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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#21 ストロベリーステートメント・ネバーアゲイン
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ストロベリーステートメント・ネバーアゲイン②

 あたしとリュウ君は花ちゃんの眠ってるお寺の最寄り駅に到着した。そこの駅壁面は時代劇でよく出てくるような土蔵のイミテーションだ。古式然とした、その外観は駅前ロータリーにふんぞり返って偉そうにも見える。駅の雰囲気は町全体まで覆うようで、静かに歴史の重みを主張している……のかもしれない。

 有所正しき場所柄らしく、駅から続く道はしっかり舗装されてて、お寺への道中に色んなお店があった。店頭には艶やかな千羽鶴なんかが吊るされていて、今ですらちょっとした旅愁に浸れる。ちょっとお土産でも……いやいや、遅くなっちゃうから急がないとね。

 なのにリュウ君、「腹へった」とかゴネる。で、お墓に行く前に商店街通りの純喫茶感漂うお店に二人で突入する羽目に。めんどくせ。


「うっぷ、食べ過ぎたぜ」

「そりゃ、あんだけ食べればね。も~、遅くなっちゃうじゃん」

 リュウ君はメニューにあるものを片っ端から注文して、それらはテーブルに置ききれないほどだった(見てるだけでお腹いっぱい)。でもリュウ君の食べ方、キレイだったな。きっと鬼のピアノママはテーブルマナーも厳しかったんでしょうね。

「ケンちゃんはコーヒー一杯だったな、クリープ入れすぎで気持ち悪かったけど」

「だって思いのほか、苦かったんだもん」

「カッコつけて『あたしはアメリカン……いやエスプレッソで』とか頼むからでしょが! オレがおごるって言ったのに、食いモンも頼まないし」

「いいよ。お饅頭はごちそうになったし」

「アレ、うまいの? ぜったいマズイだろ」

 リュウ君の言う『アレ』はあたしの地元のお菓子で、おばあちゃんがよく買ってきてくれたヤツ。お饅頭の中にこんぺいとうを混ぜ込んだ激甘の超名産品だ。地元ですら取り扱ってるお店見たことないけど、なぜかあそこのお店にあった。

「美味しいんですぅ~、アレは! 少なくとも、あたしとおばあちゃんは大好きだったし」

「おげ、味覚を疑うよ……ケンちゃん。アレだけじゃ、夜に腹減るだろ」

 ホントはお腹すいてるけど、昨日食べ過ぎたので、これでいいのだ。乙女心がわかってませんな、このカエルは。

「あたし少食だからね」

「そうなの? ケンちゃん食う方だろ? 昨日の文化祭でもさ」

「いいから早く行くよ。お花も買っていくからね」

 デリカシーのないリュウ君を強引に花屋さんに引っ張っていき、お供え用の黄色のチューリップ(花ちゃんが好きだったらしい)を買わせた。彼はそれを三本指で握り、歩く。


 駅前の様々な店が乱立している地帯を抜けると風景が徐々に変化して、古都の街並みを表し始めた。ほほう、けっこうな高級住宅もちらほら見受けられます。土地も高いんでしょうね。敷石まで、しっかり敷いちゃってさ。

 落陽が家々の窓に反射して、あたしの目に突き刺さってくる。でも、まっちゅん(松田先生)よりはまぶしくないぜ。金持ちどもめ、クールなあたしをナメんなよ。

 あたしたちがついたお寺は、木々に囲まれ荘厳な趣をしていて、時代を感じさせる作りをしてた。こういうとこの檀家って、お金かかりそう。リュウ君の家もお金持ちなのかな、お母さん世界的なピアニストっていってたし。

 境内を通り過ぎて、都会のビルのように墓石が規則正しく並んでいるエリアに到達。端っこから一つずつ、刻まれた家の名前を調べてく。


「けっ、墓参りなんかしょうもない。お供えの花もどうせ腐るんだし」

「バカだね、お墓があるだけいいじゃん。あたしのおばあちゃんなんて共同墓地だから、個人的なお墓なんて無いんだよ」

「それでいんだよ、オレが死んでも墓なんかにはいりたくねえし。この世には神も仏も――」

 相も変わらずゲコゲコうるさいカエル男だ。誰もいないけど静かにしてよ。こんなとこでリュウ君の演説なんか聞きたくないんですけどぉ~。

 げんなりしていると、遠目でも立派に見える墓石のとこに色とりどりなモノが添えられてるのが視界に入った。近づいてみると……やっぱり。ダラダラ歩くリュウ君を手招きする。

