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「そういうわけだ」って言われても




「……そういうわけだ」




 話は終わったとばかりに真面目な顔でお兄ちゃんが頷いた。


 ……私の意志じゃないにしても、私のために頑張ってくれてたことが分かるから、とりあえず話の腰を折らないように、ただ聞いたけど……。




「ちょっと待って?」

「あぁ、何か分からないところがあったか?」

「不安よね? 何でも聞いてちょうだい」

「大丈夫だ。父さんたちがついてる」




 ……ちょっとおかしくない? ギャグ? ギャグなの? 突っ込みどころ多くない?



「……まずはありがとう。私のためにみんなで協力してくれたんだね」

「当たり前でしょ。家族なんだもの」

「あぁ、当然のことだ」

「……んーと、ちょっと言いにくいんだけど、いくつか聞いていい?」

「えぇ、なんでも」



 みんな答える気満々みたいだけど、私が聞きたいのはただ一人。お兄ちゃんだ。



「一つ目。私が死なないだろうと結論付ける理由が食欲の権化だから、みたいなのは……」

「だって、そうだろう? 遅刻しそうでも風邪ひいてても、ご飯を抜いたことはなかったじゃないか。それに自分でも言ってただろ? 食べることは生きるってことだって」

「あら、名言ね。さすが小夜」

「……小夜が思いやりのあるいい子だから、みんなが悲しむ道を選ぶとは思えないと言った父さんの言葉は覚えてるかな?」




 ……。




「二つ目。家庭内ストーカーって言ったのはごめん。心配してくれてたのに」

「……お前は知らなかったんだから仕方ない。許す」




 少々満足げなお兄ちゃんの表情が気に入らないが、これは私が悪かった。




「三つ目。私も自分の体。気味が悪い」

「そうだろう? 俺なんか、気味悪いと思いながらも自分を傷つける小夜を守るために抱きしめてたんだぞ」

「……羽交い絞めだろう?」

「仕方ないだろ。訳分からないこと言って死のうとするんだから押さえつけるしかないじゃないか」




 抱きしめて優しく慰めていたのかと思えば、力尽くで押さえつけていた件。まぁ、いいよ。そうでもしないと止まらなかったんだろうし。




「四つ目。刺激しないように注意して声かけた割に、知らないって簡単に言い過ぎじゃない?」

「小夜。知ってると嘘をついて、それがバレたときの逆鱗の方が怖いと思わないか?」

「……確かに」




「五つ目。お兄ちゃん本当凄いね。私に言い聞かすときもグラスめがけて転んだって。息するように嘘つけるんだね」

「おいおい。俺はそんな上手に嘘つける方じゃないぞ? 小夜とシャーロットが素直すぎるだけだ」



 嘘つき扱いは心外だとお兄ちゃんは不機嫌そうな顔をした。ふと思いついたように続ける。




「シャーロットもだけど、小夜も。すぐに人を信じちゃだめだぞ。嘘ついてたのは俺だけど、二人の危なっかしさを感じたよ」



 ……シャーロットはどうか知らないけど、私はお兄ちゃんの言葉だから素直に信じるわけで。家族に嘘つかれるなんて思わないじゃん。




「六つ目。随分シャーロットにムカついてたんだね。会話が成立するまでの呼称が酷すぎる」

「当たり前だろ。俺は聖人君子じゃない。正直俺は俺に関わる人以外はどうでもいい。シャーロットの生い立ちには同情するけど、小夜を殺していい理由にははならない。シャーロットは死にたいなら俺の知らないところで勝手に死ねばいいんだ。そしたら俺には関係ないんだから俺は止める必要もない」

「お兄ちゃん……。私お兄ちゃんに愛されてることずっと知ってた。たまに重たいなって思うけど、でもそれだけ愛してくれてるお兄ちゃんだから私のこと守ってくれるんだね。ありがとう、お兄ちゃん。私もお兄ちゃんのこと愛してるよ」



 私の命が守られているのはひとえにお兄ちゃんの行き過ぎたシスコンパワーに他ならない。たまに鬱陶しいくらい過保護になるけど、そんなお兄ちゃんだからこそ私生きてる。ありがとう、お兄ちゃん。





「六つ目。寝ずの番していて、気が遠くなりかけたって言ってたけど、飛び起きたって言ってんじゃん! 言っちゃってんじゃん! 寝てんじゃん! 聞いてておかしいと思ったんだよね。私、横目でお兄ちゃんがビクッとして飛び起きたの見てたもん!」

