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誰かの詩。口遊めば、  作者: 歌島 街
#2 ハートに火をつけて
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ハートに火をつけて①

 

 朝の太陽がカーテンの隙間から顔をだして、あたしを起こした。寝ぼけ眼で布団から這い出て、よろよろと立ち上がり、頬を叩いて意識覚醒! よし、鏡の前で日課の笑顔練習だ! 

 すると、最初不自然だった笑顔がどんどん自然になって、超可愛い女子が現れるのであった。でも、高橋先生にはブサイクって言われたっけ……若さに嫉妬してんな、三十路オバハン。


 あっ、よく見ると昨日のカエルが投げたピックのせいで、おでこにアザ出来てる。サイアク。


 一人での味気ない朝食をすませた後に、肩口まで伸ばした髪の毛の先端をヘアスプレーで濡らしパーマ感を出す。そして、鏡の前で登校前の再確認。うん、われながら『愛』の名前通り、可愛らしい。くっきりした二重に、自然に長いまつげ、ちょっと鼻は低いかもしれないけど、客観的に見て上の下ぐらいだ。すくなくとも高橋先生よか可愛い。

 いや、自惚れんな自分よ。底辺争いなんか不毛だ。己を戒めるべく、まな板のごとき胸を凝視する。こっちも高橋先生といい勝負。くっそ、目指すはクールな大人の女なんだ。


 紺色のブレザーにふんわり赤いリボン付の可愛いと評判の制服を身に纏い、準備終了。ただし胸の桜を模したエンブレムはダサいので、外して胸ポケへ。失くしたら購買にて一個五千円也(高い)。

 外に出、あたしより遥かにお年を召した、築ウン十年の木造アパートドアを閉めると、大きな音が発生。しまった、朝からうるさくしちゃった。反省しながら横を見ると、隣の部屋に一人で住んでるおばあちゃんが部屋に入ろうとしていたところだった。


「おはようございます。騒がしくしてすいません」


 さっきの笑顔の練習もあってか朝一番の笑顔が出た。多分、ブサイクじゃありません。

 おばあちゃんのカサカサクチビルが、もにょもにょと波打つ。結構な高齢らしく、いまいちなにを言っているかはっきりしない。それでも、引越しの贈り物のお返しにみかんをくれたから悪い人ではないんだと思う。その後も何回か多めに作ったおかずを持っていってあげたこともある。


「じゃあ、いってきます」


 ふごふごと何かを口に出している、おばあちゃん。また聞き取れないけど『いってらっしゃい』だと思う。慣れてくるとわかる、たぶん。

 そんなおばあちゃんを後ろに、あたしはボロアパートの階段に足をかける。


「うのぉっ!」


 階段から滑り落ちそうになり、大声を出すとともに必死に手すりにしがみつく。あぶねえ。あやうくここが天国への階段となるとこだった。急すぎるって、このステアウェイ。

 そんなあたしを心配してか、おばあちゃんが大声で「大丈夫?」と声をかけてくれる。

 平気です、とクールにふるまいつつ、我が住まいを後にする大人なあたし。ローファーが半脱げだけど。




 地元を離れ一人暮らしを始めたあたしが、都内某所にあるこの町を選んだ理由は特にない。強いて言うならば『特徴がないのが特徴』である、この町が、あたしの気分とマッチする気がしたからだ。ここの誰一人としてあたしのことを知らないという純然たる事実。それが自分を透明人間のようにしてくれて、いっそ清々しい気分になれるとこが気に入ってる。


 そんな無色透明たるあたしが通う桜ヶ丘高校は、ボロアパートから歩いて十五分のところにある。生徒数は千人ほどらしく、あたしと同じ制服を着た人たちが群れて、一緒の方向へ足を向け進んでいく。昨今の少子化が危ぶまれる中、この学校は健闘している方と言えるだろう。授業のレベル低いけど(英語の授業で先生が、従属接続詞の『that』を『あれ』とか訳してたし、あれれぇ?)。


 正門へ続く、学校名に恥じない桜に囲まれた長い坂道を登っていくと、古ぼけた校舎が頭を出してきた。もうすぐ着くと思った矢先、爆音が聞こえ、高そうな車があたしを追い越した。その後ろを真っ黒で長~いリムジンが追う。なんだこの光景。

