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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#19 ピカピカ
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ピカピカ①

 なんじゃ、こりゃあ! どうすんじゃあ! こんなん、負けじゃあ! じゃあの! 重音楽部さんよ! あでゅう~。

 おっと、取り乱してしまった……落ち着け、あたし。圧巻のフリージアライブを見せつけられて、少し混乱しただけだし。感動のあまり思わず拍手もしてしまったけど、大丈夫だ、あたしには頼れる先輩たちがいるんだから。


「ど、どうだった? こ、こんなの楽勝だよね。あたしたちなら」

「うん、そうだね……」元気なさそうなソウ君の返事。あれぇ~? 王子どした? いつもの余裕はどこ行った。

「おう、見たか?」

「ばっちし。誰だと思ってんですか? オレ、リュウ君よ?」

 リュウ君とコーキ君が互いに見合って会話してる。見た? 聞いたじゃなくて?


「最高の『白』(ホワイトアルバム)だった。さすが純潔の部長」


 アホが二人いた。ダメだこいつら、救いようなしです。コブシをぶつけあって意思疎通している二人を無視して、ソウ君へ準備に行こうと話しかける。


「愛ちゃん、今は動けないんだ。それが男のサガなんだ」


 他二人もその意見に同意する。ちょっと(まったく)ナニ言ってるのかわかんないので、もうけっこうです。バカな人たちはほっといて、壇上で準備しよっと。あと、梓ちゃんにドラムスティック返してもらわないといけないし。さんざんな扱いされてたけどね、スティック君。

 あたしは、ステージ真下の特等席のパイプ椅子から立ち上がり、歩き出す。すると他三人は年寄りのように腰を曲げて、後ろに列をなしてついて来る。……やめろ、その体勢でついてくんな。あたしは親鳥か、離れろ。っていうか散れっ!

 真っ暗な体育館の中、ライブ立ち見の人たちをかき分けつつ、壇横に通じる控え室へ向かう。その途中で壁際に、和服を着た老舗旅館女将然の和泉ちゃんとイスに座ったヨネさんを発見。


「よっ、愛ちゃん。勝てるかな~、フリージアさんたちに。蒼様がいても厳しいかもよ? え、後ろにいるの蒼様ですか!?」

「和泉ちゃん……もっと応援してよ。でも、色々とあたしのワガママ聞いてくれて、ホントありがと。それとヨネさんも来てくれてありがとう。待っててね、あたし、絶対に負けないから」

「愛ちゃん。勝負の前に、負ける、なんて言っちゃダメ。ぜったいに()()って言いなさい」

 ざわつく体育館の中、ヨネさんの活がはっきり届いた。普段のもごもごはどこへやら。真夏の炎天下で会った時よりも……初めて会った時よりも、ヨネさんが生き生きとしている。

「わかった。あたし、ぜったいに()()よ」

 ヨネさんはしわくちゃの顔をさらに一段とゆがめ、あたしに握手をしてきた。細くて、今にも折れそうなその手が、鋼の意思をあたしに伝えてくれる。うん、気合入った。

 思わぬ助っ人に別れを告げて、再び行進開始だ。


「さっきの子って、お化け屋敷のラストにいた子か。ケンちゃんの知り合い?」

「ううん。知り合いじゃなくて、トモダチです!」

「そりゃ、いいね。あの子のおかげでオレも助かったよ」リュウ君がつぶやき、

「俺もだ」「ボクも」他二人も、安どのため息をつく。

 あ、三人ともいつの間にか通常歩行体勢を取り戻している。燈さんのパンツより和泉ちゃんのがインパクトあるってこと? ……失礼にすぎるよ、あたしの友達に対して。

「おばあちゃんから謎の激励もいただいたし、いっちょやったるか。フリージア伐採」

「うん。ボク()なら、楽勝でしょ」

「たりめーだ。ま、手始めにスティック返してもらうか」言いながらコーキ君があたしの肩なぐる(デュクシ)。触んな不潔星人。仕方なく四人でまとまって移動する。



 フリージアさんたちが休んでいる控室にお邪魔すると、そこにはあられもない姿の彼女たちがいた。とても、うちの男連中には見せられない。もし見たら……ケダモノと化すことであろう。あぶなかった、外で待機させといてよかった。

