おかえり
「ウィリアム……」
「フローラ?」
一緒に寝ていたあの夜の続きみたいだ。ウィリアムが同じベッドで添い寝してくれている。私の頬を撫でながら。
「……おかえり」
「……ただいま」
よく見ると、ウィリアムの瞳が潤んでいる。私はウィリアムの頬に手を伸ばす。私の手に頬ずりするようにウィリアムは顔をすりすりした。
「泣いてたの……?」
「……もう戻ってこないんじゃないかって思って……」
「ふふっ。帰ってくるに決まってる。……キスリレーは終わったの?」
ウィリアムは頬に充てた私の手の上に自分の手を重ねた。首を横に振る。
「まだ一晩経ってないんだ。だから、昨日一緒に寝た。その次の日だ。……父上への報告はまだだから……」
「じゃあ、ウィリアムはシャーロットとキスしてないのね?」
「ははっ。嫉妬してたの?」
「するに決まってるでしょ」
ウィリアムは私の頬に充てていた手を擦る。互いが互いの頬に手を充てている。
「あったかい」
そう言って、ウィリアムは私を抱きしめる。
「さっきまで冷たかったんだ。仮死状態の時は、生命活動が最小限になるから。呼吸も感じられないほどに浅いし、体温も下がる」
「怖かった………」と吐息に混ざるような呟きが息と共に私の耳にかかる。ウィリアムもきっと思ったんだ。もう会えなくなるかもしれないって。
何も諦める気のない私は、ぎゅーっと力いっぱいウィリアムを抱きしめたあと、ウィリアムを見上げて悪戯な笑顔で笑った。
「私はね。お兄ちゃんにかけてるんだ」
「兄上?」
「うん。なんとなくね、お兄ちゃん、シャーロットのこと好きなんじゃないかなって思ってたの」
前に帰ったとき、お兄ちゃんはすごく優しい顔でシャーロットのことを話していたし、お母さんとお風呂に入ったときお母さんは「父さんも母さんも小夜がいなくなるのは嫌」と言った。その言葉に、お兄ちゃんが入っていないことに不安になった。
体だけじゃなくて居場所もとられたのかと。それはウィリアムへの想いに気付かないふりをして、大好きな家族の元に帰ることだけを信じていた私の心に影をおとした。
だけど、今はもう開き直ってる。というか全部手に入れようと思っている。家に帰ることも。ウィリアムと一緒にいることも。全部叶えてみせる。お兄ちゃんを焚きつけてきたから、あとは待つだけ。
お兄ちゃん、お願い!
「兄上がシャーロットを?」
「うん。それで、確かめてきたの。当たってた」
「それで?」
「お兄ちゃんは小夜の体だからってのがネックで、シャーロットに何もできないんじゃないかと思って、今度が最後かもしれないから、キスしてもいいよって許しを与えてきた」
「兄上は、妹の姿のシャーロットに口づけできるのか………?」
「うん。中身が違うと表情が全然違うんだって。私が帰った日も、みんな「おはよ」って言っただけで小夜だって気付いたよ」
私はシャーロットの運命の相手はお兄ちゃんじゃないかと思うとウィリアムに話す。お兄ちゃんに面倒見られて好きにならないわけがない。
「だから、お兄ちゃんがシャーロットにキスすれば、それで固定すると思ったの」
「フローラはそれでいいのか?」
「うん。だって、シャーロットが運命の相手とキスしない限り、この状態は変わらない。お兄ちゃんが運命の相手だった場合は肉体と魂がどういう状態でかは分からないけど、固定されるでしょう? そのときの状況によるけど、私がこっちにいなかった場合は、ウィリアム。お願いね」
「うん。シャーロットの肉体と魂が一致した状態で固定したら、シャーロットに僕か小夜を転移させるように頼むよ。どうしたって、僕たちは一緒だ」
「うん」
「だけど」とウィリアムが難しい顔をする。
「肉体と魂が一致した状態のとき、シャーロットは仮死状態だろう? 同じように小夜の体にシャーロットの魂では、エマ殿の言う反応は得られないのではないかな? 今のところシャーロットの体は世界線を越えれていないわけだし」
それはそうだけど、でもさ。
「運命の相手を、魂の片割れって表現することもあるでしょ? 何度生まれ変わっても求め合い、惹かれ合う。そこに体は関係ない。生まれ変わるなかで、体は変化するものだもん」