 誰の車だろ。学校の教師ってそんなに給料いいのかな。なら、教師を目指すのも悪くは無いかも。と考えていたら、背後から金切り音が耳に届き、


「クソが……教師なんかやめてやる!」


 高橋先生が虚空に向かい暴言を吐き、自転車を立ちこぎしながら坂道を登って行った。

 あの車を運転してたのって、先生じゃないのか。どっちみち、高橋先生と同じ職業ってヤダ。やっぱ教職はなしの方向で。



 この学校は新校舎と旧校舎が水平に並んでいて、その間を渡り廊下にて行き来できるようになっている。上から見ると、まるでカタカナの『コ』だ。

 んで、一年生は新校舎側の三階が教室にあてがわれており、朝から階段による運動を強要されるっと……朝からかったるい。階段を登りながら、学び舎に思い(殺意)をはせるぜ。

 朝のショートホームルームが終わり、授業の準備をしようとしたら、深紅のジャージをその身にまとった女が話しかけてきた。すこし汗臭い。


「剣崎ぃ~! どうだった昨日の女子軽音は」

「ステキでした。あれなら今年も入賞間違いなしですね」


 盛大におべっか使うあたし。あんなザマじゃ、絶対勝てませんとも。まだ『ハート』の重音楽部のがマシだ。


「だろ~? じゃ明日からドラム三昧だな。いや~、やっとメトロノームを先生呼ばわりする日々から解放されるな、アイツら」


 高橋先生よりはメトロ先生の方が静かでよさそう。有無を言わさず強制的にドラムなのもどうかと思います。


「はい、ぜひ聞かせてください『女子軽音』の生演奏」

「うん! とりあえず部室で待ってるからな。場所は旧・音楽室な」


 なるほど旧校舎一階の音楽室で部活やってるのか。ここ一年B組から移動がめんどくさいのもマイナス要因ですな。とりあえず「はい、放課後」と、あたしは元気よく返事をする。ま、行かないけど。だって「行く」とは一言もいってないし。永遠に待ちぼうけをくらうがいい。

 でも、嬉しいのか高橋先生はめずらしくニコニコ笑顔になる。あわわ、子供かよ。あたしの良心が少しチクッ。


「式部先生は漫研だろ? 早く届出だしとけよ」


 帰りがけの高橋先生にそう告げられた隣の席の和泉ちゃんがオカメ……いや、ひょっとこみたいな顔になった。




 一時間目の授業が終わった後の空き時間にスピーカーが鳴った。

「三年の瀬名、至急職員室へ来なさい」

 ふーん、朝から呼び出しか。


 次の二時間目の授業が終わった後の空き時間にもスピーカーが鳴った。

「瀬名! 早く来なさい」

 まだ行ってないのか。再びの呼び出しで少し怒気を含んでいる。


 またもや三時間目の授業が終わった後の空き時間にスピーカーが鳴った。

「瀬名! 教頭用の駐車所からお前の車をどけろ。さもなきゃレッカー呼ぶぞ」

 あ、そういうこと。たぶん朝、坂道を登って行った車の人なんだろな。だって教師なら、そんなところに車置かないもんね。高橋先生の恨み節も納得。


 恒例行事のごとく、四時間目の授業が終わった後の昼休憩時間にスピーカが鳴った。

「瀬名ぁ! 校庭の真ん中に移動してどうするぅ!」



 放課後になり、あたしは帰りの準備をする。その音で額に大きな赤い跡を残した和泉ちゃんが机から顔を上げて「おふす」と、まだ寝ぼけてるのか良くわからない発言。


「やっと起きたね。何回も声かけたんだからね?」

「いやー、ごめんごめん。昨日の新歓で体力使い果たしちゃって」


 あれだけはしゃげばそうでしょうね。あなたの周りの人たち、距離とってたからね。


「で、決めた。私はあのベースの王子様を死ぬまで愛する」


 愛が重いぜ。重すぎて一緒に沈んでいきそう。てか、沈んでいけばいいのに。


「あの王子様も幸せ者(?)だね。ということは、あの重音楽部に入るのかな?」

「いや、わたしは漫研ですんで。じゃないと高橋先生に殺されそうだし」


 ありゃ漫画家への道、決定ですか。式部先生の作品に、こうご期待っ!


