会合2
「ロージー。どうやったら覚醒できるの?」
「申し訳ございません。覚醒の方法については存じません。ですが、エマ様のお言葉『相手の証に反応したとき』がヒントなのではないかと推測します」
手っ取り早く覚醒したら、あっちでの生活もこっちでの生活も諦めずに済むかもしれない。
私の質問にロージーがきっぱりと答える。
「シャーロットは肉体と魂が離れた状態にあり、魂は小夜のものだが、その場合でも、その条件は満たされるのだろうか?」
ウィリアムの質問にロージーはこくりと頷く。
「そこが問題です。シャーロット姫様のお体と魂が一致していないため、エマ様の魔法の解呪の基本条件は満たしてはいないでしょう。エマ様は肉体と魂が一致したシャーロット姫様に魔法をかけられたのですから」
「現状がそれを示唆しています」とロージーは続ける。私たちはただ黙って聞くしかない。
「シャーロット姫様のお体に小夜様がいらっしゃる間は、シャーロット姫様の仮死状態は解かれますが、シャーロット姫様のお体にシャーロット姫様の魂がお戻りになっている間は仮死状態になるでしょう? それは、シャーロット姫様にかけられた魔法が解けていないからということになります」
「では、なぜシャーロットの姿で小夜は目覚めたのだ?」
静かに聞いていた陛下が顎に手をあてながら、ロージーにそう質問する。魔法が解けていないのに目覚めたのだ。その疑問は当然で私の中にもある。
「そのご質問にお答えする前にわたくしは皆様に謝罪しなければなりません」
そう言ったロージーは立ち上がり、カーテシーした。
「何に対する謝罪かは分からぬが、とにかく話を聞きたい。座られよ」
陛下の言葉に、ロージーはもう一度カーテシーして、席についた。
私が王城に来るきっかけになったキスリレーに話は遡る。ロージーがいくらかの試練を超えて宰相に対面して話をしたとき、その場には王太子、つまりカルロスも居合わせたという。
王家におとぎ話のように語り継がれる眠り姫は王子の口づけで目覚めると聞いたカルロスは、話も半分にその場を離れ、馬を走らせたと言う。
その口づけというのは、先ほどのエマの言葉『運命の相手の証』だ。そうエヴァンズでは見当づけられていた。そして、王子というのは戸籍上の王子ではなく、シャーロットの王子様になってくれる運命の相手という意味だったけど、自分の言葉が足りないせいで行き違いが生じたと。それに対する謝罪だそうだ。
「では何故、試練を乗り越えなければならない王の謁見を望んだのだ」
確かに、わざわざ敵対視されている王に話を通そうとしなくてもいいと思う。私としては助かったけど、ロージーとしては必要以上に乗り越えなければならない壁があったんじゃないかと思うし。なにも面倒なところにわざわざ行かなくてもいい。
「それは」と言いにくそうにロージーは視線を彷徨わせた。
「旧神殿は国の所有物ですので、そもそも他の方は立ち入ることができないので……」
なんと、王族をお使い扱いである。なんとなく、ロージーへの親近感がぐっと沸いた。
「ですが、千年も経ち、旧神殿の結界は消えかかっていました。そうなると、旧神殿は人の目にも見えるようになりますし、実際見えていたでしょう? そのうえ、誰でも立ち入れる状況になると、シャーロット姫様の身が危険にさらされます」
エマのホログラムは旧神殿の結界の限界を察知して再生されるようになっていたらしい。
「それが、どうして千年も経てば呪いをかけた魔女の気も済むって話になったの?」
「あの、その、わたくしはあのとき、とにかく慌てていました」
そもそも旧神殿はエマとソフィア、当時の陛下の結界により見えない状態になっていた。これが、当初の王族が探し求めてもシャーロットにたどり着けなかった所以だ。だけど、もとは国所有、つまりは王族の所有物であり、王族の諾なしにその敷居をくぐれる者はいない。だからこそ、見えなくする結界を重ね掛けされたのだ。
おかしいと思ったんだ。シャーロットの兄がシャーロットの命を狙っているからかけられた魔法なのに、王族しか入れないとか意味が分からない。魔法をかけたときから、兄の妄執さに気付かず、いや、信じていたのだろうけど、シャーロットにかけられた魔法はぐだぐだだったと言わざるを得ない。