「ほら、これでしょ。『伊沢家』って書いてあるし」

「これか。石なんかに金かけやがって。いけ好かね」


 お墓の前には、たくさんのチューリップがお供えしてあった。夕日が傾いてお墓の影に隠れても、圧倒的な存在感。死者を弔う、花の束――


「これって、リュウ君のご両親が花ちゃん(いもうとさん)に、ってことかな?」

「……へっ」

 リュウ君は先ほど買った一凛のチューリップを、その中に突き刺した。そして、しゃがみ込んだまま合掌。あたしもそれにならう。

 きっとリュウ君のお母さん、苦しんだんだよ。だって自分の子供が死んじゃったんだから。でも、リュウ君の気持ちと将来を案じて、妹さんの葬儀の中、一生懸命鼓舞したんだ「コンクール頑張れ」って。自分の悲しみを悟られないよう、嫌われ者になろうとも。

「バカだったかも、オレ。指なんか噛み千切って。……話し合ってみようかな。ケンカするだけかもしんないけど」

「あたしも……大会終わったら、実家帰る。傷口広げるだけかもしれないけど」

「まあ、いまさら和解しようが、アイツが鬼ババなのは違わないし」

「はいはい、リュウ君も困った人ですね……それと指やって、も一ついいことあったじゃん」

「なにが?」

「ピアノ続けてたらリュウ君、あの高校で部活なんかしてなかったでしょ」

「そうかもね」

「そしたら、あたしに会えなかったんだよ? 指二本なんて、安い安い」

「ぶふっ。そうだね」

「でしょ」

 一瞬の沈黙ののち、リュウ君がお墓の下にある蓋みたいなものを動かし始める。

「え、なにしてんの」

「骨壺みてみようかな~と。オレの指の骨あんのかな」


 ちょっとカエルさん、うぇいうぇい。お寺の人に見つかったら怒られるよ。こんなとこで墓あらしの片棒を担がされるとは。あたし、はらはらです。止めないけど。

 小窓からリュウ君は小さな骨壺を取り出した。子供用だから小さいのかな。彼はそのまま壺の蓋を開けて、フリーズする。

「何やってんだオレ、とんだ犯罪者じゃん。やめよ」

「いまさら何いってんの? もういい、あたしがやる」

 あたしはリュウ君に代わって骨壺の中をあさる。中には湿気がたまったのか、水と砂利が混じったような灰があって、ぬか漬けこねてる気分。少ない……これっぽちしか残らないんだ、子供の骨って。

 おっ、棒状の骨を発掘。

「これじゃない? リュウ君の指」

「わかんないって、花の骨かもしんないし」

「サイズ的にこれです。うん、絶対こ――ああっ!!」


 あたしがちょっと握ったら、骨が半分に折れた……そして、それ見て笑う、カエルさん。


「ケンちゃん酷いな。とんだ仕打ちだよ」

「ごめん、弁償するから」

「なにで?」

「あたしのカラダ――じゃダメ?」

「先生っ、よろしくお願いしまっす!」

 バカだねぇ、あたしもリュウ君も。ま、ツメの隙間に入った骨の砂が、あたしと彼の間を埋めてくれたってことにしておこう(何言ってんだ)。

 人が来る前に後片付けしてお寺を後にする。日は暮れたけど、駅から届く光があたしたち誘導してくれるように、石造りの道を照らしていた。

 帰り道、チューリップを置いてきたリュウ君の三本指がどうにも寂しそうで……あたしは彼のなくした部分を埋めてあげたくなった。


 ねえリュウ君、あたしの手、空いてるから、よかったら繋いでみる? なんて、ね。言えるわけないよ。


 電車に揺られて、外を見やる。夜の街が後ろに流れていく。すべてを置き去りにして、過去を振り払って。リュウ君は外をじっと見てる。

 暗い窓に映る彼は、シワもできものもなくてスッキリした顔。あらゆる雑味が消え去って、その人のホントの姿が映し出される瞬間ってやつかな。

 リュウ君は、ただ、じっと、ずっと外を見てる。あたしは彼のなんなのかな。あなたの目にあたしはどう映ってるの? 知りたいです。



 アパートの最寄り駅についてリュウ君とお別れかと思いきや、彼はあたしを家まで送ると言ってきかなかった。なのでアパートへの道を二人で歩く。退屈なので鼻歌サビ当てクイズをしながら、盛り上がる。あたしの勝ち越しっと。

