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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#23 遠くの汽笛が聞けたなら
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遠くの汽笛が聞けたなら①

 バレンタインは女にとっての錬金術、返金百パーセント越えのイージー投資だ。ま、あたしはそんなせこい考えでなく、純粋な友愛をもってして、このイベントにカズヒロ君に今日着でチョコを送ってあげた。そしてさきほど、

「カズ、今日朝一で、『ばっく・いん・ざ・あめりか』だしぃ。アイコのチョコあたしぃが食べたげた。これ甘すぎぃ! ウケる」

 というカズヒロ君の奥様(まだ予定)の返信を見て、殺意がふつふつとわいたあたし。画像添付で親子三人の家族写真もおまけにきたし。あやうく契約したばっかりのスマホをこわしかけたぜ。元ヤン女め、旦那(予定だもんね)誘惑したろか。

 今日はバレンタインで休日。こんな日はバイトでもして、男日照りの人生をごまかすのも良かったけど、特別な催しがあるため部活に来ている。

 そして今現在、風神と雷神があたしをはさみ言い合いしてる。風神はつば飛ばし(汚いな)、雷神はカミナリ落とす(うるさいな)。あ、後ろのドラムセットからこっちを覗く梓ちゃんがあくびしてる(剃り込みを頭全域に広げてやろうか)。

 とりあえずあたしをはさんでケンカすんのやめませんかね……弦音さんとソウ君よ。


「ねえ、ベースの分際で出しゃばらないでくださらない? 高橋先生の弟さん」

「出しゃばってるのはそっちだよね!? ボクのソロのタイミングでさ」

「あら、あなたは首だけクイクイしてるのがお似合い。すごくステキだわ」

「そうだね、おっぱいプルンプルンさせてるのがお似合いだね。トイトイさんは」

 だから、あたしをはさんでやり合わないでほしい。視聴覚室端の方でファイ! 梓ちゃんはあくびをかみ殺さずに、背伸びしてる。どんなときも優雅ですな、お嬢は。わたくしカンケーございませんことよ、おほほってか。あーもう、あたしがまとめるか。

「ソウ君、お手!」

「はい喜んでっ、プリンセス」

 はい、トイプー君よくできました。えらいえらい。撫でてあげよう。次あたしに面倒かけたら、校庭のど真ん中で「ちんちん」させるからね。

 人間の尊厳をかなぐり捨てたソウ君は最近犬っぷりが板につきすぎてて、首輪でもしとかないと保健所に連れていかれそう。あたし心配です。

「なにそれ、あなたたち気持ち悪い……もういいわ」

 弦音さんは諦め、もとい呆れてくれたみたいで、この場は収まった。さすがあたし、重音楽部次期リーダーですな。お、もうお昼だしご飯にしよう。あたしの腹時計がそう告げている。


 四人で食事する……うん、当然のように無言。だれか口開け、特に上級生の二人はしゃべれ。なんでもいいからよう。でもケンカするからいいや、やっぱ黙っとけ!

「愛ちゃん、今日は髪まとめてるんですね。カワイイです」

 机を片してる時に、砂漠のオアシスこと梓ちゃんが褒めてくれる。ひゅう、癒されるぅ。

「へへ、あたしの友達と同じにしたんだ。髪留めも貰ったヤツだし」

 今日のあたしはポニテ。昔の晶ちゃんみたいに、トップで結んでサイドに流してる。この一年間、伸ばしてきたからできるのです。

「お友達とお揃いって、いいね。愛ちゃんいつも以上に、かわいい」

「いや、お嬢様、ホントのことといえど、照れますぜ。あ、あとね、コーキ君もポニテ好きみたい。梓ちゃんもやりなよ。きっと一発で落とせるよ」

「え、はい、やってみます。どうかな……愛ちゃんだからじゃ……」

 梓ちゃんなんかブツブツいってるけど、いっか。ナイスアドヴァイスあたし! 

