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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#4 今夜いますぐにでも
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今夜いますぐにでも①

 

 あたしのバイト、カラオケ屋に仕事開始ぎりぎり間に合った。従業員用の通路を通って、事務室へ行き店長や他の同僚たちにも挨拶をする。

 制服を着替えて、仕事が始まった。先輩について、レジ打ち、清掃、調理などを教わる。まだまだ覚えることが多い。気合を入れてメモを取り、頭をフル回転してるときに、


「ねえねえ、剣崎さんてカレシいるの?」


 金髪のチャラチャラした先輩が聞いてくる。三十歳くらいだったか、正直うざいです。


「あはは、いませんよ。一人暮らしで忙しいですから」

 適当な返事をしてごまかすか。はい、ブサイク愛想笑いもセットです。


「フリーなら仕事終わったらご飯いかない? 一人飯寂しいでしょ」


 しまった、余計な情報言うんじゃなかった。


「……あとで考えときます」

「やった。じゃ、夕飯おごるから」


 おごりでも嬉しくない。絶対断ろう。この先輩さえいなければ、いい職場なんだけどな。早く仕事覚えて関わらないようにしようっと。

 一通りの仕事を教わりあたしは配膳係りを任された。あの先輩とも関わる必要も無いので気楽なもんだ。どんどん注文の品を各部屋に運んでいく。

 だけど配膳の途中で知っている声が聞こえ、ある部屋の前で足が止まる。


「チクショー、俺の車……」

「まだ言ってるの? しょうがないじゃん。日ごろの行いのせいでしょ」


 会話を聞きながら危険信号を感じ取る。瀬名さんと如月さんの声だ。この部屋には近づかないようにしよう。う、瀬名さんには謝らないと……。



「剣崎さん、お客さんにドリンク持っていって」

「えっ」思わず声が出た。だって、あいつらの部屋にビンゴだし。このまま帰ろうかなと、考えるも「わかりました」と、自分の気持ちとは裏腹に作り笑顔で返事する。普段の練習の賜物だ。われながら感心だぜ。ドリンク二つを持って厨房を後にするも、ホントは行きたくない。自分で飲もうかな。


 あいつらのいる部屋から、リズムは正確だけどキーやらブレスやらがめちゃくちゃな洋楽が聞こえてくる。下手くそが、どうせ瀬名さんだよ。ドアをノックして返事が聞こえてから部屋に入る。

 やっぱツンツン金髪の瀬名さんが歌ってた。店員が入ってきても歌うのをやめないタイプですね。如月さんはあたしにお辞儀をしてくれた。今日もミディアムボブのフワフワ茶髪を緩くセットしていてカッコいい。二人とも黙ってればいい男なのにな。


 あたしは顔を伏せたまましゃがみ、ドリンクをテーブルの上に置き、気づかれる前に出ようとする。だけど、目ざとい如月さんが「あ、昨日の女の子だ」と、呼び止める。


「違います」と、あたしは知らんぷり。

「髪型が昨日と違うね。それもいいじゃん。やっぱ可愛い子は何でも似合う」

「でしょ! ……いえ、わたくしはいつもポニーテールです」

「はん、顔ヒクヒクしてるし。ちょろいね」


 ひっかかった。バカだ、あたし。


「お、昨日の女か」


 瀬名さんが歌い終わって会話に参加してきた。うるせ、マイク離せ。車ごめんなさい。


「……こんばんは」

「こんにちばんは~」


 あ、如月さん、あたしのモノマネしやがった。ムカツク、性悪王子。


「おい、聞いてくれよ」


 瀬名さん空気読まないな。ドラム担当だからか? わが道を行く以外に脳がないのか。頭がパンクでもしてんのか、タイヤみたいに。弁償は待ってください。


「カラオケの点数が伸びねえんだけどよ、歌のコツとかわかるか?」


 モニターを見ると確かに点数が低い、六十五点か。採点基準のゆるい機種だから適当でも八十点はいくはずだ。あたしは平均九十五点くらいいくけどね。自慢だけど。


「息を肩でしてるからじゃないですか? お腹で息しないと。腹式呼吸ってやつです。鼻で息を吸って、おなかを意識するのがコツですかね。それと歌詞の歌い始めに息を吐きすぎない。そうすれば息がつづいて声量が安定します」

