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閑話 あのときウィリアムは




 フローラが子供なのは分かっていたけど、ここまで残酷な子供だとは思ってなかった。僕の気持ちを利用した説明に他のみんなと同じように僕のことも好きだと。


 僕はフローラが僕を好きになってくれるのをずっと待ってた。例え世界が違って、結ばれなかったとしても、このどうしようもない思いを幸せな形で終わらせたかった。


 プリンを断って退室したあの日から、フローラのところには行っていない。少しでも早く結果が欲しくて、働き通しだった。



 まずフローラが言ったように正々堂々父上に謁見依頼をして、話し合った。こうして直接話すことで、僕がフローラに狂って閉じ込めたのは狂言だと疑いが追加されてしまったけど、とにかく時間が欲しい、その間隠密で見張ってもらって構わない。いつでも、どこにでも忍ばせて、僕らを堂々と調べてもらって構わないことを告げる。


 同時に、フローラの魂を異世界の日本という世界に返した状態で、固定させることが可能か情報を得るために会合を開きたい。父上か隠密か宰相か。もう誰でもいいから見張りをつけてほしいと告げた。父上からは疑わしいことがあれば、即刻フローラを幽閉することを条件に了解を得た。



 毎日毎日フローラから「ごめんなさい。会ってお話がしたいです」と手紙が届く。返事を書くことも会いに行くこともできなかったのは本来の執務に会合の調整が追加されたため多忙だったからだ。本音は、まぁ、普通の顔で会う自信がなかったからだけど。



 会合の準備も整い、フローラを避けているわけにもいかなくなって、続き間のドアを開けると、フローラは、ぶつぶつと独り言を呟いていた。



「誰だぁぁぁぁぁ! 誰の許しを得て、目玉焼きを両面焼いたんだ!!!! あんな硬いとだめでしょー! パンにものせてないし! パンと目玉焼きだと、パンに目玉焼きのせるのが鉄板でしょー?」


 呆気にとられながらも何回か声をかけるが、フローラは僕に気付かない。



 「ちくしょー!!」と叫びながら、クッションを投げようとしたところで僕に気付いたけど、それでもそのままクッションを僕に投げてきた。そんな強くもない力だ。なんなく受け取った。だけど、やはり酷いと思う。あの謝罪文は嘘だったのか。会合の予定だけ伝えてさっさと戻ろう。



「私。謝ったよ! 何回も手紙書いたよ!」

「うん、ごめん……」

 (忙しかったんだよ。いや、避けてたね。)



「なのに、なんで来てくれなかったの? 鍵まで閉めて!」

「ごめん。ちょっと極秘の書類があったんだ」

 (これは本当)

「私にも隠さないといけないの?」

 (いや、極秘書類を自室で管理するうえでのマナーだよ。)





「私のこと好きって言ってたのに。誰だって気付くくらい、好き好きオーラばんばんだったくせに!」

(確かにそうだけど、まだ僕の気持ちを弄ぶつもりなのか)


「ウィリアムはいいよね! そのまんまなんだから。ある日突然魂だけどっかに行っちゃうこともないし、姿形もウィリアムのもの。全部何も、自分さえ知らないうちに変えられることはないんだから!!」

(うん? なんか様子が……)



 フローラは取り乱して、枯れてしまうのではないかと思うほどに大粒の涙をぼろぼろこぼす。



「私がいけないの? 私は何もしていない。ただ夜寝て朝起きてるだけよ。どうしてこんな目にあわないといけないの? 明日どこにいるかも知れない私にどこで好きな人を作れというの? 明日はお別れかも知れないし、そのまま、もう、二度と、会うこともできないかもしれないのに!」

(僕との別れが怖くて、好きな人はいないと自分に言い聞かせていたのか……?)



「ウィリアムの愛は重い!」

「うっ。確かに……」

「満場一致ですね」


 ……返す言葉もありません。僕はたぶん、フローラのためなら狂える。




「正直、怖い! そのまま捕らえてやろうと思ってるでしょ! 怖いわっ!」


「……フローラを捕らえることになんの意味があるって言うんだ。行くのは魂だけなのに。魂を捕まえておくことができるなら、いくらでも狂ってみせるよ」


「そういうところが怖い! ……でも、ウィリアムは本当の私を見てもそんな風に想う? 捕まえておきたいって思う? 私は異世界人。髪も瞳も真っ黒で。鼻ぺチャでスタイルもこんなによくない。ひょろっとしてなんの凹凸もない。そんな本当の私も知らないで好き好き好きって!」

