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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#18 ジャンピング・クイーンズ・フラッシュ
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ジャンピング・クイーンズ・フラッシュ②

 お互いのバンドの持ち時間は二十五分。さあ急いで演奏に取り掛からないと。スタートは燈先輩の口上が終わってから。私はギターを構え、はじまり(スターティング)を待つ(・オーヴァー)

「みなさん、こんにちは! 私たちフリージアです。お忙しい中お集まりくださり、ありがとうございます。今日はお日柄も良く……はないか。でも、最高にカッコいい演奏聞かせてあげるから、期待して下さい。そんで、ネットでいっぱい拡散してね。タグは『桜ヶ丘高校、女子軽音楽部』でお願いします! あ、でもスカートの中ばっか狙うのは禁止だかんね。もしアップしたら、運営に通報しちゃうから。それと、そこのアンタッ! ワタシのカワイイ梓ちゃんのバッグから()()()()()()、取ってんじゃないよ!」


 アカリンは暗闇のオーディエンス中央にいた背の高い男の子を指さす。急な話の展開についていけないが、これも作戦らしい。

 指さされた男の子は驚きを隠せずに挙動不審な動きをして、周りから人が離れ独りぼっちに。そして、その孤独の彼に、うちの制服を着た男がつかみかかる。何々ぃ!?

 「スイちゃん、そいつ捕まえちゃってぇ!」燈先輩がマイク越しに高橋先生に指示すると、人混みをかき分けて赤ジャージが男二人に突撃し、制服男の方が連行されていった。挙動不審の男の子は倒れてもんどりうっていて、オーディエンスにミステリーサークルが作られる。

「どういうことですかアカリン?」私は作戦参謀に耳打ち。

「実は、ワタシが最初に指差した男の子って、弟なんだ。梓ちゃんの熱狂的ファンなら水着のくだりに反応すると思って、囮の代わりにしたんだけど……まさか飛び掛かるとはね~。世の中って怖~い」

 なるほど、わかるような、わかんないような理論。一つ確実なことは、こんな姉をもって本当に可哀そうな弟さん、ということだけだ。


「早くぅ~。パンツ見せてぇ~!」

 グズグズ話している私たちにイラついたのか、急に下品なヤジが飛んできてビックリする。なによ、あのガラの悪い男集団は。ゲラゲラ笑って、下卑た笑みを浮かべて……やっぱり男なんて、どうせそんな目でしか女を見ないんだ。最低、不潔。


 見られるの……やっぱり、怖い。衆目が私をねめつけ三人に貰った熱を奪い、カラダの芯が冷えて――


「はい、は~い。パンツくらいでコーフンしてんじゃないよ、ドーテー君! そんなに見たければ、今日のワタシが何色なのか、よく見てなっ!」

 燈先輩がコロガシスピーカーに片足載せ、ボーカルマイクで皮肉叩きつけ、男達の視線(ヘイト)を独り占めにする。……私と梓をかばってくれたんですね。ありがとう、愛すべきフリージアの壁役さん。

 挑発されヤジ男達は怒ったのか「なんだぁコラァ!」と息巻く。が、なんだかチャラチャラした別の男が睨みをきかせ、ヤジ男達はすごすごと会場から出て行った。あ、松田先生が男たちの首根っこを掴んでいる。暴力沙汰はライブ終わるまではやめてくださいね。その後は知りませんけど。


「ありがとっ」燈先輩がマイクでチャラ男にお礼して、

「ういっす」チャラ男がスマイル決める。

 ……あんな人がいるなら、男も捨てたもんじゃないかも。ま、三十過ぎてそうで、金髪の男は私的にNGだけど。


「ほんじゃ気を取り直して、始めよっ。梓ぁ、カウント!」


 燈先輩が叫んで、梓が数字をカウントする。待ってました、この時を。

 たたかいのドラムが鳴り始め、梓の気持ちいいオープンリムショットがビートを刻み、燈先輩のねっとりしたベースと混合する。よし、ここに合わせて私のギターだ。戦闘開始!


