あなたがそばにいて欲しい②
「急にスマホなんか買って電話してくるなんて……アイコなんかあった?」
「パパにお願いしただけだよ。おねだり大成功しちゃった」
カズヒロ君に告白された日の夜、アイツが「昨日はごめん」って言いながらまたあたしを抱こうとしてきたから、包丁突き付けて言ってやった「二度とあたしに触るな。触ったら殺す」。
自分の意思で初めて口に出した拒否の言葉に、あたし自身で驚いた。
ま、だってもう心が死んでるんだから、人を傷つけても、傷ついても、ぜんぜん平気だ。いつでもこいよってカンジ。あたし強くなった、カズヒロ君のおかげです。おまけでスマホも手に入ったし。
ワニのウロコはあんがいもろいね。
「ならよかったけどぉ。で、どしたの?」
「あのさ、夏祭りのことなんだけど」
切り出して晶ちゃんにある計画を提案する。計画と呼べるほどのものではないけど。また行く約束をしてた夏祭りに、カズヒロ君と晶ちゃん、二人で行きなってだけ。
んで、最後に告白。二人で打ち上げ花火を見ながら。うん、ロマンチックがノンストップだ。
「いいのぉ? あたしぃがカズヒロ君、取っちゃって」
「だから、晶ちゃんの勘違いだってば」
「そぉかなぁ? 彼、アイコのことスキだと思うけどぉ」
「ないない。むしろ晶ちゃんみたいな純粋な子が好きなんだと思うよ」
「まあ、あたしぃイノシシだから一途だし。カノジョにするにはぴったしじゃん」
「そうそう。その勢いで、がんばって」
「うん。ありがとうアイコ」
すこし世間話をしてケータイを切った。
晶ちゃん、カズヒロ君をやさしくつつんであげて。あたしがズタズタにした彼の心を。
夜空を見上げて、どうか、二人がうまくいきますようにと、神様にお願いする……なんてウソだ。
晶ちゃんもカズヒロ君にフラれて、あたしと二人でキズの舐め合いしてほしいってのが、本音。
彼は晶ちゃんみたいな食事のマナーもなってない、下品な家の子はキライだから、受け入れるわけがない。あたし、わかってんだ。
それに、どうせ神様なんていないよ。いたら死ぬほどいじわるなヤツに決まってるよ。
七月某日:アプリでのやりとり
「えへへ、アイコありがとう」
なにが?
「今日が人生で一番シアワセな日になったよ」
どうなっっつの
「変換おかしくね?」
結果は?
「付き合うことになった」
ウソだ
「ガチでフラれてたら、こんなジョーダンいうヨユーないよ」
「生きててよかった。アイコのおかげだよ」
「あれ?」
「アイコどした?」
「既読スルーすんなし」
「ねえってば」
ごめんトイレ
「ええー! 三十分も? ダイジョーブ?」
ちょっと体調がね
「そりゃお大事に」
へいきだよ。それより晶ちゃんおめたうと
「オメデトウってことかな? アリガト、アイコ」
うんそれ。スマホつてむすかしくて
「そんなんじゃ、カレシ出来たとき苦労するよ?」
画面こわしそうになる
「もっと優しくしたげてよ、カズヒロ君みたいにさ」
そうひね。あたそやさしくないなや
「そんなことないよ。アイコは今日なにしてたの?」
よびこう
「ふーん、あたしぃも勉強頑張ろうかな」
きゅうにどうしたの?