(なんだ? まだ外見目当てで言い寄っていると思っているのか? 心外だ。どんなフローラだって……)



 荒れ狂うフローラを刺激しないように少しずつ近付いていく。ここで一気に仕留めないと、次はないかもしれない。フローラが冷静になってしまえば、また感情を隠してしまうだろう。



「知らないし、知りようがないのに知らないことを責められてもどうすることもできないよ。だけど、髪と瞳が黒くて、鼻ペチャでも」


「体凸凹してない!」


「体が凸凹してなくても。僕はぜったいフローラが好きだよ。それは自信がある」

(シャーロットの見た目にコンプレックスが……? そんなところもかわいい)


「見たこともないのに?」


「うん。フローラの造形はとても美しいけど。それ以上に僕はコロコロ変わる、フローラのその表情が好きなんだ」


「……表情は私のもの……?」


「そうだろ?」


「うん」


「その喜怒哀楽の激しいところも、食に対する執着も、全部かわいいと思ってる」

(どうしよう、全部かわいい。もう、僕の気持ちを確かめるために試していたとしか思えないじゃないか)



 普通なら自分の気持ちを試されるなんて不愉快でしかない。これだけ愛して、誠実に……まぁ、かわいくて、たまに揶揄ってしまうこともあるけど。それでも僕としては誠実に真摯に思いを告げてきたつもりだ。だけど、フローラの状況下で試してしまうのは分かる。


 正直、魂が異世界を往復している人なんて、好きになるほどに辛くなる対象だと分かりきっている。何度も諦めたほうがいいと思った。でも、その度にフローラの可愛いところを見つけて好きだと思う。自分でも制御できない気持ちだった。


 女性と付合ったことがないとは言わない。第三王子とはいえ、王子は王子。王族として世継ぎをもうけることは使命だ。それゆえ、そういった指南もあるし、女性も宛がわれる。だけど、こんなにも自分でも気付かないうちに気持ちが育っていくことは初めてだった。


 初めてなのだから、止める術もない。そのままずるずると溺れていくだけだった。




「私が、ウィリアムのこと好きになったらどうする……?」


 腕の中のフローラがぐちゃぐちゃの顔で僕を見上げる。こんなのもう、僕のこと好きじゃないか。不安ゆえに素直になれなかったのだと知ってしまえば、もうかわいい、愛しいしかなかった。



「もう僕のこと好きだって、今気付いたよ。ごめんね」

(気付いてあげられなくて、大人げなく怒ってしまって、ごめんね)



「ウィリアムは私とずっと一緒にいたい?」

「いたいよ」

(そう言って欲しいから、僕に聞くんだ)



「私もいたいよ。……だけど、家族と会えなくなるのも嫌なの。それに、私とシャーロットが入れ替わってるとき、私、二人がどう過ごしているか、たぶん。すごく、気になるの」

「仮死状態だって言ったでしょ」

「うん。でも、シャーロットには私の家族から、これまでの誤解を知らされているはずだから、シャーロットはこの体に帰る勇気が出たかも知れない」


 日本に帰りたがっていたフローラが、今はここにとどまりたいと思ってくれている。フローラがそう思ってくれるのなら、僕は直接は何もできないけど、精一杯フローラに必要な情報を集めて、父上の幽閉からも守ってみせる。



「今度はプリン食べてくれる?」

「……あぁ、もちろん。この前はごめんね」

「私、自分で食べたよ。……泣きながら」

「子供だった、ごめんね」


 素直で意地悪なフローラがかわいくてまた腕の中に閉じ込める。恐る恐る背中に回される手に、顔がほころぶ。


 


 今度は僕の番。


「ま、あれほどまでに熱烈に僕を求めているのが父上の耳に入ったら、さすがにもう疑われないと思うよ?」

「私……求めてた? ……求めてた!!」


 自問自答して素直な気づきをそのまま口にするフローラは本当に可愛いと思う。フローラのご両親や兄上はいったどのようにしてこんなにかわいい生き物を作り上げたのか。  



 いつか、僕はフローラとの子供ができたら、小夜が両親にもらうはずだった愛情ごとその子をかわいがろう。もちろんフローラも離さない。


 少し前にやっと、気持ちを受け取ってもらえたところなのに、妄想が止まらない。愛が重いのは承知している。



 フローラ。花がひらくように笑うから花の女神フローラ。関わるほどに初対面の印象を悉く壊していく君に、僕はずっと夢中だった。コロコロとかわるその表情が、こんなにも愛しい。フローラは甘い花の蜜のように僕を虜にしてはなさない。








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