「……小夜。そういう言い方はよくないぞ。お兄ちゃん連日シャーロットの相手して疲れがたまってたんだから」

「お父さん……」



 「悪いのはお兄ちゃんに負担の比重が偏り過ぎる采配にしてしまった私だ」とお父さんが言うと、お母さんもその隣で申し訳なさそうに俯く。


 お父さんもお母さんもしょんぼりしてしまった。そんなつもりじゃなくて、お兄ちゃんを揶揄いたかっただけなのに。



「お兄ちゃん、ごめんね。疲れてるよね。私の膝どうぞ」

「いい。妹の膝枕とかないわー」



 お兄ちゃんと仲直りしようと膝枕を提案する。だけど肝心のお兄ちゃんには拒否され「じゃあ、お母さんが」と、お母さんが私の膝の上にいる。それをお父さんが楽しそうに写メに収めて、その写メをお母さんが自分のスマホに送信するようにお父さんに言った。カオスだ。





「で、だ。小夜は小夜の意思でこっちに居続けることが可能か?」

「無理だと思う。だって私、二週間ほどあっちの世界にいたけど、あっちに居続けたいとは思ったこともないもん」


 「うん? 二週間?」と言いながらお兄ちゃんが眉をしかめる。キャッキャしているお父さんとお母さんは置き去りだ。




「そう、たぶん二週間くらいじゃないかな。初めてあっちで目が覚めた時はその日のうちにこっちに帰ってきたの。たぶん。それで、こっちに二日くらいいたよね? それで、あっちの世界で目が覚めて。あっちでは三日間寝てたって言われた。で、二日くらい経ったときかな? 来週お披露目パーティって言われたの。目覚めてから十一日目って言ってたから、そんなもんだと思う」


「ということは、あっちとこっちでの時間の早さが違うのか」


「そういうことになるね」



 お兄ちゃんは難しそうな顔になった。何か考え込んでいるようだ。



「うーん。何か規則性でもあるかと思ったけど、全然分からない」

「そっか。お兄ちゃんが分からないなら誰も分からないね」



 私はまだ膝の上でキャッキャッしてる両親を見ながら言った。




「ともかく! 私はあっちの世界にいたいなんて微塵も思ってないんだよ。あっちの世界は酷いもんだよ? ダンス覚えないとダメ、タメ口はダメ。貴族階級を覚えないとダメ。国の歴史を学ばないとダメ。どこで使うの? 日本どころか地球にない国の歴史!! そんなことのために脳みその容量使うくらいなら、ナイフで割ってとろりのオムライスの作り方マスターするよ!」



 話すごとに思い出してイライラが増していく。自分の口調が強くなっているのが分かる。



「……腹減ってんだな」


「減ってるよ! そもそも朝ご飯食べようとしてベッドから下りて足の捻挫に気付いたんだよ? お兄ちゃんオムライス作ってくれるって言ったよね? 大体さ、あっちの世界って本当何もままならないんだよ? 目玉焼き両面焼きなんだよ? 目玉焼きは半熟で黄身のとろりがご飯にかかって醤油と混ざり合うのがいいのに。何も分かってないよ! あっちの人は! 食べたいもの作ってくれるって言うからエッグベネディクトをリクエストしたら、普通のトーストに温泉卵とカリカリベーコンと酸味の強いマヨネーズみたいなのがかかって出てきたんだよ!  信じられる? 私は信じられなかったね! だけど、故意に人を傷つけるなんて夢でも無理なんだよ。だから我慢して食べたらね? 我慢してんのがバレて、いつの間にかエッグベネディクトの作り方を教える先生だよ! なんで作る側になってんの? 私、姫なのに!!」


 一息で喋って、肩を揺らして呼吸をする。自分のことながら鼻息がすごい。フンフン言ってる。


「圭。小夜にオムライス作ってやれ」

「お兄ちゃんお願い。お母さんとろりはまだ上手に作れないの」

「……分かったよ」




 私の膝枕でキャッキャしていたお父さんとお母さんは、いつの間にか元の通りに座っていて、お兄ちゃんに私のとろりオムライスを作るように言った。お兄ちゃんは一つため息をついてキッチンへと向かう。



 まだ鼻息をふーふー言わせてる私の頭をお父さんが撫でた。



「大変だったんだな」

「頑張ったのね」

「……うん。酷いんだよ。あの人たち」




 私は、旧神殿でのキスリレーが本当に気持ち悪くて不愉快だったこと、寝ている間に勝手に健康診断をされていたこと、頭の上に本を三冊も乗せられたままダンスの練習をさせられたこと。食べるときのマナーがなってないとウィリアムの食べ方を見ながら自分も食べたことを話す。



