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これは温泉卵だから




「フローラ姫様、フローラ姫様」



 あぁ、キャロルの声がする。不安そうな声。


 ……最近、こんな声ばかり聞いてる気がするな。……うん? また、あの夢?




 恐る恐る目を開けるとそこにはやはりキャロルがいた。ベッドサイドに跪き、両肘をベッドについて私の手を握るその様子は、まるで神様に祈りを捧げる聖女のよう。



「……キャロル」



 私の声にバッと顔を上げたキャロルのグレーの瞳は涙に濡れている。



「どうして泣いてんの?」



 私のお母さんも、私の奇行にこんな風に辛そうな顔で悩んでいたのかもしれない。




 そんな風にお母さんのことを思い出すのはキャロルがなんとなくお母さんを思わせるから。茶色の髪をひっつめたお団子頭も、キャリアウーマンを彷彿とさせる冷静なグレーの瞳も。外見的特徴は、ふんわりしたお母さんには似ても似つかないけど、私を思い、労り、時に厳しく、時に優しく接してくれる様はお母さんを思い出す。


 そのキャリアウーマン然としたキャロルが今、頬に流れた涙を拭い、平静さを装う。



「泣いてなどおりません。……お目覚めになられて本当に良かったです。皆も喜びます」

「皆……」

「はい。陛下も、王妃も、ウィリアム殿下もです。皆様、大層ご心配しておられました」

「そう……」




 ……うーん。これはやっぱり、あの夢の続きよね? 私、人生にないほどのモテモテ感が忘れられず、またこの夢見てんの? 恥ずかしいし、いっそ哀れだよ……。




 ……もう一回寝よ。夢の中で寝ようとするのも変な話だけど、起きるためには寝るしかないよね。




「フローラ姫様? ご気分優れませんか?」




 再び瞼を閉じた私にキャロルが心配そうな声を上げる。買い物に連れて行かれるのを断るために「行ってらっしゃい」と言ったあとのお兄ちゃんを思い出す。




 キャロルにバレないようため息を吐いたあと、もそもそと起き上がる。




「うーうん。ちょっとまだ寝たりなくて。もうちょっと寝ようかな……って」

「……そうですか。では、その間にフローラ姫様の食べたいものを作らせておきますね。何が食べたいですか?」




 なんて素敵な提案だろう。寝てる間に、リクエストに応えてくれる……だと? どうせ夢だから好きなの言ってみよー!! 




「……エッグベネディクトが食べたい!」



 食べたいものって言っても洋食にしてみた。その方が期待に応えてくれる可能性が高いと考えたのだ。さすが、私。策士だ。こういうのフットインザドアテクニックって言うらしい。テレビで見た。自分が優位に立てるための情報は記憶に残すタイプなの。




「……エッグ、ベネディクト……ですか……。料理人に伝えてはみますが、そのエッグベネディクトはどのような料理でしょうか? わたくしは食べたことありませんし、給仕をしているときも見たことありません」




 なんで、私の夢の中の登場人物が私が知ってることを知らないのか! これは由々しき問題だ。




「キャロル。エッグベネディクトよ? 本当に知らない?」

「はい。申し訳ございません」

「……そっか」




 もう! エッグベネディクトの舌になってんのに! いいよいいよ。起きたらお兄ちゃんに作ってもらうんだから!




 一刻も早くお兄ちゃんに会うために、布団を頭からかぶった。



「フローラ姫様……」



「フローラ姫様……」




 寝たふりで誤魔化そうとするけど、キャロルは悲しげな声で私を呼び続ける。



「……ご期待に添えることができず、誠に申し訳ありません」



 うぅ、そんな言われ方すると良心が痛むよぅ。



 私は渋々起きる。救いを求めるようなキャロルの瞳から逃れられない。逸らせない。



「フローラ姫様。わたくし、シェフにフローラ姫様がお望みのエッグベネディクトを必ずや作らせます。ですから、どのような料理なのかお教え願えませんでしょうか?」



 救いを求める色を含んだままじっと見つめられては敵わない。キリッとした印象のキャロルの弱った姿は、とても痛々しい。




「エッグベネディクトはね。イングリッシュマフィンにカリカリに焼いたベーコンとふわふわの目玉焼きみたいなのが乗ってるの。でも焼いた卵じゃなくて、ゆでた卵よ。ふわふわなの。オランデーズソースがかかっててね。少し酸味があるのは好みが分かれるところだけど、私は塩こしょうだけじゃなくて黒こしょうも少しかけるの。ベーコンの塩気に、ソースの酸味がとろっとした黄身になじんで、イングリッシュマフィンに合うの。朝食は圧倒的にご飯と味噌汁派だけど、パンにするなら、ちょっと贅沢に絶対エッグベネディクト。見た目の楽しさも違うもの」



 キャロルは大好きな食べ物の話になり、いくらか饒舌になった私を驚愕に見開いた目のまま固まっている。



 おーい。息してる?




