ガール・アンダー・ザ・ムーン②
二人が出っていって、しばらくしてから病室の引き戸が開け放たれ「ドン」と部屋中に衝撃が。ぶしつけな方ですねぇ、病人に対して。きっとチンピラだ。なんて考えてたら、仮面舞踏会で使うようなハイソなマスクをつけた、髪の毛が黒ミドルのセーラー服(超ミニ)の女が乗り込んできて、摩訶不思議なダンスを踊り始めた(精神、吸われそう)……なんだコイツ。ハロウィンにはまだ早いよ、今月末だからね。あれ? そのセーラー服見たことあるぞ。それって、
「へいっ」と、いう雄たけびとともにマスクをはぎ取り、その女の顔が――
「ひえっ、晶ちゃん!? 成仏してえぇ!」
「誰が死んどるかぁ! 足あるだろぃ!」
「なっ、ナンマンダブ、ナンマンダブ、ナンマンダム(?)、ナンマンダム(!)……」
あたしはベッドにうずくまり、エセ念仏を繰り返す。けえれ、霊界にけえってくれぇ。頼むからぁ。ハロウィンはそういうイベントではないのです。楽しい仮装パーチーなのです。ナンパ野郎が露出全開の頭パー子を誘うお祭りなのです。晶ちゃんみたいな頭プリン女をぉ!?
「おひさ~。……オイ、いつまで震えてんのさ。あいかわらずノリのワルい女。だからカズにフラれたんだよぉ。ナンマンダムって、ロボットアニメみたいじゃね? 仏道戦士ってか。ウケる」
「う、ウケる……?」
「うん、ウケる」
あたしは懐かしさを覚え顔上げる……と、血まみれなフェイス。ひゃあ、やっぱ幽霊だ。エセ念仏再開! 出ろ~、仏教戦士~。「ナンマンダム、マンダム、バンダム……」
「なんて言うんだっけそれ……あ、ニバンゼンジぃだ。同じギャグ二回目とか、ウケね。メイク落とせばいいんでしょぉ。あんだよ、あのカエル男~、これさえやっときゃ掴みカンペキとか言ってさ、逆効果じゃね~?」
ブツブツ言いながら、そのお化けは血の涙をぬぐった。ああ、偽物じゃない、お化けでもない、本物の晶ちゃんだ。でねえ……声が喉から出ずに胃袋に飲まれて溶けていく。
これってどういうことですか。夢だ、きっとあたし、ずっと夢を……そうだよ、高校入って、あたしがバンドやって、モテるなんて、ドリームっす。和泉ちゃんのマンガよりありえねぇっす(あれ、和泉ちゃんは空想オア現実?)。
「サプライズ成功だぜぇ、ざ・ふぅ~! ちゃんと死亡確認しなよぉ。生け垣さんがあたしぃを守ってくれたんだぜぇ。風が吹いて、壁に叩きつけられて、肌ズタズタになって、ビーズはバラバラになったけどぉ、あたしぃ……生きてるしぃ! 昔から思い込み激しいなぁ。ケ・ン・ザ・キ・さ・ん・は♡」
ケバ子の復讐、逆襲、強襲、しゅう、しゅ、死……。
よっしゃ、毛布に潜って現実逃避しよっと。中三の後半もこれで過ごしたし。うん、ぬくいぬくい。
「ひきこもるなぁ~、高校生にもなって、だっさぁ。あたしぃの好きなアイコなんてもういないね。死んだんだねぇ、カレシも作れないで。チーン、がっしょ~う」
毛布に遮断されて晶ちゃんの声が聞こえにくい。けど腹は立つぜ、減ってもいるけど。
「あたし死んでないし。カレシ三人いるし。死んだのは晶子さんだし」
「お、死人がしゃべった。あたしぃ最近、海ドラにハマってんだ、ゾンビのやつ。面白いよ。もうシーズン四まで見ちった。忙しくて、あんま外出れないしぃ」
「暇な主婦みたい。働くか、学校いけば?」
「お話聞いてたぁ? あたしぃね、忙しいの。学校もムリだし」
「おバカさんが行ける高校なんてないから、でしょ」
「はあぁ~!? お金持ちさんはいいよねぇ、高校生で一人暮らしとかさぁ」
「あたしだっていろいろあったの! だいたい晶ちゃんがさ、カズヒロ君とデキるからいけないんだよ。二つの意味でデキやがって、大バカ女。馬のしっぽみたいな金髪してさ、頭丸ごと馬のおしりだったんだね」