「た、食べ方まで、ヒック、文句言われて、ヒック、私、思った、とおりに食べれ、なかっ、ヒック、ウィリアムの、お手本、見ないと、ヒック」




 うわぁーん、とボロボロと涙を流して、しゃっくりをしながら、自分の好きな順番で食事できなかった屈辱を話す。お母さんは、お父さんと反対側の私の隣に座って、ポンポンと優しく背中を叩いてくれる。それに安心して、また涙がこみあげてくる。




「パンは、目玉焼きと、ひっく、交互に、ひっく、食べる、ものでしょ? なのに、ウイリアムは、ひっく、パンと、目玉焼きの間に、サラダと、スープを、ヒック、挟むの」




 私はそれがすごく辛かったと、お母さんに抱き着いて涙ながらに訴える。お父さんとお母さんも目に涙を浮かべながら「うんうん。辛かったね」と聞いてくれる。



 うわぁん、とまた泣いていたら、キッチンの方から油がじゅっと音を立てたのが分かった。私は静かにお母さんの腕の中から抜け出して、手で涙をぬぐいながら、まだ続く嗚咽にえぐえぐ言いながら、片足ケンケンでカウンターの椅子に座った。



 お兄ちゃんが私をちらりと見て、「なんだ、こっちに来たのか。もう気はすんだのか?」と微笑んだ。私は一つ頷いて、お兄ちゃんの手元を覗く。




 お兄ちゃんは魔法使いみたいだ。その手から生み出すものは絶対に美味しくて、私の好みだ。


 フライパンに熱した油に、ベーコンを入れるとジュっとおいしそうな音がして、私の体から出る液体は、涙からよだれへとシフトする。

 フライパンには更に玉ねぎ、ピーマン、ニンジンが投入される。……ニンジン?




「あぁ!」

「なんだ?」




 思わず大声が出てしまったが、お兄ちゃんの絶対零度の声で制止される。こんなにかわいそうな目にあっていても、ニンジンは食べないといけないらしい。ちょっと鋭い目で私を見たあと、フライパンに視線を戻してフライパンを振れば、野菜が宙を舞ってはフライパンに戻った。白米が入って、ケチャップ、塩コショウも入ればみんな一緒に宙を舞う。




 美味しいにおいにクンクン鼻をならす。次にお兄ちゃんは冷蔵庫にあっただろうきのこ類を炒めて、解凍した作り置きデミグラスソースになじませる。




 そしてお待ちかねのナイフで割ってとろりの部分だ。卵に牛乳を入れて小気味いいリズムでシャカシャカ混ぜると、フライパンにバターを溶かす。お箸でくるくるして半熟にしたら、フライパンを持つ手首をもう片方の手でトントンと叩く。それを続けると。なんということでしょう。ぷるぷるのオムレツの出来上がり! 



 神、降臨!!



 お兄ちゃんはカウンターに座る私の前に、できあがったオムライスを差し出してくれる。ナイフとスプーンもだ。




「お待ちかねのオムライスだ。自分でナイフ入れたいんだろ?」

「うん!」



 私は、深くなりすぎないようにオムレツに横にナイフを入れていく。そーっと開けば、とろり半熟の卵様が姿を現した。卵の黄色は神々しい。



 私がその神々しさに見惚れてると、コトリとお兄ちゃんがきのこソースの入ったソースポットを置いてくれた。お兄ちゃんの料理のテーマは食物繊維なので、私が卵料理オンリーでいこうとしても、そっと食物繊維が足される。……ニンジンも。




 きのこソースを黄金のオムレツの上にかければ、さらによだれを誘う。私はよだれに返事するように、オムライスを一口口に入れる。




「ふわぁー。美味しいよ、お兄ちゃん」



 自然と顔に笑みが広がり、ほっぺに手が行く。私のほっぺがまだ私の顔についているのは奇跡としか言いようがない。



 ちなみに、語彙力皆無なので、気の利いた食レポはできない。




 カタリと椅子を引く音にお父さんとお母さんもカウンターに腰かけたのが分かった。オムライスを食べながら、お兄ちゃんの手元を見ていると、私には卵三つだったのが一つになっている。お父さんにはチキンライスに卵焼きが乗って出てきて、お母さんには小さめのフライパンで半熟スカートみたいなオムレツ。



 お父さんは、一人だけカラカラの半熟成分が一つもない卵焼きに悲しそうに、それでも美味しそうにオムライスを平らげた。



 少し遅れてお兄ちゃんも食事開始だ。カウンター席は三つなので、お兄ちゃんはキッチン側に丸椅子を置いて食べる。




「小夜。腹は膨れたか?」

「うん! おいしかった!」



 食いしん坊の私でもさすがに卵三つ入ったオムライスを食べれば、デザートは入らない。満腹満足だ。



「じゃあ、本題に入ろう」



 お兄ちゃんの真剣な顔と声に、私もお父さんもお母さんも姿勢を正した。










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