「キャロル?」

「……は、はい。料理人にそのように伝えて参りますね。フローラ姫様はもう少しお休みください」



 ハッと息を吹き返したキャロルは、凛とした声でそう言った。一礼して、天蓋を出て行く。



「ありがとう、キャロル」




 そのまま部屋を出て行くかと思ったが、キャロルは天蓋の向こうに立ったまま動かない。どうしたのかと考えていると、キャロルの深呼吸をする音が聞こえてきた。



「……フローラ姫様……。わたくし、フローラ姫様に謝罪しなければいけないことが……」

「……謝罪?」



 何かあっただろうか。……うん! 思い出せないね!




「はい。フローラ姫様の教育を詰め込みすぎたために、大変なご負担をおかけしてしまい、結果的に何日も眠ることに……」





 ……なんだと? ここでも寝続けた設定か。私、現実で木曜日と金曜日がなくなってたことがよほど尾を引いてるんだな。ま、十六年生きていて、そんなこと全くなかったから、そりゃ衝撃だよね」




 ……よく分からないけど、寝る子は育つっていうし、どうでもいいよね? この体は細すぎるし、顔色も悪い。どう見ても寝た方がいいでしょ。




「キャロルは私のために教育をしてくれただけでしょ? それを罪のように思う必要もないし、キャロルが責任を感じるのはもっと違うと思う。だってさ……。キャロル、こっち来て」



 キャロルを近くに呼び寄せて、耳打ちする。




「それで言うと罪深いのは王様じゃない? どこの世界につい最近千年の眠りから目覚めた女性を見世物にする人がいるというの? 千年も寝てたのよ? 普通なら立つことさえ難しいと思わない? 医師に状態を確認したとはいえ、ウィリアムが言っていたように早計だと思うの」




 慌てて私の口元から耳を離したキャロルはバッと体ごと離れた。「陛下の悪口なんて聞きたくなかった」みたいな顔をしたあと、ふっと笑顔を見せて、人差し指を弧を描いた唇にあてた。




「フローラ姫様、不敬ですよ」

「……内緒ね」




 秘密の共有をした私とキャロルは二人で笑い合う。先ほどまでの、責任を感じて今にも泣きそうな声は元の凛とした声に戻った。




 ……ふぅ。良かった。夢の中とはいえ、人の悲しむ顔を見るのはやっぱり辛いもん。みんな笑ってるのがいいよね。おいしいご飯を食べながら。



 シェフに要件を伝えて戻ったキャロルは視線を逸らせながら言った。



「……全力を尽くすそうです……」

「そっか……」




 何、食べさせられるんだろ。食べ物で遊んじゃいけません! って注意が必要なものがでてきたらどうしよう。










「フローラ姫様がお目覚めになられたことをご報告しましたところ、ウィリアム殿下も朝食をご一緒したいとお申し出になられました。いかがいたしましょう?」

「いかがって……。それ、私に拒否権あるの?」

「……殿下は、お目覚めになって間もないため、体調が許せば、と仰せになっておられます」




 体調が許さないってことにならないかな。今は優しいキャロルも殿下の前では粗相がないように厳しい目で私を見るに違いない。私の答えはノーだ。朝ご飯くらいマナーを気にせずに食べたい。堅苦しいのはごめんだ。




 私はモテモテガールゆえの面倒を目の前にして、思わず「面倒くさっ」と口からこぼれた言葉を飲み込むことができなかった。キャロルの視線が痛い気がするが、気付かないことにする。今日は言葉が崩れてても優しいけど、王族に対する不敬は許されないらしい。



 おかしいよね。私の夢の中なのに。なんで思い通りにならないのか。まぁ、とりあえずウィリアムにはお断りしよう。





「おことわ……」

「承知しました。お受けいたしますね」



 は? 体調が許せばって言ったじゃん! 今まさに断ろうとしていたことに絶対気付いているよね? なんで無視すんの? ここ大事なところ!!