「ふん、アズアズも軟派ね。男ウケ狙いで髪形変えるなんて」

「別にいいでしょ、個人の自由なんだし。梓ちゃん、ボクら重音楽部はいつでも部員募集中だから。高飛車女王が来年部長な女子軽音同好会より、気楽だよ?」

「はあ? あんたなんて来年三年のくせして、剣崎さんが部長らしいじゃない。この顔だけ駄犬が。もしくは鳩ね、ベース弾いてるときの首が鳩そっくりで、キモいのよ!」

「はあ!? キモいのはそっちの乳のデカさだって。巨乳じゃなくて奇乳のくせに!」

 ああ、また戦が始まる……せめて端っこの方でやっていただけませんかね、お二人さん。今日は卒業するお三方および顧問先生二人に手向けるダンデライオンとフリージアの共演ライブの予定ですので、仲良くしようよ。偶然にも担当パートのばらつきがそのままバンドの形になってたからできるのに。やっぱ、バンドマンってめんどくせ。

 個性があるだけで協調性皆無の先輩二人を見て、あたしは反面教師とする。あ、それと弦音さんの言ったこと、一つ訂正しなきゃ。


「弦音さん。あたし、親が離婚して母方姓の鈴木になったんですけどぉ?」

「あら……ごめんなさい。私ったら、うっかりしてた」

「気にしてないです。でも謝るんなら、名前で呼んでください」

「ふん、生意気な。じゃ『愛』って呼ぶわ。いいでしょ?」

「はい、それで。じゃあ、あたしも弦音さんのことを()()()()と」

「調子に乗るな、()()

 くっそ、トイトイのケチ。仲良くする気無いのかよ。ギターもダメ出しばっか、しやがって。おっし、ソウ君の援護射撃だ。あたしもなじってやろ。

「……弦音さん。ひいてはフリージアさん、入賞オメデトウゴザイマス。()()()()! でしたね。二位なんて、すごぅぃい~」

「ふん、あなたが寝てるのが悪いのよ。重音部の奴らだって三人でも出れたのにしり込みして、私たちに出場権譲ったんだから」

「ちがいます~、あたしがいない『ダンデライオン』なんて、綿毛が無くなったようなもんだからです~。みんなあたしにベタぼれだからです~。おかで、校内ライブ十一月はタンポポ単独で大盛況、十二月の対バンライブはあたしたちのが圧勝でした~」

「ムカつく……知らないわ、そんなこと! 十一月は私たちが大会だったからだし、十二月は拍手の差じゃない、僅差よ僅差。誤差の範疇」

「ちがいます~、確実にダンデライオンのほうに賞賛が集まってました~(当社比)」

「ぐうぅ、やっぱり投票制にすればよかった。重音部にいると性格捻くれるのかしらね。アズアズ、あんまり近寄らないようにしなさい。この平面胸女には!」

 弦音さんがそう言い放ち、あたしのおしりに電撃走る(ライドザライトニング)! なんぞと思ったら、弦音さんが持った竹刀による衝撃だった。なんであなたがそれを!?

「スイちゃん先生からお借りしといてよかったわ。名刀——〝肉切・折檻丸(エメラルドソード)〟を」

 痛てて……なんですかそれ(呼び方どっちだよ)また肉か。弦音さんの、飽くなき肉の探求心はどこからくるんでしょうね。さっきもコンビニの焼肉弁当と焼肉のおにぎりだし。見てるこっちが胸やけしちゃうよ。高速ギターの牛女貴公子(マルムスティーン)め。

 ピリピリしたムードのまま練習再開する。ライブ……グダグダになりそう。


 現在、午後一時也。

「愛、私のリードにつられすぎ」

「愛ちゃん、テンポ、テンポ! ちゃんとドラム聞いて!」

「姫、ベースの聞かせどこでアドリブはおやめください。ボクが死にます」

 この急造バンドには、ムチとムチとムチしかいない、アメは無いのか。あたし甘党なんです。しかたがないので、スマホに送られてきた鈴女ちゃん画像を見て癒される。ふう、名前の元ネタ(あたし)にて可愛いのう。きっと美人で悪女になるぞ。