 はじめはキャッチーな夏の定番ソングカバーでオープニングを飾る。真っ青をレッドに染めるような初々しい女子の赤裸々なキモチで観客を魅了するのが狙い……もう夏、とっくに過ぎてますけどね。それが終わって、目論見成功とばかりにオーディエンスからの歓声が。そのまま組曲よろしく、演奏を止めずにアカリンお得意のアニソンに繋ぎ、怒涛の攻め。うん、どこまでも伸びていきそうな燈先輩のハイトーンボイスに聞きほれて、私のギターも絶好調。アカリン本人には絶対に教えないけど、大好きな声なんだ。そのアカリンソングに花を添えるアズアズコーラスも素晴らしく、楽曲にたおやかさが加わる。これまた私の大好きな声。好きすぎて会場の誰にも聞かせたくないくらい、独り占めしたい衝動にかられちゃう。男なんかにはもったいないね、マイエンジェルこと梓のウィスパーボイスは! それから、中盤のギターソロに差し掛かり、アニメ大好き軍団さんが我が見せ場とばかりに合いの手と芸を披露し始め、会場に笑いと手拍子がこだまする。当然のごとく、アカリンもベースから手を離して「ハイ! ハイ!」と向こうへ合流。ちょっと……先は長いんだから、すぐ戻ってきてくださいね? アニメに首ったけアカリン先輩。それにしても、以前よりますます磨きがかかったそのアクション(ダンシング・クイーン)……今後ともよろしくお願いします、メガネのゆかいなお仲間さんたち。「永遠の焔ぁ(エターナルブレイズゥ)!」アカリンが曲名をスクリームして、名残惜しくもアニソンは終了。ギター続投のままエフェクターの切替スイッチを踏み込んで、私がさんざん子供の頃に弾かされたハードロックナンバーに移行する。この忌々しい曲――これが、大嫌いだった。岩底(ロック)深淵(ボトム)からはい出てくるようなロックのアムセム。ただただ、終盤のギターソロの為だけに作られたようなこの楽曲が憎くてたまらなかった。ぜんぜん弾けずに、なんども父に叩かれコピーを繰り返した幼少の思い出が、いま鮮やかによみがえってくる。でも、この場では嫌じゃない、楽しくすらある。なんでだ? なんて疑問は愚問。今まで独りぼっちだった私に、手を、胸を、心を、その情熱を差し伸べてくれる人たちがいるから。なにも怖くなんてあるもんか。弾きながら、私の心に巣食う父の影が打ち消され――崩壊していく。さようなら、私を縛る鎖よ。もうお前なんかに用はない。私のクリムゾンレッドのギター。どこまでも飛んでいきそうな、この逆V字ギターのくぼみに膝をはさみ、自分の全身全霊をソロに乗せる。

 我が指よ、命ずる。何よりも早く、速く、疾く、この指板上を駆け抜けろ。音にも、光にも、赤ジャージの三十路女にも、何者にも負けることなく、休むことなく、間断なく空気を揺らし続けろ。私の音よ、人間どもの鼓膜を突き抜け、蝸牛を砕き、神経を焼き切り、脳を破壊せよ。瓦解した脳髄の片隅にまで行き渡れ、我が眷属! 

 どう? このタッピングは。こんなの聞かされたら全国中のギター弾きがうらやむでしょうね。

 どう? このチョーキングは。精密機械見たいでしょ。

 どう? このスライドは。私がやれば色気たっぷりでしょ。 

 どう? 私のギターは。伊達でも酔狂でもない、これが本物よ。

 どうかしら? スマホ片手に撮影をしてる、青白いつまらない顔のオーディエンスの皆さん。私たちの演奏を聴いていらっしゃるのかわかりませんけど、画面越しにこっちを覗いて、そんなことして何になるのかしら。せいぜい私たちを遠くから眺めて、退屈な人生を送ってくださいな。いま、この場の音を楽しまなくて何になるのかしら、本当にね。完璧に音を鳴らす私の弦が振動し、ボディーからシールドで繋がれたアンプに音を伝達、その増幅された破壊音が、体育館の壁と言う壁に、床という床に押し付けられて乱反射する。壊れろ、こんな体育館は。こんな程度の会場で私たちが満足するもんか。甘く見ないでいただけます? もっと、もっと燈先輩と梓と高橋先生と一緒に過ごしていくんだ、私の青春(フリージア)は。