「フローラ姫様。世の中には本音と建て前がございます。ウィリアム殿下のお言葉から推察しますに『一緒に食事をしたい』が本音で、『体調が許せば』が建前でしょう。恐れながら、フローラ姫様は今の王族の庇護下にある身の上。お断りになるのは賢明ではないかと……」




 じゃあ、最初からそう言えばいいじゃん! あ! 私の貴族的解釈能力を試したな! さっきは教育の詰め込みすぎに責任を感じていたのに。もー、自分の夢なのに何も思い通りにいかない!




「分かったよ。でもさ、そんな試すようなことしないで教えて欲しいよ。……私が何も分かってないのは知ってるでしょ?」

「……メイドが先回りしすぎると、フローラ姫様の成長の妨げにもなるかと思い……」




 嘘だ。そのくらいならできると思ってたのに出来なかったから、口出しせざるを得なかったんだ。千年の寝ていたとはいえ王族だもんね。そう考えるのも分かるけどさ。





「キャロル。私には不足しかないんだよ? だから、遠慮しないでなんでも教えて? キャロルが私のために言ってくれてるのは分かってるから」

「フローラ姫様……」




 羨望の眼差しで見つめられて、ヤバっと危機感を覚える。これはキャロルの頭の中で私の教育内容の大渋滞が起こっている気がする。口角がヒクついた。




「……お手柔らかにね。…………くれぐれも! お手柔らかに! くれぐれも!!」





 キャロルは、拳を握って前のめりになっている私の拳を両手で包んで、柔らかな笑顔を向けた。が、返事はなかった。




 ……どういうこと?




「フローラ姫様、朝食の準備が整いました」




 私に与えられている部屋は、リビング、寝室、図書室(というか、おそらく勉強部屋)、それと、メイドが待機する部屋だ。私にも一応護衛騎士を二名与えられているが、城どころか部屋から出ることがないし、会いに来るのもウィリアムだけなので、ほとんど部屋の門番と化している。申し訳ない。




 そのリビングに朝食の準備をしてもらって、ウィリアムを招く形だ。予定の時間になるのでドアの前、部屋の内側で私は待機だ。



「ウイリアム殿下がおなりです」


 門番と化した護衛騎士が告げ、ドアを開けてくれる。



 ……何度見ても本当にかっこいいな。ふわふわの金髪ショートに、澄んだ碧い瞳。眉の形、唇の配置まで完璧だ。こんな童話の中の王子様みたいな人が私に恋情のこもった瞳を向けてくる。




 悲しいけど、小夜として男子に恋情の目を向けられたことはない。この夢の中で、初めて熱のこもった目を向けられた。それなのになぜか分かる。「あぁ、この人私に惚れてんな」って。所詮、外側にだけ惚れてる夢の中の人の話だから、思う存分調子に乗っている。





「あぁ、フローラ。体調は大丈夫かい?」



 澄んだ碧眼が心配そうに細められる。最近の私は心配されっぱなしで。それこそ寝ても覚めても。だからいい加減面倒くさい。それに、無理をさせているのはアンタだよ! って突っ込みたい気持ちがないわけでもない。



 そんな私の心の機微を呼んだかのように、キャロルが咳払いをする。愛想笑いするしかないようだ。




「うん! 元気だよ! ウィリアムは?」



 愛想笑いして元気よく返事したら、なぜか静かになった。ウィリアムは面食らった顔で私を見てる。鳩が豆鉄砲を食ったような表情ってきっとこんな顔なんだろう。


 ……ちょっとそこのキャロル! 気配消さない! 見えてるから! 



 この微妙な空気の正体に気づけず、動揺して視線を彷徨わす。気配を消そうとしているキャロルは頼れない。ウィリアムは固まっている。その後ろ、ウィリアムの執事のクロウに視線を固定すると、気まずそうに、そっと口元に手をあてた。



 うん? 何かのサイン? …………あ! 




「おほほほほほ。失礼しました。ウィリアム殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」



 もう! 面倒くさいな! 



