さくら(輪唱)①
本日(3月9日)は残念ながら、桜ヶ丘高校名物の桜開花はなかった。でも卒業式にふさわしい晴天なり。だけど、わたしの心は曇天なり。だって、蒼様と瀬名さん二人のカップリングが今日で見納めなんだもん。愛ちゃんはせっかくスマホ買ったのに、全然写メ送ってくんないし。使えねえモジャ子だ。よし、わたしのマンガに出してやろう。下働きのまま過ごしていくシンデレラとしてね。お似合いだよ。どぅふっ。
「うん? コーキなんか言った?」
「ああ? ソウじゃねえのか?」
おっと、いけない。おバカなバンドマン気どりの級友のことを考えていたら、笑いが出ちゃった。あぶね、ストーキングがばれるとこだったよ。
わたしの高校一年の総括的マンガ『ウィー・アー・ザ・尻アス』の為にはもっと資料が必要なんだ。これが最後のストークだし、いいよね、芸術の為だし。それにしても二人とも、今日の髪セットばっちり決まってる。参考資料にうってつけだ。バシバシ撮るよ。
「にしてもコーキ、最後までバカだったね。卒業証書授与で名前呼ばれて寝てる人なんか、コーキぐらいしかいないよ。ボクの人生で金輪際、現れないだろうね」
「うっせえな。俺がオンリーワンってことだろ。まあ、アイコが起こしてくれたから助かったぜ」
「みんな爆笑だったよ。愛ちゃんの『コラ起きろ、バカタコ男!』ってツッコみも最高」
「……ああ、最高だった。あんな女いねーな」
「そうだよね。……愛ちゃん。はあ、プリンセスの浮気者」
あん!? 「愛ちゃん」て、一年B組のクセっ毛バカ負けず嫌い女の鈴木愛(旧姓・剣崎)さんのことだな。あのアマ、蒼様といい感じになってんじゃねーよ。浮気者ってことは、ひょっとして二人はデキて? ひいぃぃい! 男向けのエロ漫画に出してやる、あの無い乳女。ありとあらゆるエロ技法にて蹂躙して、あの貧乳で荒稼ぎしてやるぅ! バカと貧乳は使いようなんだよ。なんにでも需要はあるんだから、ペンは剣崎よりも強し!
「まだ言ってんのかお前は。俺みてえに砕けりゃよかったんだよ、ヘタレガキ。おら、部室遠回りしてくぞ。アイコと約束してんだからよ」
「うるさいなあ。だって、わかるじゃん、見てればさ……」
「かっ、やる前から諦めてどうすんだ。他の女にも手出しやがって。男なら一本に絞れ」
「は~、単純でうらやましいなコーキは。あ、バカなだけか」
「けっ、女のスカートごときで興奮してる童貞王子よりマシだろ」
「それは言うなよ!」
え、蒼様マジですか。わたしのマンガではガンガン突く役だったけど、これは新展開だ。よし、最後は瀬名さんにガンガンに突かれてもらおう。創作意欲が湧いてきたぁ!
「おお、悪かったな、ドーテー。夜にどっか店でも行くか? おごってやるぞ」
「おごりか、なら……やっばいい、遠慮する。この前カラオケで燈さんといい感じになったし、ボクだってそのうち卒業できる——はず」
「おう頑張れよ」といって蒼様の髪をクシャクシャする瀬名さんに垂涎。ああ、たまんない燃える、いや、萌えるぅ!