エマは当初、シャーロットの身も心も守りたくて千年の眠りにつかせた。そして、状況が変わって、王子様のキスで目覚めるように魔法をかけた。その時に、シャーロットの魂が出て行って、異世界の人間と魂だけチェンジするようになるとは、もちろん思ってなかったと思う。だけど、魔法をかけたタイミングが違うのだから、条件が違う可能性は十分にあると思う。
「ロージーの話を聞くかぎり、目覚める魔法は、仮死状態にする魔法とは違って、純粋な気持ちでかけられたものだと思うの」
「……そうだね」
「それに、正直、何が正解か分かんないから、思いつくことやってみるしかないってのもある……」
「……うん」
シャーロットの肉体と魂が一致しているときに試してみることになっていた、王子様たちのキスリレーもそうだ。
お兄ちゃんはシャーロットにキスしないかもしれないし、してもなにも変わらないかも知れない。でもやってみないと分からない。
私は早く肉体と魂が固定した状態で安心して、ウィリアムと一緒にいたい。
「お腹すいたね。私、ウィリアムにオムライス作りたい。食べてくれる?」
オムライスを作って、今度はプリンを作ろう。約束していた手料理のごちそうだ。あのときは、こんな気持ちでウィリアムに手料理を振る舞うことになるとは思ってなかった。
……好きな人にご飯作るって、なんかくすぐったい。
「僕も手伝うよ」
二人でクロウの部屋に行くことをキャロルづたいにクロウに告げれば、嫌な顔をしたクロウが出迎えてくれた。私はクロウの嫌そうな顔に気付かないふりをして、にこやかにキッチンにすすむ。
卵を三つボールに割り入れて、牛乳を少し、ホイッパーで混ぜる。タマネギとピーマンはやりたいと言ったウィリアムが切ってくれている。お兄ちゃんがいないから人参はお出かけ中だ。
「痛っ」
慣れない手つきで野菜を切ってくれていたらしいウィリアムの指からは血が垂れている。深くはないけど痛そうだ。
「大丈夫?」
私は慌てて、ウィリアムの指の血を水で流すと、ハンカチで指を押さえたウィリアムと応接室に移動する。ソファーに並んで座って、クロウの準備した絆創膏を貼った。
「早く治りますように」
絆創膏の上から、ウィリアムの指を優しく手で包んで、そう呟けば、淡い緑色の光がウィリアムの指を包んだ。
………え? なんだ、これ?
「フローラ? 今のはいったい……ん? 指の痛みが……」
ウィリアムはなぜか、絆創膏をはずす。その指を見て驚いた表情になり、私に指を見せる。
「あれ? ここさっき血が……」
さっき手当てをしたばかりの指になんの傷跡も見当たらない。
「治癒魔法……」
信じられないものを見たとでも言うように、ポカンと目を開いたままキャロルが呟いた。
そうだ。シャーロットは、簡単な治癒魔法が使えたと……。もしかして……。
私はウィリアムの頬を両手で挟み、祈りを込めて自分からキスをした。
……どうか、このまま、ここに。
閉じた瞼の向こう側に眩しい光を感じて、ウィリアムの唇からそっと自分の唇を離して、同時に目を開けた。風に吹かれたように私のシャンパンゴールドの髪もスカートもふわりと舞い上がる。瞼の向こう側に見えていた眩しい光は私自身が放っていた。白とも銀ともつかない眩しい光にクラクラする。
ウィリアムは私をぎゅっと抱きしめていた。
『……小夜のおかげで私……』
聞いたことのない女性の声が聞こえる。耳で聞くと言うより、心で感じる。
『……誰?』
感じる声に、問いかける。
『……どなたかがわたくしの……いいえ、またわたくしおかしくなって……』
『誰? もしかして……シャーロット?」
『……小夜?』
やっぱり……。
『そう。小夜。話すのは初めてだよね? 何があったの? 私急に光って風に舞われてるんだけど?』
『……何って……あの……その……』
『……お兄ちゃんと、キスしたね?』
『……あの、その……はい……』
たぶん、今シャーロットは真っ赤になっている。私の顔でって考えると、なんかこっぱずかしい。ごめんね。こっちの小夜は、自分からキスしたよ。
「小夜?」
私を纏う光と風が収まっていく。
「ウィリアム。今、シャーロットが。あっちで、シャーロットがお兄ちゃんとキスしたって!」
「なんで、そんなこと……もしかして……テレパシーか?」