「ほお……なるほど、参考にするぜ。あんがとよ」

「ボクの意見はきかないくせに」と、毒づく如月さん。

「はい、それでは失礼します」


 たいしたアドバイスじゃないのに、素直にお礼を言われて少し嬉しくなる。ツンツン髪の通りまっすぐな人なんだ。パンクの件に対しての罪悪感が加速する……どうやって謝ろうかな。そう思いつつ部屋を後にした。



 九時になって仕事が終わった。レジ後ろの従業員用通路を通って帰ろうとすると、



「俺、仕事十時までだから控え室で待っててよ」


 レジをしていたあの軟派な先輩に引き止められる。仕事しろ。


「遅くなっちゃうんで、今日のところは……」

「遅い時間だからこそだよ。送ってくよ、家近いの?」


 おなか空いてんだよこっちは、バカだな。イライラしてきたけど、愛想笑いをキープ。


「ケータイの番号とかも教えてよ」


 調子にのってチャラ男がグイグイ来る。いい加減にして欲しい。少し怖くなってきて、店長でも呼ぼうかと思ったら、「ねえ、お会計したいんだけど」


 如月さんが従業員用通路に現れた、白馬に乗った王子様のごとく。


「お客さん、こちらに入ってこられちゃ困りますよ」

「仕事放棄、女の子に無理強い、最低男の見本だね」

「ああ?」


 先輩が如月さんに突っかかりそうになった瞬間。


「おい」金髪のライオン——瀬名さんも現れた。鬼の形相をしてる。


「あ、すいません……」

 先輩よわっ! 鮮やかな転身。ある意味参考になります。

「会計、早くしてよ。延長時間になるじゃん」

 こんなときでも細かい(せこい)っすね。如月さん。

「これ、俺の女だからな、二度と近づくなよ」

 おいおい、瀬名さんよ、だれがあんたの女だ。親切でウソついてくれてるのはわかるけど、つっこんでおく。


「わかりました。すいませんでした」


 十歳以上年下だと思う高校生にペコペコする先輩を見て、あたしスッとした。


 えへへ、白の騎士と金色の獅子に守られたあたしは、ちょっとしたお姫様気分です。いやいや、なんだこのシチュエーション。少女漫画か!? 原案あたしで和泉ちゃんに漫画にしてもらおう。



「ありがとうございました。あの先輩しつこくて」お店の外へ出て二人にお礼を言う。

「いいってことよ、さっきのアドバイスの礼だ。点数伸びたぜ」

「あはは、良かったです」

「あっ! クーポン使うの忘れた、一回戻ろうか?」


 たった百円引きだけど……すごく悔しそうな如月さん。ひょっとして王子の国、財政困難なんでしょうかね。カラオケの入口で三人でグダグダだべっていると、


「あれ? オマエら、用事ってカラオケか」


 リュウ君が現れた。夜道からぬっと出てきてカエルの妖怪みたいだった。失礼だけど。


「おう。俺の愛車の追悼会だ」

「コーキってば、パンクくらいで大げさな」


 あたしもそう思ったけど、加害者としては何もいえません。


「なんだよ、オレも呼んで欲しかったな」

「だってリュウ呼ぶと横でブツブツうるさいから」


 そうなんだ、ハミングでもするのかな。でも聞きたかったかもリュウ君の歌。ドアの外からでも。今からでも。そこであたしは、


「良かったら皆でカラオケしながら食事しませんか? さっきのお礼も兼ねて、あたしがおごります。従業員割引、使えますし」

「えっ、ケンちゃん平気か? 親御さん心配しないか?」


 リュウ君が心配そうに聞いてきた、あら紳士的。


「あたし一人暮らしなの。だから大丈夫」

「おっし、練習の成果、聞かせてやる」

 瀬名さんの金髪がお店の光で輝く。


「それってクーポン使えるよね?」

 あたしのおごりって言ってるのに、クーポン関係ないでしょ、如月さんってば。


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