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眠ったふり姫は痛みをともなう夢を見る




 私はシャーロットの言うとおり、何もしなかった。


 覚悟を決めて何をすればいいか聞けば、何もしなくていいと言われた。ただ、心を空っぽにしていろと。あとは、シャーロットがしてくれるらしい。シャーロットの魂がこの体に入ることで私を押し出す。最初にシャーロットが私にして入れ替わったときと同じようにするらしい。



 目を閉じて心を空っぽにする。



「フローラ?」


 ウィリアムの声にパチッと目を開ける。


「いや、小夜だね」


 ウィリアムは私を見て、泣きそうな顔で微笑んだ。その言葉で、私は私のままウィリアムの前にいると分かった。ウィリアムはふわりと抱きしめてくれる。


「ウィリアム?」

「僕が小夜に悲しい決断をさせてしまった。ごめん。……でも、嬉しいんだ。小夜がここに残ってくれることが、こんなにも……」

「……直接言うから、早く戻っておいでって言ったじゃん。……戻ってきたよ?」



 ウィリアムは私の頬を両手で挟んだ。そっと唇を重ねる。


「髪も瞳も真っ黒で。鼻ぺチャでも……」

「……体も凸凹してない」

「体も凸凹していなくても。僕は小夜が好きだよ。……知らなかった?」

「……知ってた!」



 今度は私がウィリアムの両頬をはさんで背伸びをしてキスをする。小夜の体はシャーロットに比べて低いので、ふくらはぎが少しぷるぷるした。それに気付いたウィリアムがクスッと笑って、私を姫抱っこして、ソファーに座る。私を膝の上に乗せたまま。



「あぁぁぁぁぁぁぁぁ、やっぱりーーーーーー!!」


 ふふふと微笑みあっていたら、ロージーの興奮しきった声で、現実に引き戻された。そして、私たちが二人きりじゃないことにも気付いた。


 キャロルとクロウもいた。ギャラリーのいるなか、私はウィリアムと甘い空気を作っていたのか。恥ずかしい。



「何がやっぱりなんだ?」


 ウィリアムの問いかけにロージーは興奮のまま答える。


「そもそも、魂の入れ替わりが起きる前に、この世界に魂だけで小夜様がいらしていたでしょう? 幼い頃に」

「うん。私は覚えてなかったけど、シャーロットは覚えてた」

「つまり、どういう血筋かは存じませんが、小夜様はこちらの世界に縁ある方なのだと。そして、わたくしに小夜様の魔力量が分かると言うことは……」

「え? 私、魔力あるの?」



 どうやら、小夜のままの私にも魔力があるという。そして、魂に刻まれるはずの魔術も私は持っていた。暫定として、私は魔女だったということになる。それもロージーが私の魔力量を量れると言うことはエヴァンズ一族ということなのか。



「え? 私、日本人じゃなかったの?」

「日本人がそもそも魔力を持つのか、日本人の魔力量は一族でなくても量れるものなのかは分かりません。ですが、間違いなく、小夜様は魔力も魔術も使える魔法使いのお血筋です」



 呆気にとられながら話を聞く。魔法を使ってみるようにロージーに言われ、手のひらに火を出そうと念じるけど、何もできない。



 それでは、と。ロージーと転移で魔女の森の泉に来た。儀式をしようと。ロージーの興奮に呆気にとられている間にウィリアムは置き去りにこんなところに……。



 私はロージーが集めたと思われるエヴァンズの魔女たちに湯浴みをさせられ、ヴェールのようなうっすいスケスケの服を着せられ……もう全て見えてる、着ている意味がない。泉に連れて行かれる。言われるがまま、その泉に浸かり、与えられた呪文を唱える。

 何を言っているのか自分でも分からないし、言語になっていない文脈は暗記に苦労した。 


「げつおいしじゅぽいふぉいすいしるしういうぴぴう」


 その瞬間、泉は透明な色から深い緑色へと色を変えた。


 ……無事、魔法が使えるようになったらしい……?




