今夜いますぐにでも②
すぐにお店に引き返し、受付をするあたし達。
するとチャラ先輩がバツの悪そうな顔で部屋に案内してくれた。瀬名さんまた睨み付けてたし。待て待て、おすわり。
案内されたのは狭い部屋だった。テレビ画面に対し四人がけのソファがおいてある。
「んだよ。さっきの部屋より狭いじゃねえか」
「夜だから大部屋の空きがないんでしょ。商売だからね」
「オレ、端っこ」と宣言して、ソファの端にさっと陣取るリュウ君。
そこで如月さんが「リュウは真ん中だよ。知らない男に囲まれたら、この子が気後れしちゃうじゃん」と、あたしを気づかってくれた。うお、外も中もイケメンですな。
「ちぇっ。気が利かなくてすいませんね、ソウちゃん」
「まったく。そういえば君の名前聞いてなかった。一年生だよね?」
「愛です。剣崎愛。一年です」
「ボクは如月蒼。蒼だから、ソウって呼ばれてるんだ」
「お名前は……昨日のサインで知ってます」
「あはは、そうだった。二年生で愛ちゃんの先輩に当たるけど、敬語はいらないよ」
「うんわかった。ソウ君だね」
ソウ君か、なんだか照れくさいな。
「で、こっちの頭悪いのが」
「誰が頭悪いだ! せめて頭悪そうって言え。三年の瀬名光樹。コーキでいい」
「わかった、コーキ君」
「おっと、俺にはきちんとケンジョー語で敬え」
あ、意味わかってなさそう。
「頭悪いでしょ? 二回留年してるし」
「お前、それは言うなよ……」
うなだれて、本気で凹んでいそうなコーキ君。あれま、どんまいです。
「くかか。バカだ、バーカ」
嬉しそうだね、リュウ君。
「「お前もだろ!」」
ソウ君とコーキ君に同時に突っ込まれるリュウ君。二人とも卒業前に二十歳……。平均年齢高いなこの部。高齢社会のヘイガイですか。
注文した料理が届き、あたしたちの晩餐が始まった。おなか空いたぜ……。
そして、カラオケ先発はリュウ君。初っ端だけど、待ってました! 選曲はなんと世界一売れたであろうあの黒人歌手の歌。ちゃんと歌詞以外部分の声も入れてるし。「ポウ」とかなんとか。初めて歌詞を見たけど、素敵な詩。肌の色なんか関係ないさっていう意味だね。あたし英語得意でよかったな、義務教育のおかげっすね。
うおっ、採点で百点が……出るんだ、こんな点数。テレビ番組の中だけだと思ってたよ。この後のハードル上がるな。ていうか、超えられない。あたしは凄いと騒いだけど、他二人はノーリアクション。あれ、凄くないっすか?
次に歌いだしたのはソウ君。メジャーどころのポップスだね。こっちの歌も好き。ソウ君のハスキーボイスがいいアクセントになってる。九十七点……あたしの最高得点と同じだった。ちぇっ。
お次に歌い始めたのはコーキ君。またしても先ほどの洋楽だ。いまさらだけど、これってよくテレビとかで流れてるやつだ〝ドン、ドン、パ〟のリズムに覚えありです。ふーん、『女王』ってバンドか。さあ、特訓の成果はいかに。
「またこの歌か……。今日、十回以上聴いたよ、下手くそなやつを」
ソウ君が愚痴る。大変だな、先輩に付き合わされて。これが上下カンケーってもんか。
「でもあたしは好きです、この曲。バンドはよく知らないけど、女性のグループなのかな」
「うっそ、ケンちゃん知らないのかよ、超有名だろ、女性のバンドじゃなくて、男四人組バンドで、様々な優良楽曲を残したんだぞ、この人達は、特にコーキちゃんの今歌ってるこの歌は、かれらが米国に進出を意識した六枚目のアルバムに——」
「「うるさい!」」
すごい勢いでリュウ君が語り始めたと思ったら、二人がリュウ君を黙らす。ブツブツうるさいってこれのことか。語りたくなっちゃうんだね、知識を。
それにしても、すべての流れがあまりにもスムーズだったから、あたしふきだしちゃった。
「お、ケンちゃんが笑った。作り笑いなんかじゃなくて」
リュウ君も笑う。いまさっき黙ったくせに。
「だって、面白かったから」
「そう? ならいつでも質問してきていいよ。音楽に関することだけな。勉強は無理です」
なにが面白かったか伝わってないみたいだけど、リュウ君らしいか。変な人。
「おい、お前ら見てくれ。俺の最高得点だ!」
コーキ君が叫んでるから、画面を見たら七十二点だった。それを見て、笑いを堪えるの、我慢できなくなっちゃった。ごめんね。
「なんだか愛ちゃん。最初の印象とは全然違うね」
あたしの泣き笑いが止まってから。左隣のソウ君が言う。
「そうかな? 自分ではわからないけど」
「笑顔が自然だよ。可愛い。ボク、好きになっちゃうかも」
ああ……流し目やばい。間近に見ると超美形です。なんて言うか、子供の無邪気さと大人の色気が混同し合っている、そんな顔のソウ君。前世でどんだけ徳を積めばそんな完璧フェイスに生まれてくるのかな。そばにいたあたしはソウ君の後光でとろけそうになる。
「からかわないでください……ソウ君」
「いや、本気だけど」
急接近してくるソウ君。あたし窒息死寸前。今なら和泉ちゃんの気持ち超理解できる。彼が持つ、トイプードルみたいなクリクリしたカワイイお目々に、フォーリンラブ。
首筋に飛びついて、余すことなくソウ君のニオイをクンクン嗅ぎたい衝動に駆られる、あたしがここに。オスじゃあ! イケメンのオスがおるぞ!