 現在、午後二時也です。

「ほらほら梓ちゃん、あたしのポニテの隙間見てみ? ここハゲてるよ」

「ホントです。愛ちゃんの男性ホルモン、パねえね」

「へん、俗世間に染まりやがって、お嬢め。このやろ」

 アズアズに忍法ブラホック外しの術だ。カーディガンの上から外してやった。

「やだぁ、愛ちゃんの変態さん!」

「男性ホルモンが半端ないんでね。ギターやり始めたら、指先器用になっちゃってさ」

「何やってんのよ。あなたたち……」

 弦音さんにもやったら、そやあ! あれ、手ごたえナシ。

「私のブラホック前止めだし。お胸が控えめの愛さんと違って、おっきいんで」

 ムカつく。フェイントかけて、前からそりゃあ! 外してやったぜぇ? 大いなる乳がバインバインしてるぜぇ? そして折檻丸(エメラルドソード)があたしの尻に叩きこまれたぜぇ?

 ソウ君はあたしたちの一連のやり取りを見て、体を折り曲げていた。エロ犬め。


 現在、午後三時なりゃ。

「ねえ、鈴木さ——愛。さっきのソロ頭はペンタトニックですこしアドリブいれよ。ツインギターで聴かせどこよ」

 うん? 何のことやら。弦音さんの魔法の言葉に翻弄されるあたし。

「わかりました。ペンタとニックですね。おっけーです。インプロヴィゼーション(即興)でってことですね」

「なにが『オッケーです』なのよ。全然理解してないでしょ」

 ふんだ、どっかの有名なギタリストがそう言ってたんだい。

「姫、失礼をば。わたくしめが解説いたしますのでご安心を」

 うむ、くるしゅうないぞソウ君や。犬から猿に格上げしてしんぜよう。にしても梓ちゃんは毎日こんなおつきの人がいるのかな。うらやましいなぁ。一家に一台、ソウ君欲しいなあ。