「ねえ、なにしてるのキミ?」
おはぁ! いつの間にか蒼様が目の前にたってらっしゃる。やだ、股間が目の前。女の子から、大人の女になっちゃう~。蒼様って、葵の上みたいに、だ・い・た・ん(葵の上って光源氏の妻だっけ。瀬名さんを光源氏にして、蒼様をワイフに設定してみよう。よっしゃ。次回作のプロットが次々とデキてきた)。
「後ろからドスドス、バスドラの音が聞こえると思ったら、こんなとこにカワイイ女子がいたか。よかったなソウ。筆おろし、してもらえよ」
「はあ? 初対面の子に失礼極まりないないねバカコーキは。ごめんね、気にしないで。えっとキミは……あれ、文化祭の時の子だ。久しぶりだね」
「お、お久しぶりですぅ」
蒼様と声を交わしたら、わたしの春が始まってモノクロ原稿にカラーがついた。メインの色はもちろん、地球も、春も、わたしも、まとめて一緒くたにする、どこまでも無限なその人のブルー。
私は女子軽音楽同好会部室の旧音楽室で、先輩を待つ。壁に掛けられた音楽家たちの額縁が太陽の光を受けて、鈍く光る。最初は気味悪かったコレらも、先輩が変なあだ名付けてたせいで今は愛おしい存在だ(ベットン、シュシュ、チャコ、ハム、ビバ、お滝)。彼女は色んな人に好かれてて、卒業式の前にもクラスメートと仲良く歓談……もとい騒いでいた。
スイちゃん先生はアカリンを注意してたけど、さすがに今日は『折檻丸』は持ってなかったな。薄汚れたワインレッドのジャージも封印して、似合わないスーツだったし。ビール腹は隠せてなかったけど。
卒業式の最後で花道を歩いて去っていく燈先輩の姿を見て、私、不覚にもウルウルしてしまった……今もだけど。いけない、だれかに見られる前に、拭かないと。
「はいトイトイ、ハンカチーフだよ。木綿じゃなくてシルクだけど」
梓が私に柔らかな絹の布を差し出してきた、生意気な後輩だ。
「寂しいね、アカリンがいなくなるなんて。やってけるかな、短気なトイトイと。わたくし今から不安でいっぱいです」
「……ふん、いっちょ前に口聞いちゃって。とりあえず新人歓迎でぶちかますわよ。重音部のアホ二人には、一人も新人なんて呼べないってこと証明してやる。あんな高校五年生なんて、ほとんど反則じゃない」
「あらあら、愛ちゃんに嫉妬してるんですか、トイトイ?」
「なにが? あんなちんちくりんなんかに、ジェラシーなんてもったいない。それを言うならアズアズがそうじゃない」
焼き肉の後、何があったかなんて顔みればわかるのよ。弱音くらい吐いてくれればいいのに。やっぱり生意気な後輩だ。
「お子様にはわからなくていいよ。わたくし、吹っ切れたし。もう、新しい恋がしたいな。次の方はアカリンにとってのナイトハルト様みたいな、ステキな男性がいいな」
あんな、ヨレヨレTシャツにプリントされたアニメ男の何がいいのかわからないけど、なんだか清々しい梓のことを誇らしく思った。本当にすっきりした表情ね。そのまま音楽室の額縁に並べたい。
「しっかりしなさい翠くん。後輩が見てる前で情けない」
たてつけの悪い引き戸の音と一緒に、松田先生におんぶされた高橋翠先生ことスイちゃん先生が登場(?)した。メガネが曇りまくっているおかげで、乾いた音楽室の空気が加湿されそう。その後ろでアカリンがため息。
「だって~、この時期はムリっす~。さらば青春の輝きって感じがアタシを一発でKO。ましてやアカリンも卒業だし。燈ぃ~、高校四年生やろうよぉ、な?」
「もう証書授与しちゃったし、なにを今更。往生際悪いよスイちゃん。ダーリンが困ってるじゃん」
照れる松田先生が赤くなって、ゆでだこにしか見えない。タコマッツ先生……カッコいいですよ。そのたくましい腕で、高橋翠先生をいつまでも支えてあげてください。就活中の学生なみに似合わないスーツ姿の小柄なメガネ三十路女――私の大切な先生を。
「まったくスイちゃんってば、あんなにゲロ泣きしちゃって。カエルのたっちゃんばりにゲロゲロしてるね。で、どうなの? 接近したかな、たっちゃんとトイトイは?」
こんな日にまでゲスいアカリンにプレゼントしたい。どっかにないかな『折檻丸』は。
「なに~、まだ、ヤッてないのかよ~。やっぱ童貞成人とギター馬鹿バージンじゃ、配合しようがなかったか~。だってどっちも未経験だもんね。バンド始めるのにドレミから始めなきゃみたいな——痛あぁ!?」
アカリンの目玉が飛び出たと思ったら、その後ろに竹刀を手にした梓がいた。折檻丸を持ちたたずむ彼女は聖女とは程遠い、体育会系教師のよう(高橋先生二世ですか?)。
「アカリンに忠告です。セクハラはやめようね」
「アズアズが怖い……トイトイ、ヘルプ!」
「やだ。はいどうぞ、アズアズ軍曹」
アカリンのお尻に、も一発ぅ! ナイスショットです。サージェント・アズアズ!