 気が付けば私のギターソロは終わっていて、次の曲の出だしにかかっている梓と燈先輩(ふたり)。……つまらないです、こんなの。私一人の見せ場なんていらない。もっと、お話したいんだ、あなた達と。戸惑う表情の二人がいるけど、お構いなしにアカリンに近づいて、適当なアドリブかき鳴らし、敷かれたレールの上を走っていくような合奏から一人脱線したことを高らかに宣告。つまらないな~、乗ってきてよ、燈先輩。

 目が点になった燈先輩がニヤリとしたら、ベースで私のアドリブのお返事してきた。しかたないな、今日だけだかんね? 弦ちゃん。いいね、いいね。どんどん好き勝手しちゃおう。即興こそライブの醍醐味です。

 燈先輩と私がそれぞれの楽器をはさんで二人で向き合う。さながら合戦のサムライのように互いの出方を探り合い――燈先輩が先に仕掛けてきた。あっちのベースが地獄の底から這いあがってきそうな歪んだ重低音(ヘルズ・ベル)を響かせる。うんなるほど、そうきますか。なら私はこうです。それに対抗するかのように、私のギターで青く澄み切った天空(スカイ・ハイ)を突き抜ける気持ちのいい高音を奏でる。あちらが、地獄の悪魔なら私は天界の天使だ。天使みたいな悪魔の笑顔のアカリンを、悪魔のような天使の笑顔の私が退治しましょう。悪魔を憐れむ歌をもって。トイちゃ~ん、自分の事だけ美化しすぎだよ? うるさい、誰がどう見てもそれが真実です。地上を揺るがす神々の戦が勃発し、ギターとベースが戦のファンファーレを唄う。でも戦いというより、両者の楽器のじゃれ合いだ。私のギターとアカリンのベースが絡んで、一つの巨大なうねりを作る。生じたうねりが私たちの間を埋め、彼女と私は圧縮されたノイズの中に取り残された双子だ。そう、あなたと一緒なら一人じゃないから、ちっとも寂しくなんてないよ。トイちゃんは寂しがりの甘えんぼさんだね。次々に生み出されていく即興フレーズたちがパーティを盛り上げる。こんな、いいものを聴ける会場の皆さんは幸せ者です。でも、一番幸せなのは間違いなく、この私、早乙女弦音です。ギターやっててよかったな。ありがとう、お父さん(でも、一生恨むけど)。父親のことを考えていたら、目の前にはどんな美しい人も勝てないほどの、天女のような笑顔のお母さん――違う、燈先輩だ。全然、似てないはずなのに、なぜ見間違えたのかしら、アカリンのいじわるめ。

 地平線(ホライズン)に沈み、地表を照らし無限に広がっていく夕日(サンセット)のようなあなたのスマイルが、いつまでも、いつまでも曇りませんように。もしそうなったら、そんな雲は私が風になって吹き飛ばしてあげよう。このギターでいつだって、どこだって。ずっとだよ。ホント? 約束だかんね! いいですよ。お嫁に貰ってあげる。ナイトハルトなんかに渡さないんだから。私の大事な、燈先輩を。へへっ、悩んじゃうな。二人とも愛してるし。春斗なんかに『ゼッタイ』負けないんだから。え、春斗って、ナイトハルト様の事だったの!?


「置いていかないでよ! 二人のバカ!」


 二人で楽しいジャムセッションをしていたら、梓がマイクで自己主張してきた。あらら、ごめんなさいアズアズ。頬を膨らまし、原始人の太鼓のように本能を呼び覚ますドラムを叩き出す梓に、燈先輩と二人で合流する。置いてきぼりにしたワケじゃないの、少し遊んでただけ。だから怒らないで梓。どうどう、アズアズ。月と弓を司る女神の怒りが、イカズチを矢として放ち、外の嵐よりも危険な暴風雨が壇上に立ち込める。うわっ、アカリン。怖いので、しばらくはアズアズ神の好きにさせましょう。うんいいよ、トイちゃん。ここはアズアズに従っとこう。あとが怖いかんね!