「ほら愛、ヘラヘラしないの。まだ練習するわよ。ちょっとミスったくらいで手は止めなくていいから、最後までね。失敗してもフォローすればいいのよ」

「トイトイが優しい!? ねえ、愛ちゃん。弦音先輩って昔はもっと怖かったんだよ」

「こらアズアズ、余計なことは言わない」

 ふんだ、純潔同士でイチャイチャすんなし。絡みならイケメン同士のが見たいぜ。帰ったら和泉ちゃんのマンガ読もっと。


 現在午後四時なりぃ~。疲れたぁ~。

「愛ちゃん疲れたんですか? 体力ないね」

「本当ガッツないわね、重音部は鍛え方足りないのよ。愛、今度走り込み行くからついてきなさい。遅れたら竹刀がおしりに――ね?」

「弦音さんが高橋先生に見えてきました……そういえば最近どうですかね、顧問ズは? うまくいきましたか、作戦のほう」

「はぁ? なに!? 作戦って。ボクぜんぜん知らないんだけど!?」

「あら、年越しは二人でしたみたいよ。ラブラブすぎて、相手するこっちがキツイわね」

「もしも~し? 翠姉さんの話だよね~!?」

「先生……最近はお化粧、頑張ってらっしゃるみたいです。おキレイになりましたよね」

「恋は女を変えるよね~。うん、いいことだ」

「ねえ、姉さんの話だよね? マイシスター(ミドリ)の話だよね!? だれか教えてよ!」

 うるさいなあ、エロ猿が。折檻丸(エメソ)で黙らしてあげよっと。


 現在午後五時也。そろそろ開幕ですよっと。

 ぞろぞろと五人が集まって視聴覚室中央に。燈さん、松田先生、高橋先生(赤ジャージ!)、コーキ君、リュウ君。よし、ライブスタートです。

 はい、一曲目終わり。

「お前らぁ! 『ぼくの大好きな先生』は反則だろがぁ!」

 松田先生は号泣している。高橋先生は涙腺が消滅したごようすで翠の雨(エメラルド・レイン)が屋内に降る。これ、カバーですよ。

「あたしたち先生のこと、大好きですからね! 来年もヨロシクぅ!」

「愛ちゃん、来年度だよ()! まだ二月だからね?」

「おう、よろしくな。鈴木愛に、(おとうと)君」

「うっぷ……ボクやっぱ、女子軽音入る」

「断固拒否します。私、部長権限あるので」


 ソウ君のチョイス曲で高橋先生がまた泣き出した! 水分出尽くしてミイラになっちゃうぜ? ふつうのロックですけど……でも、ソウ君のボーカル、カッコよかった。さすがです。

「高橋先生、そんなに泣いちゃうくらい感動しましたか。恐縮です」

「調子に乗んなよ、ケン――じゃなくて、鈴木愛。蒼……今の、子供のころよく一緒に歌ったよな。お父さんとも。アタシの高校時代もカバーしたし、懐かしいな」

「覚えてくれてたんだ。ボクこの歌のおかげで、音楽やってみたいと思ったんだ。でもまさか、翠姉さんが泣くとはね……バンドやっててよかった」

「アタシ、お父さんに会いたくなっちゃった」

「会いに来ればいいじゃん、ボク待ってるのに」

「だってお父さんが浮気したから……アタシ、お母さんについていったんだもん。お母さん日本好きだから、ドイツいかないでくれたし」

「父さん、けっこう反省してるよ。『二人に会いたい』ってよく言ってる」

「アタシがお父さんの浮気してるとこ見つけて……お母さんに言っちゃったから……アタシのせいで、家族みんなが、バラバラに」

「悪いのは父さんでしょ。姉さんは気にしないの」

 そう言って、ソウ君は高橋先生の頭をなでる。松田先生も背中をさする。なんか、性格丸くなって、かわいくなったな高橋先生(お腹もまた丸くなってきてるけど)。あ、弦音さんの目が潤んでる。ちぇ、美人は泣き顔でもお綺麗です。


 お次はコーキ君に向けて、あの夏休みにケンカした原因の『中絶』について歌ったパンクのカバーだ(エビバデ・アォボォゥーショーン!)。うん、これぞ『性別拳銃』ってカンジ。

「おい、アイコ。うめえな、ナイスカバーだ」

「えへへ、ありがと」

「やっぱ、経験者が歌うと一味ちげえよ。歌詞に深みがハンパねえ」

「えっ、愛ったらそうなの!? 私より人生経験豊富ね」

「なぜ、この歌なのかと思いましたけど……愛ちゃん、おつらい過去がありましたのね」

「ちがう、ちがう! いやそうなんだけど、ちがうの。誤解。コーキ君どうせ歌詞の意味なんか知らないくせに、テキトーなこと言わないでよ!」

「すずきぃ~? 不純異性交遊はいかんなぁ。反省文十枚コースな」


 はい、ここでサプライズ演出。なんと担当楽器の交換です。

 弦音さんがボーカル。梓ちゃんがベース。ソウ君がギター。あたしこと鈴木愛がドラム、でございます。そして、燈さんに向けてのアニソンじゃい! テンションMAXですぞ。合いの手カモ~ン。はいはいはい! ドラムダコが痛いぜ。

「あはは。トイトイちょう歌下手っ! 愛してるぅ~ぅうぎゃ!?」

 弦音さんのピック手裏剣が燈さんのおでこに刺さった。どこに隠し持ってたんでしょうね(胸か、でっかい谷間にか)。んで、弦音さんのご乱心のせいで演奏中だというにヤジが飛び始める。聞いてよぉ、あたしたちの歌ぁ!!