「うちの部活は恋愛禁止だからな」
リュウ君が割り込んできて、あたしは急に現実に引き戻された。
「えっ、急にどうしたの、リュウ。うちの部ってそんな決まりあった?」
「うん。オレが今、決めた」
「ふーん。ま、ハードルは高いほうが燃えるよね、愛ちゃん」
「い、いやあ」と、われに返ってお茶を濁す。
「我が部のアイドル、如月蒼ちゃんに女の影はNGだからな。キミが入ってから重音部は女性客が爆発的に増えたんだ、スキャンダルは気をつけてな。まだまだベース下手だけどね」
リュウ君は、誇らしげに隣のソウ君の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
「うるさいな。そもそもリュウがギターやるから、ボクにベースやれって言ったんじゃん。ボクもともとギターだし。ベースは高校入ってからだから、まだ一年しかやってないし」
文句をつぶやくも、リュウ君になでなでされて、まんざらでもなさそうなソウ君。やべえ、はにかみ顔が、少年の面影を残しつつも青年への階段途中って感じで、殺人的破壊力。
カエルの化け物に襲われる王子みたいにも見えて……これはこれで、劣情をもよおしますなあ、じゅるり。
「おう、お前の番だぞ。遅れると後がつかえるだろうが」
コーキ君があたしをせっついてきた。ホントに空気読めないな。あたしのカサついた人生をイケメン成分で保湿してんだから邪魔しないでよ。ま、コーキ君もまあまあカッコいいけど。あなたも、あたしのイケメン成分に追加しといてあげよう。
「ケンちゃん、さっきのまた歌おう」
リュウ君があたしにマイクを渡しながら言う。リュウ君は……ごめん。声だけイケメン成分に当てとくよ。さっきから失礼極まりない、あたし。
「いいけど」と、あたしが返事して、リュウ君がタブレットを操作した。
部室にいたとき二人で歌った曲が流れはじめて、あたしは歌い始める。そこに、マイクを通さずに他の人たちの声が乗っかってきた。この歌、みんな知ってるんだ。コーキ君は超絶下手だけど。ていうか邪魔。
そのまま最後まで歌いきり採点結果は、九十八点——あたしの最高記録更新だ。なんでだろ、久しぶりのカラオケで楽しかったからかな。
「まあまあだな」コーキ君が言う。じゃあ超えてみろっての、音痴が。
「負けたな。ますます好きになっちゃうね」ソウ君、やめてください。和泉ちゃんに沈められちゃう。
リュウ君は何も言わず拍手をしてる。
彼らとあたしでたっぷり二時間歌った。歌われた曲は多岐にわたっていて、ポップス、カントリー、ファンク、レゲエ、ロック、パンクロック、オルタナティブロック、グランジロック、グラムロック、プログレッシブロック(ロックは細分化されすぎです)ヘビーメタル、フォーク、歌謡曲、軍歌、童謡、演歌、ゴスペル、オペラなどなどであった。後半はふざけてたな、この人ら。それにしても、今リュウ君に教わっただけでもこれだけのジャンルがあるとは……奥深いな、音楽って。
「みんな色々歌えてすごいね。あたしなんか日本のポップスしか知らないよ」
「気にすんなよ、ケンちゃん。音楽にはジャンルも、国境も、関係ないんだ。それにキミだって古いフォーク歌ってたじゃん、すごく抒情性たっぷりで、上手だったよ」
リュウ君があたしに気を使ってくれてる。次に備えて色々、覚えておこうかな。……次ってなんだ、誰と行く予定もないくせに。あたしはバカか。
料理もほとんど食べ終わって、そろそろお開きにするかという空気に。でも、あたしにはまだやることが残ってる、最後にけじめだ。コーキ君に向かって、深々と頭を下げる。
「コーキ君。さっきは助けてくれてありがとうございました」
「あ? 礼ならさっき聞いたぞ」
「改めてです。それとごめんなさい。コーキ君の車をパンクさせたのあたしです。昨日の事と、通学中に水掛けられたので、頭にきてやってしまいました。弁償はします」
「どうやった?」
「え? 画鋲で、ですよね?」
「んなもんで、パンクするかっ!」
あたし、きょとん。え、そうなの?