 燈さんの肌にピッタリ張り付いた、変な男がプリントされてる色あせ黒Tシャツが気になるけど、とりあえずスティックだ。

 一糸のみまとった梓ちゃんにお疲れさまと言って、スティックを受け取る――が、なかなか彼女は離さない。なんか「わたくしの光樹君が……」とか、ぶつくさ言っとるし。「わたくしの」じゃねーよ! さらに梓ちゃんは、カバンいっぱいの同じスティックを見せつけてきて「これと交換で」と懇願してきた。いっぱい持ってんじゃねーか! コーキ君に借りる必要なかったじゃん。さっきのドタバタは演出かなにかですかね?

 呆れていると「おいくらで? ねえ、愛ちゃん。お値段おいくら?」とか質問してくる梓ちゃん……うるさいな、このストーカー女が。お金で(キャント)愛は(・バイ・)買えないのっ(ミー・ラブッ)

 梓ちゃんの手から無理やりコーキ君スティックをぶんどって、あたしは部屋を出た。すると、メガネを外している高橋先生と目が合う。ジャージとセットで真っ赤なお目々だ。


「高橋先生、ハンカチどうぞ。お代はあたしの口座振込で、けっこうです」

「剣崎、ア……重音楽部のケチ男にそっくりだな。ライブ頑張れよ」

 ありゃ? 高橋先生がエールをくれるとは、意外ですな。あたしは「はいっ」と、元気よくお返事して、足早に壇上へ向かう。



 さんざんな目にあったスティック君も無事(?)にコーキ君へ返却されて、ステージ上で音響調整をする。

 そこでPAエンジニアさんが合格サインを出してくれたとき見つめ合って、ちょっとドキドキしました(きゃっ)。なかなかのイケメン(ハート・ブレイカー)っぷりで、眼福です。

 あたしが、カピッカピ人生に潤いを取り戻してるというのに、ケロケロ部長さん「重音部・恋愛・ダメ・ゼッタイ」とか、横やり入れてきて、うるさかよ。だまりんしゃい。

 へいへ~い。りょ~か~い。ゲロゲローっす。うぇいうぇぃい。

「愛ちゃんとリュウ、いつまでベタベタしてんの? 脇に戻るよ」

 ソウ君に怒られコーキ君に持ち上げられて、あたし運ばれる。ちょぉ、スカート見える見えるぅ。


 音響確認が終了して舞台袖に一時的に引っ込むも、あたしとカエルは正座させられる。悪いのはこのフロッグマンの方なのにぃ~。

 お、放送委員が前口上を述べだすのが聞こえる。バンドの名前が呼ばれたら舞台に登場だぜ! おっしゃ! あ、足しびれてきた。

「お前たち頑張れよ。せっかく今年度の部費、全部使ったんだからな」

 松田先生があたしたちを見ながらハッパをかけてきた。

「まかせとけよ、マツさん」「余裕だよ、まっつん」「まぶしいんだけど、松本」

 三者三様な呼び名で返事をする、ダンデライオンメンバーズ。この期に及んで、やっぱ統一感ゼロとは……。それを聞いて、松田先生もため息が止まらない。

 仕方ないな、ここは〝リーダー〟として、あたしが締めようじゃありませんか。


「はい。あたし頑張ります、松田先生!」

「うむ。頼んだぞ剣崎」だんでぃな微笑みで返事してくれる松田先生の頭が壇上の光を跳ね返し、非常にまぶしい。笑顔とスキンヘッドのダブルフラッシュでくらくらする。

 その光を受けて脳裏に名案が。松田先生に安心を与え、みんなを高揚させるために、『フリージア』さんみたいに円陣組もう。うん、あたしながらナイスアイデア。パクりだけど。

「ねえ、みんな肩組んでサークル作ろうよ。エイエイオーって――」


「「「ダセえから、ヤダ」」」


 ちっくしょー。ハイ来た、拒否の多重奏。見事なユニゾン。方向性ばっちしです。

 怒りを鼻息に変換すべく、あたしはイノシシになりきって精神の安定を図る(ふんが、ふんがっ)。そこへステージから「ダンデライオン」を呼ぶ声が届き、未だに正座状態のあたし(リーダー)を置いて三人が出て行く。おーい、ちょっと~? ふんが~!?