「ケンちゃんのドラム、ヘタクソだな~。すこしくらいシンコペーション意識しろい。イノシシ女~、直情型~」

「少しは俺のありがたみが分かったか、アイコ」

「鈴木愛、明日からアタシとドラム三昧な。女子軽音部同好会は、いつでも入部可だぞ」

 なぜか、あたしのドラムばっかり罵倒の集中砲火を受ける。いやいや、ソウ君はギター経験者だし。梓ちゃんは思ったよりベースうまいし……トイトイのオンチにもヤジ飛ばせや。ピック手裏剣にビビってんじゃねーし。あと、あたしもう『ケンちゃん』じゃねーから!


 リュウ君に手向けるのは『チューリップなうた』です。楽器の交換をしたまま演奏する。はい、みなさんごいっしょに~? 

 さくよ~、さくよ~、(聞こえないな~)。

 チューリップの~か~べ~ん~(もっと大きな声じゃないと~)。

 あ~か~、し~ろ~、い~え~ろ~(あ、唄いませんかそうですか)。

 ライブの空気が急転直下してお通夜になったけど、リュウ君だけ、いい声で歌ってくれてた。あたしもドラムセットのマイクで歌うぜ。『カエルのうた』もいっちゃう?


 おっし、担当楽器を戻して、次はみなさんお待ちかね『ぼくたちの詩』です。リュウ君のピアノパートは、弦音さんギターで超ハードロック仕様でアレンジ。

 ああ~、我らながらいい曲だ。特に歌詞がいいね(手前みそ)。さらに梓ちゃんのコーラスも加わって色気要素たっぷりでございます。あっ、ソウ君の首が()()()()()()しとる。文化祭の時より集中してないな。あとで〝折檻丸〟のフルコース!


 同じ曲でも、解釈――奏者によって全然変わるんだね。それが万華鏡みたい。音のプリズム。心の共鳴だ。いまでも思い出せるよ、部活の日々を。

 さらに、あたしたちは五人へ向けていろんなカバーを演奏する。遠い昔に、遠い国の誰かが作った歌が、あたしたちの演奏で誰かに届く。それがとても素晴らしいことに思えるんだ。

 故郷を思って、その道を思い返す曲も。

 地球を宇宙の孤児に見立てた、勇ましい曲も。

 人を殺して人生を捨てそうになりながら、立ち上がる曲も。

 友のために懸け橋になると、寄り添う歌う曲も。

 路上で体を売る女の人の曲も。

 ただ、愛をうたった曲も。

 それら全部が宝石だった。みんな、みんな、きらめいて。はじけて、飛んでく光のつぶ。

 終わらないで、どの歌も。続いて、続けて、奏で続ける。きっと、きっと心に残る。あたしに、みんなに、誰かが作ったその歌が、いつでもそばにあるんだ。



 ある意味、文化祭より緊張したライブは終了。重々しい拍手と喝采とヤジと笑いが部屋に旋回してる。楽しかった。またやりたいかも。

 でも「このメンバーで来年大会行きませんか?」なんて言えないかな。ぜったい空中分解することうけあいですね。

 さ、これからバレンタインならではの催し、チョコタイムだ。各々、好き勝手しちゃいなさい。

 手始めに弦音から燈さんにチョコが手渡される。え、初っ端からガールズラブですか。大本命?

「トイトイ、これ惚れ薬とか入ってるでしょ」

「なら春斗に食わせる」と言って、燈さんのワイシャツの中にチョコをねじ込もうとする弦音さん。二人で何やってんだか。仲良しさんだね。

 梓ちゃんがコーキ君にチョコを……渡せてない。こっちも何やってんのさ~。女は根性だよ。アズアズ、ファイトゥ! もじもじしてんじゃねーよ、恋する乙女が。和泉ちゃんみたいにグイグイ行きなさい、肉食獣のごとく。

 お、弦音さんとリュウが仲良く話してる、聞き耳立ててみよっと。内容は……子供のころの虐待自慢!? 「子供のカラダで大人の楽器はないよね」だと。ほうほう、なんちゅうこと話してるんだか。ていうか弦音さん、リュウ君のこと竜也さんって呼ぶんだ……どういうことかな。あ、そういうことか。うん、知ってたよ。別にね。