「うん。たぶん。ねぇ、これ覚醒じゃない?」
エマの言っていた『相手の証に反応したとき、目覚めますように』。愛の証であるキスを受け入れたとき、覚醒するって意味だったんじゃないかな。だって、こんな光って風が吹いて、あっちの世界のシャーロットとテレパシーできるようになった理由がそれ以外説明つかない。
「僕は魔法を使えないけど、それ以外考えつかないよ」
近いうちにエヴァンズかヴィオラに確認しようと話していたそのとき、ふっと風の揺れを感じた。
「やはり、覚醒なさったのですね?」
「え? なんでここにロージーが?」
そう、風の揺れの一瞬後に現れたのは、ロージー・エヴァンズだった。歓喜に満ちた顔で私を見ている。
「すごい魔力を感じたのです。もしやと思って試してみたら!」
私の覚醒の瞬間、エヴァンズの一族は、一気に膨れ上がった魔力にざわついたという。エヴァンズの一族が感じ取れると言うことは、エヴァンズの血を引く者の覚醒が考えられる。一族内では覚醒の要素を持つ者はいない。当たり前だ。魔女として生まれて、魔女として生きてきた彼女らに、彼らに、爆発的な魔力の成長である覚醒はない。
とすれば、一人だけ。エヴァンズの一族は転移魔法を使う。行ったことのあるところ以外にも飛べるところがある。それがエヴァンズの血を辿って転移することだ。
ロージーが私を思い浮かべて転移魔法を使えば、あっさりと私の元に来れた。そして予想通り、一族がざわついた急激な魔力の成長の主は私だった。
「シャーロット姫様は、千年前はエヴァンズの一族に登録されていました。ですが、エヴァンズに登録されるのは魔力と魔術、つまり肉体と魂で登録されます。現状、シャーロット姫様のお体には小夜様の魂が入っておりました。魔術がエヴァンズのものではないため登録を外れ、血を辿った転移はできませんでした」
「え? 今も魂小夜だけど……」
「わたくしも、肉体も魂もシャーロット様で定着したのだと思っていたのですが……。恐らく、シャーロット姫様の魂はあちらの小夜様の肉体で固定したのでしょう。それゆえ、こちらではシャーロット姫様のお体と小夜様の魂が一致したことになり固定したのだと」
「……私の国に魔法はないから覚醒って変じゃない? さっきも魔法使えたけど」
「魔術は育てるものではなく、魂に刻まれるものです。魔法を使わなかっただけで、日本でも使えるのかもしれません」
「あ! だからシャーロットとテレパシーができたのかな?」
「シャーロット姫様とテレパシーが? では間違いありません。その日本という国でも魔法は使えるのでしょう。ただ、魔力がとても弱いか、使う必要がなく魔法が発達しなかったのか。分かりませんが、使えるはずです」
だけど、テレパシーも血を辿った転移もこの国の常識でいえば、エヴァンズの一族内でしかできない。可能性として、なぜかシャーロットと小夜が極めて近いものであり、二人が個々として認識されていないまま覚醒したことで、どちらもシャーロットとして魔法が使える状態になったのではないかとロージーは言う。
確固たる原因を現状提示することはできないが、テレパシーができるので魔法が使えるのは間違いないらしい。
「じゃあ、ロージーみたいにテレポートもできるかな? どうやってやるの?」
「肉体が世界線を辿れるとは思えませんが、できなくても特に問題はありません。ご自身の姿を思い浮かべてください」
私は、頭の中で鏡で見た自分を想像する。体が煙のように消える感覚とともに目眩がして、目を開けると、目の前にお兄ちゃんがいた。
「お兄ちゃん!」
「……小夜?」
「うん。ねぇ、シャーロットは?」
「いや、今の今まで目の前にいたんだけど……」
「え?」
「消えた……お前と入れ替わるように……もしかして」
少し振えた声でお兄ちゃんが言った。
「その姿……シャーロットか?」
「え……?」
「お前は小夜なんだろ? でもどうみても日本人じゃない。お前と入れ替わるようにシャーロットはいなくなったけど……何がどうなってるんだ?」
私は自分の部屋に行って姿見に自分を映す。確かにシャーロットの体だ。ということは、小夜の体のシャーロットがあっちに行ったということ。
「小夜……?」