 ぽつんとしているあたしを見かねたのか、松田先生が「……剣崎、先生と肩組むか?」と、声をかけてくれた。優しい~。我が部活動において、唯一の癒しの顧問様です。


「気持ちだけで十分です。ありがとう()()()()()」松田先生に向かってつぶやいてから、三人に遅れないよう、あたしは(キックスタート)ダッシュ(・マイハート)。 

 後方から「剣崎ぃ、()()()かぁ!?」と、先生のぼやきが聞こえた……かもしれない。



 ステージに飛び出して、各自が配置につく。前置きもなしに、リュウ君のピアノソロで会場全体の度肝を抜き、盛り上げる――はずだけど、ピアノはいつまでたっても始動しない。おいおい、どした? 部長さんよ。

 あたしは大きな口(蓋)を開けて収音マイクを突っ込まれてる、黒光りしたグランドピアノを回り込み、渋い顔したカエルに声かける。


「リュウ君、何してんの? 早く弾いてよ。ひょっとしてビビってんの?」

「ケンちゃんじゃあるまいし、ビビるわけないでしょが。いや……イスが高くて」

 はあ? ()()ぅ!? たしかにリュウ君は背低いけども、ピアノに対して届かないわけじゃない。ていうか、十分に届いてるじゃん。

「いや、よゆーで弾けるでしょ。ほれ早く、タイマー始まってんだから」

「オレのスタイルだと弾けないんだよ、見てみ」

 彼はそこにあるイスに座り、猫背をさらに丸めて鍵盤に向かう。まるで、ド近眼の人がテーブルに広げた新聞読んでるみたいなかっこう。指は鍵盤に届いてて問題ないけど、ピアノのペダルに足が届いてないのか。

 なるほどね、なっとくですぅ。じゃ、しょーがないかぁ。あははのは~。


 なーんて、言いうわけないだろ。このハゲが(バカガエル)


「リュウ君って、ホント空気読めないよね」

「ケンちゃん、空気は読むんじゃなくて吸うもんだよ」

「うっせ、カエル! 黙っとけ! ねえ、どうする?」

「もう、あのピアニカでいいだろ。けっきょく、今までここのピアノ使えなかったんだからよ」コーキ君がグチる。

 そう、体育館の壇上に置きもののごとく放置されている、このグランドピアノであたしたちは練習する予定だった。が、運動部との折り合いがつかないため、今日まで一度もこのピアノで合わせることが出来なかった。さすが桜ヶ丘高校・底辺部活動「重音楽部」です。ひょっとして、女子バレー部ともめたせいか?

 じゃあどうしたのかというと、リュウ君が持ってきた『いちねんいちくみ、いざわはな』と書かれた、妹さんの桃色ピアニカを使い、あたしたちは今日まで練習してきたのだ。

 大きな口にホースをくわえて、妹さんの遺品ピアニカで演奏してたリュウ君……どんなキモチだったのかな。


「おいおい、この本番であんなピアニカで演奏できるわけないでしょが。ケンちゃんの曲なら単純だから練習できても、至高のソリストたるオレのソロにふさわしくない。なにより、あのくっさいホースはもう勘弁だ」あたしの気持ちもよそに、リュウ君が反論してきた。あっそうですか~。単純な歌で悪うござんしたっ。

 年季の入った桃色ピアニカは、雨が降った後マンホールから漂ってくる下水のニオイよりも臭く、奏でるメロディはいいとしても、吹き込むたびに匂った。その臭気をあたしたちは露骨(あからさま)に嫌がり、練習中リュウ君に背を向けてセッションした。これがホントに臭くて、いまだに部室に残り香がある(おえっ)。

 お金をケチらず、やっぱスタジオに練習行けばよかった(ソウ君のせいだ)。いまさらに後悔です。ていうか、リュウ君も事前に言え。というか、さっきの音響確認で言え。人のこと茶化してるからこうなるんじゃ。あなたはもう「口ごたえ禁止」!