「ですが、王族しか入れないようにかけられていた結界も、エヴァンズの結界が解けるのが間近となるくらいに時間を経たのです。王族しか入れないようになされていた結界も解けている可能性が高かったのです。人の目に映るようになれば、誰かが入ってしまうでしょう。そうなってはシャーロット姫様の安全が守れません」
つまり、シャーロットが閉じ込められていた神殿は、王族しか入れない結界、シャーロットの父がかけた誰からをもシャーロットを守る結界。ソフィアがかけた誰の目からも見えなくする結界。エマの王子様のキスで目覚める魔法。四重にかけられていたということだ。
エマの話、シャーロットの母の話、兄の話。段階を踏んで説明していては、その間にシャーロットが誰かに見つかってしまうかも知れないし、その誰かに危険に堕とされるかも知れない。なんなら、王族の過去の話なので、事実確認をといって、更に時間がかかってしまうかもしれない。
「許されることなら、陛下の許可を得て、わたくしがお迎えにあがりとうございました」
「……では、『姫が旧神殿を出るには姫の意志が必要。姫が認めた王子と共に、姫の意志で、姫の足でしか出ることができない』と言っていたのは……?」
「当時の陛下、シャーロット姫様のお父上がかけた結界により、そのような仕様になっている、というのがエヴァンズの見解です」
なにはともあれ、とにかくシャーロットの身の安全を一番に考えた結果、エヴァンズが悪く思われていることを逆手にとって、眠り姫にかけられた魔法を、愛ゆえではなく、呪いとして伝えた上で、もう気が済んだと悪役じみた台詞をはいたのだ。
私がエヴァンズに会おうとしたとき、その警戒ぶりを疑問に思ったけど、謎が解けたよ。
「騙すような形になり申し訳ありませんでした」
「それはもう良い。其方が判断したように、丁寧に説明されたところで信じなかったであろう」
「えぇ。まかり間違えばフローラが賊の慰み者になっていたかもしれない。対応に迅速さが要求されたのは理解できる」
もう一度謝罪するロージーに陛下が許容を示し、ウィリアムが怖いことを言った。
賊の慰み者って! そんなことになってたら、シャーロット本当に可愛そうとおりこして哀れだよ。本当に良かった!!
「話を戻そう。なぜシャーロットの姿で小夜は目覚めたのだ?」
「旧神殿の結界が切れたことが原因と考えられます。先ほど、シャーロット姫様は昔お会いになった小夜様に手を伸ばしていたのではないかとお伝えしました」
「あぁ」
旧神殿の結界はシャーロットを守るために張られていたけど、同時にシャーロットを逃がさないようにもなっていた。その結界が緩んだことで、魂だけは旧神殿から逃げ出すことができた。それが、小夜とシャーロットの魂入れ替わり事件に繋がる。
「そのため、シャーロット姫様にかけられた魔法は解けていないのに、小夜様がお入りになっている間は魔法が解けて目覚めることができるという状況ができたのだと思います」
「では、シャーロットの呪いを……失礼。シャーロットにかけられた魔法を解くには、シャーロットの体にシャーロットの魂が入っているとき、つまり仮死状態のときに運命の相手の証が必要になるということか」
……ウィリアム、今、呪いって言ったね? 気持ち分かるよ。でもロージーも自覚があるのか悲しそうな、いたたまれない目になったよ。
「はい、恐らくは」
「……ちょっといいかしら?」
ヴィオラが手を顔の横に上げてロージーを見た。ロージーは、手を差し向け「どうぞ」と促す。
「その運命の相手、でしたかしら? 寝ている状態でどうして分かるの? 何がきっかけでそう判断されるのかしら?」
それは私も思う。今に始まった疑問じゃなくて。おとぎ話には口づけでお姫様が目を覚ますみたいなのが他にもあるけど、どうなんだろ。私だったら目覚めたとき知らない男と口がくっついていたら、そのショックで意識を失うけど。
「目覚めたから運命の相手になるのか、運命の相手だから目覚めたのか。それすらも不明なままです。ですが、エマ様は偉大な魔女だったそうです。圧倒的な魔力を持ってそう願えば、運命の相手との口づけで魂が呼応することも可能なのかも知れません」