「ケンちゃん、負けず嫌いだな~。ヒントのお願いしすぎだよ」

「負けを認めなければ、永遠に負けないからね。あきらめたから、リュウ君の負け」

「へいへい、変な子だな、やっぱ。う、なんか腕が痛え……ケンちゃんに蹴られたせいだね」

「違います。電車のせいです。そもそも蹴っ飛ばされたのは、部長二人の自業自得だし」

 帰りの電車は下りだから空いてるかと思いきや、けっこうな混雑具合で、あたしとリュウ君はサラリーマンたちに押され、抱き合う形で車内を過ごす羽目に(半袖シャツから、大人の香りした)。その時に腕を痛めたのかな? 恐るべし、都会の帰宅ラッシュ。

「ったくぅ。毎日あんななら、オレ働くのやだなぁ~。ファーストクラスとかないのかよぉ」

「あはは、ごめんね。弦音さんみたいに胸が大っきければ、リュウ君を喜ばせてあげれたのに。あたしじゃ、クッション代わりにもならなかったね」

「はん? 何言ってんだよ、年頃の娘が。怒るぞ」

「やだ~、お兄ちゃん怖~い! なんだよ~、さっき『カラダで払う』って言った時には、嬉しそうだったのに~」

「オレの方こそ、イケメンじゃなくて悪かったね。面食いケンちゃんのご期待にそえず申し訳ありませんでした。……ソウかコーキが相手だったらよかったのにね」


 あたし、そんなこと気にしてないのに。なんだよ、けっこういい感じだったじゃんか、あたしたち。あ、リュウ君はイヤだったか。ちぇっ。


「……やっぱ似てるな、花に」

「え?」

「そっくりだよ、スネたとこなんか。アイツ、大きくなってたら――」

 そっか、あたし妹さんに似てるんだっけ。そうだよね。今だって、後輩を心配した先輩が気をきかして送ってくれてるだけ、だもんね。それ以上の意味なんてないよね。

「あ、あはは、そいえば、高橋先生に『クセっ毛ブラザーズ』とか言われたね、あたしとリュウ君セットで」

「懐かしいな、ケンちゃんが入部届出しに行った時か」

「そうそう、松田先生に怒られてたよね高橋先生……あ、リュウ君。高橋先生と松田先生ってお似合いじゃない?」

「お似合い~? 二人ともドラマーだから、バンド組むにはちょっとなぁ」

 違わいっ、鈍感カエルめ。恋人ってことだよ。お二人ピッタリだと思うんだけどな。

「なあ、ケンちゃん、アパートってこっちなの? ずいぶん暗いけど」

 大通りを過ぎて、街灯まばらの不気味小道に入り、リュウ君が言う。

「そうだよ、こっちがあたしの(キャッスル・)お城への道(オン・ザ・ヒル)です」

「危なくないか? 痴漢とか、ひったくりとか」

「大丈夫だよ。なんかあったら大声出すし」

「ええ~。まだ未成年の女の子がこんなとこ、だいたい街灯どうなってんだよこれは、行政の怠慢じゃないのか、くっそ役所に電話しちゃる、ケンちゃんもケンちゃんだ、一人暮らしでアパートってよ、もっとセキュリティがしっかりしてる、マンションとかの方が――」

 ブツブツうるさいっすね、心配性なお兄ちゃんは。もし花ちゃんが生きてたら、思春期に入って「お兄ちゃんなんかキライ」って言うだろな。


「なにニヤニヤしてんだ、こっちは心配してるんだよ」

「はいはい、ありがとう。でもね、どんなに門がしっかりしてても、内側にケモノがいたら、安心できないんだよ? むしろ檻に早変わりってね」

「えっ、……ああ……ごめん」

「ん? 他意はないんですけど。おっ、あれこそが我が愛しのアパートさんです」

「なんじゃここは! 城じゃなくて()()だろ!?」

「リュウ君は最後の最後まで失礼極まりないですね。……じゃあここでいいよ。ありがと。わざわざ送ってくれて、やさしいセンパイだね。コーキ君も前に送ってくれたし。あたし、みんなに大事にされちゃってる。あはは、モテる女は辛いよ」