「カズヒロ君と同じ高校行きたいなって思って」
愛のちからたね
「照れるぜぇ」
でもかれと同じの学校は晶ちゃんにはきつい
「うぐう。勉強教わる。カズヒロ君にさ」
がんばれ
「ちぇっアイコはいいよね」
なにが
「ノーテンキでさ。あたしぃ悩み事しかないよ」
おやすむ
「ええー。トモダチならこの流れで聞いてくれない? フツーさぁ」
あたしはケータイをベッドに放り投げて、机に向かう。
今日の予備校で習った箇所の復習しよ。二人が入れないくらいハイレベルな高校に行ってやる。そこで、ステキな出会いがあるはずだ。こんどはうまくやってやる。男の子が好きになるような、カワイイ女子を演じるんだ。その前に晶ちゃんみたいなメイクにしようかな。ギャップがあった方が、男の人がキュンってなりそう。あと百均のビーズでしょぼいブレスレットも作るか、ビンボーアピで庶民派気取ろ。いまのあたしと逆にね。純朴そうに見えて、経験豊かな金持ち女よりは好感度あがるでしょ。そうに決まってるんだ。
勉強漬けの夏休みが明けて学校が始った。教室にいると汗が噴き出してきて、まだ暑い夏が続いていることをいやでも認識する。学校って来る意味あんのかな。どうせ授業でやることなんか予備校でだいぶ前に習ったとこばっかだし。クーラーもないし。いやになっちゃうな。時間のムダだよ。
放課後になり予備校へ向かおうと教科書をカバンに入れてると「ねえ、付き合ってよ」声がした。
顔を上げると見知らぬ女が立っている。黒髪ロングの自然なメイクの子。ふん、いかにも男ウケしそうな、あざとい子。
直感した。あたしキライだ、こいつ。
この子、多分あたしに話しかけてきてる。が、無視して作業続ける。付き合う義理なんかないし。
「おいぃ? あたしぃだってばぁ、アイコ」
よくよく考えると聞き覚えのある声。『あたしぃ』ってことは……
「えっ! 晶ちゃんなの?」
「そうだよぉ、なにさ、シカトなんてさ」
「だって、知らない子だと思ったんだもん」と弁明。この教室だとなんだから、いつぞやの再会を果たした物置部屋に移動しようと、あちらが提案してきた。
室内に踏み込んだ瞬間、ほこりが舞って夕日に照らし出される。あいかわらず人の出入り無いんだな。部屋隅のコケが、あの時より高く柱を侵食してる。
「で、どうなのカズヒロ君とは」
ケータイにはデートの写真がたくさん送られてきてたけど、一度もそれを見ることはしなかった。
「うん、うまくやれてるしぃ。アイコもちゃんと返信してよぉ~」
晶ちゃんのテレた顔が夕日に映えて、キレイだ。その表情を見て、この子は大人になったんだと感じる。あたしに、なにか突き刺さる。夕日より、安い香水のニオイより、強烈な、何かが。
「晶ちゃん。もうカレシとしたの?」
「はえっ?! 何さ急に」
「ねえ、どうだった?」
「教えないしぃ。子供にはシゲキがありすぎぃ」
コドモ? いつ頃の話? はるか昔のことですよ。晶ちゃんより、あたしの方がよっぽどオトナだし。
「ちゃんとつけなよ」
「うをっ、ずいぶんちょくで、きたぁ。お子様アイコのくせにぃ」
「お子様じゃないもん。ふ~ん。……愛があれば、なくてもいけるかな?」
「あたしぃーーいいよって言ったけど、カズ君がダメだって。彼、マジメなんだ」
カズ君ね、仲のよろしいことで。あたしはヒロ君って呼ぼうかな、なんてね。
……ねえ、まだ〝してない〟よね。だってこの前、カズヒロ君「愛ちゃん、自分をタイセツにしなきゃ」って言ってたよね。早すぎるでしょ。せいぜいキスくらいだよね、軽い。
「乾燥しててガサガサだもんね、カズヒロ君」
言ってからしまったと反省。うかつすぎるあたし。どうしてそんなこと言った……カズヒロ君の初キスって、あたしとなんだよって自慢したいの? バカ。
「はへぇ? さっきから何のハナシなのぉ」
「……リップクリームの話だけど? 他になにかあるのかな~?」