「さぁ、小夜様。では魔法を使ってみてくださいませ」

「使えるかな?」

「使えないはずがありません。泉の色は変わりましたし、小夜様も面変わりしておられます」




 面変わりの意味が分からないけど、とりあえず今は魔法が使えるかが先だ。


 私は、手のひらに火を出そうと念じる。ボッと音を立てて、手のひらにオレンジ色の炎がでた。


 うん。私、魔女だ。意味が分からない。



 ……お母さんなら知ってるかも。



 そう思った瞬間、私は自分の部屋にいた。そう。日本の小夜の部屋。ばたばたと階段を降りて、リビングに行く。バタンと勢いよくドアを開ければ、そこにはお父さん、お母さん、お兄ちゃん、シャーロットがいた。


「小夜!」


 みんなが嬉しそうに私の名前を呼んでくれる。


「また会えるなんて、小夜……その瞳……ナハトさん……」

「小夜。あぁ、顔をみせておくれ。……瞳の色が……」

「小夜? なんで瞳が……」

「小夜! うまくいったのね! ……なぜ転移できるのかしら……? あら? 瞳の色……」



 喜びと、疑問に私は叫ぶ。



「私が聞きたいよ! 嬉しいけど! どういうこと? 私、魔女だったの?」



 お母さんに視線を向けると気まずそうに視線を伏せた。こういう時はお風呂だ。



「お母さん! 一緒にお風呂入ろ!」

「え、えぇ」




 お風呂で向かい合って湯船に浸かる。


「お母さん……。お母さんが魔女なの? ……それとも、お父さん……?」

「……お父さんが……魔法使いだったの……」



 お母さんはぽつりぽつりと語ってくれた。


 お母さんとお父さんの出会いは、お母さんが二十歳のとき。短大を卒業して働いていたお母さん。仕事の帰り道、公園を突っ切っていたら、突然、お父さんが姿を現したという。



「本当に突然だったの。急にパッと何もなかったところにお父さんが現れてぶつかったの」


 変に思ったけど、仕事で疲れていたのでぼーっとしていたのかな、くらいに思ったらしい。それからは、毎日のようにその公園でお父さんに会うようになったという。



「最初は、ぶつかって大丈夫だったか、なんて話しかけられて。……まぁ、気付いたら、私のアパートで一緒に暮らしてたの……」



 ……え? ぶつかって話しかけられて、気付いたら同棲?



「……気付いたら同棲してたの?」

「……おかしいとは思ったのよ? 服装も違うでしょ?」



 魔法使いにはまだ会ったことない。私が会ったことがあるのは魔女だけだけど、決定的に違うのはマントしていることか。



「マント?」

「そう。このへんで、っていうか、日本では少なくともマントしている人っていないじゃない? それに瞳の色が金色だったし」

「うん……え?」



 お母さん、マントより金色の瞳を先に気にしようよ


「なんか違うなとは思ってたんだけど、そこは、ほら、お母さんもまだ二十歳だったから……」



 ……興味のまま突っ込んでいったんだ……たぶん。お兄ちゃんがたまにお母さんは妹のように感じるって言ってたけど、たぶんそういう興味で突っ走るところとか、感覚が若いところが見え隠れするからだと思う。



 ……でも、お兄ちゃん、ごめん。私もお母さんの気持ち分かる。私は私自身も世界も変わったから、家に帰ること以外に突っ走る方向はなかったけど、自分の世界に突然世界観が違う人が現れたら、興味のままになんでも聞いちゃう。たぶん。




「色々気になっちゃって、聞いてるうちに、お付き合いが始まって、同棲していたと」

「……まぁ、そういうことになるわね」



 気まずそうにぷいと顔を逸らすお母さんは少女のようだ。



「とにかく、お母さんとお父さんは愛し合ってたのよ。だから、小夜が生まれた」

「そこを疑ったことはないし、今の話聞いたからって疑い出すこともないよ」


 お母さんの探究心に共感しただけで。



 お付き合いするうちに、お父さんに家がないことには気付く。気付いたお母さんはなんの悪気もなく聞いたという。


「なんて聞いたの? そんな繊細なこと」

「あら、普通に『なんで家に帰んないの』って。……お母さん、まだ二十歳だったから……。お父さんも普通に答えてくれたのよ。『たぶん、飛ばされてきたんだと思う』って。そのときにお父さんが魔法使いだって知ったの。…………しばらくあとに、出自も……お母さんが魔女で、お父さんは第十二王子だって……」