 ハッとしたウィリアムは合点がいったように「あぁ」と呟く。



「ウィリアムと。継承は不要だ。そう言えば、初めて会ったときもそのような言葉使いだったね。……そう考えると懐かしいな」

「ごめんなさい。寝てたせいで、寝る前に詰め込まれたマナーがすっぱ抜けたみたい」



 と言うか。私の夢なのに、なんでこんな息苦しいの。「みなさーん。もっと楽にいきましょー」と大声で叫びたい。



 大体、ウィリアムは私のこの口調知ってるでしょうに。今更だよ。ふんだ。




「すっぱ抜ける……? どういう意味だろう?」



 意味が分からないと首を傾げるウィリアムの額には、漫画であれば汗が見えたことだろう。




「ふふふ。頭の中から記憶が抜け出した、という意味です」



 努めて上品な口調で、崩れっぱなしの言葉の説明をする。二度手間になって余計に面倒くさいので、これからは上品な口調の一手でいこうと、心の中で誓いながら。




「なるほど。それを『すっぱ抜ける』と言うのか。今で言うと古語にあたるのかな」



 顎に手を当てて真剣に考察しているウィリアムには悪いけど、古語でもなんでもない。日本語が割と不自由めな私が使っている言葉で、たぶん何かの造語だから!




「え、えぇ……今で言うと、そうなるのかもしれませんわね。ほほほ。早速ですが、食事にいたしましょ。わたくし、大変な空腹に見舞われているのです」



 もう、古語ということにした。古語であろうとなかろうと、学者が検証するわけじゃないし、ここだけの話だ。いちいちまともに考えてはいられない。どうせ私なんか喋るほどに土壺にはまっていくんだから。




「そう言えば、初めて会ったときも、目を覚ますより先にお腹の虫が起きてることを教えてくれたね」



 クスクスと楽しそうに笑うウィリアム。何がそんなに楽しいのか。



「必死で寝たふりをしていたわたくしには、お腹の虫が恨めしく感じましたわ」

「フローラは目覚めていることを僕に知られたくなかった?」




 ……どうだったかな。あのときは自分の中で仁義なき戦いだったから、変な意地を張っていたわけだし。




「あのときは本当に怖かったのです。その、ウィリアムにも話しましたでしょう? 次々と来られる殿下の目的が分からず、起きたらどのような目に遭わせられるかと……。今となっては、起きているのが見つかって良かったと思います。あの場に取り残されたときのことを考えると、身震いいたしますもの」

「そうか。それなら良かったよ」




 安心したように微笑むウィリアムもまた、私について何かしらの罪悪感を抱いているのかもしれない。



「今日はわたくしが目覚めたお祝いに料理人がリクエストを受けてくれるとのことで、エッグベネディクトをお願いしましたの」




 テーブルへとウィリアムを招き私の席の正面の椅子を示すと、クロウがウィリアムの椅子を引いた。ウィリアムが座ったことを見届けて、キャロルの引いた椅子に腰を落ち着ける。



 レディーファーストじゃないの? って思うけど、私の部屋に招いたのだから、私がホスト。ゲストを持て成す立場なので、男女にかかわらず私が後に座ることになるらしい。




 ……心情的には押しかけられたのであって、決して招いてはいないんだけどね。




「エッグベネディクト? それも古来の料理なのかな? 初めて聞く。楽しみだ」




 そんなこと知らない。知るわけない。自分の夢なんだからもう少しご都合主義であってほしい。



 私は笑顔で煙に撒こうとしてふと気付いた。



 ……初めてのウィリアムとの食事中、魔女の話になったとき。ウィリアムは曖昧に微笑んでた。あれ、私煙に撒こうとされてた? 


 うんと、煙に撒こうとする時って、私に置き換えると面倒くさいから、それ以上突っ込んで欲しくないときだよね? ウィリアムはあんまり面倒とか思わなさそうだから……政治的に公に話せないことを、私が聞いたからってことかな。……たぶん間違ってないと思う。気をつけよう。私も同じことされるの嫌だから。




「これがエッグベネディクトか。見たところかかっているソース以外は普通の目玉焼きと違わないようだが……。そうか、このソースがエッグベネディクトなのかな?」

「いえ、ソースはオランデーズソースと言って、その下のこちらが、エッグ……ベネ……ディクト??」




 私が思ってたエッグベネディクトじゃない。こんがり焼いたパンの上に温泉卵みたいなのとカリカリベーコン、マヨネーズみたいなのが乗っている。




「……ちょっとわたくしが思っていたエッグベネディクトとは違いますが、これはこれで美味しそうですね。いただきましょう」

「あぁ、どんな味か楽しみだよ」




 うん、まぁ、こんな感じだよね。パンの上にベーコンエッグを乗せた味。これはこれで美味しいんだけど、ポーチドエッグが食べたかった……。




「どうかしら?」

「……うーん。僕はこのソースの酸味が苦手かな」

「そうですね。この酸味は好みが分かれるところだと思います」




 キャロルの伝言からシェフが頭をひねって酸っぱいソースを作ってくれたんだろう。その努力に感謝だけど、酸っぱすぎるよ。手作りの醍醐味は自分好みの味に調整できることだけど、自分が作ってない時点で私の好みが反映されないのは仕方がないかもしれない。





