め込み教育でムカついたんだよ。千年も寝てたからお腹すいてイライラしてたし! 出されるごはんはパンばっかりだし! 私朝は白米じゃないと嫌なのに!」



 私の食いしん坊具合をよく知る家族なので、白米問題で煙に撒こう作戦はあっさりと敗北した。



「……そう、でも、夢は頭の整理をしているのだと聞いたことがあるわ。もしかしたら、熱の原因も夢から分かるかもしれないし、ちゃんと教えてね」



 ……うわぁ、ごはんの件触れもしないじゃん。

 私の目をじっと見つめて、「小夜のことが心配なの」とお母さんが言う。




 ……意味が分からない。熱の原因はたいてい風邪じゃないのか。



「私風邪ひいてただけでしょ? ちょっと熱が高くてラリってただけで」




 お母さんがお父さんを見て、お父さんがお兄ちゃんを見た。そんなに人に押しつけたいほど話しにくい原因で私は寝込んでたのか。熱による意識混濁ではなく?




 不安になってお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんは穏やかに笑った。




「高熱をだして意識が曖昧になって、次に目が覚めたときは記憶にない。普通じゃないだろ? 心配するのは当然だ。今までにないくらいのストレス負荷で免疫が著しく低下したせいで、風邪症状がひどく出たかもしれないだろ? 母さんはそれが心配なんだよ」




 「な、母さん」とお兄ちゃんがお母さんに心なしか圧のこもった笑顔を向けると、お母さんは慌てたように頷く。




「いつもは風邪ひいても鼻風邪くらいじゃない。それが高熱出して、ふらふらしてグラスごと転ぶのよ。いつもと違う何かが小夜に起きてるんじゃないかって心配するのは当然でしょ」

「……いや、でも、夢の話をここまで掘り下げて聞くのは……」





 私がおかしいんじゃないかと言っても、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも「おかしいものか」「おかしくなんてないわ」「何がおかしいのか全く分からない」と言い張るので、おかしくないことになった。



 ……おかしいよね?






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