さくら(輪唱)②
あたしは部室への道を歩く。卒業式も終わり今は〝あの人〟が一人でいるはずだ。う、緊張してきた。落ち着け大丈夫。今日の為にスマホに入れてきたラブソング百選を再生し、合わせて親友から送られてきた応援(?)に目を通す。
『ええ~、告るとか子供じゃあるまいしぃ。とりあえず早くヤればぁ? あんたもう高校性でしょ? めんどくさぁ~。案ずるより産むがやすしって言うじゃん。いっぺん産んでみ。ありゃ、その相手がいないのかぁ。にしてもぉ、やっと面食い卒業できたんだねぇ。そう、男は顔じゃないんだよぉ。そんなあたしぃの旦那の画像はこちら→(超美形)ウケる』
うむ、殺意。ひたすらにどす黒い殺意しか生まれてこぬ。地元帰ったら覚えとけよ、頭パー子が。でも最後に送られてきた『がんばれぇ』で、少し勇気が出たから許してやろう。
部室に近づくにつれ卒業ソングの定番フレーズが聞こえてきたのでスマホを停止。アコギで誰かが演奏してるみたいだ。
う、なんか体が硬直してきてドアの前で立ち往生する(やっぱ失恋歌百選の方がよかったかな)。そしたらドアががらりと開き、「黒い物体がユラユラしてたよ」とカエル男がニンマリ。……あの日にもどったみたいだ。あたしが初めて部室に来た日に。
「ケンちゃんさ、他のヤツらが来ないんだけど、約束の時間ってまだ?」
「ねえ、リュウ君歌って。いま弾いてたやつ、あたし聴きたい」
「なんで、見送られるオレが弾くんだ」と、ブツブツ文句言いながらも、彼は座ってアコギを弾き始めた。あたしもソファに座って、二人で合わせて歌う。悲しい歌だ。なんで、こんなに悲しいんだ。今日は特にだ。あたしの心に染み入るぜ。作った人の心が伝わるんだ。
「なんでこんなに切ないフレーズなんだろうね。すごく、胸が苦しい」
「曲の構成や歌詞にもよるけど、やっぱりコードがメジャーよりマイナーが多く使われているからというのが定説だよ、ケンちゃんも、もう分かってるだろうけど、コードというのは複数の音から構成されていて、メジャーに対してマイナーはルート音の真ん中の音を半音ずらすことで、マイナーたりえ――」
あ、うるせ。あたしが知りたいのはそういうことではないのです。
「ぬぅ、相変わらず人の話を聞いてないね、キミは」
「いえ、あたし聴いてましたよ。あなたのステキな演奏と声を」
二人して静かになる。あれリュウ君、なんで黙るの。いつもなら、ぺちゃくちゃやかましいくせに。彼はアコギをスタンドに置いて、イスに腰かけた。
「そうだ、髪のセットしてくれて、あらためてケンちゃんにお礼を言うよ。朝一で三人分やるなんて忙しかったろ。クラスのやつらにけっこう褒められちった。オレ、ヘアセットなんて初めてでさ。自分でもいじれないし」
「あたしが言い出したことだし、ぜんぜん苦じゃないよ。だって高校最後の日に、あたしの先輩にカッコよくいて欲しかったから。リュウ君もコーキ君もばっちり決まってたね。ソウ君は卒業じゃないから二人のついでだったけど。あのカッコつけマンめ」
「ソウちゃんとか、コーキちゃんは……カッコいいよな。オレは変だよな。うん、ま、そうね」
「ん? リュウ君急に元気ないね。あのケチ男、今でも腹立つよ『ボクのワックス使うならお金払ってよ。ミリグラム単位できっちり量るからね』とか言って、ホントケチ。先輩二人を送り出す気概ってもんがないよね。だからルックスよくてもチェリーなんだよ、バカ犬」
「はは……ソウちゃんが童貞ならオレは一生そうだろうな、あはは……」
「そんなことないでしょ。リュウ君には……弦音さんがいるんだし。バレンタインのカラオケだって盛り上がったんでしょ?」
「いや、まあ。アカリンがソウちゃんとやたらべたべたするからイスが狭くて、必然的に弦音ちゃんとくっつく形になりまして、それで、まあ、でも、それだけですし」
「それだけじゃない……好きなんでしょ? 弦音さんのこと」
「何言ってんだケンちゃん。オレ別にそんなんじゃ」
「だってリュウ君、前に好きって言ってたじゃん」
「え、演奏ね、ギターの話です、それは」
しどろもどろになってんじゃねーし。なんかはっきりしない態度にイライラしてきた。
あたし、どした。もし彼から、ソレを告げられたら、そもそも、なにも、言えないのに。だからさっさと言えばいいのに。ぐずぐずしてる自分にもムカムカ。