 荒々しいドラムに従う、我ら弦楽器隊。アズアズ将軍が先頭に立ち、まとまりのない私とアカリンに軍隊さながらの規律が行使され、三人で一つになっていく。梓が指揮をとれば、体育館中に音の絨毯爆撃が落とされる。無作為ではなく、完全に管理されつくしたシンコペーションが、逃げ惑う休符を粉砕だ。これでもかと、詰め込められたフィルインが打音の銀山領(シルヴァーマウンテン)を築いていき、私とアカリンはひたむきに登っていく。そしてアドリブが最高潮に達した時に訪れる、音楽山への登頂完了。だけど一息つく間もなくそこから一気にかけ下りていく、私と燈先輩。だって、いつ噴火するかわからないんだもの、この火山。さあ、梓も送れないでついて来なさい? わたくしを置いていくなんて、いい度胸ですね。オフタリさん? やばい、アズアズが危険信号。止まって、トイちゃん! 嫌です、遅れる方が悪いんです。勝手なんだからトイトイは! いっつも! ふん、ずいぶんとたくましくなったわね。……こんな私について来てくれてありがとう梓、感謝してもしきれないね。おずおずした顔で入部届を持って来た頃の梓とは大違い。カッコいいよ。まだまだ、これからもよろしくね!

 梓の顔を見ると、目をぷいと背けられた。まだ反抗期か。まったく反抗するのは自分の親だけにしなさいよ。こんな素晴らしい先輩に向かって。ね、アカリン? ワタシはいいけどトイちゃんはどうかな~? アカリンよりはマシです~。二人ともおバカさんです! わたくしだって遊びたい! あれ? どこかで聞いたな、このラテンのリズム……夏合宿で聞いた高橋先生のフレーバーかしら。アズアズってば、盗作しちゃだめ。ちょっとお借りしただけです。ね、先生? いつでももってけよ。好きなだけな。でも、できれば大切にしてやってくれ。アタシの思い出たちを。名曲だろ、な? いい曲ですけど……タイトルが『君死にたまふことなかれ』は正直ナイかと。本当に曲自体は良いんですけどね。笑っちゃうよね~、女子高生のセンスかってさ! うるせー、カッコいいだろうが! これがロックだ、ロックンロール! わたくしは素敵だと思います。さすがアズアズ。お前らわかるか? ドラマーって感受性豊かなんだぞ。なるほど、私には、ぜんぜん理解不能です。


「ラブ&ピース!」


 平和ボケした国のボケ女三人集で、優しい歌をハモる。おい、そんな軽いメッセージじゃねえんだぞ、アタシの歌詞は! 国語教師なめんなよ、小娘どもが。

 ステージ横で私たちを見つめる高橋先生の顔が、どうにも愛おしい。私が男ならきっと抱きしめちゃう。世の中の男って見る目無いんですね。スイちゃん先生、行き遅れたら私をお嫁にして(!?)ください。できればヒモがいいです。でも、スマホアプリに課金は無しですからね。私たちを支えて、一緒に過ごしてくれたあなたが、ずっと、ずっと幸福に包まれますように。


 いきなりアカリンが両足を広げ、長い右手をグルグル回して弦をたくし上げる。それはまるで、高くそびえたつ風車のよう。なるほどウインドミル奏法ですか、長身の貴女がやると超カッコいいです。私吹き飛ばされちゃいます。……ベースでやられるとリズム死ぬけど。いいの、ビジュアル優先だかんね。『奏法』とか名前ついてるけど、ただのパフォーマンスだし。

 それを見たアズアズが変な笑顔してドラムスティック二本を真上に放り投げる。さらに椅子から立ち上がってそれをキャッチし、立ったままドラムを叩く――つもりだったんでしょうけど、片方のスティックを取りこぼして、床に落とした。慌ててそれを拾いに行く梓に会場から失笑がプレゼント。あらま、ダサいわ。アルテミスちゃん。トイトイあとで突っ込むね。何をどこにっ!?

