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エヴァンズ




「ロージー・エヴァンズと申します。本日はお招き……」




 ロージーと名乗るその魔女は、ヴィオラと同じ黒髪に深緑の瞳の儚げな美人だった。魔女はみんな妖艶な魅力でわがままボディなのかと思っていたけど、ロージーは全体的にほっそりとした華奢な女性だった。



 その儚げな美女が私を見て、挨拶の途中でなぜか、すごい勢いで泣き出した。号泣と言っていい。戸惑う私に泣きながら縋るように近付くロージー。警戒し間に入るヴィオラ。私の腰に手を回し自分に引き寄せるウィリアム。



 みんなの警戒心を察したロージーはハッとして数歩先で立ち止まった。手で涙を拭い綺麗なカーテシーをする。



「本日はお招きいただきありがとう存じます。ずっと、お会いしたいと思っておりました」


 ロージーはシャーロットの目覚めを王家に知らせてくれた魔女だ。この体を救ってくれたと言って過言ではない。そんなロージーとなぜ今まで会えなかったのか疑問だったけど、私を守るためだったのと、これ以上エヴァンズと王家が関わらないようにするための決断だったのだと今なら分かる。



 何かあったときのためにヴィオラはロージーの側を離れず、座る席も隣だ。



 今私がいるこの部屋は私に与えられている自室兼応接室じゃない。細長いテーブルに端と端で座らせられる。縦に。顔が見える範囲だからいいんだけど。声も張り上げなくても大丈夫そうだ。



「ロージー。わたくしはフローラと申します。本日はお呼び立てして申し訳ございません」

「いえ、先ほども申しましたようにずっとお会いしたいと思っておりました」


 どうやら社交辞令ではないらしい。それは会った瞬間の号泣からも明らかだけど、そんなに求められる理由が分からない。



「先ほどわたくしを見て泣いたのはなぜですか?」



 私の言葉にロージーが不安そうに眉を寄せた。


「……恐れながら、フローラ様。そのお名前はあなた様のお名前ではないのではないですか?」


 確かにそうだけど、そのロージーの言葉に隣のウィリアムの空気が冷えたのが分かった。名前をつけてくれたウィリアムには不快なことかもしれない。



「確かにフローラの名前は、千年の眠りから覚めて記憶が曖昧な姫に僕がつけた。……何か問題が?」



 明らかにロージーを睨んでいる。見なくても分かる。声がめちゃくちゃ怒っている。

 


 ヴィオラから聞いて私が抱いたエヴァンズの印象は、とにかく温和だけど魔力が強すぎて怒らせたらどうなるか分からない危うさがあるというもの。だけどこの目の前のエヴァンズは吹いたら飛んでいきそうなくらいのか弱さがある。



 生まれたての子鹿のようぷるぷる震えている。でも分かる、本気のウィリアムの睨みにちびりそうになる。私も一度だけだけどその睨みを浴びたことがあるから分かる。



「……いえ、そういうわけでは。……本当のお名前はシャーロット姫様ではございませんか?」



 ロージーのその言葉に室内の空気が緊張に包まれる。そこまで知っているのはウィリアムとヴィオラとキャロル、クロウだけだ。



「なぜ、それを知っている?」



 ロージーは語る。シャーロットに直接害なした先祖から語り継がれている真実を。




「わたくしのこの瞳の色。フローラ姫様に似ているとはお思いになりませんか?」



 先日ヴィオラから聞いた王家に嫁いだエヴァンズの娘。その娘がシャーロットの曾祖母にあたるらしい。この瞳の色はエヴァンズ特有の色だそうだ。そして驚いたことにシャーロットを眠りにつかせたのもその娘だとか。



「え? 自分のひ孫よね? なんで?」

「曾祖母、エマは孫の、つまりシャーロット姫様のお母様であり王妃。ソフィア様に相談されたそうです」



 シャーロットには腹違いの兄がいた。長男ではあったけど、第二夫人の子供だったうえ、父である王はシャーロットを溺愛している。それでも順当にいけばシャーロットの兄が即位するだろう。しかし、シャーロットは魔女の血を引いていた。兄の魔力はシャーロットに到底及ばないし、国を治める上でも魔力は多い方が歓迎される。



 その美貌もあいまって、シャーロットを王女にと嘆願する国民の声は大きくなっていった。


 シャーロットの両親、王と王妃はシャーロットを王女にするつもりなど全くなかったが、その思いは兄には届かず、ある日王は兄につけた隠密から兄がシャーロットの暗殺を企んでいると耳にする。表だって止めればシャーロットに向かう危険が早まるだけ。



 思い悩んだ末、王は王妃に相談する。それをシャーロットの母がエマに相談した。王も王妃もとにかくシャーロットに生きて欲しかった。誰よりも幸せな未来がシャーロットに訪れることを願っていた。



「それが、シャーロット姫様が眠りにつくに至った経緯です」



 本当は千年も眠りにつく予定ではなかったらしい。数年経ち、兄の王政が盤石なものになればシャーロットを目覚めさせるつもりだった。


 その頃の王は病気で弱っていたけど、それでも兄の王政を盤石なものにするために、王妃と共にサポートに全力を尽くした。しかし、その思いは兄の妄執の前には欠片一つ届かなかった。兄は王と王妃に毒を盛っていた。毎日毎日。少しずつ、死に近付くように。



 それに気付いたときには既に解毒剤も治癒魔法も効果を示さなかった。そして、自分の命を引き換えに娘を守るための結界を神殿に張った。先に王が逝った。後を追うように王妃が結界の重ねがけをする。