「愛ちゃんはどっか見学にいくの?」

「うん適当に、文化系の部活で見学証明書を埋める」

「あれ、女子軽音楽部は?」

「何それ、知らないですけど」

「おぬしも悪よのう。愛ちゃんくらいだね、このクラスで高橋先生に反抗するのは」

「あんな年増に負けてらんないって。うーん、どこ見学いこっかな」

「じゃあ、わたしと一緒に漫研行ってみる? とりあえずどんな部か様子見たいし」

「ラジャ」と返事をして、あたしと和泉ちゃんは教室を後にする。



 あたしは漫研に見学に行って、早々に見学証明書を一つ埋めた。よっしゃ、必要なサインはあと四つだ。先は長い。

 それにしても非常にディープな世界を垣間見た。漫研の先輩たちが書いたという、裸の男同士がぶつかり合う作品群を見て、あたしは呆然としてしまった。が、そんなあたしを差し置いて、和泉ちゃんは目を光らせて即入部の意思を伝えていた。


 おかげであたしは独りぼっちで次の部活の見学を探す羽目になる。くそ、トモダチがいのないオカメが。上履きに納豆入れんぞ。

 和泉ちゃんに対してイライラしつつも、あたしは情報収集をすべく一階にある生徒用の掲示板を見回す。様々な部活の活動報告が張り巡られている。なんか、都合のいい部活無いかな、すぐサイン貰えるような。おっ、手芸同好会なんかいいじゃん、見学募集って書いてあるし。あとで行ってみよ。


 あ、なんだかひときわ目立つピンクの張り紙がある。なになに、ちょっくら拝見。

『拝敬 排啓 拝啓、新一年生のみな様いかかお過ごしでしょうか

 今年も素晴らしい桜の花が咲いていますね、当部活動を通して

 我が高校の名に恥じぬような春を皆様といっしょに過ごしたいと思います

 お気軽に遊びに、来るな!(爆) 重音楽部より          敬具』


 以上のことが手書きで書いてあるけど、色々とひどい。出だしで書き間違えたなら新しい紙に書け。というか拝啓と敬具って、手紙か? 誰に向けたメッセージなんだ。挙句の果てに、「来てください」を「来るな」って上から(おそらく)いたずら書きされてて、重音楽部の学校内での地位の低さがよくわかる構図になってる。世の中って残酷ぅ!


 あたしならこの百倍うまく書し、いたずら犯も絶対見つけ出すけど……どうでもいいや。あんな『ハートマーク』のおバカ軍団なんか、関わりたくないし。サインは欲しいが、ここだけはやめておこうっと。そもそも、活動場所の記載がないのでどこに行けば会えるのかもわかんないし。お粗末すぎる。

 ん、耳をすまして……みなくても、なにやら乾いた音が廊下に響いてる。


「見つけたぞ剣崎ぃ。こんのぉ裏切り者がぁ!」


 甲高い叫びとともに高橋先生が遠くに見えた。げ、めっちゃ怒ってる。あたしは高橋先生の反対方向へ走って逃げだす——が、速攻で捕まる。三十路のおばはんのくせに、なかなかの瞬発力だ。竹刀のリーチ分だけ有利なのがズルいです。


「おらぁ、行くぞ女子軽音楽部に。さんざん待たせやがって」

「先生って超足速いですね。まだまだ、お若い証拠です」

「そうかな……えへっ、若いもんには負けないんだからね。って騙されるか、ボケ剣崎が」


 誤魔化すの無理か。あたし、行くのヤダ。だって連れていかれたら最後、どこぞの悪徳業者のように契約するまで家に返してくれなそうな気がするもん。どっかにポリスはおらんかね? 事件ですよ~。


 掲示板の前で高橋先生と『来い、行かない』の応酬をしていると、


「どうかしましたか? 高橋先生」と、スキンヘッドのナイスミドルこと、松田先生が現れた。


 この方は数学教師のいかつい四十五歳独身。絶賛、嫁さん募集中の身である。絶対来ないだろうけど、少なくともあたしは嫌。一年生の数学も受け持っており授業はわかりやすいが、強面のため生徒からは恐れられている。


「げっ……っと、松田先生。いや、なんでもないんですよ。クラスの担任として、この剣崎ちゃんと将来について熱く語り合ってただけなんですよ。な?」


 そう言ってから高橋先生は松田先生にぎこちなく微笑み、あたしの横に立ち腰に手を回してきた。彼女の普段見せないような行動を見て、ひょっとして高橋先生は松田先生が苦手なのかと直感的に感じる。ふーん、教員間にも年功序列というか強弱があるのかな。世知辛いですなあ。


 高橋先生に少し同情して、仲良しアピールに乗ってあげようかと思った次の瞬間、おしりに刺激を感じた。……なるほど。この場を乗り切るために、話を合わせろと脅しをかけてきたってとこですかね? ばれないようにどんどんお尻をつねってくる高橋先生に、先ほどのあたしの親切心は消え去った。

 ……痛いな、この野郎。あたしも高橋先生の尻をつねり返す。その肉は張りの失われたダルダル状態で、非常につねりやすい。ザマアミロ、心は小学生で体は三十路のアダルトチルドレンめ。おい、痛いか。なあ?