 二人のパフォーマンスを見て、私も何かしたいと考える。そうだ。あれやろう、ギター回し。子供の頃にやったら父にしこたま怒られたけど、今は私の自由時間なんだから、知ったこっちゃないわ。観客を沸かしてこそ、一流ギタリストだし。

 自分を軸にして、ギターを後方にぶん投げる。私が太陽だとして、ギターは太陽を中心に公転する地球だ。我が手元にカムバック、赤き水の惑星よ! 宇宙の創造主になった気分で、肩にかかったストラップにギターの重みを感じつつ、背中を回って戻ってくるギターをナイスキャッチ――できなかった。髪の毛に引っかかって、手元に戻ってくる前に肩のあたりで止まった。せっかく二人に編んでもらった三つ編み、ほどけちゃった。超かっこ悪い……マイギターに負けじと、私の顔、真っ赤だろうな。あ、コラ、三人とも笑ってんじゃないわよ。また、竹刀で叩かれたいの? ごめんなさい、弦ちゃん。申し訳ありませんでした、弦音さん。一回くらい叩いてもいいよ、トイトイ先輩?

 ……会場の端っこに設置された残時間を表すタイマーが無慈悲にも、この至福の時間の終わりが近いことを私たちに教える。

 燈先輩の狂喜するベース。

 梓の怒髪天がごとくドラム。

 私こと〝元・ぼっち〟早乙女弦音の哀切ギター。

 高橋先生の安らかな笑顔を添えて。

 ここに、『フリージア』の堂々たる音楽があった。この時は永遠だ。録画でも録音でもなく、動画に残したとかじゃなく、私のカラダ奥深くまで浸透した、このアンサンブルは生涯忘れえない至宝。この部に入って本当に良かった。

 私たちは四人でひとつの花。これが、フリージアの楽園だ。ようこそおいでませ皆様方。私たちが好き勝手やるだけのパラダイスワールドへ。

 ドラムの音が収斂して、ドラムロールになり、楽曲の(ファイナル)ピリオドを待つ(・カウントダウン)。ベースも同様に単一の単調な音を繰り返す――私の締めを待っているんだ。さっきあんなカッコつけたくせに、私はいつまでもフィニッシュに入れない。だって寂しいんだもの、終わってほしくないんだもの。始まりがあれば、いつかは終わる。わかりきったことなのに……でもまた、始めればいいんだ。いつだって、みんなと音を楽しむ、ずっと。約束だよ。

 うん。はい。……おう。

 よし。持ち時間超えたら、失格負けになっちゃうんだし。ここは、いったん止めよう。どうせ、まだまだ続くんだから。私たち、未来永劫咲き誇る純潔のフリージアは!

 私が飛び跳ねて、本日のライブ最後のピッキング。あ、スカートの中見えちゃったかも……気にしたら負けよね。

 燈先輩がマイクに向かって「センキュゥー! ウィ、ラブユゥー!」とリピートする。と、好き勝手やっていただけの私たちに称賛の雨がもたらされる。

 それは外の雨をかき消すほどのゲリラ豪雨だ。オーディエンスの皆様方、ありがとうございます。

 祝福の飽和状態――きっと、体育館からあふれ出した喜びが学校に伝わって、足の踏み場も残らないくらいだね。


 私ってば、ガラにもなくそんなこと考えて……いいんだ。楽しかったから。


 ああ、暑い。スポットライトの中、集中して演奏していたら、大汗かいた。水滴は額から止めどなく落ち、ステージで砕け、広がる。最後までやりきれたの、ランニングのおかげかしら。

 スタミナ自慢の梓がよろめきながら立ち上がって、スティックを再び床に落とした。相当疲れてるわね、私とアカリンにノンストップで振り回されて。

 にしてもそのドラムスティック、ドスケベ瀬名の物とは言えど、借り物には違いないんだから丁重に扱わないとマズイ。すっかり忘れていたけど。

 落としたスティックを拾おうとしたのか梓が飛び出し、よろけて転びそうになって……燈先輩がとっさに駆け寄って抱える。ナイスです、さっすがアカリン。愛してるぅ!

 でも、梓に寄りかかられたその瞬間、燈先輩のスカートがふわりと逆上がりして――主の心と同じく純真なそれの色が、ステージに向けられた照明の光を跳ね返す。

 ピュアホワイトを目撃した男どもの本能むき出しの雄たけびが、そこかしこに跋扈し体育館を席巻する。さっきより、激しい喝采(?)だ。やっぱり男なんて、最低、不潔。


 まったくもう。最後の最後に、この人(アカリン)は……最高じゃないですか。百点花丸です。

 

 『フリージア』の勝利を確信した私はV字のギターを高らかに掲げる。

 文字通りのVサイン。ビクトリーのVだ。


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