「え、おう。キミは、そうだよな。文化祭の時、業者さんとかもガン見してたし……」

「リュウ君、さっきの回る舌はどこいちゃったのかな、絡まった?」

 アパートの敷地前で固まったカエル男。ねえってば。冬眠にはまだ早いよ?

「あのな……ケンちゃんな……オレ」

「うん」

「妹が――花が、いてくれてよかったって思った。そんなに悪いことばっかじゃないよ、オレの人生、楽しかったんだ、なんだか、今日はその……キミがいてくれてよかった。それだけ言いたかった。じゃあな」

 リュウ君は小声で語って、来た道をとぼとぼ戻っていく。半袖シャツが弱い街灯を受け、強く発光してる。あたしはその背中に、

「関東予選ゼッタイ勝とうね、本選行くよ!」大声投げつける。彼は片手だけ上げて、返事はなし。振り返らないで消えていく。

 あたしも楽しかったよ。また学校で会おうね、センパイ。どうせだったら、あたしの部屋寄っていけばよかったのに。朝まで、でも。いつまで、でも。いていいんだよ……あたしなんか要らないか、リュウ君には弦音さんがいるもんね。


 そうじゃなくても、キミにはふさわしくない。汚れた、貧乏な、あたしは。



 寝付けない。明日も学校あるのに、バイトもしなくちゃいけないのに。なんか食べようかな……なんて考えてたら、夜中にもかかわらずドアが閉まるような音が聞こえアパートが揺れた。不審に思い覗き穴から外を見と、ヨネさんが階段を下りる姿が。あたしは簡単な服に着替え、そっと後を追う。

 大通りに来て、ヨネさんはガードレールに手をかけた。なにしてんの……ひょっとして飛び込もうとしてるのかな。あの夏休みに出会った時も、自殺しようとして炎天下の中ふらふらしてたの?

 夜中でも国道にはコンスタントに車が行き来してる。走り抜ける車のライトでヨネさんの影法師が巨人になって、一人で路上の舞踏会だ。

 声を掛けようにも、二の足踏んで動くに動けない、あたし。しばらくするとヨネさんはガードレールから手を離し、再び行進を始め、次に来たのは公園。なんだ、今度はどんな方法で死ぬ気なの。あれか、鉄棒で首つりとか?

 止めに入ろうとするあたしをあざ笑うかのように、公園内の遊具の前で立ち止まっては、別の遊具に移動するヨネさん。何したいの、ダメだよ早まったら。

 ヨネさんは公園内を一巡したらベンチに座り込んで肩を震わせ始めた。泣いてるのかな。


「あははっ、もう我慢できない。大丈夫よ愛ちゃん。出てきても」

 えっ、尾行ばれてた。完璧なスニーキングをしていたはずだったのに。すごすごとヨネさんの前に出る。どうも、こんばんは。

「愛ちゃん、人の後つけるなら赤い服はダメよ。それじゃあ、革命はなせないわね」

「ふんだ。どっかの誰かが『レボリューションの前にキミの考えを変えてみな』って、歌ってたよ。ヨネさん……あたしに気づいてたんなら、声かけてよ。いじわるおばあちゃん」