「割れるっ……てか、ワタシのおしり割れた……たぶん十字になってます」
「頭よりマシでしょ。最近の梓は遠慮ないから気を付けてくださいね、アカリン」
「ワタシは純粋な興味……じゃなくて、親心から二人の将来を案じているのに。決して面白いからでなく」
燈先輩、そんなに人間を卒業したいのかしら。
「そうですよ、トイトイの恋はどこ行ったの?」
「アズアズ、お願いだから俗世間に毒されないで頂戴……あの人とはなにもなかった。あるわけないじゃない。だって私は、鈴木愛さんに嫌がらせする為に竜也さんにちょっかい出してたんだし。この前の焼肉の時だって、あの子超にらんできたし。いつか調教してやる」
「ええ~、その後に行ったカラオケでもトイちゃん、たっちゃんにけっこう絡んでたじゃん。おっぱいまでプレゼントしちゃってね」
「それは、私が移籍する約束を破った代わりに胸を触られるって話になった時、竜也さんが気を使って、二の腕で済ませてくれたのが申し訳なくて……」
「そんだけかな? 素直じゃないね~、トイトイは」
燈先輩は何言ってるの。別に好きじゃないわよ、あんなカエル男。高校五年の、音楽好きの、いい声した、童貞成人なんて、好きなわけないでしょ。……声は好きだけど。
「誘惑しちゃえばよかったのに、愛ちゃんに遠慮しちゃって、バカみたい。恋は早いもの勝ちなのにさぁ~」
燈先輩のセリフで梓の顔に少し翳が出来た。ふん、失恋か……私にはよくわかんないな。
「アカリンには春斗がいるくせに、カラオケでむこうのキモキザ男とずいぶんじゃれてたじゃない。浮気者ね」
「ワタシという絶世の美女が横に座って、ふともも当ててんのに一切、手え出してこないし、蒼くんのヘタレ王子め。ちゃっかり制服のズボンが立体になってたくせに」
「やだ、燈先輩の破廉恥さん。ナイトハルト様に誓った永遠の愛はどうしたの」
「ほんとしょうもないわね、アカリンもあのキザ男も」
「蒼はいいやつだよ~、頼むからだれか付き合ってやってくれよぉ。あいつケチだからデート百パー割り勘だけどなぁ~」
スイちゃん先生が弟君の援護射撃をした。誤射になってますけどね。
「そっか~、もしかしたらスイちゃんと義理姉妹になっちゃう可能性があるんだよね。弟ってヤダな~。ワタシはやっぱり、ナイツキングダム・ホワイトグローリー家次期当主長兄・ナイトハルト様一筋で。じゃあ、蒼くんの担当はトイちゃんね」
「ありえない、絶対にない。あの変態だけはイヤ」
「ふーん、でも男の子に対する免疫はデキたじゃん。トイちゃんってば、蒼くんの頭ガンガン叩いてたし。きっと、たっちゃんのおかげだね」
そうかな……竜也さん。また聞きたい、彼の声を。ん、私だめだ、今日はダメな日だ。
「私も……いい男に会いたい。アカリン、ナイトハルト様に会いたいな」
「ええっ!? どしたトイトイ。いつもなら春斗って言うのに」
「アカリン、わたくしも会いたいです! 春斗様に!」
「ふーん……男で負った痛手は男で癒すと。いいね。やっぱ人生は男がいないとダメだね。ワタシたち、カレシいたことないけどね。オッケー、じゃあこの後、私の家で上映会しちゃうか、朝までぶっ通しで!」
「うん!」「はい!」
私と梓で仲良くお返事。楽しみだな、アカリンの家。やらしいDVDが入ってたらどうしよう(最後まで見ちゃう?)。
「仲良しでいいなぁ。最高だぞ、お前たち。重音楽部のやつらも見習ってほしいもんだ」
「……マツ先生、いつまでいるんですか」
「いや、奴らに部室来るなって言われて、ヒマなんだ」
「なにそれ。顧問をないがしろにするなんて、ヒドイやつら。私たちは大切にしますからね。先生の事!」
「キミたちぃ、ありがとう! 共に歩んでいこう、我々の青春を!」
「ハゲはお呼びじゃないっ!」
まったく『ダンデライオン』め、自分のとこの顧問なんだから引き取りに来なさいよ。
今だって泣き崩れている高橋先生を固く抱きしめて……タコ離れろ。やっぱり卒業式くらいスイちゃん先生を私たちに返しなさい。一緒にアカリンの家行くんだから。
よし、私の赤ギターでマツ先生の頭を割るか。そうすれば花開くことでしょう。ハゲ山に美しい浅黄水仙が。