「なにジェラってんだよヒス女。毛布ごしで聞こえませんけどぉ? キチンと顔見て話せモジャ子が。あんたがボウソーして、カズにフラれただけのくせに。いいじゃん、高校でセーシュンしてんだから。あんないいセンパイがいてさぁ……ズルすぎぃ」
「うらやましいだろ、みんなあげないからね!」
「カズがいれば他の男なんていらないからぁ! 王子とデカいヤンキーとカエル男なんかじゃ、勝てないっしょ。いい~男だからねぇ、カズは。むこうの高校出たら帰ってくるし。いっしょに暮らすんだぁ。うらやましいか? だしょ!?」
「うん。大海原で航海するあたしを荒波が嫉妬の嵐を後悔の――」
「くどいし、ニホンゴおかしくね? ぜんぜん伝わんねぇし」
「晶子さんには高尚すぎましたか。あ、高尚がわからないか」
「ムカつくぅ。そっくりじゃね~? どんだけ影響されてんだか、あのブツブツうるさいカエル星人に。『いざわたつやさん』だっけ?」
「あんな成人童貞カエル星人とあたしをいっしょにすんなし。あ、その口ぶりだとさっきの登場もリュウ君の発案でしょ。クッソださいよ、見た目と同じでセンスゼロ男だね」
「おいおい、大事なセンパイじゃないのかよぉ……。ね、あの人さ『ケロたん』に似てね? ウケるぅ! ウケね?」
「似てない『ケロたん』はもっとカワイイもん。毎日見てるから、あたし知ってるもん」
「アンタ……あのミラーまだ、あっ」
晶ちゃんの声が途切れて「ぼてっ」と音がし、無音に。いいよ、そのままクワイエットしてよ。でも、それに反抗するようにあたしの腹が鳴る(マザファッ○!)。
「お腹すいたのかなぁ?」
「別に」
「あんたの好きなアレがあるよぉ? いま落としちゃったけどぉ」
ちらっと、顔出すとそこにはマイ地元名物、金平まんじゅうが! あたし大好き。
「食べます」
「おらぁ! 食えやぁ!」
絶叫して、晶ちゃんはあたしの口にまんじゅうを突っ込んできた。おいおい、コレ落としたヤツだろ(拭いた?)。それにメイク落とした後の手(拭いた?)。まんじゅうを頬張り、中のこんぺいとうをガリガリ砕き、ジト目で彼女をにらむ。うん、うまし。
「へん、ちゃんと『拭いて』って言いたそうだね、ケッペキさんは。はあ~、でも確かにあたしぃ、サホーがなってないかも。こないだカズに箸の使い方ヘンて言われちったし。アンタもそう思ってたんでしょ? ちゃんと教えてよぉ」
「そう、アナタは昔から全体的にガサツでした。雑でざっくりすぎです」
「ストレートに言いすぎだろぃ!」
「今後は気をつけてね……。ん、金平まんじゅう、おいしい。あたし病院食、飽きてたの」
「そんなのオイシイなんて、ア――ケンザキさんだけだよぉ。ソレ甘すぎだしぃ。ウケる」
「ねえ、あたしノドかわいた」
「ちょーしのんなしぃ……わかった、甘えんぼだねぇ。特別サービスだよ、ホレ飲みな」
そう言って晶ちゃんはセーラー服をたくし上げてブラを見せてきた。え、何それ。怖い。あたしそっちのケはないです。
「小さすぎて飲めませんけど。『ケロたんを探せ!』より難しいですけど」
「アンタ、そろそろ絞められたいのかなぁ? そっちもおんなじサイズでしょ」
元ヤン女が身構えたら、外から「おぎゃあ」と、何かが吠えた? え、この棟に小児棟はないはず。すると、この白い病室に、白い塊を持ったコーキ君とおつきの元・王子(現・犬)が。
「うおお、マジに怖えな。首がガクガクしてんぞ。ソウも持てよ、使えねえな」
「やだ、責任取れないもん。お金もらえても断る。晶子ちゃん、邪魔してごめんね。この子グズっちゃった。泣き止まない……」
「あはは、手荒く扱ってもらって大丈夫です。もう十か月になりますから。それに、あたしぃのお腹にいるとき、この子、二十メートル飛んでるし」
「お、おう……笑えねぇ」「はは……母は強し、かな?」
二人はひきつった顔のまま、病室を出てった。晶ちゃんは受け取ったモノを柔らかく揺らして、何かを求めるその声は静かに止まった。
ここに居るのは、あたしと、晶ちゃんと、