「だよねぇ~」顔をほてらせる晶ちゃん。よしよし、ごまかせた。
焦ったのか照れ隠しか、カバンのポーチからリップクリームを取り出し、彼女が塗り始める。そのとき中にアレが見えた。
あたしもよく見る、着けるの……得意だし。
心臓が締め付けられ、そのまま止まってしまう様な感覚が来て、カラダ中の血が冷たくなってーー末端まで凍る。落ち着け、別にイマドキ中学生で初体験なんてフツーだよ。フツーなんだ。あたしなんて小学生のときだったし。遅いね、晶ちゃん。
カズヒロ君さあ、晶ちゃんとしたなら、あたしでもよかったじゃん。この子とあたしでなにが違うの? 夏休みの間にしたんでしょ。なにが「お互いをもっと知ってから」だよ。すぐにしてんじゃん。付き合ってすぐに! 偽善者。ウソつき。
あ、そっか。初めてじゃなかったもんね、あたしは。手慣れてるのが、あのキスで分かったんだよね。それが〝キモチ悪かった〟んでしょ、お上品のカズヒロ君にとっては。
でもね。あたしだって、ホントは最初に好きな人とーー
「アイコどーした」晶ちゃんの声で我に返る。
「なんでもない。で、真面目なカレシに合わして、髪の毛も染めたんだ」
「まあね。ちなみにお手本にしたのアイコなんだ。似合うかなぁ?」
晶ちゃんをまじまじと見やる。確かにあたしの髪形にそっくり。肩口まで伸ばしたセミロングに先端を少しカールさせてる。金髪パーマをトップでまとめて、黄金の滝みたいに輝かせていた晶ちゃんとは全然ちがう。
あの立ち姿が、教師にも、男の子にも、誰にもコビを売らない、凛としているアナタが好きだったのに。どうしてあたしなんかに似せるの。晶ちゃんのバカ。カズヒロ君だって嫌がるに決まってるよ。
「カズ君もカワイイって褒めてくれたしぃ」
気持ち悪い。あんたもカズヒロ君も、あたしに理想を当てはめないでよ。メイワクなんだ。
「似合う、晶ちゃん、かわいいよ」思ってもないことを口にする。あたしもウソつきだ。
「あんがとぉ~。ね、アイコもさ、勉強もいいけどカレシ作りなよ。好きな人がいるって、凄くシアワセな気持ちになるよ。あたしぃ神様に感謝してるもん毎日。えへへ」
『あんたなんて、あたしの代わりなんだよ。なにも知らないんだね』なんて言ったら晶ちゃん、どんな顔するの?
「うん、高校入ったら考えてみる」
「えー、初めてが高校って遅くね? だからアイコにも男の子、紹介しようと思って、いま呼び出したの。同クラの人なんだけど、どう? 顔はフツーかもしれないけど、すごくマジメでやさしい人だよ。二人ともお似合いだよぉ」
晶ちゃんがスマホで、その人であろう画像を見せてくる。けどあたしの目には、何も映らない。
ねえ、施しのつもり?
「いい、そんな暇ないから」
「そ、そう……この人もカズ君と同じでさ、アイコのことカワイイって言ってたんだけど……忙しいんじゃ、仕方ないね。ザンネンだなぁ、四人でダブルデートとかしたかったなぁ~、なんてさ。じゃ、断っとくから気にしないで。アイコにもいつか絶対、好きな人が見つかるからね。あたしぃが、ホショーするから」
ひとしきりしゃべってからあたしに向かって、ぎこちなく笑う晶ちゃん。
その腕にはもう安物のビーズなんてつけてない。大人の女の手だ。
晶ちゃん、〝すきなひと〟も〝はじめて〟も、あたしには手に入らないんだ。そんなキラキラしたモノは、もうゼッタイに。永遠に。
胸が痛いーーなにかがあたしの中から出てこようとしているみたいだ。キモチを静めるために、窓に近づいてグランドを見下ろす。いろんな運動部が所狭しと、練習に励んでいるのがわかる。なんだか晶ちゃんと再会した時より、断然飛び下りたい気分。
ふいに、ガラスに反射した女の幸せいっぱいな顔を見て、お腹の下に熱いものを感じ、それが全身に広がる気がした。なんて感情なの、コレは。初めてのキモチなんだ。
晶ちゃんがあたしになったなら、あたしは晶ちゃんになりたいな。




