花に雨①
朝、目が覚めると昨夜からの雨がまだ降ってた。降り始めたときは、まるで雲の蛇口を全開にしたような大雨だったけど、今は小雨。うん、あたしの気分を代弁してくれているかのような空もようだ。そして、この灰色風景の中で道路脇のタンポポが唯一の癒し。
そんな感傷的な気分に浸ってると「ゲコォ!」と、カエルの鳴き声が届く。
う、あの部長を思い出して、一気にアンニュイな雰囲気がぶち壊された。やっぱ雨なんて嫌いっ、晴れが好きです。あがっ……なんか痛いぞ、背中が、肩が、痛いんですけ怒! 昨日のバカ金髪のパンチのせいだ。くそぉ、「重音楽部」のアホォ! ゲコォ!
喉が渇いたので水を飲もうと水道の蛇口をひねる。無駄な水を出さないためにほんの少しだけひねったので、流れだすと同時に甲高い音が発生する。うん、外のカエル同様に耳障りだ。都会の水道水は、ほのかに塩素のにおいがして、まずかった。
昨日のアレで顔面の筋肉がだいぶ硬直してるから、日課の笑顔練習しよ。入念に練習を繰り返すと、あたしは元通りの美少女になった。おっしゃ!
続いて登校の準備にかかる。雨の日はあたしの髪質だとだいぶ、まとまりが無くなるのでどうするかと悩む。うーん仕方ない、今日は後ろにまとめてポニーテール作ろ。あたしならなんでも似合うから問題なし。
ポニテにしてから、鏡の前で顔を斜めにしてキメ顔する。あたしって可愛いよな、やっぱり(アホ)。
玄関からボロアパート二階の廊下に出ると、隣のおばあちゃんが、自身の部屋のドアに寄りかかってた。こんな雨の日の朝に何してるんだろ。廊下は屋根があるから濡れはしないけど、部屋にいればいいのに。
「おはようございます」と、笑顔で元気に挨拶する。
おばあちゃんはもにょもにょと返事をしてくれたが、あいかわらず聞き取れない声量です。おはようって返してくれてるんだ、きっと。
「どうかしたんですか? こんな雨の朝に外なんか出て」
なになに、腰が痛くて寝てられないから外に出てるって。雨のせいで痛むのかな。
「じゃあ、軽くマッサージしてあげる。あたし得意なんですよ」と言い、半ば強引に、おばあちゃんを彼女の部屋に押し込んで、布団に寝かせて腰をもんであげた。まだ授業開始までは時間あるしこれくらいはいいですよっと。ご近所付き合いってなもんです。
マッサージが終わった後に、ちょっと見渡した部屋の中は物なんかほとんどなくて、質素なものだった。あんまりジロジロ見るの良くないかな。それに、あたしの部屋も何もないし同じだね、なんて親近感を持った。
「じゃあね、戸締り気を付けて。いってきます」
寝たままのおばあちゃんに語りかけ外に出ると、雨は止んでた。傘はいらないな。
雨のニオイでむせ返る中、あたしは学校への坂道を登っていく。大雨が降ったせいか、我が学校唯一自慢の桜並木の花々が、道に散乱してた。
好きだったのにな、この桜。あたしはガッカリしつつも地面でぐちゃぐちゃになっている桜の残骸をよけてゆく。その途中で爆音が聞こえ振り向くと、昨日と同じ車が坂道を走ってきている。運転手が見え……げ、重音楽部のバカ金髪じゃんか。
ってことは、『ツンツン金髪=バカドラマー=瀬名さん』の公式が成り立つということだ。アンタがあたしの肩をバンバン叩いたせいで、アザ残ってんだよ。くっきりと。
恨みを込めて運転手の瀬名さんを睨み続ける。そして、車があたしの横を通っていった瞬間に水溜りをはねて、大量の水がかかった。……フザケンナァ! 降りてこい! その偉そうな顔した車から降りて、今すぐあたしと戦えぇ!
でも車は、あたしの心の嘆きをかき消すように、爆音出しながら走り去った。ポニテをブンブン振って水飛ばし、あたしは駆ける。
教室へ鞄を置き、和泉ちゃんも無視して高橋先生の机からブツを取り出し、昨日瀬名さんが予告してた校長先生用の駐車場に向かう。
ほうほう、やっぱり止めてますな、バカ車を。というか隣接する教頭先生用の駐車場にもおぶさる形で駐車してるし、小悪党が。
そしてここからがあたしの番。ポケットより取り出したるは、画鋲たち! さっき教室から数個とってきたやつだ。これをタイヤの下に何個か置いておく。
ふはは、ざまあみろ。今日は徒歩で帰るがよい。駐車場を背にし、水たまりをスキップで避けながら戻る。あたしも瀬名さんに負けじと、十分な悪党であった。
ま、あんな画鋲なんかすぐ気づくよね。ちょっとした悪ふざけですよ。警告ってやつ。
朝のホームルームが終わって、高橋先生が近寄ってきた。
「剣崎ぃ~。どうだ、部活決めたか?」
「……部活なんかキライです。どこにも入りません」
「なんだよ、ツマンねーの」
さきほどの瀬名さんの車でご機嫌ナナメなあたしに、話しかけないでくださいな。ほっといて。あっそうだ、高橋先生にお願いしたいものがあったんだ。
「先生、見学証明書の新しいのが欲しいんですけど」
「女子軽音に入ってくれない剣崎さんなんかキライなので、やです~」
そう吐き捨てて、去っていく高橋先生。こら、職務怠慢過ぎだろ、底辺高校の底辺教師が。
「愛ちゃん、わたしのあげるよ。漫研入るから必要ないし」
「ありがとう心の友よ」
やさしい和泉ちゃんに、マジかんしゃ。ゴッド・ブレス・ユーです。彼女の息は、ちょっと納豆臭くて顔背けちゃったけど……平安貴族さん、マジかんしゃっす。
「……ごめん愛ちゃん。わたし昨日、マンガの下書きで見学証明書、使ったから、もうなかった」
「デビル・ブレス・ユー」
つっかえねな~、紫式部先生はよぉ~!? 仕方ないから、また重音部に行くしかないじゃん。最悪だぜ。あいつらには二度と会いたくないのに。
一時間目の授業が終わった後にスピーカーが鳴った。
「三年の瀬名、至急職員室にきなさい」
ま、案の定だね。
二時間目の授業が終わった後にスピーカーが鳴った。
「三年の瀬名、早くこいや!」
このいかつい声が松田先生だと、いまさら気づく。自分が顧問してる部の生徒だからか、容赦ないですね。もっと厳しくした方がいいですよ。
三時間目の授業が終わった後にスピーカーが鳴った。
「レッカー」
一言だけかよ。もっと、こう……なんか、あるでしょ!
昼休憩中にスピーカーが鳴った。あれ、ずいぶんガヤ声が混じってる?
「俺の車をパンクさせたやつ……殺す」
瀬名さんの声か。無理やり放送部に乗り込んでまで、犯人に伝えたいんだね。いつでもかかってこいや! ばれないだろうけど。きひひ。
て、ええっ!? パンクしたって……画鋲でぇ!? あんなに目立つ置き方したのに。踏んじゃったんですか、バカ金髪さん。ああ、冷静になってみたら、あたしとんでもないことしちゃった。弁償しないと。いや「カラダで払えよ」とか言い出しそう。もしくは『夜のお店』に売り飛ばされそう。いやだ、会いたくない。