「はいクイズゥ! この子の名前は?」
「……太郎」
「違う、女の子です」
「次郎」
「話聞かないね、あんた」
「花」
「あ、それも可愛かったかも。でも、もっと素敵な子の名前からとったやつです。ヒントはあたしが憧れた女の子から」
「…………愛」
「恥を知ってほしいなぁ。一回飛んでみ? 団地の屋上から」
「う………………アイコ」
「一番無いでしょ。かぁいい我が子を堕ろさせようとしたサイテー女の名前なんか使うかよぉ!?」
「じゃあ、なんて名前なの?」
「なんだ、あんたってけっこうバカなんだね。カンタンなのにさ。正解は『鈴女』だよ」
「なん、で……あ」
「ん、あんたの旧姓。鈴木愛からとったの。あたしぃの大好きだった、お姫様からね。暗い顔した剣崎愛さんなんて、お呼びじゃないしぃ」
晶ちゃんはあたしに笑いかける。ちょっと太ったそのアゴが、まんまるお月様だ。髪の毛が金から黒になったって、髪形がロングパーマからミドルに変わったって、お子ちゃまからお母さんになったって、晶ちゃんの凛とした笑顔はそこにあった。永遠不滅の彼女の姿。なんだ、あたしはそれから目をそらしてたんだ。
新月から満月へ、見え方が違うだけで、太陽の光が当たらなくても月はあり続けるんだ。ずっとそばに。
キレイだ、ただキレイなんだ。
「あたしたち、また友達になれますか?」
「なにそれぇ、またってさ」
「だって、あたし、晶ちゃんを……」
「ずっと友達——ずっ友なんだから、なるっておかしくね?」
「はい、ありがとう。ごめんなさい」
「こっちこそ、連絡しなくてごめんね、アイコ……ね、覚えてるぅ? 公園の子猫」
「忘れるわけ、ないじゃん」
「だよねぇ、カズもあたしぃもアレでアイコに『キュン』させられたんだしぃ。あん時さ、あんた『親猫に嫌われてもいい』って言ったじゃん。ありゃ?『恨んでくれてもいい』だっけ? ま、いいや。で、あたしぃが鈴女がデキたって電話した時も、そうだったんだよね……だしょ? やっぱ優しいね、アイコは。ありがとう。ごめん」
「違うし、猫は野次馬にムカついただけだし、晶ちゃんへの電話は嫉妬からだし。けっきょく晶ちゃん飛んでるし」
「うん。あいきゃんふらいしちった。鳥になりたくてさ……あたしぃ、サイテーだよ」
「その年で子供産むなんて、根性の塊だよ。あたしのお母さんと一緒で」
「へん、ゼンブ投げ出しただけだしぃ、アイコのが根性あんじゃね? いや図太いだけかぁ」
「ふんだ」
「あ、出た『ふんだ』、おひさじゃん」
アイメイクの溶け込んだ月の雫が赤ちゃんに降り注ぎ、ご機嫌を損ねたみたいで、泣きだした。やかましいその声は……小月の歌だ。
この子は名前の元ネタ女と同じく、騒がしい、いい女になりますな。
「あ、なんかクサい、鈴女もらしたなぁ。替えのオムツ、瀬名さんの車に――」
「大丈夫。それには及びません」
「え、どゆこと?」
「あのね…………漏らしたの、あたし。ダダもれでございます」
「えっ……うわっ、ガチじゃん。きったなぁ!! 鈴女よりタチ悪ぃし、アイコって高校生だよねぇ?」
いやあ、いろんな穴が開いちゃって、体液という心の汗が止まんなくってね。よし助け呼ぼ。あたしは指パッチンした。
「失礼します、プリンセス。お呼びでしょうか? 尿瓶の準備出来てます」
「尿瓶よりもシーツの替えが欲しい。お願いね、プリンス」
「なんなの、あんたたち。これがバンドマン? あたしの旦那、フツーでよかったぁ~」
晶ちゃん、バンドであるには、しつけが大事なんだよ。下の世話くらいは当然です。だってあたし『ダンデライオン』のボーカル兼リズムギター兼リーダーだからね。
鈴女ちゃんはソウ君を見て、泣き顔から笑顔に秒で切り替えてた。むう、将来有望な女の子ですな、彼女は。
それからも、いろんな人がステキなお土産をもって、お見舞いに来てくれた。