お兄ちゃんが私を追いかけて私の後ろから声をかける。
「お兄ちゃん! これがシャーロットの本当の姿だよ! テレポートしてみたんだけど……」
「……どういうことだ?」
私はさっきのテレパシーと同じ要領でシャーロットに話しかける。
『シャーロット、聞こえる?』
『えぇ。聞こえます。小夜? ここはどこなのかしら?』
『近くに、信じられないくらいかっこいい金髪碧眼の王子様いない?』
『金髪碧眼の方はいらっしゃいますが、信じられないくらいかっこいいかは……』
『その人と話した?』
私とお兄ちゃんと同じように、ウィリアムは突如入れ替わった小夜の姿に絶句していたらしい。キャロルは驚きに失神して、クロウが運び、ロージーは世界線を越えたテレポートに興奮したと言う。
『ねぇ、シャーロット。ウィリアムどんな感じ? 私の、その、外見に絶望している感じない?』
『そんなことあるわけありません。小夜は異国の天使のように愛らしいですもの』
『……それ、ある意味自画自賛だからね? ナルシストだよ?』
『そのようなつもりは……』
『ね、ね。私とテレパシーで繋がってること内緒にしたまま、ウィリアムに感想聞いてくれない?』
『感想と言いますと……どのように促せば……』
『……シャーロットはお兄ちゃんに自分の姿見られてどう思われるか気にならないの?』
『圭様は、何か仰っていますか? わたくしの髪の色とか、瞳の色に幻滅していないでしょうか? その、そちらの国では不気味ではありませんか?』
そうか。シャーロットは日本以外知らないから、自分の持つ色がお兄ちゃんに不快なものとして映らないか心配なんだ……。そんなの大丈夫なのに。
だって、シャーロットの姿の私を見る目が、もう、なんていうか、恋してる……。小夜の姿よりこっちの方がいいに決まってるよ。シャーロットはそういう意味での心配をした方がいい。
「お兄ちゃん、どう? 前に言ったでしょ? 敗北感すら感じないほどの芸能人にもいない美女。そう思わない?」
「あ、あぁ。その姿がシャーロットなんだな」
「うん。シャーロットが、本当の自分の姿を不気味に思われないか心配してるから、戻ってきたら伝えてあげてね」
「不気味? なんでそんなふうに?」
「こっちでは珍しい色だからだって」
「そんなことない。本当に……」
「ストーップ!! それ以上は本人に言って」
ハッとして恥ずかしそうに目を伏せるお兄ちゃんを見て改めて思う。恋するお兄ちゃん新しい。今見てるだけならたどたどしい感じするけど、この時系列。どう考えても私とシャーロットが入れ替わってすぐキスしたと思われる。以外に肉食、いや、こういうのロールキャベツ男子っていうのだったっけ? いや、あっちとこっちの時間経過にはズレがあるんだったか。
だけど。……今も危なかったもんね。テレポートしてすぐ危うくお兄ちゃんにキスされるところだったもん。お兄ちゃんのキス顔なんて見たくなかった……。
『お兄ちゃんは、シャーロット綺麗って見惚れてるよ! ねぇ、ウィリアムは……?』
『……小夜、ごめんなさい。わたくしうまく立ち回れなくて、その、直接話すから、早く戻っておいでって』
『……! 分かった! でもせっかく来たから、お母さんとお父さんに会ってくる!』
『え? わたくしの姿でですか? 心の準備が……。小夜? 小夜?』
私はばたばたと階段を降りて、リビングに向かう。バタンと扉を開けて。
「ただいま!!」
「どな……小夜……?」
「やっぱり分かってくれる? 嬉しい!」
私はお母さんの胸めがけてダイブする。お母さんの匂い。
「たぶん、このまま固定したんだと思う。姿は入れ替わっちゃったけど、こうやってこれからも会いに来れると思うの!」
「そう……。小夜はそれで幸せなの?」
そりゃ私も、自分の姿のままウィリアムに愛されたいし、こんな悲しそうな顔をするお母さん見ると罪悪感に陥る。だけど、たぶん、私の考える限りでは、この状態じゃないと行き来できない。
私はお父さん似だそうだ。大好きな先に逝ってしまった夫に似た私は、お母さんの娘であり、お父さんとの繋がりを常に感じていられる天の使いだそうだ。
この体から心だけを引き離した状態で生きていく。