「タイヤの近くにあった画鋲はお前のか、何かと思ったけどよ。イタズラに使われた道具はグライダーか何かの工具だ。画鋲でパンクするほどやわなタイヤじゃねえ。やりやがったのは、俺のことを恨んでるやつのしわざだろうよ。ひょっとして校長かもな」
「そうだったんですか……校長先生はさすがにしないですよ」
「わかんねえぞ? だからよ、気にすんな」
コーキ君の一言で、あたしは一瞬安堵する。いや違う。ダメだ。
「そうじゃなくて、パンクさせようとしたことが問題なんです」
「もういい。俺も水はねたの、気づかなかったからよ。悪かった」
「ホントにごめんなさい。昔からすぐカッとなりやすくて。自分が情けないです」
「自分でわかってんならいいじゃねえか。それとケンジョー語はもういい」
コーキ君また言ってる。やっぱわかってないし。あたしは申し訳なく思いつつ、微笑んでしまった。
「もう十分だよ、愛ちゃん。それにボクのほうもいろいろ失礼だったよね、ごめん」
あたしとコーキ君に割り込んで、ソウ君も謝ってきた。
「そうだ、オレへのオゴリのつけでパンクの修理代立替といてやる」
リュウ君が言う。つけなんかあるんかい!
「カエル野郎……つけなんぞねえだろうが。ま、金はあるから心配すんな」
あるにはあるのね。高そうな車乗ってるし、家が裕福なんだろな。
「じゃ、ここの支払いもよろしく」
伝票をコーキ君の手前に置くリュウ君。
「いや、ここはあたしが」
すばやくあたしが伝票を奪い取る。
「俺が出す。楽しかったしよ」
結果、コーキ君とあたしで伝票を引っ張り合うカタチになった。びくともしないし。
「ねえ二人とも、延長時間に入るから早く会計済まそう、割り勘でね。クーポンも使うよ」
最後にソウ君が仕切った。あ、すいませんです。
結局、従業員料金でクーポンもしっかり使用し、割り勘となった。そのまま四人で駅へ向かいながら話す。
「あたし楽しかったです。最高得点も出たし」
「ボクも楽しかったよ。愛ちゃん、帰り道平気? なんなら家まで送るよ」
「家近いし、平気だよ」
ソウ君、紳士だな。
「車ねえから今日は電車で帰るしかねえ、あれば送ってやる」
「ありがと、次はヨロシク」
コーキ君も優しい。そして、駅に向かう三人との分かれ道に来た。
「じゃ、あたしこっちの道だから」
「うん。ケンちゃん、またな」
そういって手を振るリュウ君に、あたしも「バイバイ」と手を振り返して、別れの挨拶。
大通りを歩いていく三人から反転して、あたしは一人歩き出す。アパートへ続く薄暗い路地は、誰もいない。
さっきのカラオケを思い出しながら歩く。楽しかった、また、今度。うん、いつかまた、行きたい……あっ! 水たまり踏ん付けちゃった。
雨水が靴下を侵食して、冷たさが、足を登ってくる。
あの部屋、寒いんだよな。静かで、寂しくて、あたし一人ぼっち。今日は久しぶりに楽しかった。また、あの人たちに会いたいな。
でも、もう接点はない。二度とこんな夜は来ないかもしれない。あたしは今来た道をダッシュで戻る。ガードレールの向こうを走る車のヘッドライトが、何度も目くらまししてくる。そんなのお構いなしに、あたしは彼らを探す。
三人の後ろ姿を見つけて「待って」と大声を出し、彼らが足を止めた。息を切らしつつ、追いつき、顔を見上げた。全員がいぶかしげな顔。
「あたし入りたい」
一息ついてから、絞り出すように言った。声が震えてる。
「あ?」
コーキ君が聞き返してくる。唐突すぎて、なんの話なんだかわからないよね。
「えーと、うちの部に?」
ソウ君が言う。さすが「モテ男」察しがいい。
「……うん」
「だから言ったろ? 入部届持ってきな。ハンコも忘れないで、サインでも可」
リュウ君が微笑みながら「分かってたよ」と言わんばかりだ。なんか悔しい。……理由も聞かないで、いいんですか。
「わかった。それで……あたし、どうすればいいかな」
「じゃあケンちゃん、明日の放課後に部室にきな。んで、我らが顧問の松本に相談しに行こう」
「「松本じゃなくて、松田」」
ソウ君とコーキ君に突っ込まれつつ、リュウ君は五本指の右手を差し出てくる。
「よろしくね、剣崎愛さん」
「はい、よろしくお願いします。伊沢竜也さん」
リュウ君と握手をして、あたしは照れ隠しのため下を向いた。