和泉ちゃんは、自作のマンガを(内容はとても口に出せない。頭から血が出そうになったとだけ)。それにクラスの色紙も(くだらないと思ってたけど、こうしてみるとありがたいな)
燈さんは、アニメのDVDボックスを(こんなん見るか! ボックスの最終巻だけディスク入ってなくて『バカ姉貴』と書かれた紙だけ入ってた。ふ~ん、弟さんか……仲いい姉弟だね)。
梓ちゃんは、部屋いっぱいの花を(花屋でバイトを始めたらしく、給料前借して送ってくれたらしい。うれしいけど、お金は大事に)。
弦音さんは、ピックを(関東予選の録画DVDもくれたけど、くやしいから見てない)。
ヨネさんはこっそりと、おにぎりと手紙を(梅がうめぇ! 手紙は誰にも見せない二人の秘密だ。来月から民生委員の人に連れられて、老人ホームに入るらしい。寂しくなるね)。
カズヒロ君は……よく焼けた肌に笑顔を(ああ~、やっぱカッコいい! お互いに謝り合いました。許してくれて、ありがとう。奥さん大事にしてあげてね)。
義父はズタズタの顔を(ひっかき傷ばっかり、よっぽど凶暴な猫にでもやられたか。でも、一番目立つのは頬の大きなアザだ)。
お母さんはぐしゃぐしゃの顔を(いままでごめんなさい、二人でずっと話した。おばあちゃんのこと、あたしの本当の父親のこと。その男はあたしのことを『堕ろせ』と、お母さんに迫ったらしい。それに反発して無理やりあたしを産んで……でも、産んだら、産んだで、子供キライなもんで困ったって……それはこっちのセリフだよ。まったく、勝手な人だ。ホントに自分勝手だ。それでも、あたしのお母さんだ。それはずっと変わらないよ)。
でも最後まで、あの人は来てくれなかった(怒ってるのかな? そうだよね。部活……台無しにしちゃったもんね、あたし)。
退院日になって、コーキ君の車でアパートまで送られることになった。久しぶりの瀬名カーで、あたしはテンションアゲアゲです。カッコいいじゃん、車のエンブレム(赤十字と火を吐いてる蛇?)も、イカスぜオーケイ。うちの高校のダサいエムブレムもこれと同じにすればいいのに。
あっ,コーキ君がバックミラーの角度を調整する動作がドラムシンバルの残響を押さえる動きに似てて、ちょっとキュン。
いま乗ってるこの白い『えす・ゆー・ぶい』で、誰もいなそうな海にでも行きたいな。なんて、すっかり消音仕様になった車にゆすられながら、あたし考える。
「おう。楽しそうだな、アイコ」
運転席のコーキ君が、助手席のあたしにほほえむ。カッコいいな。
「うん、あったりまえです。あたしぃのテンション、アゲアゲぇ!」
「おお。そりゃ、なによりだ……じゃあこのままドライブでも行くか?」
「いいね行っちゃお。このまま、ハイウェイスターになってバーンしちゃお」
「おう。じゃ、帰りはお前の家――」
「はい、コーキのバカ~。二人称が『お前』だからなしだよ、なし。ね、愛ちゃん? 浮気はダメだからね」
後ろから嫉妬の神、ソウ君登場。うん、イケメン。
「うるさいなあ、犬のくせに。愛ちゃんじゃなくてプリンセスとお呼び」
「キャンキャンやかましいな。その辺に捨ててくか。いや、保健所か」
「ふん、なんだよ二人とも。ねえ、愛ちゃ――プリンセス……お母さん平気だった?」
「ソウ君のせいで離婚するってさ」
「うわあ、ごめんなさい。ボクは愛ちゃんの犬です」
「あはは、気にしなくても大丈夫だよ。お母さんが『訴えない代わりにお金ガンガンもらう』って。あたしが大げさにしないでってお願いしたの。昔のことはコーキ君とソウ君がしてくれたので、もう十分満足です」
「けっ……おい犬。あとで車の掃除しとけよ、ピカピカにな」
「ボクはコーキの犬じゃないし。そもそものきっかけは、コーキがアイツ殴ったせいだからね。そこんとこ間違えないでね、プリンセス!」
そういうとソウ君は、運転席の後ろからコーキ君の高い鼻先端を、ベースの弦をスラップするみたいに指でつまんで弾いた。