「ふんだ、ギターですか。そーですか。でも、リュウ君だって、弦音さんの裸くらいは……想像したことあるでしょ。男の人だもん。ないとは言わせないからね」
「ないよ。お下品だな。ケンちゃんらしいけど」
「リュウ君がお上品ぶってるだけでしょ。ホントに~? ウソつけ~、絶対あるでしょ~」
「う……正直言うと、想像したことある」
「ほら、やっぱり。男の人ってみんなエッチだもんね。はいリュウ君、ダウト~」
「ん、あの、な。い、弦音ちゃんじゃなくて、け、ケンちゃんのを、そ、想像し、しました……キモいだろ。ごめんなさい」
あたしの心臓を何かがわしずかみにして、激しくもむ。体内を血液が高速循環して、ハートビートが頭頂部を突き抜け天へ。
「きゅ、急に、な、何言ってんの、バカ、おバカ。リュウ君はバカ」
「だからいったじゃないですか、キモくてごめんて」
「違う。キモチ悪いとかじゃなくて……」
「じゃ、なんで罵倒されたんだ、オレ?」
「それは……あたしもう『剣崎』じゃなくて『鈴木』だから。さっきからケンちゃん言い過ぎ。バレンタインの時もそうだけど」
「そうだったか、再度ごめん」
「ねえ、謝るくらいなら下の名前で呼んでよ」
「じゃ、スズちゃんでいい?」
「やだ」
「う、お、おう、あ、あ、あ、アイちゃん」
なんで、顔真っ赤なの。バカじゃないの。こっちまで恥ずかしくなるでしょ。あーバカ、バカと言えばコーキ君のはずなのに。今日はリュウ君が一番バカ、あたしが認定。
「そういえば、リュウ君とコーキ君、最後までバカだったね。なんで二人して在校生起立で立ち上がってんの。来年六年生だっけ? 小学校とおんなじ在校期間て、ウケるぅ~」
「うるさいな、ケンちゃんは」
「はいまた、ケンちゃん言った。バカ~、カエルさんはおバカ~」
「……ならバカついでに告白しちゃる!」
な、なに。コックハックてなに。あたしそんな単語聞いたこと、ありませぇん。
「実はな……」
「は、はい。どうぞ、伊沢竜也さん」
「オレ、エンブレム失くしちゃってさ~。朝購買で買ってきた。今日しか使わないのにね。一個五千円だって、笑っちゃうよな。ゲロゲロ」
ほほえむカエル男の制服ワッペンが胸で光る。うわ、しょうもな。使用期間一日で終了。あたし脱力。
「ははは、ほんと我ながらマヌケだよ~、ケ――アイちゃん、笑ってちょうだいな」
「ふんだ。慣れないカッコつけするからでしょ。全然笑えないし。どうすんのソレ」
「え、まあ、家に置いとくけど。もしくは捨てるかな」
「そんな勿体無いじゃん。じゃあ、あたしに頂戴。ほら、卒業式に第二ボタン貰うみたいな感じ、でさ、あ、えっと、大切に使うから……ください先輩」
リュウ君はすかさずエンブレムを外しこっちへ差し出してきた。その右手に乗ったダサい桜を模したワッペンを受け取ってジロジロ見る。
よし、お古の方は和泉ちゃんにでも売りつけよう。ソウ君のだってウソついて。
「第二ボタンなんて、古風だね」
「うん。あたしのおばあちゃんとか、卒業式で先輩に貰ったらしいから。それで、聞いたんだ。ちなみにその先輩があたしのおじいちゃん」
「そっか、古き良き時代ってやつだね。おばあちゃんって言えば、キミがかばった……ヨネさんの葬式の手伝い、行けなくてごめんな。オレ、ちょうど会社の顔合わせ会があって」
「いいよ、誰も来なかったもん。あたしも制服着て、立ってただけだったし」
身寄りのない人だと形式ばかりの通夜を経て、すぐに火葬だった。あたしは生前にヨネさん担当の民生委員の人に強い希望を出しておいて、その人と一緒に葬式に立ち会うことができた。死んでも独りぼっちだったヨネさん。せめて、あの写真の男の人には天国で会えたらいいね。そんな気持ちで、棺の中に写真を入れてあげた。
「怖くなかった? 火葬後の骨が」
「あれ、なんでそんなこと知ってるの?」
「キミの話聞いてれば、そんなのわかるよ」
「リュウ君てば、あたしマニアだね」
「そうだよ。オレはキミのファン一号ですから」
「あたしもあなたのファン一号……じゃないね。多分、二号だね」
「オレのファン? そんなのいないですよ」
「いるよ、妹さん。花ちゃん。間違いなくリュウ君のファン一号。あたし二号。そこは譲んないからね」
リュウ君はおっきな口をつぐんだ。あごの輪郭が骨を浮かばせてる。