「あら愛ちゃん。目上に対する口の利き方がなってないわね」

「いいの、ヨネさんなんかキライです」

「それは残念。私のたったひとりのお友達なのに」

「ヨネさん、死のうとしてたの?」

「わからない、ただ夜中に目が覚めて寝付けなくて、外に出たの」

「あたしはヨネさん死んだら、恨むからね。悲しむんじゃなくて」

「そう、それは嫌だわ」

 そう言ってヨネさんはベンチの横をはらった。あたしはそこにドッスン。

「ヨネさん、死んだってなんにも変わらないんだよ。むしろ逃げてるだけだから」

「口だけはいっちょ前ね、いま歩いてたら……あなたが唄ってた歌、思い出したの『また会いたい』って」

「あの写真の人に、また会いたいから……だから死ぬって? 残されたあたしのことは無視かよ。バカにすんな、くそババア」

「ちがう、会いたかったのは愛ちゃんになの。そうしたら本当に現れた。あなた不思議な子ね。ひょっとして、天使かしら」

「天使どころか悪魔ですよ、あたしは」


 あたしは、自分の過去のことを話した。ヨネさんは黙って聞いてくれてた。


「そうだったの。愛ちゃん、たいへ――」

「だからね、あたしはお母さんとアイツに謝りに行く。怖いけど、でもそれが先輩たちとの約束だから。それに、あの人たちが、あたしに教えてくれたし」

「過去と向き合うこと? 生きること?」

「大げさだね、もっとシンプルだよ。歌うこと」

 そう言って、あたしとヨネさんはお互いに向き合った。それ以上の言葉は不要だ。だから、あたしはヨネさんの目から落ちた水とは逆を向く。この都会の吹き溜まりみたいな公園から眺めた空は、星がきらめいてる。

 泪が地面で砕けて散ったら、あの砂時計みたいなオリオン座がひっくり返って時を戻してくれたらいいのに。でもそれだと、高校の……部活での日々も消えちゃう。そんなのは嫌だ。あたしの宝物が消えてしまうなんて、絶対にヤダ。


 あたしはこのまま生きていく。あたしは泣かない。そんな資格はあたしにないから。行きかう光星には濡れた頬なんかより、遠くを照らしてほしいから。



 アパートへの道すがら、あたしはヨネさんとガールズトーク(!?)に花咲かす。

「ねえ、愛ちゃん。部活の先輩って三人の男の子のことよね?」

「そうだよ、あの個性的な人たち」

「へえ、三人も男がいるなんて、あなたも罪づくりな女ね」

「いやいや、ヨネさんこそモテたんじゃん。取り合いになって見事選ばれたのがあの写真の人だったなんてね。悪女だよ、悪女」

「愛ちゃんには敵わないです」

「いえいえ、ヨネさんには到底及びませんとも」

 アパート敷地に到着し、元・過激派おばあちゃんを先頭にして階段登る。鉄骨と靴底が触れ合って、カツンカツンと音立てる。

「それで、いつ告白するの」

「え? 誰が」

「愛ちゃんが、に決まってるでしょ。もう女が待っているなんて、古い時代はとっくに終わってるの。自分から行動あるのみよ。それで三人のだれと、アベック成立なのかしら?」

「アベックって……そんな関係じゃないってば」

 うーん、少なくともリュウ君は違うから、コーキ君かソウ君のどっちか。でも、コーキ君には梓ちゃんか。ソウ君は……やだ、高橋先生がもれなくついてくるので拒否です。

「あら、気があるんじゃないかしら。特に――」


 ほぎゃっ!? ヨネさんの声が途切れたら、ボーっとしてたあたしの鼻に衝撃がきた。暗がりで分かりにくいけど、ヨネさんの後頭部が顔面に直撃したみたい。足元がぐらついて、狭い足場で必死に踏ん張る。そこにヨネさんがのしかかってきたので、とっさに抱きかかえ、二人して階段から落ちる。

 あたしはヨネさんの頭を包み、目をつむり、自分の頭蓋に一段一段の衝撃を感じる。大丈夫だ、これくらいなら耐えられる。全然痛くないし。と思った矢先に、まぶたの裏に稲光が走った。同タイミングで落下も止まったらしい。


 最後の一発は効いたぜ。まさにフィニッシュブロー、必殺の一撃。最下段のコンクリートさんは別格ですなあ。


 血がどくどく流れているのが、わかる。脳内で直に音がする。やべえ、こらきつい。死ぬかもしんない。なんか走馬灯ってやつなのか、いろんな人の顔が浮かんでくる。

 和泉ちゃん、松田先生、高橋先生、カズヒロ君、お母さん、晶ちゃん、ソウ君、コーキ君、リュウ君……ごめん、重音部のみんな、予選前なのに、こんなザマで。

 意識が遠のき始め、何も考えられなくなってきた。ただ、痛みだけが音を伴って脳みそを掻きまわしている。脳内でうごめく虫が、あたしを食いつく


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