 当時のお母さんは、魔女とか王子とか、そんなに気にならなかったらしい。それを聞いたときは、既にお父さんの魔法を何度も見ていて「便利ねー。お家に一人、ナハトさんね♪」くらいに思っていたし、王子とはいえ、十二。しかも、異世界。ほぼほぼ関係ないと、話半分に聞いていたらしい。



 ……おっとり、ちゃっかりしたお母さんて思ってたけど、天然だったんだね。



「だけど、シャーロットちゃんが来て。……慌てたわ。でも、四歳の時のようにまた戻ってくれるって思ってた」

「お父さんと、お兄ちゃんは、私のお父さんが魔女と王族の子供だって知ってたの?」

「……お父さんには、結婚するときに話してあったわ。どこまで信じてくれてたかは分からないけど……」



 いや、お父さんはまるっと全て信じていたに違いない。お父さんが人を、少なくとも家族を疑う姿は想像もつかない。たぶん、お母さんが信じてくれたか疑うくらいあっさり、まるっと、なんの疑問も投げかけずに信じたんだと思う。


「お兄ちゃんには、シャーロットちゃんから王族の九死に一生の魔法を聞いた後に話したわ。小夜がこっちに二度と帰れないかもしれないってときに、お兄ちゃん『今度もきっとお前の思い通りになる。俺はそう信じてる』って言ってたでしょう?」



 盲目的に、あるかも分からない非現実的な魔法を信じなければならない局面だった。でもお兄ちゃんが信じてくれたから私も自分を信じることができて、今、私は、私の姿のままでここにいる。



「なんで私には話してくれなかったの?」

「あなたは、魔法が使えなかったし。髪の色も瞳の色も私に似たから。もっと大きくなってからって思ってたの。……あなたが行ったり来たりするようになってからは話そうと思ってたけど、タイミングが掴めなくて……」




 私は入れ替わりに戸惑っていたし、なんなら怪我してる自分に恐怖していた。落ち着いてからも、話そうと覚悟を決めたタイミングで私はいなかった。さすがに、戻ってきてすぐ、なんの脈絡もなく始める類の話じゃない。



「それに……怖かったの」

「怖かった?」

「小夜を、あっちの世界に取られるんじゃないか。もう戻ってこないんじゃないかって。話すことで現実味を帯びる気がして……。あっちの世界は、小夜の世界でもあるんだもの」



 最初は、私の飛ばされた先が、お父さんの世界なのかは分からなかった。だけど、エヴァンズと聞いて、お父さんの世界だと確信した。



 お母さんは私の頬に手を伸ばす。


「ナハトさんを思い出すわ。その瞳の色……。小夜は本当にナハトさんに似てるの。目鼻立ちがはっきりしているのも、好奇心旺盛な目も。楽しそうに上がっている口角も。瞳が金色になって、ますますナハトさんと同じになった」

「お母さん……」



 お母さんが私を見てお父さんを思い出していることが分かり、私は「え? 私の瞳、金色なの?」って言葉は飲み込んだ。戸惑いが止まらない。そういえば、帰ってきたときみんな瞳の色を気にしていた気がする。



 ……ていうか。ロージー! 面変わりとかふわっとした言葉じゃなくて、瞳の色、金色ですよ! って言ってよ!





 視線が合ってお母さんがにっこりと笑う。


「お母さんはお父さんもお兄ちゃんも大好きよ。だけど、ナハトさんが亡くならなければ、私はナハトさんを愛し続けたわ。その自信がある。……たった二年で再婚しておいて何をって思うかも知れないけど、ナハトさんを失った絶望が強いだけ、寂しさが募ったの。それを支えてくれたのがお父さん」


 「言い訳にしか聞こえないかも知れないけど」と自嘲気味にお母さんが言う



 だけど、二十代で子供と共に残されたお母さんを誰が責められるというのか。それに、今、お父さんとお兄ちゃんと四人家族で幸せなのは見ていて分かるし、その一員の私が幸せなのだからそれでいい。



「何言ってるの? お母さんがお父さんを好きになったから、私はお父さんとお兄ちゃんがいる生活を送ることができたんだよ。お父さんもお兄ちゃんも私のことの大好きじゃない?」