「ええ~、じゃあどうすんの。〝リーダー〟が決めてよ」ソウ君があたしに問いかける。こういう時だけあたしに振るんじゃねえ、ヘタレ王子。

 本番が終わったら、カエルはコーキ君の車で樹海に埋めに行くとして(妹さんの形見は残してやろう)。どうしよ……


「ちなみに高さはこれくらいね」

 言いながらカエル男があたしのヒザ下あたりをチョップする。うおおっ! いますぐ埋めてやろうかぁ!? 差し違えるなら本望で――あ、午前中に使ったもので心当たりが一つ。ソウ君に耳打ちする。

「わかった。でも、ボク見つけられるかな」

「さっきの()()()に聞けば手伝ってくれるから、大丈夫」

「愛ちゃん……ホントにあの子と友達なの?」

「うん、激マブだよ。いいから行って、アオイ・キサラギ。ハリーアップ!」

「ちぇ、あとで請求するからね」


 なにをだ!? あたしじゃなくてカエルあてにご請求ください。一目散に駆け出すソウ君の背中を見送り、ヒマを持て余すあたし。さて、会場の皆さんはっと……げ、お帰りになられている方々がいる。その人らは当然のように、出口前の『フリージア』と表記されている投票箱に用紙を入れて、去っていく。

 雨やんだみたいだし、外の屋台も始まるもんね。こんな、グダグダバンドのセッションなんか聞く必要ないよね(あたしもそう思う)。

 さてと、冷え切った会場をどう温めるかな。あたしがさっきのフリージアさんみたいに痴態でもさらすか。クールビューティの織り成す色気で、会場をピンクの渦に……無理です。


「人がどんどん出てってる? ……ひょっとしてヤバい? しかたないな~、弾き始めるか~」

 リュウ君はしぶしぶイスに座ってピアノ鍵盤に手を乗せた。なんだやるんじゃん。早くやってよ、このおバカエル。いつも以上に腑抜けた顔したまま、彼の指が鍵盤上で飛び跳ね始め、軽やかなメロディが。

 ほう、なかなかな演奏ですね。やればできんじゃん、元天才ピアニスト少年。

 うん? 何かおかしいぞ……わかった、これあれだ。アレンジ掛かりまくってけっど、あたしでも知ってる。


『猫踏んじゃった』だ。


 この土壇場でやるか、フツー? マジメにやってよ。下唇をつきだし、めちゃくちゃ不貞腐れていそうに見えるカエル男に、呆れるあたし。さんざん待たされて最初の曲がコレって、暗い会場に発生したガッカリ感が壇上にも伝わってくる気がするぜ。あたしも目をつむって肩落とす。

 リュウ君には失望しましたよ、こんなとこで手抜きするなんて。あたしがいなくなってもいいんですね。ふん、フリージアさんにうまく取り入って、関東予選でも、全国大会でも注目されてやろ。そんで、なんかのメディアで特集されちゃったりして。見出しは、


「新星のギタリスト美少女(アイ・ケンザキ)が加入! 凋落の名門部、復っ活ぁつ!」で決まりだ。


 久々にキャッチーなテキストが思いついて、あたしは悦に浸る。うん、心も踊るってもんです。今ここに流れている旋律がそれを――はおっ?

 壇上の変化を察知し、あたしは目を開いた。そこには音楽家のような無造作乱雑ヘアーを上下に振りながらピアノを弾いている、鬼気迫った表情の男がいた。


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