 すると、お顔を真っ赤にした高橋先生があたしに視線を向けて「ね? 剣崎ちゃん何もないよね」とか笑いかけながらほざいてくる。あれまあ、昨日のあたしの事をバカにできないくらいのブサイク笑顔さんですねぇ~。ね、痛いでちゅかぁ~? ぐいぐいっとぉっ!


 水面下で低レベルな争いをしていると、「高橋先生、またですか」と、松田先生が嘆息した。


「またってどういうことですか?」と、間髪入れずにあたしは聞き返す。


 なんでも松田先生いわく、高橋先生の強引な女子軽音楽部への勧誘まがいの脅しで、女子生徒から苦情が殺到しているとのこと。なるほど納得だ。


「顧問の責任感からくる行動として理解はできますが、高橋先生いささかやりすぎでは?」

「はい……申し訳ありませんでした、松田先生。今後は気をつけます」

「高橋先生、謝る相手が違いますな。相手が生徒だろうが一個人。教鞭を持つ者がそんな行動しかとれないのであれば、彼女——剣崎さんが以後の人生において、目上の人間にどう接して生きていくのか、お分かりですな?」

「うぐっ…………ごめんなさい、剣崎さん」

「たかはしぃっ! 声が小さいっ!」

「はいっ、すいません! アタシが悪うございます。剣崎さん、許してください」

 

 叫びながら、高橋先生があたしに向き直して土下座してきた。うん、松田先生効果ばつぐんです。そこまでの謝罪は求めてません、やりすぎです。

 あたしはしゃがんで、地べたに頭をこすりつけている高橋先生の背中に手を乗せ「あたしも悪いんです。約束(?)すっぽかして、すいませんでした」と、謝る。これにて一件落着です。


「じゃあ、女子軽音入る?」


 言いながら土下座状態で顔だけ上げて、メガネの奥の目を輝かせる高橋先生。まだ言うか。

 あたしは「入りません」と即答。まったく、高橋先生はぶれませんね。ま、あたしも譲りませんけど。


「ちぇケチだな、剣崎は。でもいいもんね」と言いながら、高橋先生が立ち上がった。

 今度はあたしがあっちを見上げながら「どういうことですか?」と聞き返す。

「さっきドラム経験者の大型新人が入ってきたんだ。なんとかバンドの形が出来たってことだ」

「へ~、よかったじゃないですか」


 言いながら、少し悔しい気持ちがないこともない、あたし。


「ほほう、それは何よりですな。ですが、『部活動』になるには四人以上の部員が必須ですがな」と、松田先生。

 

 たしか同好会扱いだと、部費なしなんだっけ。だから高橋先生は必死にあたしを誘ってたんだ。そうだよね、あたしのことが特別欲しいワケじゃないよね。わかってましたけど。


「だからアタシ、剣崎さんも女子軽音部にって思ったんですよ。それにこの子って、その、クラスでも人と打ち解けないというか、寄せ付けない雰囲気で友達いなくて」


 その本人を見下ろしながら、ひそひそ声で教員トークし始めるワインレッドのジャージ女とスキンヘッドのスーツおじさん。あたし聞こえてますけど? だれがぼっちだっての。ほっとけ。


「……よけーなお世話です。さようなら」


 あたしが立ち上がってこの場から去ろうとする。と、松田先生が「剣崎よかったら、重音楽部も見学してくれないか。アイツら『誰も来ない』って、腐ってたんでな。それにまだ見学証明終わってないだろ? 場所は新校舎三階視聴覚室横だ」と、ウインクしながら言った。

 あたしは「はあ」と、腑抜けた返事をして二人を後にする。


「剣崎、見学だけだからな! それと女子軽音楽部はいつでも待ってるぞ!」


 三十路女のしゃがれ声があたしを追い越していった。はあ~、手芸しに行こ。


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