「ってぇな、コラァ! まだ、痛えんだぞ!」
「知らないよ、ほらちゃんと前見て運転して。アクセルとブレーキはキックペダルじゃないから間違えないでね」
なんだか久しぶりの部活ノリで、この車が小っちゃいライブハウスみたいだ。あ、でも肝心の人がいない。大事なバンドの花形さんが。見た目残念な我らがリーダーが。
「リュウ君、一回もお見舞い来てくれなかったな」
「冷たいよね~『オレが見に行ったって、ケンちゃんが治るわけじゃないし。この世には神なんぞいねえ。ゴッド・イズ・デッド。オンリーロック・イズ・ノット・デッド』とか言ってさ。でも晶子ちゃん探してきてくれたのリュウなんだよね。どうしてわかったのかな?」
「あのカエル野郎、『普段からアンテナ張ってりゃ、ケンちゃんのことなんかすぐわかるケロ』とかほざいてたな。何様だ、ったく。さんざん足代わりに俺の車使いやがって」
え、そうだったんだ。あたし知らなかったよ。ありがとう、リュウ君。
「あはは、コーキのリュウマネ、けっこう似てる。もっかいやって、もう一回!」
そう言ってほほえむソウ君の横顔も高橋先生にそっくり(アホ犬っぽい)です。
『松田先生と高橋先生をくっつける大作戦 ~熱き血潮に触れてみて~』を、あたしとフリージアさんたちで秘密裏に進行させてるとは、知る由もない犬王子。のんきなもんですね。
ある日いきなり、義理兄がまっちゅんに! ウケる~、マジ、笑えな~い。ア~・ユ~・シリア~ス?
あっ、フリージアさんといえば……弦音さんとリュウ君、どうなるんだろ。先生同士だけじゃなく、生徒の恋も同時進行ってか。
「ねえ、何考えてるのプリンセス?」
「うん? 少子高齢化に対する可及的速やかな緊急対策について」
「おい意味がわかんねえぞ。俺はバカなんだから、もっとわかりやすく言え」
「えっとさ、弦音さんって、リュウ君のこと好きなのかな?(その逆は確実だけど)」
「うげえっ、ないない」「ぜってえ、ねえな」
バンド仲間にセットで否定された、哀れなるカエル男。あたしはそれ聞いて一安心(!?)だ。
「なに? 姫はカエルをご所望でございますか、そーですか。いっとくけど、魔法が解けてもリュウはカエルだよ」
「なにそれ、怒んないでよソウ君。あたしバカだから、意味わかんねえぞっ」
「俺のマネすんじゃねえ! しかたねえ、アイコの全快祝いでカエルの家でも行くか。アイツんち、俺んちよりデケエからな。アイツが一番ボンボンなんだぞ」
え、どういうことですか。なになに、リュウ君ってば晶ちゃんのこと見つけた後は、花ちゃんのいるお寺で毎日水垢離してたって!? そんで、高熱がでて寝込んでると。恥ずかしいからケンちゃんには知らせるなと。ははあ~、自分が一番、神頼みしてるじゃんか、アホガエルめ。
「昨日やっと熱が四十度下回った、って連絡来たよ。ボク返事してないけど」
「アイツが一番、うちの部でバカだな。卒業日数足りんのか」
ああ~、恥ずかしい我らが部長。でも、あたしのため(?)なら、なんも言わないよ。
「ねえ、お見舞いに梓ちゃんのバイト先で花でも買っていこうよ。チューリップかフリージアがいいかな?」
「梓ちゃんか……ボクも会いたいな。よし、菊の花を買おう。お代はコーキ持ちね」
「ふざけんなよ、ソウ。割り勘にきまってんだろ。けっ、カエルは菓子とかのが喜ぶんじゃねえか?」
「あ、そうかもしんない。じゃあ和菓子にしよっか、金平まんじゅうあるかな?」
金平まんじゅうを知らない二人に説明すると、「ゲエ」とも「ゲロ」とも「ゲコ」とも言えない生返事。失礼な! おいしいんだよ? 金平糖とあんこの極甘ハーモニー。
途中で寄った和菓子屋さんの駐車場でキンモクセイの香りがして、めぐる季節を教えてくれた。それは遅れてきた秋の衣替え。
あたしは思いっきり秋を吸い込み、むせてせき込み、空を見上げた。
雲がワタリドリを描いて、遠く、高く、羽ばたいていた。