「あたしね、たしかに骨が怖かった。おばあちゃんの火葬の時にめて見て恐ろしくて。それが飛び散る中で……すごく嫌なことされて。ちっともいい印象なんてなかった。でもね、花ちゃんの骨と、リュウ君の指の骨を見て、その怖さが無くなったんだ。愛しくて、とても、はかなくて、身近に感じられたんだ。その人が生きてきた証だから、遺骨って。だから、ヨネさんが骨になった時も全然怖くなかったよ。今まで頑張って生きてきた人の支えになってたんだなって、思えると、なんだかね」
「うん、そうか。アイちゃんすっかりオトナになったな。ステキなレディって気がするよ」
「うん。あたしクールビューティー目指してっからね!」
リュウ君はあたしから目をそらして窓の外に顔を向ける。その先には裸の桜の木々。地面から生えた茶色の手が、何かを求めて空に伸びてるよう。開花しなくて残念だったな。
「楽しかったな、一年間」
「楽しかったよ、一年間。あたしを見つけてくれて、ありがとう。あの日、キミがあたしを見つけてくれたから。こんなに、いい女になったよ。まだまだだけどね」
「……うん。もっと頑張りな。来年、部長なんだし」
「あたしでいいのかな、ソウ君の方が年上なのに」
「ソウちゃんがやりたくないって言うんだし、いんじゃない?」
「お金が絡まないとソウ君、ホントに何もしないよね。あたしがダンデライオンリーダーとして、きっちり調教しときます。ねえ前部長さん。参考に教えて。どうして、あたしを部活に誘ったの?」
「ん? あ……キミがこの世の終わりみたいな顔してたから。コーキとソウも……花が死んだ後のオレみたいに見えたんだ、三人がさ。そしたら、つい、なんとなく、ほっとけなくて」
「そっか、ありがと。三人で優しいリュウ君に感謝だね。あたしもそんな部長になれるように頑張ります」
こわばってたカエルさんの顔が緩んでにやけた。ふにゃふにゃのおまんじゅうみたい。
「キミともう一年部活したかったな……うん、卒業したって感じだ。へへ、恋愛禁止は解除だ。アイちゃんが部長なんだし。規則だって好きにな」
「それは、どっちでもいいけど。アイドルじゃあるまいし」
「キミにとっては不都合でしょ……遅いね、コーキとソウ。何してんだか。オレ探しに行ってくるよ」
リュウ君は椅子から立ち上がってこっちへ歩きだす。待って、まだなにも伝えてない。あたしのキモチ。ホントのキモチ。シンプルな言葉。
横を通り過ぎて行こうとする彼の左手をとっさに握って引き留める。大切な妹さんに大事な指を二本あげた、その左手をあたしの両手でつなぎとめる。
リュウ君はこっち向かないで背中だけ。あたしに声をかけた人たちもこんな気持ちだったのかな。振り向いてほしい人が別の方角を見てる。置いてきぼりの寂しさ。
「待ってよ、まだ行かないで」
「どうして」
「だって、リュウ君があたしを置いていこうとするから……」
「いいだろ。オレなんかより、もっと大事な人がいるんだから。アイちゃんには」
「だれそれ。あたし知らない」
「ソウの事好きなんじゃないの? 来年から二人きりだし。うるさいセンパイもいないし。仲良く、な」
「仲はいいけど、一緒に曲作ったりで近くにはいたけど。そんなんじゃないし」
「わかってるよ、本命は、コーキだろ? アイツはバカだけど……いいヤツだから、きっとキミを大事にできる。オレが約束するよ……幸せにな、二人とも」
あたしを見た彼の白目は黄ばんで赤い線が走ってる。手はじっとりしてて、指は宙ぶらりん。でも、まだつながってる。あたしが握りしめてるから。
「ひどい顔すんな、アイちゃん。かわいい顔が台無しだよ。最後くらい、キミの笑顔が見たいよ」
「あなただって、ひどい顔だよ」
「そうかな……もとからひどい顔だから。いまさらだよ。あれだろ、晶子ちゃんにも言われたけど『ケロたん』にそっくりだろ。ケロケロ」
「似てないし、ケロたんは可愛いだし」
「へへ、知ってる。オレなんか誰にだって見向きもされないよな。こんな――」
「ううん。リュウ君は『カッコいい』だから。誰がなんて言おうと、あたしにとっては世界で一番カッコいいから。空気読めなくて、ドンカンで、うんちくがうざくって、デリカシーなくて、むっつりスケベで、声が優しくて、でも心はそれ以上に優しい。そんな憧れの人だし」
何言ってんだあたし。ええい、もうどうとでもなれだ。一度きりの恋なんだ、イノシシのごとく突っ込んでいけ! あたし『漢』だからね!
