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聞かなければならないから





「フローラ、調子はどうだ?」



 フローラが笑顔で自室に僕を招いてくれる。その笑顔の中に多少の羞恥を見つけ、心の隙間が少しだけ満たされた。



 少なくとも僕を異性と意識している。当たり前のことが、フローラを相手にすると途端に喜びになる。



 恥ずかしそうに頬を染めて戸惑っているフローラが可愛くて僕は自然と口角が上がった。



「フローラ?」

「……体調は良好です。ウィリアムはいかがですか?」

「……微妙だね」



 僕はあえて難しそうな顔をする。フローラは言いたくないかもしれないけど、僕はフローラに何でも話てもらえる存在になりたいし、父上が事の真相をお望みだ。



 僕は王命を免罪符にフローラに聞かなければならない。



「フローラ。其方は千年の眠りから目覚めた。それは誰もが知るところにある。伝承からも実際にフローラが存在したことからもそれは明白だ」

「えぇ、それがどうかしまして……?」



 何度も分かち合った問題を蒸し返す僕の真意を測りかねたのだろう。フローラが不思議そうに首を傾げた。



「だけど、それは、体。其方の肉体だけのことではないのか?」



 みるみる顔色を失っていくフローラに、僕の推察は正しいのだと結論づけた。



「そのフローラの肉体は確かに千年の時を経たものであろう。それは、医師の見解からも確かだ。では、心は?」



 青ざめた顔色のフローラの肩がびくりと揺れた。



「フローラは昨日、『こちらの世界』と言っていなかったか? 他の者にも聞いたところ、フローラは度々「この時代」と言い直すことがあると。……其方は……誰だ?」





 フローラが青ざめた顔に震える手を寄せる。ぶるぶると震えて、ぎゅっと目を閉じた。しばらく閉じた後、怖々と目を開けた。愕然としたフローラの目を見て僕は慌てて付け加えた。




「フローラ。勘違いしないでほしい。僕はフローラの中身と肉体が同一のものでなかったとしても責める気はない。ただ、何が起きているか知りたいんだ」



 僕はソファから立ち上がりゆっくりとフローラに近づく。フローラは怯えたように恐怖のにじんだ瞳で僕を見上げる。


 フローラの隣に座り、なるべく警戒心を解くよう優しく微笑んだ。



「フローラの力になりたいんだ」




 ガタガタと震え続けるフローラの肩を抱いて腕をさする。フローラが消えそうな声で言った。



「……わたくしは、罰せられるのでしょうか?」




 フローラの中身と肉体が一致していないという僕の推察は確信となった。




「なぜ、そう思うのだ?」

「……何があってもわたくしを罰しないと誓っていただけますか?」

「フローラ。僕は王族だ。国家に害をもたらす事実が判明した場合にはそれもやむを得ない」



 しかし、それは、僕がフローラの秘密を知っていることを他の者も知っている場合だ。僕とフローラだけの秘密であれば、いくらでもなかったことにしよう。




「人払いを」



 クロウとキャロルに視線を向けて命じると、キャロルが一歩前に出た。



「恐れながら。既にフローラ姫様の肉体と魂が同一のものでないことは、これまでの会話によりわたくしも存じましたゆえ、人払いは必要ないかと。これ以上なにを知っても他言しないと神に誓います」

「私も他言しないと神に誓います」


 キャロルの言葉にクロウが重ねる。



 僕とフローラが二人きりで秘密を共有することはできないようだ。



 チッ。と思わず出た舌打ちに何事もなかったような微笑みでフローラに向き直る。


「フローラ、二人はこう言ってるし、僕も国に害がなされるような情報ではないかぎり表には出さない。信じてもらえないだろうか?」




 フローラの警戒心が少し解けたのがわかり、あともう一押しとフローラを抱く手に力が入った。



「もしかして勘違いしているかもしれないが、僕はフローラの中身と肉体が一致していなくても何の問題もない。僕が出会ったフローラは其方でしかないのだから、問題の起こりようがないんだ。もちろん、フローラの中身が他国の間者であったとなれば話は別だけど」



 フローラはふるふると首を振った。



「それは絶対にない! 私はこの世界の存在すら知らなかったし、元の世界に戻りたいと思ってる!」



 縋るようにそう訴えるフローラに、僕の頭のネジが一本どこかに飛んでいったのが分かった。



 ……元の世界に戻りたいだと?




 そんなこと許すはずがない。フローラは僕の側で生涯を過ごすのだ。



「……間者ではないと?」

「そうよ。私はこことは違う世界の普通の平凡な高校生よ!」

「高校生?」

「ここに学校はない? みんなで勉強をする施設よ」

「あぁ。アカデミーのようなものか」

「あるのね? 私はその高校に通うただの学生なの」




 話を聞けば不思議としかいいようがない現象だった。何の前触れもなく旧神殿で目覚め、最初は自分が死んで生まれ変わったのだと思ったそうだ。だけど、次に長い眠りについたときフローラは元の世界に戻っていたという。


 こちらの世界のことが夢だったのかと思っていたら、またフローラとして目覚める。また元の世界に戻ると、元の世界の自分にはどうやらこの体の持ち主が宿っているようだと家族に告げられたらしい。



「……この世界にそぐわない私はこんなに簡単に真実がバレてしまうんだもの。こんな私がここにとどまり続けるなんて迷惑のもと。ウィリアムもそう思うでしょう?」

「あぁ」




 全くそうは思わないが、せっかくフローラが事実を話してくれているので、続きを促すように相槌をうつ。




「でしょう? ねぇ! 私に協力してくれない?」



 とても嫌な予感がする。



「私を元の世界に戻れるように!」





 その予感はあたった。















「ウィリアム殿下どうなさるおつもりで?」

「どういう意味だ?」



 フローラとの話し合いのあと自室に戻った僕にクロウが問うた。



「ウィリアム殿下はフローラ姫様の希望にお応えなさるおつもりですか?」

「……少なくともそうしているように見えるように行動するしかあるまい」

「左様で。では、取り急ぎフローラ姫様を眠りにつかせた魔女の末裔を呼び出しますか?」

「そう……せざるを得ないだろう」




 現状、フローラにかけられた呪いについて、この国で一番詳しいのはその一族だ。それに。




「では、私の目覚めを知らせてくれた魔女を呼んでくれる? 話がしてみたいの」


 そう期待に満ちた潤んだ瞳を向けられては陥落だ。第三王子である僕はフローラの奴隷に成り果てている。





 あれはかわいかったな……。



 王族の常識からかけ離れた言葉使いをキャロルが咎めたら、悲しそうな瞳で僕を見つめてきた。



「ウィリアムにはいいでしょう?」

「あぁ、もちろん」




 それ以外になんと応えると言うのか。せっかく僕に心を開いてくれているのに水を差さないで欲しい。


 魔女の情報で、フローラが元の世界に戻る方法が見つかってしまったら僕はどうなるのだろう。




 フローラの中身が変わればそれはもう僕の愛するフローラではない。



 ……いっそ閉じ込めてしまいたい。










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