「そう、結局のところ、推測の域を出ないのね。あと、もう一つ」
なんだろう。いつも妖艶に色気を振りまく優しいお姉さんなヴィオラが、意地悪に見える。魔女同士の派閥争いみたいなのでもあるのかな。
「シャーロット姫様は千年の眠りのあと、目覚めたのは小夜様の世界。運命の相手とやらが、小夜様の世界にいるということは考えられないかしら?」
ヴィオラの言葉にロージーの悲しげな憂いの含んだ瞳が見開かれる。
「そうですね! 確かにその可能性はあります。むしろ、そうであるからの入れ替わりなのかもしれません」
また卵が先か、鶏が先か、みたいな話になってきた。この魔法に関わった人の誰もがもう亡くなっているから、結局推測合戦になるんだよね。仕方ないけど……。
「だが、小夜の世界の人間はこちらには来られないだろう? 現状あちらの世界とこちらの世界を行き来できるのは、小夜とシャーロットの魂だけだ」
「隠密を忍ばせ、小夜の人柄は理解したつもりだ。だが、魂の入れ替わりが今後も続き、世界を往復されるというのは、この国の情報が外に出る可能性があるということ。それは歓迎できない」
ウィリアムの言葉に陛下が頷いて、私が間者でないことは理解しているけど、意図せずそうなってしまうかもしれないと言う。いわゆる、ついポロッと。ってやつだ。でもそれはおかしいと思う。
「陛下はそう仰いますが、現状この世界と、わたくしの世界を行き来できるのはわたくしとシャーロットだけ。その状況下で、この国のことが漏れたとしても誰もこの世界に干渉できません。もちろんわたくしは、事情を知る自分の家族にしか伝えるつもりはありませんが」
ていうか、こんなこと言ったって誰も信じるわけないし、馬鹿にされて終わるだけだ。
「だが、先のことは分からないであろう? 今はシャーロットと小夜だけかもしれないが、前例ができてしまった以上、次がないとは言い切れない」
……なんも言えねぇ。
グッと詰まった私と同じくウィリアムも息を詰まらせた。だって、これはそういう流れだ。
「よって、次にシャーロットが仮死状態になったおりには、王子総出で口づけを試すように」
やっぱり!!!! 話を逸らせることはできなかった……。
地獄のキスリレー再び。だよ! でもさ、それってさ。
私は、隣に座るウィリアムを睨むように見上げた。ウィリアムが困ったように笑って、私の頬を撫でた。
「僕の運命の相手はフローラだからね。シャーロットであるはずがない。シャーロットとの口づけは不要だよ」
「……ウィリアムは十番手でよい」
あ、でも……。
「今、シャーロットを起こすための口づけに参加しなくても、どうせいつかは……」
「どうせいつかは……なんだい?」
思わずでた私の呟きにウィリアムが答える。
「……奥様を迎えるでしょう? 私以外の」
「……僕はフローラを妻にと考えているのだけど」
「王族だから一人じゃダメなんでしょ?」
「いや、僕は公爵位を与えられる予定だから、それほど王族のルールには縛られないはずだ」
そこまで言ったウィリアムが陛下を見るので、私も釣られて陛下を見る。
じーーーーーー。
「……よい」
私とウィリアムの物言わぬ視線に耐えきれず陛下がおれる。陛下は子煩悩かもしれない。
「シャーロットが王子のうちの誰かの口づけで目覚めた場合、魔法は解けたことになる。その場合、そのまま肉体と魂が一致した状態でここにとどまることになる可能性がでてくる。フローラがそのまま、こちらの世界にとどまることができたとしたら、それは奇跡だろう。その奇跡の其方らを引き離すことはすまい。分かっているとは思うが、小夜の世界は魔法がないのであろう? 小夜の姿と魂でこちらに戻ってこられるとは思えぬ」
違った。子煩悩じゃなくて、あり得ないと思っているんだ。もしくはあり得たとしても、魂が固定してくれればそれでいいと思ってるんだ。確かに、その状況で私とウィリアムを引き離すなんて神への冒涜に近いと思う。
まさか、ウィリアムと一緒にいたいと思って、そうできるように道を探そうとしたところ。初っぱなから期待を裏切られる形になるとは思わなかったよ。