「ふふ。そうね」

「それ、すっごい伝わってくんの! それってすっごい幸せなの! お母さんなら分かるでしょ?」



 私と同じように愛情を向けられているお母さんが分からない訳がない。



「えぇ。お母さんもとても幸せよ。ナハトさんと二人の世界に、小夜が来てくれて。ナハトさんはいなくなったけど、お父さんとお兄ちゃんと出会えて。お母さん、人生何回目か分からないくらいの幸せをもらってる」



 お母さんが幸せでよかった。それで私も幸せ。


「お母さん。私、お風呂あがったら、あっちの世界に戻るね」

「そう……」



 寂しそうにお母さんがそう言った。私は娘だけじゃなく、お母さんが言うように、お母さんにとって私はお父さんとお母さんを繋ぐ存在だった。お母さんは、娘だけじゃなく、亡き父の面影も失うことになる。



 だけど待って欲しい。



「お母さんはさ、私がいなくなると娘だけじゃなくてお父さんの幻影も失うことになるから寂しいって思うかもしれない」



 お母さんは悲しげな目をむけるだけで何も言わない。



「だけど、それは違うの。私の代わりにシャーロットが来た。きっと未来のお兄ちゃんのお嫁さん。私は簡単に会うことはできないと思うかもしれないけど、私ふつうに、嫁に行った娘のごとくこの家に帰ってくるよ?」

「そう?」

「うん! 魔法が使えるんだもん。……それに、私、分かったことがある」




 亡きお父さんが王族と魔女の子供なのだとしたら、私はエマの血を引いていることになる。それは、無敵に近い。エマはエヴァンズの長の娘でその魔力は強大だったのだから、孫である私も魔力が強いことになる。その上、まだ魔法が使えた王族の血も入っている。できないことなんてない気がする。


 九死に一生の宿命。それが、私にも適応されるのであれば、死をも恐れず何にでも挑戦できる。その魔力と魔術でもって、ウィリアムを連れてこっちに戻ってこようと思う。もちろん、ウィリアムはあっちで公爵位と公爵領を与えられるから一時帰宅に過ぎないけど。




「だから大丈夫。お母さんも私も、何も失ってなんかないし、失いもしない」



「……小夜を失わずに済むのね? 時々は顔を見せてね」

「もう来るなって思うくらいに帰ってくるよ」





 


***



 二年が経った。その間に、ウィリアムを連れて帰宅するという夢は叶った。ウィリアムのイケメンぶりにお父さんは絶句したし、「やるわね。さすがお母さんの子」と、お母さんは誇らしげで。お兄ちゃんは「そっちの世界には美形しかいないのか?」と唖然とした。


 そんな家族を前に緊張しきりのウィリアムは、いつもの王族の矜持を大事にしているのとは一転。「ご挨拶よりも前に姫を娶ったこと、お許しいただきたい」と恐縮した。




 ウィリアムの恐縮よりも、私を姫扱いする方がツボった私の家族は爆笑だ。



 なんにせよ、ウィリアム共々、私は高瀬家で受け入れられた。ま。当たり前だけどね。みんな私のこと大好きなんだから。新参者のシャーロットでさえ異国の天使と慕って……いや、崇めてくる。私、貴方の旦那の妹なんだけどね。




***



 エッグベネディクトを作ったあの日、私は火傷をして、痛みを感じ、この世界が夢の中のものではないことを知った。どちらも現実であることを知った私はそれでも、日本の家族を忘れられず、ウィリアムへの恋情が育っていっていることに恐怖した。早く日本に帰って、ウィリアムをなかったことにしなければと必死だったあの頃。




 自分の気持ちを受け入れてしまってからは、幸せでしかなかった。夢のように幸せ過ぎて、私は時々、ここは夢の中のままではないかと不安になる。時々訪れる心や体の痛みが、ここは現実なのだと教えてくれる。





 そう。例えば-------






「小夜! 頑張って! 大丈夫、僕が付いているよ」

「小夜様! ひっひふーです。ひっひっふー」






 私の左手をウィリアムの手が包む。目の前には、この日のために産婆の資格をとったと意気揚々に言ったキャロル。




 ひっひっふー。ひっひっふー。んーーーーーーー。




「そのまま、そのままいきんでください!」




「んーーーーーーーーーー。いったぁーーーーい!!!」








 弾けるような産声が響き渡った。


 











ここまで拙作をお読みいただきありがとうございます。少しでも気に入っていただけましたら↓の⭐︎評価をいただけると嬉しいです。

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