「そ、それは、どうもありがとう。アイちゃん髪が伸びたね。キレイだよ。うん、キレイになった。きっと、好きな人がキミをキレイにしたんだね」
だって、あたし弦音さんに近づくために、頑張って伸ばしてたんだもん。メイクだってしてるし。リュウ君が弦音さん好きだって知った日からずっと。
キミは知ってた?
「たぶんそうだね。ほらここみて、あたしが縫ったとこ」
リュウ君は背伸びして、あたしのそこを覗き込む。目先には五年分の汚れがついた黒ずんでる上履き。
「うん、毛が無い。えぐり取られちゃってる」
「キミは、あたしのここ醜いと思う?」
「まさか、そんなこと。むしろスゴイ、カッコいいと思うよ」
「でしょ。名誉の負傷だからね。あたしの誇りです。ねえ、あたしとおばあちゃんの誕生石って、ムーンストーンとかパールなんだけど」
「はん?」
「おばあちゃんから教わったの、宝石の真珠ってあるでしょ。それを作る貝って体内に入った異物を自身の膜で包み込んで育てて、真珠にするんだって。人生だって同じ。だから、いいことも悪いことも、全てが宝物。あたし、いまならそう言える」
「それは……ロマンチックだね。アイちゃんのポエマー気質はおばあちゃん譲りか」
「かもね。だからそう、あたしはリュウ君の顔も、いま触ってるこの手も大好きだよ。ボロボロでも気にしないで。キミはそんなに自分を卑下しないで。それだと、あたしが傷つくぜ。あたしの宝物をバカにすんな、バカガエル」
「は、はい。わかりました。な、なんだか照れくさいよ。さっきからどうしたの。手、離してくれないかな? 頼むよ。恥ずかしいんだ」
「ねえ、あたしキミのピアノ聞きたい。社会人になって忙しいかもそれないけど、趣味でもいいから続けて欲しい。音楽を」
「お、オレの話はどこにいったんだ? な、なんでピアノのこと?」
「あたしが聞きたいから、それじゃ理由にならない?」
「い、いや。続ける。アイちゃんが聞いてくれるなら。死ぬ気で練習する。うん、コーキに――キミのカレシにも断りをいれて、キミだけの為に弾く。オレ、弾きたいです」
「いい。断りなんかいらない。だってあたしが好きなのはコーキ君じゃないし、あなただから。リュウ君だから」
カエルが完全停止した。おい、もう春だよ。遠くない、まぶたの裏でもない、いまが春。なんか言え。なんか歌え。鳴かぬなら、唄わせてみせるぜ、カエル野郎。
「は、あ、エイプリルフールはまだだよ」
「本気。あたしガチ。マジでハンパじゃねえから、あたしのキモチ。どうなの? 弦音さんとあたしどっち選ぶ?」
「いや、どっち選ぶもなにも、オレに女の子なんて寄ってこないよ。弦音ちゃんとだって何もないし」
「ウソつけ。すくなくとも、弦音さんはリュウ君のこと好きだよ、この前わかった。なんかシュピーンってきたんだ、オンナの勘が。じゃなかったら、あの人あんなおっぱい当ててこないでしょ。リュウ君もうチェリーは卒業済み? 初めてが誰なんてあたし気にしないから大丈夫。さ、どっち」
「弦音ちゃんがオレを!? それに、ケンちゃんもオレを!? そんな、うそだ、なんか、あれだ、どっかで動画撮って笑ってんだ、コーキとソウが……みんな、ヒドイ」
あ、リュウ君うずくまった(女の子かよ、コイツ)。まったく、めんどくさいなあ。早く返事だよ、ハリー、ハリー、ハリーアップ、フロッグマン!