「でも、私、お父さんとお母さんとも会いたいし、ウィリアムともいたいの。この方法以外考えられないの」
涙が溢れて床にポタポタ落ちていく。
『……小夜。……小夜!』
『シャーロット?』
『こちらに、小夜の体を置いて、魂だけそちらの世界に行けないか、試してみようと思うのだけど、どうかしら?』
『……そんなことができるの?』
『ロージーさんが言うには、テレポートしたはずなのに、わたくしと小夜が入れ替わったでしょう? 恐らく、わたくしと小夜は二人で一つとして魔法が反応するのではないかと。だから、わたくしたちが入れ替わる形で、どちらの世界にもわたくしが存在することになった。つまり、魔の主の登録はわたくしと小夜で一人。今のこの現象は、一人として扱われているから起きていると考えられるそうです』
つまり、と言われたところで、分かりやすくなっていない。そもそも魔の主とはなんだ。
『魔の主とは、魔法を使う根源となるもの。魔女はすべてそこに登録されます。登録されて初めて魔法を使うことができるのです。わたくしも遙か昔に登録いたしました』
魔の主とは実態のないもの。たぶん神様的な存在なんだと思う。魔女の森の泉で儀式を行い、泉が色を変えたことで魔力の登録の完成が分かるらしい。
今、そこの登録されているのはシャーロットだけ。だけど魂と肉体は別になっている。普通起こりえないことが起きているからのバグのようなものだと理解した。
『この状態のあるうちに、試してみないと次はないかもしれません』
神様がバグに気付く前に、バグを利用した魂の入れ替えをしないといけない。二人が二人であることに気付かれると、個々の存在として再登録されるかもしれないし、最悪、登録取り消しになるかもしれない。
とにかく、神をも欺くこの行為、手早く終わらせる必要があるらしい。
『でも、そうすると、もう家族に会えなくなっちゃうんじゃないの?』
『……恐らくは。……時間がないのに、こんな決断を迫ることになってごめんなさい。全てわたくしが悪いというのに、小夜にばかり負担を……』
「小夜? どうしたの?」
泣きながら立ち尽くす私の頭をお母さんが優しく撫でる。
私は、テレパシーで肉体と魂を一つにする方法、成功すれば、もう二度と、どんな形でも会えなくなるかもしれないこと、この手段を執るには急ぐ必要があることを伝える。
「小夜はどうしたいの?」
私はただただ、首を横に振り続ける。全部手に入れたい。だけど、それが叶わない。
『直接言うから、早く戻っておいで』
ウィリアムのシャーロットの伝言が心に響く。
「私、お母さん大好きだよ」
お父さんと、お兄ちゃんを見る。……もう会えないかも知れない。
「お父さんも、お兄ちゃんも。大好きだよ。……もう、会えないなんて……嫌だよ……」
お母さんが私の頬をつたう涙を指で拭ってくれる。お父さんは、背中を擦ってくれる。お兄ちゃんは少し離れたところから私を見ていた。
「……心は決まっているのね? なら、行きなさい。……お母さん、言ったでしょう? 小夜が決めたことならなんだって応援するって」
お母さんの頬にも涙がこぼれた。
「親不孝でごめんなさい」
「子供が幸せになるために頑張っているのに、親不孝なわけないでしょう?」
「小夜。寂しいけど、自分の道を行くんだね。決めたからには後悔してはいけないよ」
「……お父さん……。後悔するよ! 決まってるよ! こんなの後悔しないわけないよ」
「じゃあ、後悔しないくらい幸せになっておくれ」
お父さんとお母さんが私を真ん中にして抱きしめた。
「小夜! お前は今まで駄々こねて、なんだって思い通りにしてきたはずだ。思い通りにいかなかったら悔しがって、やっぱり思い通りにいくように周りを巻き込んできた」
「……お兄ちゃん」
お別れだというのに、突然の悪口になんて答えたらいいのか分からない。
「だから、今度もきっとお前の思い通りになる。俺はそう信じてる」
「……お兄ちゃん」
私はお兄ちゃんに頷く。悪口じゃなくてエールだった。
『シャーロット。どうすればいい?』
「魔女と王族の血を継いでいるんだ。きっと大丈夫」
お兄ちゃんがそうお父さんとお母さんに話しかけた声に、シャーロットとのテレパシーに集中していた私は気付かなかった。




