エスコート役は俺だ
長兄カルロス、次兄アロン、そして僕ウィリアム。各々が各々を睨みながら円卓を囲んでいた。
「お前たちも聞いたことだろう。姫のお披露目パーティについてだ」
僕とアロンは神妙に頷いた。そんな僕とアロンを見た後、カルロスは重々しく頷く。
「姫のエスコートは私がしようと思う」
「は? 何を言ってるんですか、兄上? 兄上は妻帯者ではないですか。妻帯者が未婚の姫をエスコートすれば色々と邪推されます。姫にとって外聞が悪すぎます。俺は反対です!」
どちらかと言うと、いつも優雅に、かつ湿っぽい色気で女性を手玉にとるアロンが、必死でカルロスの姫のエスコート役決定を阻止する。
「お前こそ何を言っている、アロン。妻帯者の私がエスコートするからこそ、妙な醜聞に振り回されることもないというもの。なに、姫は我々の祖先。血縁関係にある」
姫が姫であることは旧神殿にいたことからも、伝聞からも明白。ゆえに、血筋も明らかに王族のもの。この千年の間の政権交代は血族争いの末のものであり、血の繋がりは確かにあるだろう。しかしだ。姫の血筋は下って追えないが、我々の血統は五代先までは確実だ。書庫から古い資料を引っ張り出してくれば更に先の祖先まで追えるだろう。
何が言いたいかというと、血縁関係といってもその血の薄さは水並みだ。親戚間でも婚姻が可能なこの国。妻帯者がエスコート役を買ってでたところで、第三夫人に、とカルロスの側近が推す材料になるだけだ。
なんだったら、その推しの言葉にしたり顔でフローラをさらっていこうとしているに違いない。
カルロスの思い通りになぞ、させるものか。
僕は、カルロスがエスコートをする上での懸念を伝える。至極真面目な顔で。そんな作った顔は、目標が同じの僕たち兄弟の間には不要で無用だけれど。
「カルロス兄上。兄上は王太子の身。第三夫人は後ろ盾のしっかりとした公爵家から娶われた方が良いかと思われます」
カルロスの第一夫人は隣国の第二王女、第二夫人は、伯爵家の令嬢だ。自国の支持を得るには弱い。僕の言いたいことは正確に伝わったようで、カルロスは不機嫌そうに眉を顰めた。
「其方が言うとおり私は王太子であり、王を継ぐ立場である。国内の支持を盤石なものにするには第三夫人に求められる家格は確かに公爵家であろう。しかし、姫は千年の眠りから目覚めた聖女と皆が敬う対象だ。聖女が妻であっても良い結果に繋がると私は考えている」
……やはり、フローラを手中に収めるためのパフォーマンスにエスコート役を得ようとしていたか。
「聖女と、確かに皆に敬われていますね、ですがそれは、姫が千年の眠りから覚めた古来の王女という神秘的な背景によるもの。時の経過と共に付加価値が失われる恐れもありますゆえ」
聖女の後ろ盾に我々王族以外がつく可能性は、今のところ不透明だと伝える。最もカルロスは、フローラの美しさに独占欲が刺激され手に入れようとしているのであって、建前を話しているだけということは分かっているが。
千年ぶりに目覚めて、なにもかもが変わった時代では普通に生きていくだけでも大変だ。フローラにこれ以上の負担はなくていい。僕はフローラを取り巻くあらゆる陰謀から守る防波堤でありたい。
「ウィリアムの言うとおりです。聖女と言われている姫を兄上の隣に座せるには、現状では不安要素が多すぎます。早計と言わざるを得ません。兄上の即位を望むからこそ憂いているのです。どうか、再考を」
もちろん、アロンがカルロスの即位に関するあれこれを憂うはずもない。アロンが王座に興味ないのは明白だ。ただの建前だ。アロンもまたエスコート役を勤め上げ、そのまま手に入れようとしているに違いない。
……あれだけ、毎日代わる代わる閨の相手がいるのに。そのうちの一人にフローラを加えようというのか。フローラは娼婦ではない!
「うむ、確かに。現状で姫のエスコートを買って出れば、いらぬ醜聞に繋がりかねないし、他の私の縁談が遠のく可能性もある」
カルロスのその言葉で、エスコート回避のためだけに、協力関係にあったアロンと僕の手はきれいに離された。
さぁ、ここからはアロンと僕との戦いだ。
アロンが珍しく兄の顔で笑う。優しい慈愛に満ちた笑顔だ。
「ウィリアム?」
女を誑し込むために得たアロンの手練手管、使われたところで流される僕ではない。
僕もにこりと公式の笑顔を返す。
「何でしょう、アロン兄上?」
「カルロス兄上は姫のエスコート役を辞退された。ここは、第二王子である俺がエスコートを任されるべきだと思うのだが?」
「何をおっしゃいます。そもそも、これまでのやりとりは不要なのですよ?」
「どういう意味だ?」
アロンは僕の言葉に不信な視線を向ける。
「カルロス兄上も、アロン兄上も、大事なことをお忘れになっていると思います」
「はて?」
「何か忘れていましたかね?」
カルロスとアロンが、何を言っているのか分からないという顔で首を傾げる。
「姫を旧神殿から連れ帰ったのは僕です。それが何を意味するか分かるでしょう?」
僕の言葉にカルロスは「あ……」と、何かに思い至ったかのように頷く。アロンは意味が分からないといった表情だ。
「それが何だというのだ? 報告では、姫は最初から起きていたそうではないか。であれば、『眠り姫は王子の口づけで目覚める』という魔女の呪いはウィリアムに当てはまらない。誰も姫の王子足りえなかったのだからな」
「えぇ、それはもう、そのとおりです。つまり、王太子であるカルロス兄上も、第二王子であるアロン兄上も、もちろん僕も。姫の王子足りえない。ですがそれは、キスで目覚めなかったという事実だけをおっしゃってますよね? 僕が言いたいのは姫が僕と一緒に旧神殿から出ることができたことです。魔女の言っていた条件の一つを僕は満たせたことになります。この状況で誰がエスコートをするか。先ほどからの問答のとおり、カルロス兄上はご辞退いただいた方がいい。では、僕とアロン兄上のどちらか」
このエスコート役の会議に呼ばれなかった時点で第四王子から下は対象外なのだろう。そのうえで、誰がエスコート役を、ということになるとやはり。
「やはり僕でしょう」
どう考えても。
「なっ! 其方は何を!?」
普段表情を崩さないアロンが驚きと戸惑いの表情を浮かべた。そんなアロンに僕は湿った視線を向ける。なぜ諦めないのか。
「アロン兄上。僕は条件を一つ満たしていて、兄上たちより、この件では一つ優位な立場にいると思います。ですがそれだけで、僕がエスコート役をと言っているわけではありません。……アロン兄上。まさかもうお忘れに? アロン兄上の所業に姫は怯えていたというのに。公的な、父上に上げる報告では、姫の体面を守るため割愛しましたが、アロン兄上は自分のしたことを覚えておいででしょう?」
端から見ても血の気が引いているアロンは口をパクパクさせている。アロンにしてみれば、ちょっとした意地悪か味見のつもりで胸を突いたのかもしれない。しかし、それがフローラからアロンを遠ざける最凶にして最悪の理由だ。
「そういうことで、フローラのエスコートは僕にお任せを。兄弟の中で一番交流があるのは僕ですし、彼女の名前をつけたのも僕だ。フローラが言うには、生まれたてのひよこが初めてみた親鳥のように僕を慕ってくれているそうです」
そう言って僕はにっこりと笑って閉会の言葉を告げた。
親鳥はないよな、と思いながら。