贈り物②
この暑い中、あたしは三人にラーメン屋に連れて行かれ、ぎっとぎとの油を食してきた。ラーメン屋って初めて入ったけど、美味しかった(家系って豚骨醤油のことっすか)。
ソウ君はちゃっかりクーポン使って一人で味玉追加して、
リュウ君は猫背伸ばして、キレイに麺すすって、
コーキ君は途中で胃もたれして、ラーメン残した。その残りをリュウ君とソウ君で取り合いしてたし。お二人とも、意地汚いですねえ。
「愛ちゃんのも、残ったら食べてあげる」ソウ君に言われたけど、スープまで全部飲んでやったぜ。こう見えて(スーパーモデル体型)よく食べるんです、あたし。
その後、カラオケにも誘われたけど明日もバイトで行くし、断って帰ってきた。
部屋に一人いると、無音だ。音がないと耳鳴りがする。
ベッドに腰かけ、おばあちゃんの残したボロボロのCDウォークマンで音楽再生開始。イヤホンしててもキュルキュル音がして邪魔をするので、ボリュームを上げてごまかす。
カズヒロ君に貰ったCDを手に持ち、ケースの欠けたとこを撫でると、チクチクした。歌詞カードをケースから取り出して眺める。真っ赤な表紙が目に痛い。
イヤホンから、あたしが初めて部室に行った時、みんなが演奏してた曲が流れ始める。歌詞は覚えてるけど、その曲のページを開き、くしゃくしゃの紙が床に落ちる。それは、あたし宛てのラブレター。忘れもしないあの日の出来事が脳裏に浮かぶ。
カズヒロ君がくれた想い。拒否されたあたしの行為ーー男の人、誰でもそういうことすれば喜ぶと思ってた……そんなの、いいわけ。あたしはカズヒロ君に抱いてもらって、カラダを上書きしてほしかったんだ。過去を消すみたいに。そんな薄汚い魂胆がカズヒロ君にはわかっちゃったんだね。
カラーボックスを見る。晶ちゃんのくれた鏡ーーそこに描かれたキャラクターがこっちを見て満面の笑みをしてる。笑顔の練習、またしないとね。
「飛び降りって怖いんだよ」そんなこと言っていたあの子が飛び降り自殺するなんて。あたしへの当てつけだったのかな。だとしたら効果てきめんだよ、晶ちゃん。
しばらくして、初めて男の人と……リュウ君と二人でデュエットした曲に切り替わった。やさしさを『花』にたとえた曲。あたしの大好きな歌。
その曲が終わって、電話機がコールしてるのに気づく。けど、無視。そのまま留守電に切り替わるもよう。あたし、知りません。いまは誰の声もーー
「あれ? 愛ちゃんいないみたい。ま、いいか。留守電に録音すれば。電話代もかかんないし。え、電話代、かかるんだ……どうでもいいよ、そんなこと」
ソウ君の声だ。他にリュウ君とコーキ君もいるみたいで話声がする。そして、イヤホンを外したとこで演奏が始まった。手拍子とピアノが伴奏だ。
きっとリュウ君がピアノで、コーキ君が手拍子。そう考えていたら、ソウ君の美声も聞こえてきた。泣き虫イケメンさんのハスキーボイスが。
演奏しているのは古い有名パンクバンドのカバー。シンプルでどこまでも真直ぐなラブソング。部室にベストアルバムがあって、あたし前に聞いた。けど、あまりにもストレートなその歌詞が、あたしはどうにも受け入れられなくて、一回しか聞かなかった。
でもいまは、青い心のその詩が……矢になって、あたしの心にグサグサ来るんだ。
一音たりとも聴き逃したくなくてベッドに座り直し、電話機に向けあたしは姿勢を正す。
まったく、さっきの部室でのやり取りもそうだけど……バカな人たち。あたしなんか見限ってくれればよかったのに。キモチ悪い女なんだよ、あたし。わざわざ電話してまで、こんなメッセージ。どうして。
歌は「しあわせであれ」という最後のサビに入る。三人でハモって、コーキ君のピッチが外れた声のせいで、なんとも締まらない(へったくそめ)。あたしが一緒だったら後ろから蹴り上げてやるのに。なんて、想像して笑いそうになって、口を押える。
舌にしょっぱさを感じた。やけに辛い、塩味強すぎ。あたし甘党なのに。
なんでかな、この人たちは……ホントに、バカで、能天気な、考え無しの、脳みそお花畑の「ダンデライオン」さん。
こんなあたしを受け入れてくれて、救ってくれて、ありがとう。あなた達の伸ばしてくれた手が、その声が、音が、心が、こんなにもあたたかい。
生きてきてよかった。消えたくて仕方なかった。あの時からずっと。でも、死ぬの怖くて、すべてから逃げて、この学校で会えた、大事な人たち。
絶対恩返ししなきゃ。お母さんに会いに行くのはその後。改めて決心する。
演奏が終わって、最後みんながなにかを言って電話が切れる。「ハッピーバースデー」って聞こえた。あたしのしゃくりがうるさすぎて、かすかにだけど。
……あたし誕生日、先月だし、遅いよ。やっぱみんなバカ。この留守番電話は消さない、あたしの一生の宝物です。晶ちゃんとカズヒロ君が映った写真と一緒にしておくね。
いまのあたしは楽器だ。心が震えて、全身で増幅されて、口のスピーカーからサウンドが飛び出る。そんな近所迷惑な人間楽器だ。
あたしから出る声は、自分でも不思議なくらいどこか懐かしい声。それは赤ちゃんが生まれた時に出す、喜びと、怒りと、悲しみと、幸せがごちゃごちゃになった、あの叫びと同じ。
しばらくすると、ドアがノックされる。あ、苦情かな。ごめんなさい、やかましくて。
「となりのヨネです。愛ちゃん、大丈夫?」
あのもぞもぞとしか話さないヨネさんが、ドア越しにハッキリと伝わる声であたしを心配してくれてる。
あたしはよろよろ立ち上がりドアを開け、夜風とともにヨネさん登場。しわくちゃで、どこに目があるのかわからない顔のはずなのに、微笑してるのが分かる。
ヨネさんはそのまま部屋にあがって、何も言わず、あたしを抱きしめてくれる。細い体のどこにそんな力があるのかわからないけど、ヨネさんはどっしり地面に根を据えた木のようにびくともせず、あたしを支えてくれる。
あたしはおばあちゃんに寄りかかって、わめくーーあたしの、二度目の産声を。