「フローラ姫様。料理長が……。初めて作ったので感想が気になるとドアの前まで来ているのですが、いかがお伝えしましょう?」

「そこまで来てるのなら入ってもらって。直接お礼が言いたいわ」




 苦い表情の料理人が「お食事中失礼します」と入ってきた。ジムと名乗ったその三十代くらいの男の人は赤茶の髪に茶色の瞳。料理人は意外と体力勝負だよね。二の腕ががっしりしているのがコックコートの上からもよく分かる。騎士です。と言われても信じてしまう。



「ジム。いつも美味しい食事をありがとう。ずっとお礼が言いたかったの」



 夢の中であっても食事を作ってくれる人への礼儀は忘れない。忘れるはずがない。次に作ってくれるときの作り手の心情が全然違うんだから。嫌々作るのと、楽しく作るのとでは料理に対する工夫が違う。



 嫌々作る人は、及第点の料理を出すけど、食べる人の嬉しそうな表情を想像して楽しんで作る人は提供するおかずが違う。私はそれをお兄ちゃんで学んだ。



 おいしそうに食べて(実際おいしんだけど)、ありがとう。また食べたい。って言ったときと、部活で疲れてて、反応がおざなりになったとき。次の日のおかずの気合いがまるで違う。両親は何を出されても美味しい美味しいって食べるけど、お兄ちゃんは何より私の反応が翌日のご飯に影響する。



 お兄ちゃんが私を大好きすぎるのも原因の一つだし、単純に私が美味しそうな顔をするかどうかでその料理が満場一致か分かるのも原因だ。




「フローラ姫様から直々にお礼を頂けるなんてとんでもないことです。このエッグベネディクトなるものはフローラ姫様のお口に合いましたでしょうか」

「えぇ。大変美味しくいただきました」




 ジムは私の返答に焦ったように不安げな表情を見せた。



「……どういったところがフローラ姫様のお口に合わなかったでしょうか?」

「……わたくしは美味しかったと言っているのですけど」



 ジムは目を閉じて首を横に振った。



「いいえ。料理人の目はごまかせません。私の作るエッグベネディクトはフローラ姫様が思うそれではなかった。……では、どういったところが違うのでしょうか? 恐れながらフローラ姫様のご意見を伺いたく存じます」




 何もかも違うけど!? だけど、これはこれで美味しかったしもういいよ。起きたらお兄ちゃんに作ってもらうし。




「……確かに、わたくしが思うエッグベネディクトではありませんでした。ですが、嘘偽りなく、これはこれで美味しかったのです」




 「それに」と私は付け加える。




「何よりも、わたくしのために、わたくしを思い、この料理を作ってくれたことが分かります。その気持ちも嬉しいです。料理とは心がこもっているかどうかも味に反映すると思うのです」

「……ありがたいお言葉恐れ入ります。ですが、その仰り方。やはり思ったエッグベネディクトとは違うのですね? 大変恐縮ではありますが、私にエッグベネディクトたるものの作り方をお教え願いませんでしょうか?」





 それまで静かに私とシェフとの会話を聞いていたウィリアムが不愉快そうに眉を顰めた。



「其方。フローラは千年の眠りについていたとはいえ王族の身の上。料理の作り方など知るはずがないだろう」




 ウィリアムのその言葉は、調理師の免許取得のための専門学校に通っているお兄ちゃんが大好きな私の琴線に触れた。



 料理人が下々の職業だと決めてかかるその言葉。お兄ちゃんを侮辱するような言葉をお兄ちゃんも、お兄ちゃんの作るごはんも大好きな私が許せるはずもない。





「あら、わたくし存じてましてよ」




 ぱぁぁぁっと、ジムの顔が明るく輝いた。それに続くジムの言葉に、私は自分の失言に気付いた。






「では、私にどうかお教え願いませんでしょうか? 必ずや、フローラ姫様のお口に合うエッグベネディクトを作ると神に誓ってお約束します」






「……分かりました」




 この夢の世界の中で神に誓ってはいけない。誓いが果たせなかったときが自死のときだからだ。本当にやめて欲しい。協力せざるを得ない。








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