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会議





「本題に入ろう」



 お兄ちゃんの真剣な顔と少し低くなった声に、私とお父さん、お母さんは姿勢を正す。



「じゃあ、ソファーに行きましょう」



 ふんわりと笑ったお母さんがお茶を入れてくれた。私とお兄ちゃん、お父さんとお母さんと別れてソファーに座る。




 一口お茶を飲んだ私が口火を切る。



「本題って?」



 お兄ちゃんが体を斜めに向け、私のことを見た。



「シャーロットと小夜の体が入れ替わらないようにする方法を考えないと」



 そうなれば、私はずっとここで、家族と一緒にいることができて、おいしいごはんを食べることができる。そんな普通の、当たり前の生活が戻ってくるのなら、こんなに嬉しいことはない。




「何か考えがあるの?」



 お兄ちゃんは難しい顔で首を振った。



「小夜が体を乗っ取られていると気づいてから考えてはいるんだけど、いいアイディアが思い浮かばない。……父さんは何かないか?」

「……父さんも考えてたんだが思い浮かばない。……すまない」

「そうよねぇ。お母さんも考えてたんだけど、シャーロットちゃんの生い立ちはあまりに不幸よ。運良く死にたい気持ちがなくなったとしても、元の世界に戻りたいとは思わないんじゃないかしら」



 いつもふんわりしているお母さんが以外にも一番言いにくい確信をついた。さすが、兄妹を育てたママだ。肝の座り方が違う。




 私は挙手した。いい考えがあるのだ。たぶん私にしか思いつかない。いや、思いついたとしても言葉にするのは憚られる方法だ。




「なんだ? なにか思いついたのか?」

「うん。シャーロットには現実を見せるのがいいと思う」

「……現実?」




 そう現実だ。私が初めてシャーロットを見たときの違和感。それがヒントになった。



「うん。まず、鏡を見せる。それからお風呂に入れてあげんの」

「……それが何になると言うの?」

「シャーロットは、私の体にいるとき、ほぼ取り乱してて飲まず食わず、もちろんお風呂も入ってないよね?」



 目が覚めた時のひどい口の渇きと、髪のべたつき。あれは絶対飲まず食わずの上、お風呂も入っていない。トイレに行っているかも怪しいもんだ。




「ということは鏡も見ていないことになる」

「……何が言いたいの?」



 私の考えが伝わったのか、お母さんの声が一段低くなる。たぶんちょっと怒ってる。




「勘違いしないで、お母さん。私の容姿が悪いとかじゃなくて、シャーロットが美人過ぎるの。本当に芸能人でもいないだろう美しさよ。シャンパンゴールドの巻き髪に、透き通るような白い肌、吸い込まれそうな深い緑色の瞳。体は華奢なのに、バーンとこのへんは出てて。誰がみても、敗北感すら感じないほどの美しさよ」



「あのキ◯ガイ、そんなにきれいなのか?」

「うん。お披露目前から千年の眠りから目覚めたお姫様っていうので聖女扱いされてたのに、お披露目後は、聖女でしかなかったもん」



 本当に、みんな、黄金卵の神々しさを見るような表情で私を見てた。私の素を知ってるキャロルですらたまに私に見惚れてるし、ウィリアムは言わずもがなだ。




「だから、小夜になったときの自分を見たら……あれ? もしかして更に絶望に打ちのめされて、死にたがりが加速する……?」


 私の名案に自分で喋ってるうちに暗雲が立ち込めてきた。お兄ちゃんは私の頭のてっぺんから足の先まで見て「……さすがにそれは……」とまでは言ってくれたけど「ないだろう」とは続かなかった。



 正直者めっ!