 その魔力は神殿の場所を隠してしまう。シャーロットの安全が保証されるまで誰にも見つかりませんように。そんな願いが込められていた。



 既に王家に仇成すものと追放されていたエマの耳に二人の訃報が届いたのは随分あとのこと。エマは自分より先に逝ってしまった孫を思って涙を流す。そして、ソフィアが生まれたてのシャーロットを抱いて目を細めていたことを思い出す。



「この子も、きっと将来はわたくしのように大好きな殿方と一緒になるのね。……わたくしは陛下の妻になれてとても幸せです。だけど、おばあさまにだけ弱音を吐いてもいいかしら?」

「もちろんよ、ソフィア」


「わたくし、わたくしだけのことを愛してくれる方と一緒になりたかったわ。王族だから仕方ないのかもしれないけど、おじいさまはおばあさまだけだったでしょう?」

「ふふ、古い話を……。おじいさまは第十二王子だったのですよ。夫はよく言っておりました。僕は第一王子の十一番目のスペアでしかない。いつ死んでも誰も困らないし、もしかしたら気付かれさえしないかもしれない。だから、僕は僕の好きに生きるんだ、と。今こうして王宮に仕えているのはわたくしの魔力が王家にとって利益があるからです」


「おばあさまとおじいさまが王宮との関わりを望んではいなかったことは分かっています。でも願わずにはいられません。せめてこの子は、おばあさまとおじいさまのように互いに互いだけを思い合う伴侶を迎えて欲しいと」




 エマは願う。シャーロットが運命の相手ーーそう。物語にでてくる王子様のような。その相手の証に反応したとき、目覚めますように、と。



 普通ならばエマの魔力があれば、一晩眠れば回復する程度の魔法だった。だけどエマは既に百歳を超えていて、魔女の起源である魔女の森から随分と長い間遠ざかっていた。エマは眠るように幸せな笑顔で亡くなった。







「じゃあ、シャーロットは呪われたわけじゃなくて……」

「はい。シャーロット姫様は愛されていました。シャーロット姫様のお目覚めは我がエヴァンズの悲願だったのです」




 愛が過ぎる……。眠らせたふりをして兄を懐柔したら起こそうとしていたけど、懐柔出来なかったどころか反逆にあった。それで、計画が狂ったと。それでもどうしても娘に幸せになってほしくてシャーロットを隠した。いわゆる王子様が迎えに来るまで。




「話は分かったけど、じゃあ、シャーロットがずっと眠らされている間、意識があったのはどうして? 酷くない? 話しかけてくれて返事してるのに声にならなくて、会いに来てくれる人が時間と共に減っていくことをずっと怖がっていたんだよ?」


「そのようなはずは……」


 私の質問にロージーはオロオロとしながら視線を彷徨わせる。


「あの魔法は相手を仮死状態にするもの。意識がある状態で体だけが仮死状態になるなどありえません」

「でも実際はそうだったんだよ」

「……はっきりとは分かりませんが。シャーロット姫様もまたエヴァンズの血を引くお方。呪いをかけられると恐れたシャーロット姫様が抗った結果、意識だけが取り残されることになったのかもしれません」



 断定はできなくても、私や王族、テイラー家よりもこの魔法に精通しているロージーは答えを絞り出す。


 私は調子に乗って質問を続ける。



「じゃあ、シャーロットの魂が異世界の人と生まれ変わったのはなんで?」

「フローラ!」


 私の質問にウィリアムは怒ったように声を上げた。どうやら言ってはいけないことだったらしい。だけど、今度いつ会えるかも分からないのに、今聞かないでいつ聞くの。




「異世界の魂……でございますか?」

「うん。私は肉体はシャーロットだけど中身は別。異世界の日本という国のただの高校生だよ」

「……それは真で?」

「うん」




 驚愕に開いた深緑の瞳に親近感を覚える。こうやって見ると確かにこのシャーロットの瞳と同じ色だ。

 


 どんな理由であれ、両親と曾祖母のおかげで、死にたがりの姫が爆誕して、自分の体じゃないことにも気付かず、私の体を傷つけ続けている。


 私はウィリアムの制止も聞かず、これまでの事情を全てロージーに話した。



 私を庇護して生活の面倒を見てくれるのは本当にありがたいし感謝している。でも、この件に関しては圧倒的にロージーの方が頼りになる。




 ハッとしたロージーが答える。やっぱり頼りになる。



「『王族はその力が発揮されしとき、九死に一生を得よう』」

「なぁに。それ?」

「王族の王族だけが持つ、ほとんど呪いと言ってもいい宿命です」



 当時、王は継承の儀で前王から国を治める力も継承した。王族にしか扱えない王族しか継承できない魔法。もう誰も知らない古くから伝わる魔法。ゆえに王族は絶える訳にはいかない。それと対のようにある死ねない呪い。



 戦火に焼かれ、火煙のなかもう死にたいと望んでも生き残る。流行病に体のあらゆるところから膿が出て、もう死にたいと絶望しても生き残る。その傷は治癒魔法で治しても、心に残った死を思う経験に、九死に一生を得た者たちは狂乱した。そのものたちは生涯幽閉されたという。



「恐らく、シャーロット姫様はその絶望の中で死を望んだのではないでしょうか。しかし、王族の宿命がそれを阻んだ。王族の血は絶やしてはいけない」



 例え目覚めてもシャーロットは死んでしまう。




 シャーロットのダミーとして死んでもいい人間として。恐らく、王族が支配する民に影響を与えない異世界の人間から選ばれた。

 





「……私の体は、シャーロットの体を生かすためのダミーに選ばれたの?」



 


 哀れむ表情でロージーは何も答えない。







 たぶんそれが答えだった……。








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