 弦音さんからリュウ君にチョコが贈呈される。うわ、めっちゃにやけてるし。……あたしのチョコ、入り込む余地なしですかね。いいや、いいや。もう、いいや。リュウ君はそれで足りるだろうし。家に帰って、一人でこのチョコ食べよ。あたしの手作り激甘チョコ……おいしいのにな……ライブの勢いであげちゃえばよかった。別に義理なんだし。なにを遠慮してんだか。あたしは自意識過剰の大バカだ。

 梓ちゃんもリュウ君にチョコあげてた(コーキ君はどうした?)。またにやけんなしカエル男め。


「おいアイコ、オレには無しか」

「だってコーキ君、甘いものキライじゃん。金平まんじゅうも食べないし」

「あんなもん食えるか! けっ、クソが」

 お、コーキ君ってば、落ち込んでんな。よっしゃ、カバンからアレを取り出して、

「じゃん! あたしからコーキ君へのプレゼントのマフラーです。どう? 大人っぽいでしょ。ライトグレーのシックな感じで、黒髪に合うと思ったの」

「おう、あ、ありがとよ」

「なに? 嬉しくなっちゃった? ほら巻いてみてよ」

 するとコーキ君は受け取ったまま動こうとしないから、あたしはマフラーを巻いてあげた。向こうは背が高くて手が届かないから、飛び掛かるみたいになって、少し胸が触れ合った(あたし、全然ないのに)。

 うん? コーキ君なんで黙ってるの? なんか変な空気。もっとヤンキーっぽいトライバル柄のがよかったか。それかウケ狙いで唐草模様とか。

「サイズぴったりじゃん。よかった~」

「おい、マフラーって、サイズとかねえだろ」

「ないよ、マフラーだもん。ただのボケです」

「おう。フリーセックスだな……あ、ちげえ。セックスレスか」

「…………ユニセックスだよ、アホ社会人。それはボケじゃなくてセクハラです」

 恥ずかしいなあ、女子に言わせるなよ。

「すまねえ、ついガンボーが出てよ。そのポニテも俺のためか」

「うん、そだよ! かわいいっしょ? 昔の晶ちゃんと同じにしてみた」

「いいな、今夜、お……アイコの家に――」


「ダメですっ! ね、スイちゃん先生?」


「いきなり大声だなアズアズ。そうだな。不純異性交遊はダメだぞ、鈴木愛」

 そういう高橋先生は松田先生とラブラブっぷりを発揮して、腕組んでますけど。あなた説得力ないですから。

「そうだよ、うちの部は恋愛禁止だからね。だよね、部長?」

「息ピッタリだな、ソウちゃんとミドちゃんは。そうだな……うん、重音部は恋愛禁止だぞ、ケンちゃん」

 はいはい、さっき弦音さんにチョコもらってデレデレしてたリュウ君が言っても説得力なしです。おし、勢いでチョコ渡そ。はい、どうぞカエルさん。あたしはハートシェイプなボックスに包まれたチョコを、彼に押し付ける。

「え、オレにもくれるのか。ありがとうケンちゃん……」

「恋愛禁止だからね。義理だからね。激アマだからね。美味しくなかったら捨てていいよ!」

「食べるよ、なに怒ってんだか」

 戸惑うカエル男の制服ジャケットの胸にはエンブレムがついてなかった。なんだ、あのクソダサ桜ワッペン無いじゃん。いつもつけてたくせに。あれか、ホレた女の前ではいいかっこしたいってか。


 気が付いたらチョコタイム終了の流れになってて、コーキ君が電話をしてる。これからみんなで食事会か。楽しみだな。

 あれれ、けっきょく梓ちゃんはチョコ渡せてないでやんの。あんなに「死んでも渡す」って息巻いてたのに。ヘッタレ~。あたしはセーフ、ノルマ達成!

「あれっ、ボクの分のチョコは!?」

 (ソウ君)にチョコはダメでしょ、死んじゃうもん。さ、移動しよ。

 ねえ、コーキ君はいつまでマフラーしてんの? 寒いの?


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