「小夜は十分かわいいわ! シャーロットちゃんとは方向性が違うだけよ」

「そうだよ。シャーロットを見たことはないけど、欧米とアジアでは顔の作りがそもそも違うんだから、比べるもんじゃない。父さんは、小夜とシャーロットがここに並んでたとしても、小夜の方が可愛いと思う自信がある」



 親の欲目はあてにならない。私はお兄ちゃんの方に体の向きを変えて、聞いてみる。



「お兄ちゃん。私、死にたくならないギリギリで踏みとどまれる感じ?」

「……そもそも、地球ですらない国のことだから、美醜の感じ方が違う可能性もある」




 「なんとも言えない」と、お兄ちゃんが首を横に振った。




「他になにか案はないか?」




 お兄ちゃんの代案要求に部屋が静かになって、次の議題に移る。



「じゃあ次。小夜がシャーロットになっている間、小夜があっちの世界でどう過ごすかについてだ」

「どういうこと?」




 行き当たりばったりじゃダメなのだろうか。




「ボロがでても、千年の眠りの影響とか千年前はそうだったのかな? ってみんな勝手に納得してくれてるよ?」




 私の言葉にお兄ちゃんがため息をついた。



「そんなのがいつまでも続くわけないだろう? 取り繕えなくなったとき、そっちの世界でどんな目に合わせられるか分からない」




 魔女の呪いがある世界だ。悪魔憑きと迫害されるならまだしも排除される可能性も拭えない。排除とはもちろん処刑を含む。処刑をきっかけに私の魂が行き場を失ってこっちに戻ってこればいいけど、一緒に死んでは成すすべがなくなる。



 そうでなくてもキ◯ガイと思われて生涯幽閉されるかもしれない。どんな状況に陥るか分からないし、万が一戻ってこれなくなった場合のことも考えると、変な行動は慎むべきだと、お兄ちゃんは言った。



「私、変な行動なんてしないよ?」

「……お前の考えをそのままあっちの世界の人間に言うのはよくない」

「……嫌なことを嫌って言っちゃいけないってこと? 私言ってないよ? 言わせてもらえないもん」

「そうじゃない。体と魂が一致していないことがバレるような発言は慎めと言ってるんだ」




 もう吐ききれないだろうほどの息を吐いたお兄ちゃんは、本当に、絶対に、気を付けるように念を押した。



 お兄ちゃんは私をあほの子だとでも思ってるんだろうか。悪魔憑きと思われて迫害もしくは処刑の可能性を言われてから内心ムンクの叫びになってるのに。絶対そんなことになるはずがない。お兄ちゃんは私が「私、実はこの世界の人間じゃないの。魂だけ」とでも言うと思っているのか。




 それもそうだけど、やっぱり。




「……お兄ちゃんて本当にシャーロットが死のうが生きようが、私が魂ごと無事ならなんでもいいんだね」



 「本当、私のこと大好きだよね」と言ってサービスにウインクしてみる。お兄ちゃんは煩わしそうに飛んで行っただろうウインクから出たハートを、まとわりついたハエのように不快そうな顔で叩き落とした。



 ……もうっ。素直じゃないんだから。





 そうして、次に入れ替わった時の方針が決まった。








 待っているときほど機会は訪れないもので、入れ替わりもなく、あれから二週間が過ぎた。



 暑いのに熱いものを食べたくないとみんなに却下され続けたキムチ鍋を平らげて、スープにご飯投入、溶き卵を入れて時間をおかずにお茶碗によそう。



 お茶碗の中でご飯とスープの熱によって半熟になった溶き卵ごと口に入れる。



 ……ふぅー。至福ー。





 もう二週間も経ったもん。そうかな、そういうことになるのかな? と思いながらも誰も口に出せなかった言葉が私の口からぽろりする。




「これもう入れ替わりなくなったんじゃない?」

「「「小夜!」」」



 私のポロリをみんなが慌てて止めに入る。すごく焦った顔で。みんな各々思っていたけど言えなかったのは、この言葉がフラグになったら……という恐怖があったからだ。





「もう心配しなくても大丈夫だって! 入れ替わったのが二回。間がこんなに空いたことなかったじゃん。大丈夫。きっと神様のいたずらかなんかだったんだよ。もう終わったんだよ」




 私は知ってる。お兄ちゃんは寝ても起きても、ずっと私と離れず、美味しいごはんを作り続けてくれたし、お母さんは頻繁に近所の神社にお参りにいっている。お父さんは何かヒントがないかと会社帰りに図書館に寄ってくれている。




 みんなの私への愛が、神様に届いたに違いない。




 ふふふと笑っているのが記憶の最後だ。









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