あたしはカエル男を立ち上がらせ頬に手を添える。我ながら大胆だ。勢いだ。
「ふんだ、心配して損した。じゃあ、弦音さんとはシてないんだ」
「し、してるもなにも。付き合ってもないし」
「付き合ってなくても、ヤることはあるでしょ。迫られたら断れないじゃん。あの巨乳じゃ」
「い、いやです。オレはキチンとお付き合いしてからがいいです! オレが好きなのはケンちゃんなんです!」
あ、やべ。あたし素にもどった。顔がメルトダウン開始した。だめだ会話を止めるな、トークを回せ、思考を誤魔化せ、手はカエルの顔に添えたままだ!
「い、いつから好きなの!? オラァ吐け!」
「さ、最初からですぅ、めっちゃ可愛いと思ってましたぁ!」
「……妹さんに、花ちゃんに似てるんじゃないのあたしは? このシスコン!」
「似てるかどうかなんて、好きになるのに関係ないでしょが。キミは普通に……可愛いよ」
あ、あふぁ~。
「……こ、このエロガエル。なら、とっとと告れ。めんどくさいんだよ童貞王が! 一年もたっちゃったじゃん。クリスマスも正月もスルーしやがって、アホ!」
「だって、キミはソウかコーキが好きなんだと」
「そんなの知るか、勝手にカン違いしないでよ」
「そっちだって! オレが弦音ちゃんのこと好きなわけないだろ」
「だって好きって言ってたじゃん」
「だからギターのことだよぉ! アホのケンちゃん!」
なにい、だれがアホだ。そっちがアホだ。つばが飛びまくってるし、汚いな。ムカついたぜ。これでもくらえ。
あたしはリュウ君にキスしてやった。軽い日本式フレンチキスだけど、彼は鼻息めっちゃふんがふんがしてて、ムードのかけらもないです。でもしばらくして彼はあたしの腰に手を回してきた。すごくソフトに。
ねえ、リュウ君。もっと強く抱いて。あたしをもう離さないで。お願いです。
でもあたしはそれ以上にあなたを抱きしめる、もう離さないから。
あたしは彼の頬に添えた手をずらして、首に。皮の下に血の川が流れて、骨があるのを感じる。あなたの骨がここにあって、カタチを作ってる。その体に支えられて、命の音が確かに存在してる。それが伝わるよ。ん、すごく実感がわいてきた。
あたしもあなたも、生きてるんだ。
「首が痛いよ、ケンちゃん」
「あ、またケンちゃん! キミはカノジョの名前、何回間違えるの」
「……アイちゃんがオレのカノジョ。そんなわけない。偽物だ全部。この世には――」
「まだ信じないの、リュウ君。チェリーこじらせすぎだよ。ね、あたし来週、部屋引き払うの。だから今夜あたしの部屋来な。朝まで二人で卒業パーティーしよ。いいでしょ?」
「え、な、あ、うお、う」
「返事が遅いっ、はい罰ゲーム(?)」
も一回、キスしてやった。今度は本場のフレンチキスなヤツにしようとしたのに、リュウ君はへたっぴで、すごく弱々しくて、舌を伸ばしてこない。腰抜けですな。
「うわ……アイちゃん、オレ、恥ずかしい。なんかやらしいよ。やめよう。まだ早いんだ、オレには。今夜もさ」
「こんなんじゃ、ぜんぜん足りないし。もっとディープなのしよ。はい、大きく口開けて! 成人童貞!」
あたしは開かれたリュウ君の口にベロをねじ込む。もっと深く深く、繋がりたい。あたしはキミと通じ合いたい。すると彼は遠慮がちに舌を絡ましてきた。まったくヘタレなカエルさんですこと(でも、そんなキミが好きだ、大好きなんだ)。
部室のドアから音がしてそっちを見たら、曇りガラスに誰かの頭。聞き耳立てんなし。あたし聞いてるぞ、この耳で(ありがとう、コーキ君とソウ君)。
その時、あたしの心にさくらが咲いた。とてもキレイな、たくさんの満開のさくら。隣り合った木々は枝葉を重ね合わせ、合奏をしている。伸びやかに、しなやかに、力強く。




